日本のアートって何だろう? 東京では綺麗な現代アートギャラリーで連夜オープニングパーティーが行われ、「アート」好きな人達の交流の場となっている。一方国宝や重要文化財と呼ばれる「美術品」は、博物館や寺社仏閣の中に安置され、歴史や観光好きな人達に楽しまれている。どちらも日本のアートなのに、このふたつの間には、まったく別のカルチャーのように、広く深い溝が横たわっている。昨年、そんな状況に異議を唱え、断絶された日本のアートを丸ごとキュレーションし、話題を呼んだ展覧会が、美術史家、山下裕二による『シャッフル』である。その続編が3月30日から4月1日まで開催される『アートフェア東京2012』の特別企画『シャッフルII』として展示されることになった。
『アートフェア東京2012』では、昨年のNHK紅白歌合戦で「嵐」の映像効果を担当したウルトラテクノロジスト集団「チームラボ」や、伊勢谷友介が代表をつとめ、東日本大震災の復興支援に奔走する「リバースプロジェクト」の特別ブース。さらにChim↑pomのインスタレーションや、山川冬樹のパフォーマンスなどブースに収まりきらないアグレッシブな表現の数々。まさしく「今日の日本の表現」のすべてが集結する。常に日本のアートが持つ無限のポテンシャルを掘り起こし、発信してきた山下に、『シャッフルII』に向けた意気込みをたずねた。
僕の職業は「応援」すること
―今回の『アートフェア東京2012(以下AFT)』で『シャッフルII』を開催することになった経緯を教えてください。
山下:事務局の方から突然のご依頼があったんです。AFTには現代美術、近代美術、古美術などのギャラリーが出展していて、バリエーションがあるとも言えるし、ごちゃごちゃしているとも言える。そういったある種のカオス的状況を象徴する企画をキュレーションしてほしいという依頼でした。幸いにして僕は現代美術と古美術の両方にまたがって見ているものだから、白羽の矢が立ったということでしょう。
―山下さんは2011年に白金高輪で最初の『シャッフル』をキュレーションされています。前回は現代美術と古美術の融合という内容でした。
本堀雄二『BUTSU』NANZUKA UNDER GROUND
山下:融合というより、衝突させるという感じだね。異質な物同士がぶつかって、火花を散らす。既存の価値観をいったんご破算にしてみせようというものでした。だから重要文化財クラスの仏像の隣に、本堀雄二さんのダンボール仏を置いてみた。今回も本堀さんの作品は『シャッフルII』の鍵になっています。あえてチープで現代的な素材を主役に据えるというね。
―今回のラインナップを見ると、江戸から明治期にかけての工芸的な作品が多いですね。
山下:いま僕が最も応援したい分野が、まさにそれなんです。前回はロンドンギャラリーから仏教美術や、円山応挙の作品をお借りして、従来の美術史のなかでもっとも高く評価されている本筋を揃えました。でも、今回は今までのアカデミックな世界では評価されてこなかったけれど、見た人が文句なく「すごい!」と思える高度な工芸作品を世に知らしめたかった。僕の職業は応援ですから。
山下裕二
―山下さんは「日本美術応援団」を名乗っていますね。現代美術の応援もされるんですか?
山下:現代美術はあんまり応援したくないんだよね(笑)。でも、無名の現代美術作家は応援しますよ。
―既に評価されているものは応援の必要はないと思いますが、無名の、というと?
森淳一『coma』ミヅマアートギャラリー
山下:つまり凄い実力を持っているにも関わらず、世間の認知度はそうでもない作家。ギャップがあればあるほど、僕は応援に燃えるわけ。15年間ぐらい、応援団員のコスプレをしたり、いろいろやってきた甲斐もあって、特に江戸の絵画への関心はすごく高まってきた。美術館でやる展覧会にも行列ができるようになりました。でも明治の工芸はまだまだこれから。現代美術にしても実力はあっても、世間的には無名という人がごろごろいる。今回はそんな作家や作品を中心にピックアップしています。
縄文土器が買える!? 時代・ジャンルの枠を超えた展示
―今回の展示構成について教えてください。
山下:まずスペースの中央に大きな縄文土器を置いて、周りに小型の土器や破片を配置します。すべての日本の芸術の源である縄文がドンとあって、そのパワーが周囲に放射状に降り注ぐという構成です。
―縄文土器も買えるんですか?
山下:ええ。破片だったら3,000〜5,000円ぐらい。昔は日本全国で縄文土器がざくざく出ていた。それで子どもの時に土器拾いして考古学者になった人がたくさんいます。3000年以上も前の物を買えるなんて楽しいよね。
―展示模型を見ると、その周りに仏像や神像が並んでいますね。
佐々木誠『祖形(ルビ:ヒトガタ)』羽黒洞
山下:これは信仰の世界。日本古来のアニミズム的、縄文的なパワーが連綿と続いている…というイメージです。左右には、ロンドンギャラリーからお借りした重要文化財クラスの仏像が2体。その奥には本堀さんのダンボール仏、それから佐々木誠さんの木彫作品。佐々木さんは凄い彫刻家ですよ。いまだ知る人ぞ知るという人ですが、作品を見てもらえば、「おいおい…」と唸るのは間違いない。東京藝大出身の連中に「ぶったまげてみろ!」と言いたいぐらいです。これが200万円ぐらいですよ。お買い得どころじゃない。10年後には10倍になっているよ。君も買ったほうがいいよ!
―欲しいですけど、お金がないです…(笑)
山下:残念、じゃあ僕が買おうかな(笑)。それから日本画家の神戸智行さん。彼の技法は非常に独創的で面白い。極薄の和紙に彩色して、何層にも貼り重ねていくんです。実物を見ると、すごく表情豊かなテクスチャーが現れている。それから前原冬樹さん。一木の木彫に油絵具で彩色する作家です。
―一本の木から彫り出しているんですか?
前原冬樹『一刻』YOKOI FINE ART
山下:本物と見まがうばかりの枝を丁寧に彫り出しています。だから触れたら折れてしまうぐらい繊細。超絶技巧を特徴とする彫刻家のなかには、パーツをつくって継ぎ足している人もいるけど、前原さんは違う。クレイジーですよ(笑)。元プロボクサーという異色の経歴の持ち主でもある。彼の作品はもうひとつあって。この『ノミにトランプ』が会場入り口に飾られます。シャッフルだから、トランプはちょうどいいなと思って。
―今回は、山下さんのコレクションも出品されるんですか?
松井冬子『咳』成山画廊
山下:松井冬子さんと山口英紀さんの作品を1点ずつ。松井さんの作品は自画像的な幽霊を描いた初期の作品で、横浜美術館の個展に貸し出していたものを展示します。山口さんも無名ながら超実力派です。一見、写真か鉛筆画のように見える絵を描いているのだけど、じつは絹に描いた水墨画なんですよ。山口さんは中国に留学して書も勉強していた人で、筆で緊張感のある線を引くということに関して彼の右に出る人はちょっといないと思います。この2人の作品の隣に来るのが円山応挙の弟子、山口素絢の幽霊画です。
―松井さんの絵と対応していますね。
山下:松井さんは江戸時代の絵画をすごく意識しているから喜んでいましたよ。しかも2作ともモチーフが幽霊だからね。そういう隠れたつながりもあるんですよ。
山口英紀『右心房・左心室』
アートに対するみんなの感覚をシャッフルしたい
―全体を見ていると、和洋折衷なモチーフ、いろいろな時代、ジャンルの美術が並んでいますね。
山下:まさしくシャッフルということです。前回も参加されたロンドンギャラリーに加え、清水三年坂美術館館長の村田理如(むらた・まさゆき)さんにもご協力いただいています。村田さんは幕末・明治の工芸品のコレクターとして僕がもっとも信頼している人です。1867年の第2回パリ万博に日本が初出品して以降、明治期の優れた工芸品は海外に大量流出しているんです。それらの多くはロンドンのビクトリア&アルバート美術館などに収蔵されていますが、最近個人コレクターのコレクションが市場に出てきて、村田さんはそれをせっせと買い戻している人です。
―村田さんは何のために明治期の工芸品を買い戻しているのですか?
『瀑布図』無銘
山下:村田さんは明治の日本人のものづくりのレベルの高さを日本人に知らしめたいと思ってコレクションを続けているんです。例えば、日本の風光明媚な風景を刺繍でかたどったスーパーリアル刺繍。職人の名前は記録に残っていないけれど、この手の高度な工芸品は、明治期に皇室に献上されたりもしています。今回出品している作品も、イギリスに流出していたのを村田さんが買い戻してきたものなんです。
―山下さんご自身もコレクターであるわけですが、作品を購入するということをどのようにお考えですか?
山下:僕はコレクターといっても、買った作品を自分の家に飾りたいわけじゃないんですよ。基本的にはダンボール入れっぱなしで、トランクルームや仕事場に放っておいている。あるいは美術館に貸したら、そのまま預けっぱなしだったりね。むしろ、僕は買うという行為を「献血」だと思っているんです。
―献血ですか。
山下:献血による自己満足なんです。幸いにして僕は美術の世界で飯が食えている、だから食えていない作家の作品を買う、というかたちで彼らに献血する。それから、古美術は持っている数は少ないですけど、本来の価値に対して、あまりに安く流通しているものに対して義憤を感じて買うわけです。それはいかんじゃないか、と。
―今の市場の中で、山下さんが凄いと思うものと、一般的な評価にギャップがあるとおっしゃられていましたが、その原因はどこにあると思いますか。
山下:みんなシャッフルしてないからじゃないですかね。ある特定の狭いカテゴリーの中だけで価値観を形成してしまっている。おしゃれ現代アート好きの人たちは、華やかなアートフェアに行って、シャンパンを呑んでいるだけで、社交にしか興味がない人もいる。古美術のほうも、本当に手垢のついたような古い価値観で、旧来から確立しているものしか見ようとしていないですよね。
『仏手』鎌倉時代
―では、これから実際に『シャッフルII』を見る人に、どのような体験をしてもらいたいですか?
山下:それぞれの人の価値観がシャッフルされることを望みます。AFTの出展ギャラリーは、個々のテイストや価値観を打ち出す作品を出品しています。けれども、今回の企画はシャッフルした状態でさまざまな日本の表現を展示していますから、まず見た人の頭がクラクラくらくらするような空間にしたいんです。シャッフルというのは、自分が持っている価値観や既成概念を「解放」するということですからね。特定の狭いジャンルから飛び出して、縄文から現代まで、日本美術の凄いものを見てほしい。とにかくそういうものをすべてシャッフルして、やっぱり作品を自分の目で見なきゃ駄目なんだ、ということに気付いてほしい。自分の目に自信が持てるようになると、うんと美術が楽しくなるんだから!
―山下さんが日本美術の凄さを確信しているのはなぜですか?
山下:20世紀後半の現代美術というのはアメリカ中心史観で、みんながその尻馬に乗っているから、世界中のどこの美術館に行っても印象派からポスト印象派、抽象表現主義という流れで構成されているでしょう。僕はそれを見るたびに「ふざけるな!」と言いたくなる。西から伝わってきたさまざまな文化や人が流れ流れて来た末に、争いを好まず、自然を愛でて、美を喜ぶ日本人がいるわけで、そりゃあすごいものができるに決まっている。お隣に中国という、歴史も技術もある、とんでもない大国がでーんとあって、日本人はその技術を消化しながら、より洗練度を加えていった。欧米の主観主義とは全く違う美意識があるんです。それをもっと日本人はちゃんと知ったほうがいい。
―3月12日からワシントンDCのアーサー・M.サックラー・ギャラリーで山下さんが企画した『Master of Mercy:Buddha's Amazing Disciples 幕末の絵師 狩野一信 五百羅漢展』が開催されますが、それも大きな成果ですね。
山下:でも日本美術を世界に発信したいなんて気持ちは爪の先ほどもありません。五百羅漢図もどうしても見せてほしいと言われて、嫌々ながら持って行ってるようなものですよ(笑)。わざわざ世界に発信しようと思っている時点で駄目なんです。むこうから頼み込まれて「持って行ってやる」そのぐらいのポテンシャルが本来、日本美術にはあるんですから。
- イベント情報
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- 『アートフェア東京 2012』
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2012年3月30日(金)、3月31日(土)、4月1日(日)
会場:東京都 有楽町 東京国際フォーラム 展示ホール
時間:3月30日(金)11:00〜21:00、3月31日(土)11:00〜20:00、4月1日(日)10:30〜17:00
料金:
当日 1DAYパスポート2,000円、3DAYパスポート3,500円
前売 1DAYパスポート1,500円、3DAYパスポート3,000円、小学生以下無料(但し大人同伴)
- プロフィール
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- 山下裕二
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1958年生まれ。日本美術史研究者、美術評論家、明治学院大学教授、日本美術応援団団長、山種美術館顧問、森美術館理事。東京大学文学部美術史学科卒業、同大学院修了。もともとの専門は室町時代の水墨画だが、赤瀬川原平氏と共に「日本美術応援団」を名乗り、縄文から現代までの様々な作家や作品を応援し、その普及と再評価に努めている。主な著書に『室町絵画の残像』『岡本太郎宣言』『日本美術の20世紀』『一夜漬け日本美術史』など。
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