ヒップホップと落語とアートの交差点 加納俊輔インタビュー

化粧品メーカーとして知られる資生堂は、アートとの関わりが特に深い企業だ。同社が発行する企業文化誌『花椿』では、ファッションとアートを架橋する試みが多く行われているし、遡れば初代社長の福原信三は、大正期の写真表現を支えた写真家でもあった。そんな資生堂が年に一度開催するのが公募展『shiseido art egg』である。毎回3名(組)の新進アーティストを選抜し、資生堂ギャラリーでそれぞれの個展を開催してきた同企画は、宮永愛子、曽谷朝絵ら現在第一線で活躍する表現者たちをバックアップしてきた。

8回目を迎えた今年選ばれたのは、加納俊輔、今井俊介、古橋まどかの3名。今回は先陣をきって1月10日より展覧会を行なっている加納にインタビューを行った。一見難解なコンセプチュアルアートを作るようにも見える加納俊輔。しかし話を聞いて出て来たのは、RHYMESTERの宇多丸や桂枝雀といった、異分野のアーティストへのシンパシー、コンセプチュアルでありながらも理論を越えた爆発力を目指したいという思いだった。

コンセプチュアルでありつつ、視覚的にも驚いたり楽しんでもらえるような爆発力を作品に込められたら、って思うんです。

―まずは、『第8回shiseido art egg』ご入選おめでとうございます。加納さんは若手作家ながら、すでに現代美術界での評価も高く、清水穣さん(美術批評家)などによって多くのレビューが書かれています。そこで今日は作品についてだけでなく、加納さん自身についても広くうかがえればと思います。

加納:ありがとうございます。よろしくお願いします。

―さっそく素朴な疑問なんですが、加納さんがアーティストになろうと決心したのはいつ頃だったんですか? アーティストになるって、けっこうリスキーな選択でもありますよね?

加納:アーティストというか、美大に行こうと決めたのが高校2年生のときで、周りに比べてだいぶ遅かったんです。美大って高校に入る前から目指している人もいるし、高校に入ったら美術予備校にも通い始めるというのが普通なんですよ。でも、僕はずーっとサッカーばかりやっていて、そろそろ進路を決めなきゃいけないという時期になって、「美大ってありかも?」と思い始めたんです。

加納俊輔
加納俊輔

―何かきっかけになることがあったんですか?

加納:バンド活動をやったり、音楽イベントを企画している友だちが周りに何人もいたんですよ。それをちょこちょこ観に行っていて、そこで配られているフライヤーのデザインとかが気になり出したのが最初でした。で、「グラフィックデザインも悪くないなあ」と。

―ということは、最初はデザイナー志望だったんですね。

加納:でも、美大受験の準備をずっとしてきたわけでもなく、その後もわりとふらふら遊んでいたので、気がついたら2浪もしてしまっていて(苦笑)。そこで緊急家族会議が開かれて「次が駄目だったら、もう働くしかないんじゃないか?」と言われて、さすがにちょっと焦って。

―親からプレッシャーをかけられて(笑)。

加納:といっても、普通の大学に行く気はさらさらなくて。それで、一念発起して京都嵯峨芸術大学の版画分野に入学したんです。版画は印刷術なので、グラフィックデザインとの親和性もあるかな、と考えて。

―じゃあ、そこからデザイナーへの道が始まった?

加納:いえ。実際に大学に入ってみたら、あくまでも美術作品としての版画を教える学科で、グラフィックデザインとはあまり関係がなかったんです。ちゃんと調べたら分かるだろう、って感じですけど(笑)。でも新鮮でした。1年目は版画を作らずに、造形訓練みたいなことをするんですね。紙をただ真っ黒にするとか、そういうのがけっこう楽しくて、次第にデザイナーになることが重要ではなくなっていきました。とはいえアートを真剣に考えるという感じでもなくて、「デザインorアート」という区分で考えずに、素直に面白いと思えるものをやっていきたいなと。

『加納俊輔展』展示風景 撮影:西田香織
『加納俊輔展』展示風景 撮影:西田香織

―素直に面白いと思われるもの……。でも、加納さんの作品は、難解って言われることもありませんか? 評価の高い最近のシリーズで、ベニヤ板で作った立方体の各面に、その立方体の表面を撮影した写真を貼付けて……っていう立体作品がありますよね。色づかいとかはポップだけど、初めて観た人は「?」ってなると思います。さらに難解な批評を書くというイメージの清水穣さんから評価されているというのもポイントで(笑)。「加納俊輔=よく分からん」っていうのも正直なところかもしれません。

加納:(笑)。でも、初期にマンガのコマをモチーフにした作品があるのですが、その作品は、観てくれた人を「驚かせたい!」という思いもあって作っていたんですよ。

『B&B_02』2008 lambda print 385×470mm
『B&B_02』2008 lambda print 385×470mm

―あ、以前ポートフォリオで拝見させていただいたことがあります。『ドラゴンボール』とか、マンガの1コマを引用して、フキダシとか集中線を実際の風景写真で再現しようとする作品ですね。たしかに驚きました。

加納:僕の作品は、コンセプチュアルな作品として見られることが多いのですが、それだけじゃなくて視覚的にも驚いたり楽しんでもらえるような爆発力を作品に込められたら、って思うんですよね。

「かさぶた」が都道府県のかたちになっている作品のアイデアを思いついて、それを実現するために写真を使うようになりました。

―でも、マンガの1コマを引用した作品って、写真でしたよね? それまで版画の勉強をされていたのでは?

加納:大学3年生になるとゼミを選ぶんです。それで僕はシルクスクリーンのコースを選択したんですが、その先生に最初から「加納は版画をしなくてもいいよ」と言われてしまって(笑)。

―放任主義的なゼミだったんですか?

加納:いや、もともと版画から外れていこうとする趣向が僕にあったからだと思うんですけど。それで最初は立体作品を作っていたんですが、その過程で思いついたアイデアのなかに「これはちょっと立体では難しいな。でも写真だったらイケそう!」というのがあって、そこから写真を使うようになっていったんです。

『加納俊輔展』展示風景 撮影:西田香織
『加納俊輔展』展示風景 撮影:西田香織

―それは、どういう作品だったんですか?

加納:「かさぶた」が北海道や沖縄県など、都道府県のかたちになっている写真作品です。じつは、その前にも「コーヒーをこぼしたら偶然バナナのかたちになってしまった」っていう作品を作っていたんですが、それはシートでマスキングしておいてコーヒーをこぼして、染みがバナナのかたちに見えるようにしたんです。でも、本物のかさぶたを都道府県のかたちに作るのは難しいし、それを展示するのは少しえげつないかなと思って。

―たしかに(笑)。ということは、そのかさぶたのかたちは画像処理を使って作られたんですか?

加納:そうです。なんとなく曖昧に見えるというのが嫌で、はっきり見せたい。だから最初から画像処理することを前提にして作っていましたね。でも、プレーンにものを見てもらえるのは写真というメディアの良いところだと思います。実際にあったことの上にもう1枚フィルターがかかることで、最初に思い浮かべていたイメージに直結しやすいというか、アイデアの面白さそのものに直接目が向くんです。

『加納俊輔展』展示風景 撮影:西田香織
『加納俊輔展』展示風景 撮影:西田香織

RHYMESTERの宇多丸さんやトーマス・ルフは、理論で押さえている部分と「面白かったらいい」っていう爆発的な部分の両方があって、凄いなと思います。

―以前、あるインタビューで「ヒップホップと落語が好き」と話しているのを読んだのですが、もともと音楽は好きだったんですか?

加納:そんなに詳しくないんですけど、音楽のなかで何が好きかと聞かれたら、やっぱりヒップホップと答えると思います。日本人だったらRHYMESTERとかが好きですね。

―自身の作品と好きな音楽の間に影響関係があると思いますか?

加納:一応は関係していると思います。先ほどお話ししたマンガのシリーズとかは特にそうですね。「(描かれた)マンガ」と「(撮影された)写真」ってまったく違うものだけれど、造形的には同じものと言えなくもない。美術の表現に「コラージュ」ってありますけど、ああいった恣意性によって選んだものを貼っていくというやり方が僕には向いていないというか。何らかのルールを元に選ばれたものを一緒に並べたときに出てくる意味の落差を見てみたいし、見せたい。それって、ラップで韻を踏んで言葉を繋いでいって、その先に全然違う日本語ができてくるとか、使ったことのない言葉になる、みたいな面白さにも通じると思うんです。

加納俊輔

―ヒップホップには、いわゆる言葉遊び的な面白さもありますよね。

加納:だから、広く言えば言葉に興味があるんだと思います。落語も言葉を使った表現でありながら、流れでもあったりする。名人クラスになると、何を喋っているのか分からなくても、ほとんどメロディーみたいに聴こえるときがある。心地良さがあり、かつ物語でもあるような、二重三重の言葉の解釈みたいなものに凄い興味があるんです。

―好きな噺家はいますか?

加納:桂枝雀さんですね! 単純にカッコいいんです。落語のような伝統芸能って凄く高尚なものになってしまっている部分もありますけど、枝雀さんは常に「お笑い」として落語を考えていると思います。

―そういえば、『しゃべれども しゃべれども』という映画で、大阪から転校して来た小学生がクラスメイトを見返すため、それまで興味のなかった落語を勉強するくだりがあるんですけど、枝雀の『まんじゅうこわい』に一聴して引き込まれちゃうんですよね。これは映画の話ですけど、小学生にも伝わるリズム感やライブ性というものが枝雀の落語の核になっている。お話をうかがっていて少し意外だったんですが、加納さんってメロディーを繋げていくような気持ち良さを、作品作りのなかで重視されているところもあるんでしょうか?

加納:あるかもしれないですね。抽象的な言い方ですけど、全部平らにして綺麗に流れていくっていうよりは、何かゴツゴツしているけど流れていくような。「ぶつかり合ってるけど、しっくり来る」っていう感じを求めているのかもしれません。枝雀さんって、面白可笑しいところだけがピックアップされがちなんですけど、じつはかなりの理論派なんですよね。落語のオチは4つのパターンに分けられるとか、お笑いの在り方は10何個に分けられるとか。そういう理論的で口うるさいところも結構好きで。それはRHYMESTERの宇多丸さんにも通じるところです。

『加納俊輔展』展示風景 撮影:西田香織
『加納俊輔展』展示風景 撮影:西田香織

―日本語ラップにおける理論家ですからね。『5時に夢中!サタデー』だと下ネタばっかりしゃべってますけど(笑)。

加納:ルールや制約といった、言わば理論的な部分と、それだけには収まらない爆発的な力のようなものが同居している感じが凄くいいです。ただ、僕自身は感情みたいなもので作品を作りたいと思ったことはないし、できる限りそういったものは消えるものとしてとらえたい。表現主義的な、自分の感情を塗りたくっていくみたいな表現はちょっと苦手なんです。

―トーマス・ルフみたいなアーティストは好きだったりしませんか? ルフもJPEGデータとか、ネット上のポルノ画像を使って作品にしていたり、感情的なものからは距離を置きますよね。

加納:好きです。トーマス・ルフは、理論で押さえている部分と「面白ければいい」っていう爆発的な部分の両方があって、凄いなと思います。

資生堂ギャラリーという大きな展示スペースで、自分がどれだけのことができるのか挑戦してみたい。

―お話をうかがっていて、加納さんの軸が見えてきた気がします。先ほどの「かさぶた」の話に戻るんですが、「今ここにあるものを撮る」という要素って、写真の1つの核心だと思うんですよ。だから画像処理をたっぷり使ってイメージをかたちにするというのは、写真表現にとってキワどくも感じる。たとえば漫画のシリーズもそうですが、加納さんは画像処理を迷いなく使うなあ、と思っていたんですが。

加納:(笑)。写真の教育をちゃんと受けていないことも大きいと思います。デザインに興味を持って、版画に進んで、版画でもちょっと外側のことをやって。作品に写真は使っているけれど、写真の文脈内で表現しているっていう感覚は今もほとんどないです。もっと言ってしまうと、版画をやっている感覚もないし、絵を作っているわけでもない。全部に対してどっち付かずの状態。でも、この揺れ動く状態をずっと続けていけたらなあ、と思っています。

『加納俊輔展』展示風景 撮影:西田香織
『加納俊輔展』展示風景 撮影:西田香織

―なるほど。加納さんの作品に感じた軽やかさや、すべてに対して開かれているような印象の理由はそこにあるのかもしれないです。凄く魅力的ですよね。

加納:ありがとうございます(笑)。

―今回の資生堂ギャラリーでの個展についても、おうかがいしたいのですが、そもそも『shiseido art egg』に応募された理由は?

加納:理由は単純です。この大きな展示スペースでどれだけのことが自分にできるかという挑戦。小さいスペースを前提に作品を作っていると、手に収まるくらいのサイズで空間を構成するような考え方に凝り固まってしまう。だから、自分の身体的にちょっと届かない距離のもの、限界を超えるようなサイズを展開できる空間として資生堂ギャラリーは魅力的でした。そもそも写真って制約の多いメディアで、解像度や出力できるプリントサイズの限界を否応なく前提としてしまう。でも、それを取り払いたくて。

『加納俊輔展』展示風景 撮影:西田香織
『加納俊輔展』展示風景 撮影:西田香織

―たしかに、これまでの加納さんの作品は、日常生活の延長に画像や写真があるような、手に収まる感じの身近さが特徴だったと思います。それをもうちょっと大きくするということは、ある意味で彫刻的なアプローチになるのでしょうか。

加納:僕のなかで写真というのはプリントやイメージだけではないんですよ。たとえば写真をマウントする支持体も含めて写真だし、もっと言うとイメージが焼き付けられる印画紙自体も写真の一部として考えたい。当たり前のことですけど、写真は「もの」でもあるわけです。そういう意味では彫刻的とも言えます。イメージが載っている紙というか。

加納俊輔

―「写真」を「もの」に還元し、さらに「もの」を「写真」に還元することで、「写真=イメージ」と「もの」の関係をより濃厚にしていくというか。

加納:僕が今やりたいのは、「写真」と「もの」を同じ場所に置いたときにどのような違和感が出るか、という実験なんです。木目の上に、木目を撮影した写真を貼る。一見すると写真に見えないかもしれないけれど、じつは写真である。その経験について考えてみたい。そういったコンセプトを見てほしいし、そこで驚いたり楽しんでくれたら、と思いますね。

イベント情報
『第8回 shiseido art egg』

『加納俊輔展』
2014年1月10日(金)〜2月2日(日)
『今井俊介展』
2014年2月7日(金)〜3月2日(日)
『古橋まどか展
2014年3月7日(金)〜3月30日(日)

会場:東京都 銀座 資生堂ギャラリー
時間:火〜土曜11:00〜19:00、日曜・祝日11:00〜18:00
休館日:月曜(祝日が月曜にあたる場合も休館)
料金:無料

ギャラリートーク
2014年1月11日(土)14:00〜14:30
出演:加納俊輔
料金:無料(予約不要)

ギャラリートーク
2014年2月8日(土)14:00〜14:30
出演:今井俊介
料金:無料(予約不要)

ギャラリートーク
2014年3月8日(土)14:00〜14:30
出演:古橋まどか
料金:無料(予約不要)

プロフィール
加納俊輔(かのう しゅんすけ)

1983年大阪生まれ。2010年京都嵯峨芸術大学大学院芸術研究科修了。主なグループ展に、『加納俊輔・高橋耕平展「パズルと反芻」』(island MEDIUM、NADiff window gallery、実家|JIKKA)、『かげうつしー写映・遷移・伝染ー』(@KCUA)、『第15回岡本太郎現代芸術賞展』(川崎市岡本太郎美術館)等。現在、京都在住。



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