感性が刺激される芸術と文化の秋。10月17日から六本木・東京ミッドタウンで開催される『Tokyo Midtown DESIGN TOUCH』も、そんなイベントの一つ。今年は「デザインのスイッチ」をテーマに、各界のクリエイターや研究者による青空教室など、多彩な企画が予定されている。
さて、その中でも特にイチオシなのが『スワリの森』だ。木々に囲まれた芝生広場に、多彩なかたちのイスが登場し、不思議な憩いの空間が現れる。けれども、単なる休憩のスペースでもないらしい。アーティストやデザイナーが制作したイスに腰掛けてみたり、いろんな仕掛けを体感してみたりすることで、さまざまな「気づき」を得ることができるという。そこで今回は、同企画のディレクションを担当したクリエイティブディレクターの古屋遙さん、「科学の楽しさをすべての人に」を合言葉にワークショップなどを行うガリレオ工房の稲田大祐さんをお招きし、『スワリの森』が目指すものを聞いた。デザインと科学が出会うことでONになるスイッチとはいったい何だろう?
今回はイスのビジュアルの先入観から一旦離れて、「座る」というアクションの原点に立ち返ろうと思ったんです。(古屋)
―今年で8回目を迎える『Tokyo Midtown DESIGN TOUCH』では、古屋さん、そして稲田さんが参加されているガリレオ工房が『スワリの森』のディレクションと科学監修を担当してらっしゃいます。東京ミッドタウンの芝生広場に一風変わったイスが何脚も登場すると聞いたのですが。
稲田:『DESIGN TOUCH』の今年のテーマが「デザインのスイッチ」で、「科学」を使ってスイッチをONにする、というお題をまず初めにいただいたんです。それで電車に乗っているときに「どうしようかな? 何しようかな?」と考えていて思いついたのが、「座る」というアイデアでした。
―電車の座席で「座る」ことについて考えたんですね。
稲田:座っているときって、からだは休憩していますよね。逆に歩いているときはからだを使っている。じゃあ、休んでいるときに、頭を使ってもらったらどうなるだろうと思って。
―うーん。歩いてるときだって、頭は使いますよね?
稲田:そうですね。でも例えば、街を歩いていると目や耳から情報が次々に入ってきては、すぐに流れていってしまうでしょう。それが、立ち止まることで集中して考えてもらう体勢ができる。つまり、座ることで思考のスイッチがONになる。
―なるほど。
稲田:でも、初めから「それでは科学実験して試してみましょう!」と言ってしまうとハードルが高く感じる人もいるかもしれない。そこで、古屋さんたちに加わってもらうことで、もうちょっと柔らかく科学の魅力を伝えることができるんじゃないかと思ったんです。
古屋:私は普段、ARやプロジェクションマッピングのように先端技術を使った空間演出や映像の仕事をする機会が多いんですけど、科学技術が大好きで、科学から学ぶことがとても多いと感じています。ですから今回のお誘いはとても光栄でした。『スワリの森』では5組のアーティストの皆さんとも協力して、約20脚のイスを設置します。
―「座る」というアイデアから始まっていますから、アウトプットの手段として、自然と「イスをデザインする」という流れになったんでしょうか?
古屋:そうですね。でもイスってビジュアルの先入観がとても強いじゃないですか。4本脚で、座面があって、背もたれがある。今回はそのイメージから一旦離れようという話をしました。つまり、イスを作るという考えをストップして、「座る」というアクションの原点に立ち返ろうと。なので、一見してイスには見えないようなバラバラなかたちの作品が登場するんです。
―デザイナーの鈴木康広さんや、建築家の大西麻貴さん、百田有希さんなど、バラエティー豊かな顔ぶれに期待が高まりますね。ところで、個人的に一番気になるのは、どのイスがデートにオススメなのかということなんですが。
古屋:科学的に恋愛に有利なイスといったらどれでしょうか、先生。
稲田:『ハートバランス!イス』がオススメですね。
古屋:2人以上で座らないとバランスが取れないイスですね。
稲田:日常生活でグラグラする場所に座ることはあまりないですから、このイスに座って2人でバランスを取りながらいろんな話をしてほしいです。結婚間近のカップルだったら「家事は平等にしようね」とか。
古屋:「あら、ちょっと最近太ったんじゃない?」なんて言われちゃう可能性も(笑)。お互いが歩み寄らないとバランスが成立しない状況は、会話を生むきっかけになりますよね。
稲田:デートの会話のきっかけに、シーソーの科学的な話をしたりね。「体重の軽い人はどんどん端のほうに座って、重い人は中心寄りに座るよね。そういえば、あれはテコの支点・力点・作用点の関係だったんだよ!」「そうなんだー!」なんて(笑)。
実際にアイデアをかたちにするには、技術や科学の力が必要ですよね。この世界にあるルールの中にアイデアを落とし込んでいかないといけない。(古屋)
―アーティストの皆さんとはどんな風に共同制作を進めたのですか?
古屋:まずは47品目の「科学リスト」を初めにお見せして、そこからアイデアを膨らませていきました。
―科学リストというのは?
古屋:稲田さんにお願いして、科学でできるアイデアをリストにしていただいたんです。
稲田:「バランス編」や「見た目の違い編」「感覚編」などカテゴリーを分けてアイデアを羅列しました。さらに3週間の展示期間の中で天候の変化に耐えることができて、子どもから大人まで楽しめて……と、ガリレオ工房の滝川(洋二)先生、Rumiさんらと一緒に考えた、いろんな条件をクリアしたアイデア集ですね。
古屋:アーティストさんに対してこちらが一方的に提案するのではなくて、一緒に考えていくスタイルがいいなと思っていました。料理にたとえると、まず材料を先にお見せして、この中から好きな料理を発想してください、という風に。
稲田:関口光太郎さんの『紙の動物イス』に用いた「紙を丸める」というアイデアも、ペラペラの紙でも丸めると強度があるという科学的な出発点から始まったんですよね。
古屋:鈴木啓太さんもいろいろなアイデアを出してくださいました。実現はしませんでしたけど、振り子の動きを用いたイスとか。科学に紐づけたいというのが最初にあって、作家さんの興味が合致したら制作を進めていくという流れでした。
―古屋さんは「科学が大好き」とおしゃっていましたが、それには何か理由があるんでしょうか? もともと演劇を勉強されていたそうですが、それと関係あるのでしょうか。
古屋:中学1年生の頃から演劇をやっていて、舞台空間に想像の世界を再現することにすごく興味があったんです。イギリスの大学に進学したんですけど、そこで教わった大好きな言葉に「What if」というものがありました。「もし○○が××だったらどうなるだろう?」という考え方なんですが、舞台空間って実際の家を建てられるわけでもないし、自由に場所を移動できるわけでもない。ものすごく制限のある場所ですよね。例えばそこに「空飛ぶ人」を表現しようと思ったら、物理や重力、まさしく科学的な要素と想像力の戦いが繰り広げられる。演劇ではソフトウェア的なものと揺るぎない事実をどう融合させるかってことをずっとやっていたんです。
―ソフトウェア的なもの=想像力、揺るぎないもの=物理現象、ということですよね。
古屋:はい。実際にアイデアをかたちにするには、技術や科学の力が必要ですよね。この世界にあるルールの中にアイデアを落とし込んでいかないといけない。ですから科学技術を勉強するのは自分にとって絶対に必要だし、そうやって新しい知覚に触れるのが大好きなんです。
よく自分のタイプを文系と理系に分けてしまう人がいますが、本来は科学やデザインや美術の間に明確な境界はないんです。(稲田)
―一方、科学サイドとして今回関わられている稲田さんのプロフィールもちょっと異色ですよね。小学校で図工の先生をされていて、アーティストとしても活動なさっている。
稲田:よく自分のタイプを文系と理系に分けてしまう人がいますが、レオナルド・ダ・ヴィンチら歴史上の先人たちの仕事を見返すと、医術もやって、絵も描いて、ダ・ヴィンチはヘリコプターの設計図まで引いている。だから本来は科学やデザインや美術の間に明確な境界はないんです。教育制度の便宜上、図工の先生、理科の先生っていう風に境界を引いてしまっているのは私たちのほうで、世界にはなんの境界もない。僕は中学生のときは科学部に所属しつつ、美術もやりたいな、なんて思っていたんですよ。ガリレオ工房に参加することになったのも、科学工作についての本を作ろうよと声をかけられて、やってみたら面白くなって入り込んじゃったんですよね(笑)。だから『スワリの森』のお話をいただいたときも、なんの隔たりも感じず、境界もなくふわーっと入り込めました。
古屋:今回は、せっかく「座る」という日常的なアクションをモチーフにしているんだから、日常の延長線上に『スワリの森』の世界が広がっていくような体験にしたかったんです。会場の芝生広場から出ても、座るという行為はいろんな場面で繰り返されますよね。その瞬間にスイッチが切り替わって、いつもとは違った世界が見えるきっかけになればいいなと思っています。それから、展示の横に情報を置くのをやめることにしました。
―情報?
古屋:ギャラリーの展示には、パネルに作品解説が書かれていますよね。体験する前にそれを読んでしまうと、頭で理解してしまう。でも、科学ってアンサーよりクエスチョンだと思うんです。自分で答えを見つけていくのが科学だよねって。
稲田:そうそう。まずは疑問を感じてほしい。鈴木康広さんの『日本列島のベンチ』も「なぜだろう?」と思ってもらえるような仕掛けがありますよ。全体が傾斜していて、イスとしてはとても座りにくいんです。
古屋:地球の球面のかたちに合わせているんです。
稲田:六本木の位置が中央に来るように設定していて、北海道はけっこう傾いたところにある。逆に沖縄なんて地面スレスレにめり込むくらいの位置にあって。みんな普通に地面に立っていると思って生活しているけど、実は地球が丸くて、みんな違う傾き方で立っているということに改めて気がつくんじゃないでしょうか。
―お話を聞いていると、座るという行為を超えて「世界はこういう風にも見えるんですよ」という提案をしているように感じます。
稲田:そうですね。何かに気づいたり、深く考えてみたりするのに、秋ってぴったりの季節じゃないですか。僕らは科学のことに気づいてほしいし、古屋さんたちデザイン側は作家の想いを投げかけている。それを来場者に受け取ってもらって、いわばキャッチボールができたらいいですね。
他の人よりも5分でも10分でも長く考えてみると、アイデアが出てくるんです。(稲田)
―たくさんのアイデアに溢れた『スワリの森』ですが、お二人は普段どんなことを考えて仕事をしてらっしゃるんでしょうか。
稲田:今は大学で教えているんですけど、学生ってすぐ「そんなの無理です。できないです」って言うんですよ。でも「20代の君たちに無理なことなんてない!」って思うんです。僕は39才で小学校の図工の教員を辞めて、もう一度アーティストの道に進みました。まわりからはたくさんご心配をいただきましたけど(笑)。でも、自分が教えていた子どもたちを見ていて、自分は何をやっているんだろうと考えてしまったんですよ。6歳で小学校に入学してくる子が、たった6年間でたくさんの知識を得て、走るのも速くなって、ピアノも弾けるようになって、卒業していく。それに比べて自分はなんて進歩がないんだ、と。
―子どもの成長には驚かされますよね。
稲田:そう。それで海外で美術を学びなおし、新しい体験をたくさんして、それなりに成長できたと思うんです。だから気持ちがあれば無理なことなんてないんですよ。われわれ大人だってすぐに「できません」って言いがちですよね。突然ですけど、僕はトランペットが趣味なんですよ。
―いきなりですね(笑)。
稲田:トランペットでは腹式呼吸を教わるんですが……ちょっと息をめいっぱい吸ってもらえますか?
―はい……(フーーー)。
稲田:そこが限界ですね? じゃあ、そこからちょっと吸ってみてください。
―……(ヒュッ!)。
稲田:吸えましたね? つまりそこなんですよ!
―ええっ!?
稲田:「もう限界だ」ってみんな言うんですが、実はそこからもう一口吸えるんですよ。たったそれだけのことだけど、0.1秒の差で必ず少し前に出ることができる。それが、あきらめないってことなんです。アイデアがなかなか思い浮かばなくて、一旦別の仕事について考えることもありますよ。でもそこで絶対に手放さない。他の人よりも5分でも10分でも長く考えてみると、アイデアが出てくるんです。
迷子になっている技術……と言ったらヘンかもしれないですけど、人と接することに慣れてない科学や技術って、実はものすごくたくさんあって。(古屋)
古屋:稲田先生のおっしゃる通りだなと思いますね。私もできないことはないと思っています。私の場合は、二次元的な世界というか、もしこうだったらいいのにな、という想像の世界やファンタジーの世界が好きで、いつもそれをどうやって実現できるかを考えているんですね。例えば空に魚が浮いていたらどうだろう? 電車の窓が全部空になっていたらどうだろう? とか。だから、絵を描く、映像にする、というのは現実にかたちにするための一つの手段で、その発展型が今回のように空間を使った表現なんです。そこで必要なものが、私にとっては科学なんです。
稲田:なるほどね。
古屋:科学を理解しておけば、人が想像するものってけっこうかたちにできると思っているんです。だからさっき稲田さんがおっしゃっていた「できないことはない」「もうちょっと息を吸ってみよう」ということを、私の場合は科学と技術を勉強することでやっているのかもしれません。
―古屋さんのテクノロジー系の仕事は、そういう環境から生まれたものなんですね。
古屋:逆に、技術的な研究者の目線からすると、「これはできる=I can」のcanの部分ははっきりしているんですね。でも、それを使って「何をやるか?」という具体的なところまで想像できていない素晴らしい技術というのがすごくいっぱいあるんですよ。研究者の人たちと話していて「これ、何に使えますかね?」という相談を受けることがここ数年とても増えたんです。迷子になっている技術……と言ったらヘンかもしれないですけど、人と接することに慣れてない科学や技術って、実はものすごくたくさんあって。
稲田:「迷子になっている技術」。いい言葉ですね。
古屋:迷子の技術と、私の想像の世界が出会ったときに、いろんなきっかけが生まれたらいいなと思うんです。ひょっとすると、私は科学や技術の翻訳家みたいな仕事をしているのかもしれません。
―古屋さんの過去のお仕事でPEACH JOHNの「BRA LAB」ってあるじゃないですか。「史上最高の着心地の良さ」というキャッチフレーズのブラがあって、柔らかさを計測する機械を使って実証的に検証していく。プリンやパンなどいろんなものと比較していって、最後に「マシュマロと同じでした!」と言われたときに「おおなるほど!」と思いました。
稲田:『スワリの森』もそういうことですよね。科学の側が「こんなことできないかな?」って投げたものを、古屋さんやアーティストがもっと面白く導いてくれる。デザインの力があってこそ、伝わるものになるんです。
古屋:それこそまさにデザイン×サイエンス。掛け合わせるってことですよね。
―稲田先生、さっき古屋さんが言った「迷子になっている技術」ってメモ書きされてましたよね(笑)。
稲田:うん。面白い言葉だと思って。これからいろんな場所で引用しますよ(笑)。もちろん「古屋さんが言ってたんだけどね」と註釈つきで!
- イベント情報
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- 『Tokyo Midtown DESIGN TOUCH 2014』
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2014年10月17日(金)~11月3日(月・祝)
会場:東京都 六本木 東京ミッドタウン各所
- プロフィール
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- 稲田大祐(いなだ だいすけ)
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NPO法人ガリレオ工房会員。相模女子大学 学芸学部 子ども教育学科 准教授。 科学工作のエキスパートとして、子ども向けの科学教室の講師や本の執筆を行う。稻田醍伊祐の名で、石版画、インスタレーションアートなど造形作家としても活躍。来年3月22日から神田 木ノ葉画廊で「トレタテハンガ」と題し、簡易木平版画作品による個展開催予定。
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- 古屋遙(ふるや はるか)
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1986年東京生まれ。ドイツ、イギリスで演劇(空間、映像、音楽、ダンス)の総合演出を経て、広告業界へ。制作会社で、映像等の演出を始め、空間・映像・テクノロジーを組み合わせた企画演出を行い、ファッションショーの演出や、新しい店頭ディスプレイのあり方など、「体験」や「文化創造」に重きを置いた仕掛け・仕組みを作る。2014年7月に独立。フリーランスの演出家としてさまざまな創作活動に携わる。
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