平衡感覚を崩壊させる変則的アンサンブル、時空を歪ませる超スローテンポなリズム、並のバンドでは到底真似できない強烈な世界観で、異次元のサイケデリックロックを奏で続ける割礼が、実に7年ぶりとなる新作『星を見る』をリリースする。ファンの間で正式音源化が待ち望まれていた15分にも及ぶナンバー、“リボンの騎士(B song judge)”をはじめとした全6曲は、深夜に聴こうものなら間違いなく別世界へトリップしてしまうであろう危険な中毒性に満ちている。巷にあふれるポップスとは、まるで肌触りの違う割礼の音楽は、どのように生まれているのだろうか。割礼の中心人物であり、唯一バンドの歴史すべてを知る宍戸幸司の回答は、あまりに純粋で、予想外で、肌触りが違うのも当然だと痛感させられるものだった。
(インタビュー・テキスト:タナカヒロシ)
『ゲゲゲの鬼太郎』は好きだよね。妖怪とか好き。あと、つげ義春も好きだね。
―割礼って、すごく独特な世界観を持ったバンドだと思うんですけど、もともとどういう感じで始められたんですか?
宍戸:最初はフォークギターかな。ビートルズとか弾けたらいいなぁと思って。
―初期の頃はパンクやニューウェーブ色が強かったですけど、そういうジャンルの影響は?
宍戸幸司
宍戸:パンクは好き。テレビジョンとか好きだったね。あと、高校生のときは、原爆オナニーズとかね。GODのりょうくんがいたころの原爆オナニーズはかっこよかったなぁ。(もともとのバンド名だった)「割礼ペニスケース日曜日の青年たち」っていうネーミングも、その二番煎じみたいなところがあったかもしれない。
―ほかに好きだった音楽はありますか?
宍戸:アーティスト? えーと、灰野敬二さんは圧倒的に好きですね。
―ジャックスとかはよく比較されるんじゃないかと思うんですけど。
宍戸:ジャックスも好き。大好き。よく聴いてたね。
―どういう部分がお好きでした?
宍戸:ロックを日本語で聴けるっていうのがうれしかったのかなぁ。日本語のロックは好きだよ。最初はビートルズだったけど、頭脳警察をラジオで聴いて、日本語のロック、かっこいいなぁと思って。
―日本語のロックが好きっていうのは、やっぱり意味が伝わるから?
宍戸:そうだね。言葉を聴くの楽しいもんね。
―サイケみたいな音楽はいかがですか? 割礼も、ジャックスも、サイケロックの伝説的バンドみたいな評価がありますよね。
宍戸:サイケってことになってるよね。でも、サイケデリックって、言葉の意味自体わかんないんだよな。LSDとか、そういう世界でしょ?
―そうですね。麻薬っぽいとか、中毒性があるとか。割礼の世界観に触れると、幻覚症状みたいなものを感じる人も多いと思うんですよね。そういうサイケデリックな感じっていうのは、割礼が評価されてる大きなポイントのひとつなのかなと思うんですけど。
宍戸:サイケなぁ…。わかんないんだよなぁ…。
―そうなんですか!? 意外ですねー。じゃあ、音楽以外で影響を受けてるものは?
宍戸:好きな本とかあるよね。(詩人の)田村隆一は好き。あと、水木しげる好きだよ。
―あー。水木しげると割礼は世界観的に共通しそうなものがありますね。
宍戸:『ゲゲゲの鬼太郎』は好きだよね。妖怪とか好き。あと、つげ義春も好きだね。初めて買ったときにバスでひとりで読んでたのをいまでも覚えてるもんね。
―音楽以外の世界観も強く反映されてるのかもしれないですね。
宍戸:あー、そうかもね。
―87年に出された最初のアルバム『Paradise κ』は、パンクやニューウェーブ色が強かったですけど、89年にメジャーでリリースした『ネイルフラン』からは、同じバンドとは思えないくらいテンポが遅くなりましたよね。何があったんですか?
宍戸:そんな変わった自覚はないんやけどね。家で弾いてるテンポをそのままバンドに持っていったというか。こっちのほうが落ち着くと思ったんだろうね。
―例えば遅いほうが歌詞が伝わりやすくなるとか。
宍戸:いや。そういうのは考えてないな。
―リスナーにこういう感情を与えたいとかは?
宍戸:それがね、ないんだよね。ずっと。特に考えてないんだと思う(笑)。
―そうなんですね(苦笑)。音楽をやる原動力みたいなものは、なんだったんですか?
宍戸:なんだったんだろうね。これも、よくわかんないな。たぶんね、メンバーと一緒にツアー行ったりするのが楽しくてね。まぁ、呑気に遊びに行ってるような感じだよね。
―そうですか…。でも、メジャー・デビューもしたわけですよね。音楽でメシ食っていこうとか、そういう感じはなかったんですか?
宍戸:メジャーとか、懐かしいなぁ(笑)。でも、そういうふうにはならなかったなぁ。
―そのときも楽しいの延長で?
宍戸:そうだね。そこだけはずっと一緒かな。ツアーよりも打ち上げが楽しみだったりとか、そういう感じで(笑)。
ずっとフラれてるからねー。そこは大きいよな。いまの嫁さんにフラれたらキツいなー。
―89年に『ネイルフラン』、90年に『ゆれつづける』とメジャーで2枚リリースして、そこから00年の『空中のチョコレート工場』までアルバムのリリースが10年もなかったわけですけど、この間っていうのは?
宍戸:まぁ、メンバーが辞めたり。一回ね、休止して、ラジオバンドっていうのをやってたときもあるから。でも、『ゆれつづける』を出した以降は、やっぱ曲を作るペースも遅くなってね。
―なんで曲ができなくなったんですか?
宍戸:なんかね、ついつい家で飲んじゃったり(笑)。
―ええっ! そんな…。曲はどういう感じで作るんですか? 勝手な想像なんですけど、何かストーリーがあって、それのサウンドトラック的な感じに作ってるのかなと思ったんですけど。
宍戸:そういう感じでもないんだよなー。どうなんだろう。夜、ひとりで起きてるのも寂しいし、みたいな感じでギターを弾き始めてるんだけどね。夜にひとりで起きてるの、怖いんだわ。それで、なんか適当に弾いて、いちおうリフとかフレーズは、自分のなかで貯めておくんだよね。
―それがだんだん曲になっていくんですね?
宍戸:そうだねぇ。それに乗せて歌ってみないとね。
―歌を乗せるときっていうのは?
宍戸:歌うのはね、恥ずかしいんだ。
―えっ?
宍戸:ほんとね、恥ずかしいんだよね、歌。ある程度練習してからだったら歌えるんだけど。音程とかもめちゃくちゃだし、リズム感も悪いし。好きなんだけどね、厳しいよ。
―……で、でも、それがハンデにならない音楽をやってますよね? 歌い上げるようなタイプの人だったら、こういう音楽は生まれないわけじゃないですか。
宍戸:あー、そうだよね。
―歌詞の世界観も意味深ですごい気になるんですけど。
宍戸:あ、ほんと? でも、何も歌ってないんだよね。
―えーっ!
宍戸:何かを歌おうとはしてるんだろうけど。どうできてるのか本当に覚えてないんだよね。
―インパクトのある言葉を入れようとか、そういうのは?
宍戸:なんとなく引っかかってる言葉を集めてはいるんだよね。
―恋愛的な内容も多いですよね?
宍戸:うん。大きいよね、恋愛は。
―それは実体験をもとに?
宍戸:ずっとフラれてるからねー。そこは大きいよな。いまの嫁さんにフラれたらキツいなー。そうなったらやだなー。
―ははは。潜在的な気持ちが音楽に現れてるんですね?
宍戸:うん、そういう部分もあるかもね。
4年間かけて、曲のテンポを調整した
―0年にアルバム『空中のチョコレート工場』を出されてますけど、何がきっかけでまた動き出したんですか?
宍戸:このちょっと前に東京に来たのかな。それまではずっと名古屋に住んでて。メンバーも東京(に住んでいる人)のほうが増えてきたから、東京にやってきたと。
―それ、おいくつのときですか? けっこう一大決心ですよね?
宍戸:いま47歳でしょ。10年くらい前だから30代後半だよね。まぁ、そのときも東京で居候みたいなのしてたから。名古屋から東京に出る最後の日は寂しかったけどね。あー、ほんとに名古屋出るんだ、と思ってね。
―その東京に住んでるメンバーとじゃないと、共有できない世界観があったんですか?
宍戸:世界観を共有してるかはわかんないな(笑)。メンバーも困ってるでしょ。レコーディングのテンポとか。「もうちょっと速いほうがいいんじゃないの?」とか、よく言ってるもんね。
―じゃあ、なんでわざわざ遠くに住んでいたメンバーと一緒にやっていたんですか?
宍戸:いまのメンバーかぁ。まぁ、一緒にいやすいのかな。
―音楽性が合うとかじゃなくて、まずは人間性が重要なんですね?
宍戸:そうだね。うん。
―まぁ、でも、東京に引っ越して、00年に10年ぶりのアルバムが出たわけです。さらに03年にも『セカイノマヒル』をリリースされて。そこからまた7年空いて、今回の『星を見る』がリリースされるわけですけど、曲はいつ頃作ってたんですか?
宍戸:“リボンの騎士”、“ルシアル”、“星を見る”は名古屋に住んでる頃の曲だね。だから昔の曲なんだよ。“INスト”が一番新しくて、去年とか、一昨年とか。あと、“マリブ”と“革命”も東京に出てきてから作った曲かな。
―昔の曲と最近の曲と、なんで今回こういう作品をこのタイミングで?
宍戸:“リボンの騎士”はとりあえず録りたかったっていうかね。これを出す前に、自分たちで作ったCD-Rの音源があって。それがあったから、録れば形になるだろうみたいな状態までできてたんだよね。それで、タイミングよくリリースの話をもらえて。
―それを正式な作品としてレコーディングしようと。
宍戸:そうです。それが4年前とかだったかな。
―えっ、そんな前の話なんですか? なんで4年もかかったんですか?
宍戸:うーん、なんだろう。テンポの調整かな。けっこう細かくやってるから。
―4年かけてテンポ決めるって相当ですよ!
宍戸:どうなんだろうね。メンバー4人で練習とかすると、どっかまではいくでしょ。でも、また元に戻って、同じことやってるんだよね。そこを切り盛りする人が・・・4人とも全然。
―最適なテンポを探し出すまでに徹底的に時間をかける?
宍戸:そうだね。それはいちおう。時間をかけたのかなぁ。俺はもうちょっとノロいほうがいいのにな、みたいなことを言った気がする。
―それが確定する決め手ってなんなんですかね?
宍戸:やっぱ気持ち良さだよね。俺個人の気持ちよさと、バンド全体の気持ちよさが違ったりもしてるよね。俺はもうちょっとノロくやりたいみたいな。
―みんなが気持ちいいテンポになるまで、ひたすら時間をかける?
宍戸:うん。でも今回は、メンバー全員、納得いくところまできてるよ。
天才じゃないから。そこはもう諦めてるよ。でも、ライブはやっていきたいね。
―お話を聞いてると、宍戸さんって、ほんと無欲ですよね。普通、バンドマンとかだと、「すげー曲作ってやる!」とか、「売れてやる!」とか、そういうことを少なからず考えてるものだと思うんですけど、宍戸さんからはまったくそういう感じが…。
宍戸:でも、お客さんが来てくれたほうがうれしいし、曲もいっぱいできたほうがいいんだろうなぁ。そこに行き着くまで、大変だよね。天才じゃないから。そこはもう諦めてるよ。
―諦めって(苦笑)。
宍戸:才能がある人っていうのは、ちゃんと別にいるから。俺はそこではないっていうのは知ってるから。まぁ、そんなこと言ってると、「何やってんの?」って言われそうだけどね。でも、ライブはやっていきたいね。
―それはみんなで音を出すことの気持ち良さを味わいたいから?
宍戸:そうだなぁ。でも、お客さんがひとりもいなくなったらライブもできないもんね。そこは大きいよね。
―この先どうなりたいみたいなこととかって、宍戸さんのなかでイメージはありますか?
宍戸:いま?
―はい。
宍戸:ないなー。
―えーっ!
宍戸:いまはないなー。でも、演奏はずっとやっていきたいからなー。
―続けていくことが、ある意味ひとつの目標に?
宍戸:目標になってるな。それなくなると、なんかね。楽しみがなくなるというか。それがなくなると、他も全部崩れそうな気もするもんな。
―音楽をやることが、精神安定剤みたいな役割を担ってるんですかね。
宍戸:うーん、精神安定剤かぁ。どうなんだろうね。目標かぁ…。続けたいもんね、音楽ね。いまの4人、映像の岩下(達朗)君もいるから、5人で最後までいけれれば美しいかなぁ、最後の最後まで。
―音楽ありきよりは、人間ありきなんですね。宍戸さんには、割礼が本当に欠かせない存在なんでしょうね。
宍戸:そうだねー。いまはそこを大切にしていきたいんだよね。
- リリース情報
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- 割礼
『星を見る』 -
2010年6月2日
価格:2,800円(税込)
P-VINE PCD-186261.リボンの騎士(B song judge)
2.マリブ
3.INスト
4.星を見る
5.ルシアル
6.革命
- 割礼
- プロフィール
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- 割礼
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83年、名古屋にて「割礼ペニスケース日曜日の青年たち」結成。当初は性急なパンク/ニューウェイヴ寄りのサウンドだったが、80年代後半から徐々に曲のテンポが落ち、ギターのフィードバックノイズや幽玄な歌をより重視したサイケデリックなサウンドに変わっていく。当時のポジティヴ・パンクやゴスバンドとの邂逅もありながらも、あくまで割礼独自のサイケデリックソングナンバーを奏で続け、アルバム『ネイルフラン』(89年)でメジャーに進出。現在は宍戸幸司(Vo/G)山際英樹(g)鎌田ひろゆき(b)松橋道伸(dr)で活動中。
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