2011年3月11日、未曾有の大災害が東北を襲った。決して忘れることのできないその日から4年が過ぎた今年、3月10日から22日まで12日間にわたって、震災の記憶と記録をアートとして捉え直す特別企画展『1462days ~アートするジャーナリズム~』が開催される。会場は被災地のジャーナリズムを担う東北の新聞社・河北新報の東京支社旧オフィス。東北とゆかりの深いアーティスト10組が、「3.11」以降の1462日間に『河北新報』に掲載された震災関連記事からテーマを選び、廃ビルとなったスペースで作品を発表する。そこで今回、参加アーティストである彫刻家の木村剛士と、アートユニットuwabamiのはらだかおるに、本展覧会への想いを語ってもらった。「3.11」が遠い記憶となりかけた今、作家たちが伝えたいこと、そして私たちが作品を通じ受け取るべきことは何だろうか?
「悲惨」な事実を伝えるなら、アートよりドキュメンタリーのほうが向いている?
―お二人の共通点として東北での創作活動がありますが、『1462days ~アートするジャーナリズム~』(以下『1462days』)展は、「震災の記憶を風化させないこと」が1つの大きなコンセプトです。お話がきたときは、どう思われましたか?
はらだ:東日本大震災の日、私は東京にいて、正直あの状況に対して成す術がないと思っていました。だけどその後、東京在住の東北出身作家が集まるチャリティーイベントに参加したことで、「自分たちにもできることがあったんだ」という発見をしたんです。今回も、東北を知ってもらうイベントに参加することで、故郷に対して貢献できると思い、「ぜひやりたいです!」と手を挙げました。
木村:僕は震災をテーマにしたイベントに参加するのは初めてです。震災後、美術家として東北のために何かをしたいとはずっと思っていましたが、なかなか実行に移すことはできませんでした。その理由の1つが、震災後の悲惨な状況を訴える作品がすでに数多く発表されていたこと。悲惨さを伝える手段なら、作品で抽象的に伝えるよりも、ニュース映像やドキュメンタリーのほうが向いていると僕は思っていて、あのときの被災地の思いというのは、きっと「体験」することでしか実感できないだろうと考えていたんです。ただ、廃ビルの1室を好きなように使わせてもらえるこの展覧会なら、その体験すらも取り込んで表現できるかもしれないと思い、参加させていただくことにしました。
―木村さんも、震災当日は東京にいらっしゃったんですか?
木村:はい。東京もすごい揺れでしたよね。これはえらいことになったとテレビを付けたら……東北が震源。なおのこと驚きました。大学の制作室にいたんですが、コンクリートの床が波を打っていたのがとても衝撃でしたね。
はらだ:親にも1日ほど連絡が通じず、とても心配したんですが……「大丈夫だ!」と信じるしかないと、悶々と時間を過ごした記憶があります。あまりに怖すぎてニュースの中継も見たくなかったので、テレビも付けずにいました。
木村:そう……どこも異常な事態でしたよね。
『1462days ~アートするジャーナリズム~』キービジュアル
―木村さんは主に彫刻やインスタレーション、uwabamiさんはライブペインティングやイラストレーションを制作されていますが、木村さんの場合、作品ごとに表現が大きく異なっているのも印象的です。
木村:できるだけベストな作品を提示するためにも、決まったスタイルを持たないことにしているんです。作品制作には展示空間や環境、時代背景などが大きく影響するので、制作のたびにコンセプトや素材、仕掛けなどを一から構築しています。
はらだ:木村さんが今おっしゃったこと、とても共感できます。私はライブペインティングをする機会が多いんですが、ライブペイントは周囲の空間があって初めてできるものなので、場に応じて作品を作っている感覚がありますね。描き始める前に、周りを歩いてインスピレーションを受けたり、描いている最中に集まってくれた人から話を聞いて、関係するモチーフを絵に入れていったり。
木村:たしかに立体とイラストという違いはありますが、はらださんたちと僕の作品制作には、「空間」によって作品が変化するという意味で、共通する部分があるのかもしれないですね。
はらだ:さらに私の場合は、その空間で私たちのライブペイントに参加した人たちが喜ぶ姿をその場で見れるのが楽しいんです。
木村:ライブならではの面白さですね。じつは僕も今回の展示作品が、まさにそういった感覚を想定していて。視覚だけでなく、リアルタイムの肌感覚を意識しているんですよ。
巨大な災害に直面したアーティスト、それぞれの迷い
―『1462days』の参加作家で、福島在住の佐藤香さんにもお話を伺ったのですが、彼女は震災を通じて地元に関わる原発報道などに疑問を持ち、身体を使ってリアルに物事を知ることの大切さを実感したため、福島の実家の土を使った壁画制作を始めたそうです。お二人は、震災を通じて創作活動や作品に変化はありましたか。
木村:今思えばですが、震災の悲惨なイメージを打ち消すような効果を作品に反映していたような気はします。というのも、先ほど言ったように悲惨な状況を表現することに僕は拒否反応があったので、非常に慎重になっていたんです。思いつきや感情だけで表現しないように、一歩踏みとどまって作品について深く思考しようという意志を強く持つようになりました。
はらだ:私も悲惨な状況を伝える方法として、自分たちの絵を使おうとは思いませんでした。木村さんがおっしゃったように、「これ以上、悲しい状況を見せることに意味はあるのか?」と思って。一方で、良いことばかりを描いて現実を忘れさせるものにもしたくなかったです。震災によって作品が具体的にガラリと変わったわけではないものの、そこは意識してましたね。
木村:被災地を訪れて作品で元気づけようという気持ちにもなれなかった。でも、今振り返ってみると被災地をなんとか励まそうと、あえて踏み込んでいった作家たちの気持ちもわからなくはないんです。きっと、当時は誰もが知らず知らずのうちに、パニック状態になっていたのかな? と思いますね。
はらだ:私も、どこか冷静さを失っていた気はします。海辺に住む友達の中には、実際に亡くなってしまった子もいました。何かしたくても何もできない、だからこそ創作活動を続けなくちゃいけないんだと思いましたね。震災後の2011年8月に、uwabamiで東北全県のお祭りを見て回ったんですが、素直に私ももっと頑張らなきゃと、東北の皆さんからパワーをもらいました。このお祭りで得たものは、水彩画にして東京で展示もしたんです。
どうしても風化しながら忘れ去られていく震災の記憶に対して、今アーティストができること
―『1462days』展は、震災からちょうど4年の月日を経ての開催。東北出身の作家さんにとっても、われわれにとっても、今一度落ち着いて東日本大震災とその後の自分たちについて考えるきっかけとなる展覧会になりそうです。
はらだ:たしかに、今回のお話をいただいて、あらためて震災当時を思い出したところはあります。私も個展や仕事で仙台に通っていますが、さすがに最近は傾いた家も見なくなりましたし……心のどこかで記憶が風化しつつあったのかなという実感はありました。
木村:僕もそうかも知れません。今日、ここに来るまでの間に銀座のきらびやかなネオンを見て、震災当時の「計画停電」のことを久しぶりに思い出しました。あの頃は節電で街も暗かったのに、今ではすっかり明るくなっている。
―みんな、何かを忘れていってる部分はあるんでしょうね。
木村:そうですね。でも、何かを表現する人にとって、東日本大震災のような千年に一度の経験から受けたものを完全に忘れることはできないし、何かしらの形で作品に織り込まれていくはずです。ただ、あらためて言葉に出す機会というのは、この先さらに失われていくかも知れない。その意味で『1462days』のような、「あらためて」の機会は大切にしたいですね。東北地方を代表する新聞社、河北新報が元自社オフィスビルを使って震災をテーマに展覧会を行なうというのも、心意気を感じます。
―今展覧会では、会場となった廃ビルだけでなく『河北新報』の記事ともコラボレーションしています。震災から展示開催日まで、1462日間の『河北新報』に掲載された震災にまつわる記事の中から、作品テーマとしたい記事を選んで制作に取りかかり、作品と記事が並んで展示されるという、珍しい試みです。それぞれどのような記事から作品を作られたんでしょうか?
はらだ:uwabamiが選んだのは、2011年11月13日「東北の復興を願って獅子舞のお祭りが行なわれた」という記事です。来場した方に「東北でやってみたいこと」を書き残してもらい、記事に出てくる獅子舞はもちろん、その方の似顔絵を盛り込んでライブペインティングしていく予定です。出来上がった似顔絵と「東北でやってみたいこと」は、Twitterなどでシェアしてもらえたらいいなと。あとは廃ビルという会場を生かして、階段を使った作品を。5階から9階までの展示テーマ「発生から未来へ」に沿って、フロア同士を繋ぐ絵を描こうと思っています。
『1462days ~アートするジャーナリズム~』uwabamiによる階段のペインティング作品
―uwabamiらしい、希望が感じられる作品になりそうですね。木村さんは、どの記事をテーマに選ばれたんですか?
木村:僕が選んだのは、震災の翌日、2011年3月12日の記事です。津波後の瓦礫がうずたかく積まれている写真の。
―震災の爪痕を最も感じる記事ですね。
木村:そうですね。僕は未だに信じられないのですが、当時の海岸には数え切れないほどの遺体が上がったと聞いています。その衝撃的な事実は、まさに一生忘れられない、忘れてはいけないことだと思う。そこで、おびただしい数の遺体が瓦礫と共に埋もれている夜の海岸線を歩く感覚を、空間として再現できないか? と思いました。視覚的に再現しても意味がないので、現場の泥の感覚を立体素材で作り、体感として何かを残していけたらなと。そこで何を感じるかは、人それぞれだと思います。
『1462days ~アートするジャーナリズム~』木村剛士によるインスタレーション作品
『1462days ~アートするジャーナリズム~』会場の河北ビル外観
―まさに視覚だけでなく、リアルな肌感覚を意識されているということですね。今回の展示作品にも関わることだと思いますが、東日本大震災という希有な体験を経て、今どのようなモチベーションで活動を続けていますか?
はらだ:やはり、私たちの作品を観て、明日も頑張ろうと思ってくれるとか、皆さんの反応が力になっている気がします。震災の後は、東北でライブペイントをするとすごく珍しがってくれて、「東北にもこんなことをする人がいたんだね」「仙台の人か、頑張ってね」と声を掛けてくれて、私たちもすごく元気をもらえます。
木村:そういう地元感覚というのはとてもいいですね。僕のモチベーションは、東北に美術家が根付く環境を作ることですね。東北は作品発表の場も非常に少ないし、人材が東京に流れてしまっているのが現状です。また、地域性も薄まってきているように感じまるので、僕らが東北の芸術活動を活性化していかなければと。同時に、地域としての色作りも重要だと感じます。『1462days』には何人もの東北の作家が参加されていますから、震災の記憶だけでなく、東北の芸術文化にも目を向けていただく良いきっかけになれば、嬉しいですね。
- イベント情報
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- 『1462days ~アートするジャーナリズム~』
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2015年3月10日(火)~3月22日(日)
会場:東京都 銀座 河北ビル5F~9F
時間:月~金曜13:00~20:00、土、日曜11:00~20:00
参加作家:
森田梢
尾崎森平
増子博子
木村剛士
松山隼
uwabami
佐藤香
桜プロジェクト
伊與田千恵×佐藤俊一
岩﨑真平
佐藤俊一×伊與田千恵
瀬尾なつみ×小森はるか
休館日:3月20日、3月21日
料金:無料
- プロフィール
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- 木村剛士 (きむら たけし)
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1980年、東京生まれ。秋田県秋田市在住の彫刻家。生活文化大学生活美術学科、多摩美術大学大学院彫刻学科修了。多摩美術大学助手を経て、秋田公立芸術大学助手。『ゼロダテ』など、秋田をベースにして展示活動を行っているほか、東京銀座での展示も毎年継続して行っている。
- はらだかおる
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1985年、山口県周南市生まれ。東京都在住。宮城第一女子高校卒、武蔵野美術大学視覚デザイン学科卒業。仙台美術予備校非常勤講師。ムトウアキヒトと共に、アートユニットuwabamiとして活躍しており、毎年仙台市天文台で個展を開催している。
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