軽部真一(フジテレビ・アナウンサー)が支配人を務める番組、日本映画専門チャンネル『日曜邦画劇場』の500回記念スペシャル公開収録では、映画『リリイ・シュシュのすべて』の上映と、監督・岩井俊二、そしてサプライズゲストとして登場した蒼井優、軽部真一による『リリイ・シュシュのすべて』を語るトークイベントが行われた。インターネットの掲示板への書き込みという形で、岩井俊二と一般の読者がともに作り上げていった実験的な原作をもとに、地方都市に暮らす14歳の少年少女の不安定な心情と無軌道な葛藤を痛々しくも美しく描いた本作。岩井俊二が「忘れがたい作品であり、まだ終わらない作品」、「今に至るひとつのスタイルを確立した作品」と語る名作だ。偶然にも『日曜邦画劇場』との放送開始と同じく2001年に公開され、ともに10年の節目を迎えた本作が語り尽くされた本イベント。後半では岩井監督の最新作で蒼井優も出演する『ヴァンパイア』についても語られる注目のものとなった。
蒼井優さんに引っぱられて、ストーリーを変更しました(岩井)
軽部:公開から10年ということになる『リリイ・シュシュのすべて』ですが、観るのは久しぶりですか?
岩井:そうですね。久しぶりに観ると「これだけ多くの人が支えてくれてたんだ」と実感し、ちょっと涙ぐみそうになりました。
軽部:まずキャストが素晴らしいですよね。市原隼人くん、忍成修吾くん、そして蒼井優さん、伊藤歩さんにしても、みんなとても若かったけれど本当に素晴らしい。今日は『日曜邦画劇場』500回記念初の公開収録ということで、スペシャルゲストにもお越ししいただいております。蒼井優さん、どうぞ~。
(盛大な拍手の中、はにかみながら花束を持って蒼井優が登場)
左:岩井俊二、右:蒼井優
蒼井:500回おめでとうございます!
軽部:どうもありがとうございます。甦った津田詩織(映画での役名)ちゃんがここに、という感じですけれども、撮影当時のことは覚えていますか?
蒼井:オーディションに毎回落ちている頃だったので、今回もどうせ落ちるだろうなと思って受けたら合格し、本当に映画界ってよく分からない世界だなと感じていたのを覚えています。
軽部:蒼井優さんをキャスティングした決め手はなんだったのでしょう?
岩井:原作の津田詩織とは雰囲気がちょっと違ったんですけど、なぜかとても心に残ったんですよね。伊藤歩さんが演じた久野陽子という役柄にしても、彼女の演技を見ているうちに「むしろストーリーのほうを変えようかな」と思いました。役者にストーリーが引っぱられたんですね。
軽部:つまり久野陽子は伊藤歩さん風になっていき、津田詩織は蒼井優さんっぽくなっていったと。
岩井:そうですね。原作では、死んじゃうのは久野陽子のほうだったんですが、伊藤歩が演じる久野陽子は死んでいくんじゃなく、強く生きようとするイメージが強くて。逆に津田詩織は、どう踏みつぶしても死なないような役柄だったんですが、あの時の蒼井優さんはなんか正体の知れない子だったんですよ(笑)。こういう子のほうが突発的になんかしそうだな、みたいな感じがあってストーリーを変えました。
軽部:以前、監督にインタビューさせていただいた時に、当時の蒼井優さんに「どんな女優になりたいの?」って聞いた際に、「ちょっとした思い出作りですよ~」って言ったというエピソードを伺いましたが(笑)。
蒼井:なんとなく覚えていますけど、本当にそう思っていたんです。何百回と受けたオーディションの中で、いろんな個性に出会ったんですね。すごく背が高いとか、すごく太っているとか、すごくかわいいとか、みんなどこかに当てはまる人たちばかりがいて。その中で私はどこにも当てはまらないな、と。将来どういう女優になりたいだとか、『リリイ・シュシュのすべて』の後の人生を映画界の中で考えようとすること自体が、すごく恥ずかしいことだと思っていたんです。
多くの俳優が巣立った作品
軽部:『リリイ・シュシュのすべて』は、蒼井優さんのその後を決定づけたのはもちろん、スターをたくさん輩出していますよね。14歳の市原隼人さんは映画初出演で、忍成修吾さんは19才、蒼井優さんは当時15才でした。
蒼井:はい。
軽部:まさに等身大で津田詩織を演じていたと思いますが、大変なこともたくさんあったんじゃないですか?
蒼井:大人の方に囲まれることがそれまで無かったので、すごく面白かったですね。ただ、私と市原くん以外のみんなは「お芝居って面白いね」なんていう話をしていたんですが、私と市原くんはそれがまったく分からなくて。みんなのテンションにあんまり付いて行けてないのは「まずいんだろうなぁ」と思いつつ、「でもお芝居ってよく分からない」と思いながら演じていました。
軽部:川の中に入って行くシーンとか、大変だなって思ったりは?
岩井:すごく汚れてて臭い川だったよね。
蒼井:はい(笑)。
©2001 LILY CHOU-CHOU PARTNERS
軽部:津田詩織の洋服が汚れていましたが、あの川の汚さがそのまんま出てるんですね。観客として観ているぶんには、本当にきれいなシーンでしたが。痛みも伴うシーンなんだけど、2時間27分という長い作品の中でも特に好きなシーンですね。一瞬スローモーションになって、それからもう一度普通の速度になるっていう。本当にいいシーンですよね。
岩井:ありがとうございます(笑)。
軽部:蒼井優さんはどのシーンが好きですか?
蒼井:合唱をするシーンが好きですね。難しい曲だったので、すごく練習しましたから。
映画で使われていた携帯…じつは私物なんです(蒼井)
軽部:鉄塔に携帯電話が引っかかったままの状態で亡くなっているという、津田詩織の死の場面は非常に鮮烈でした。じつは蒼井優さん、あの携帯電話は?
蒼井:私のです。あのジャラジャラしたストラップも含めて…。
軽部:携帯電話の本体が見えないくらい付いてますよね(笑)。
蒼井:ずっとしゃべってると肩凝りました(笑)。ちょうどみんなが携帯電話を持ち始めた時期で、もらったストラップを全部付けていたら10個くらいになってしまい、友達からは「優はストラップが好きなんだ」と勘違いされてますますもらっちゃって(笑)。
軽部:でも、津田詩織を象徴している小道具になりましたよね。
岩井:そうですね。あのシーンでは、太陽の光がスポットライトみたいに当たっていた、不思議な携帯でしたね。
©2001 LILY CHOU-CHOU PARTNERS
軽部:岩井監督が一番思い出に残っているシーンはどこですか?
岩井:伊藤歩さんが丸坊主で教室に入って来るシーンですね。僕は外でモニターを見ていたんですけど、カットをかけたとたんに歓声が上がったんですよね。初めて丸坊主の伊藤歩さんを見たみんなが号泣しているんですよ。いじめっ子の役をやっている松田一沙さんが「もうこんな映画いやだ~」とか言ってわんわん泣いてしまって大変でした。蒼井優さんももらい泣きしていたんですが、それを見た僕は「カメラ回せ!」とスタッフに言って泣き顔を撮影したんですよ。本当に極悪人ですよね(笑)。
軽部:絶対、天国には行けないような気がしますね…(笑)。
岩井:行けないと思いますよ(笑)。
軽部:そして「リリイ・シュシュ」を演じたSalyuさんは、いまや有名な歌手になりました。そういう意味で、本当にこの映画が育てた才能は多いです。
岩井:才能の原石たちと巡り合うことができて、本当に幸運でしたね。
軽部:監督にとって、『リリイ・シュシュのすべて』はどんな作品ですか?
岩井:1人で作れるレベルではなかったな、ということを一番感じます。たくさんの人が参加してくれて「リリイ・シュシュ」というアーティストを作り上げてくれたし、そこからインスパイアされて僕も物語を作れている、という循環が生まれていました。俳優たちもほとんどアマチュアな子たちでしたけど、彼らが持っているパワーとかポテンシャルが僕に返ってきて、それにまた僕がレスポンスする、という感じでしたね。
最新作『ヴァンパイア』はヘンな映画!?
軽部:蒼井優さんにとって『リリイ・シュシュのすべて』はどういう作品なんでしょうか?
蒼井:いい思い出であり、誇りですね。役者って、常に「何が良くて、何が良くないのか」なんていう葛藤をしながら仕事をしていると思うんですけど、そのスタートになったのがこの作品でした。
軽部:悩んだりすると思い出す、蒼井さんの原点となった作品なんですね。その蒼井優さんは、その後『花とアリス』、プロデュース作品の『虹の女神』と岩井作品に立て続けに出演されているわけですが、最新作『ヴァンパイア』にも出演されていますね。これはタイトル通り、吸血鬼が主人公となった映画なんでしょうか?
『ヴァンパイア』©Vampire@2011Rockwell Eyes Inc All Right Reserved.
岩井:ちょっと違うんです。血を飲んだりするのが好きな吸血鬼のような男と、自殺を考えている女の子の話なんですが、すごくヘンな内容だよね。
蒼井:ヘンな内容ですね(笑)。
軽部:蒼井優さんはどういう役なんですか?
蒼井:主人公の「自称吸血鬼」は学校の先生なんですが、そこへ留学生として通っている女の子の役です。自分の居場所を見つけられなくて、でも誰かに頼りたいという女の子ですね。
『ヴァンパイア』©Vampire@2011Rockwell Eyes Inc All Right Reserved
軽部:全編英語で撮られていますが、相当練習したんですか?
蒼井:そうなんです。でも、しっかり練習してからカナダに入ってみたら、留学生に見えないから「アイ・ワナ」じゃなくて「アイ・ウォント・トゥ」にしてくださいって指示されたり、結局あんまり練習した意味がなかったんです(笑)。
軽部:岩井監督の作品ですから、観客の感情に訴えかけるような、情感のあるストーリーなんでしょうか?
岩井:そうですね…相当ヘンで、登場人物はみんなピュアで、なんか憎めないところがありますね。自殺という、ちょっと重たいテーマが真ん中にありつつ、彼らにしか分からない信頼関係が築かれているような映画です。
『ヴァンパイア』©Vampire@2011Rockwell Eyes Inc All Right Reserved.
軽部:個人的には、また『リリイ・シュシュのすべて』のような日本が舞台で、日本の俳優さんたちを起用した作品を撮っていただきたいと思っていますが、いかがでしょうか。
岩井:ええ、考えていますよ。「日本で撮りたいなぁ」とは常に思っていますので、完成したらぜひご覧ください。
軽部:日本の風景をもっとも美しく撮られる監督だと思っているので、ぜひお待ちしたいと思います。そして蒼井優さん、ますます頑張ってくださいね。
蒼井:ありがとうございます。10年後も観ていただけるような作品を、これからも作っていきたいなと思っています。
蒼井優の魅力を「器用ではないけれど、いろんな個性を持っている女優」と評する岩井俊二監督。トークイベント後の取材では、「震災以降、今の日本を撮りたいという思いをさらに強めている。自分自身がさらに殻を脱ぎ、既製品ではないような作品を作らなければ、観客の期待に応えられない気がする」という頼もしい言葉を聴くことができた。
- 番組情報
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- 『日曜邦画劇場』500回記念スペシャル
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2011年5月1日(日)『容疑者Xの献身』ゲスト:福山雅治
2011年5月8日(日)『リリイ・シュシュのすべて』ゲスト:岩井俊二監督、蒼井優
2011年5月15日(日)『シコふんじゃった。』ゲスト:周防正行監督、竹中直人
2011年5月22日(日)『愛を乞うひと』ゲスト:原田美枝子、野波麻帆、平山秀幸監督
2011年5月29日(日)『あ・うん』ゲスト:板東英二、降旗康男監督、木村大作撮影監督
- プロフィール
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- 蒼井優
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1985年生まれ。福岡県出身。小学校時代よりモデル事務所に所属し、CMや広告に出演。映画デビュー作は岩井俊二監督の『リリィ・シュシュのすべて』(2001)。援助交際を行う中学生・津田詩織を熱演した。2003年には『高校教師』で初の連続ドラマレギュラー出演。2006年、映画『フラガール』で第30回日本アカデミー賞最優秀助演女優賞を受賞。2010年には大河ドラマ『龍馬伝』の元役を務める。岩井監督作品には『花とアリス』(2004)に引き続き、『ヴァンパイア』にも出演。
1963年生まれ。宮城県仙台市出身。1988年より、音楽ビデオとCATVの仕事からスタート。1993年、テレビドラマ『ifもしも~打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』で日本映画監督協会新人賞を映画監督としてデビューする前に受賞。その後映画へ進出し、1995年に『Love Letter』、1996年には長篇第2作目として、架空都市『円都』(イェンタウン)を舞台にしたサクセスストーリー『スワロウテイル』を発表。2000年4月から7月にかけてインターネット上で、BBS(電子掲示板)のスタイルを使い、一般の人たちの対話の中から物語を展開していく異色のインターネット小説『リリイ・シュシュのすべて』を発表。2001年にはその小説を自ら映画化。そして2003年ショートフィルム『花とアリス』をインターネット上で発表し翌年には長編映画『花とアリス』を劇場公開した。最新作は、蒼井優主演の『ヴァンパイア』。
1962年生まれ。1985年、フジテレビ入社。1994年より朝の報道番組『めざましテレビ』にレギュラー出演している。また、同僚の笠井信輔アナウンサーとのコンビは「男おばさん」と呼ばれ、映画関連の仕事等を行う。日本映画専門チャンネルでは『日曜邦画劇場』の支配人を番組開始当初より務め、2011年5月に500回目の放送を迎えた。
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