映画『世界から猫が消えたなら』で監督を務めた永井聡は、デモ音源を1小節聴いた瞬間に、エンドロールで流れる主題歌をHARUHIが歌う“ひずみ”に決めたという。それほどに際立った歌声を持つ彼女は、アメリカで生まれ、現在は日本のインターナショナルスクールに通うバイリンガルの17歳。同映画の音楽も担当した小林武史のプロデュースにより、5月11日にデビューする。多くの関係者が絶賛する彼女は何者なのか。その才能に惚れ込み、“ひずみ”のMVも手掛けた永井にも加わってもらい、HARUHIというアーティストの背景に迫った。
デモを録ったときも、「ちょっといま歌ってみる?」っていう感じで、急に歌うことになって。日本語で歌ったのは、そのときが初めてだったんです。(HARUHI)
―今回は映画『世界から猫が消えたなら』(以下『せか猫』)の監督と主題歌の歌手ということで、まずお二人の出会いから訊かせてください。
永井:実際に会ったのは今年の1月にあったライブのときだったんですけど、先に彼女の声と出会っていて。“ひずみ”を歌ったのは何歳のとき?
HARUHI:確か2年前だったから、15歳だったと思います。
永井:本当はいろんな歌手や曲を提案してもらう予定だったんですけど、音楽担当の小林武史さんから最初に聴かされた候補がHARUHIちゃんの歌った“ひずみ”で。声に衝撃を受けて、もう一発で「これでいきたい!」と思ったんですよね。撮影中にデモが送られてきて、その場でみんなに聴かせたら「これはすごい!」って。でも、HARUHIちゃんはそのとき、そんなにやる気なかったんだっけ?
HARUHI:いやいやいや! やる気がどうってことじゃなくて、突然電話が来て、「2年後に映画の話があるんですけど、どうですか?」って言われたんですよ。でも、2年後なんて「本当にあるのかな?」と思うじゃないですか。そのデモを録ったときも、話を聞いて、「ちょっといま歌ってみる?」っていう感じで、急に歌うことになって。日本語で歌ったのは、そのときが初めてだったんです。
永井:えっ、そうだったんだ!?
HARUHI:そのときは漢字もあんまり読めなかったから、「これなんて読むの?」みたいな状態で。英語で歌うときとはギャップがあったし、声も子どもっぽくて、その声が本当に嫌だったんです。まさかそれが永井さんに送られているとは思わず。
永井:それは納得いかないかもね。でもね、そのちょっと不安定なところがよかったんだよ。僕は小林さんに、「映画の最後に流れる曲は、猫からの気持ちを歌ったものにしてほしい」とお願いしていて。HARUHIちゃんの声は、男の子にも女の子にも聴こえるし、年代も感じさせないから、本当に劇中の猫がメッセージを言ってくれているように聴こえて、すごく感動的だったの。それで、この子しかいないなと思って。実際に会うまでは、もっと暗い子かなと思ってたけど。
HARUHI:ははははは(笑)。意外でした?
永井:歌声を聴いただけでは、全然しゃべらなくて、部屋の隅っこにいそうな暗い子なのかなと思ってたんです。まさかこんなに明るいとは思わず(笑)。ずっと一人でしゃべってる。そのギャップも素敵でしたね。
映画のエンディングに流れる歌としては、たどたどしい始まり方も素敵じゃないかと思ったんです。(永井)
―実際に映画で使われている音源は、歌い直したわけですよね?
HARUHI:歌い出しの部分は、最初に録ったデモのままなんです。だから、そこは15歳の私の声です。あとの部分は、16歳の自分がいたり、17歳の自分がいたり、いろいろ混ざってて。
永井:いま、めちゃくちゃうまくなっちゃってるんですよ。あのときの素朴な感じというか、やっと日本語をしゃべり始めたみたいな感じではなくなっていて。それはそれで、アーティストとしては素晴らしいんですけど、映画のエンディングに流れる歌としては、たどたどしい始まり方も素敵じゃないかと思ったんです。
―昔の声を残したのは、永井さんからのリクエストだったんですか?
永井:僕も言いましたし、みんな言いましたね。僕はとにかく最初に聴いたときの衝撃がすごくて。だから小林さんに対して、イントロもいらないから、HARUHIちゃんのブレスで始めてほしいと言ったんです。いま考えると、怖いもの知らずだったなと思いますけど(笑)。
―確かに、小林武史さんにそんなこと言えないですよね(笑)。映画のエンドロールで流れてくるという部分では、どういったことを意識しましたか?
永井:映画は主人公が死に向かっていく話なので、エンディングテーマは、希望に満ちて、やさしい感じがいいなと。お客さんが悲しい涙を流すのではなくて、気持ちのいい涙を流してほしいなと思ってて。そういう意味でもエンドロールは、ただ単に曲を流してスタッフの名前を見せる場所じゃなくて、本当の意味でのラストシーンだと考えているんです。最後にHARUHIちゃんの歌を聴くと、みんな癒やされて帰ってくれるというか。でも、あの曲でまた泣いちゃうんだよね(笑)。
―HARUHIさんは、どういう気持ちで歌っていたんですか?
HARUHI:一番最初は本当にわからないまま歌っていました。台本や原作も見てなくて、小林さんから『せか猫』のストーリーを聞いたくらいで。でも映画を見てから、曲に込められた意味がさらにわかってきたんですよね。コンプレックスやいろんなメッセージが入っているから、ライブではそういう場面を思い浮かべるんですけど。自分のポイント的には、「ありがとう」という言葉の大切さを考えながら歌っていますね。
最初にちゃんと聴いた音楽がBjorkだったんです。それは家族が家で流していたんですけど。(HARUHI)
―僕はHARUHIさんの声を聴いて、何か重いものを背負ってる子なのかなと思ったんですよ。でも実際にお会いしたら明るい感じだし、昔からああいう声だったんですか?
HARUHI:どうなんでしょう。昔からダークな曲は好きだったから、こういう声になったのかな。
―どういう音楽に影響を受けたんですか?
HARUHI:基本的にはロック系が好きで、Paramoreとか、Evanescenceとかかな。メタル系だとShinedownとか。ジャズも好きなので、フランク・シナトラやトニー・ベネットもよく聴きます。あとは、Bjorkとか、The Velvet Undergroundとか、Florence & The Machineとかですかね。
永井:一般的な17歳が聴く音楽ではないですね(笑)。
HARUHI:最初にちゃんと聴いた音楽がBjorkだったんです。それは家族が家で流していたんですけど。
―すごい家庭環境ですね。HARUHIさんは13歳から作曲を始めたんですよね?
HARUHI:そうです。プロとして音楽をやりたいと思ったのが13歳くらいでした。そのとき書いた曲は、歌詞の意味も浅くてつまんない曲ばっかりで。ちゃんと意味がこもっている曲を書けるようになってきたのは、本当に最近になってからですね。
―ちなみに楽器もやるんですか?
HARUHI:ギターとピアノを弾きます。あとパーカッションも好きで、小学校4年生から和太鼓を叩いてます。インターナショナルスクールなので、日本の文化を学ぶ的な部活であるんですよ。
最近はいろんな面白いものがあるけど、「この曲いいよね」っていう会話は、昔もいまも全然変わってないし、素晴らしいと思う。(永井)
―映画のなかでは、「この世から映画がなくなったら」という描写があって、それによって人のつながりがなくなってしまう場面がありましたけど、映画とか音楽とか、そういうカルチャーは人と人のつながりを作る力があると思います。お二人もそういった体験をしたことはありますか?
HARUHI:学校には親友が二人いて、いま音楽の授業を取っているのがそのうちの一人の子と私だけなんです。最初はただのクラスメイトだったんですけど、学校でジャズバンドみたいなのを一緒に組んで、どんどん距離が近くなりました。その子にMIKAとか、アヴリル・ラヴィーンとかを聴かせたら、めちゃくちゃハマってくれたということもあって。
永井:僕は世代が古いですけど、レンタルレコードが始まった時代で。自分でテープを作ったり、友達と音楽の情報交換をしたりすることでつながった経験はたくさんあります。やっぱり音楽って、若い世代にとっては、一つのブリッジになりますよね。最近はいろんな面白いものがあるけど、「この曲いいよね」っていう会話は、昔もいまも全然変わってないし、素晴らしいと思う。
HARUHI:全然話したことのない人でも、「この曲いいよね」っていうだけで、1時間くらい話しちゃうことありますよね。
永井:うん、それだけで仲良くなれちゃうんだよね。自分と近く感じるというか。いまはみんながいろんなことをやりすぎて、「これだけは絶対好きで、譲れない」というよりも、ふわっと浅く広く仲良くみたいな人が多いんですよね。HARUHIちゃんは、そういうのは嫌なんでしょ?
HARUHI:嫌です。好きじゃない。
―ちなみにクラスメイトとかは、どんな音楽の話をしてるんですか?
HARUHI:全然しないですね。みんなYouTubeのチャートで話題になってる曲を1回聴くだけで「その曲知ってる」みたいな会話ばっかりで。そこには入りたくないし、みんなが聴いてるから聴きたくないっていうのもあると思います。それなら古いアルバムを自分で探して聴くほうが楽しいし、誰も知らないプレイリストを作るほうが好きですね。いまライブで一緒にやってるサポートメンバーの人たちとも、プレイリストの交換をしているんです。プロの先輩たちから教えてもらって、めっちゃいい環境ですね。
いじめがあったときに、まわりの人に対する怒りを感じたんですけど、怒ってるだけじゃ意味ないなと思って、自分の気持ちを歌詞として書いてみたんです。(HARUHI)
―シングルは日本語詞が2曲、英語詞が2曲、全部で4曲入ってますよね。小林さんとの曲作りはどういう感じで進めていくんですか?
HARUHI:私が何かモチーフを持ってくるか、小林さんが「こういうテーマの曲を書きましょうか」って方向を決める感じかですね。そこから小林さんがコードを弾いて、「そのアレンジかっこいいですね」とか言いながら、メロディーを考えてみて。日本語の歌詞は小林さんと一緒じゃないと書けないですけど、一部分だけ英語に変えて自分で書くこともあります。歌詞の意味も深い部分まで小林さんと相談しながら作っていて、このメロディーにはこういう歌詞のほうがいいねとか、そんな話をしながら一緒に書いてますね。
―僕の世代からしたら、小林武史さんは神様みたいな人なので、意見なんて言えなそうです(笑)。
HARUHI:そこは、私が17歳でまだ頑固な部分もあるから、やらせてくれてるんだろうなと思います。“ひずみ”を歌ったときも何パターンかあって、「ここはこう歌ってもいいですか?」と言ったり、“あたたかい光”を書いたときも、「こっちのほうがいいと思います」と言ったり。話し合って作ったほうが、作品的にもいいものになると思うので。
―英語の曲はHARUHIさんがご自身で作詞作曲していますよね。こちらはいかがですか?
HARUHI:“Empty Motion”は14歳か15歳のときに書いた曲で、当時とはアレンジを変えているんですけど、初めて自分で納得できた曲なんです。歌詞の意味はそんなに深くないけど、自分に起きた話を使って書いた曲で。
―歌詞のなかには「my dear」、和訳だと「あなた」という言葉が出てきますよね。これは自分のことなんですか?
HARUHI:いじめがあったときにまわりの人に対する怒りを感じたんですけど、怒ってるだけじゃ意味ないなと思って、自分の気持ちを歌詞として書いてみたんです。だからちょっとキツいことも言ってて。この曲に関しては、そういうムカつく気持ちもあったし、自分のダークな部分やアグレッシブな部分を出してみたかったっていうのもあります。その「あなた」は、そのときの嫌な人のことですね。
―いじめというのは、自分がいじめられたということですか?
HARUHI:はい。まぁ、いじめられても関係ないですけどね。むしろこっちも話さないんです。学校では親友の二人以外は本当に関係ないくらいで。昔はみんなと友達になりたいと思っていたんですけど、いまはもう別にいいやと思ってて。
永井:インターナショナルスクールでしょ? 毎日みんなでパーティーやってるイメージだった。
HARUHI:そういう人が多すぎて、私はついていけないんです。「あの子はじつはあの子が好きじゃない」みたいなことが、すごいめんどくさいんですよ。
―強い精神力をお持ちなんですね。では、もう1曲の“The Lion is Calling Me”は、どんな曲なんですか?
HARUHI:これは自分で書いた曲のなかでは一番好きで。暗闇のなかにいる人が、ライオンの声を聞いて旅に出るんですけど、結局その声は自分のなかから流れていたっていうストーリーで。自分のなかの勇気みたいな気持ちを描きました。
―永井さんは、“ひずみ”以外の曲も聴かれました?
永井:はい。ただ、CDには入ってない、僕が初めて見たライブで1曲目にやっていた曲が一番好きなんですよ。「なんでCDに入ってないんですか?」って訊いたくらい(笑)。ちょっと大人っぽい曲で、僕くらいの年齢だと、あの曲を家で流しながらお酒を飲みたいですね。あれはなんて曲なの?
HARUHI:“Round And Round”っていう曲です。あれは13歳で最初に書いた曲で。
永井:えーっ、13歳で書いたの!?
HARUHI:はい。ずっとアレンジをいじってて、小林さんにも手伝ってもらって、最終的にできたのは15歳くらいのときでした。
永井:15歳でアレンジしたっていうのもビックリだね。
ちょっと見たことないタイプだから、このまま我が道を行ってほしいな。それで彼女が大人になったときに、また一緒に仕事ができたらと思いますね。(永井)
―永井さんはCMディレクターとして、HARUHIさんのCMを作るとしたら、どんなものにしたいですか?
永井:うーん……。でも、僕は思うんですけど、HARUHIちゃんは役者をやったほうがいい。
HARUHI:ええっ!?
永井:顔も小さいし、スタイルもいいから、役者やったほうがいいと思う。もちろん歌もやりながら。
―そういえばHARUHIさんは、ミュージカルの経験もあるんですよね?
HARUHI:最初にプロになりたいと思ったきっかけはミュージカルでしたね。でも、役者だと日本語が話せないから。
永井:いや、話せるじゃん。
HARUHI:英語の舞台ならいいかもしれないけど、日本語だと自信がないから。
―そういう理由であれば、うまく話せないほうができる役もありますよね。みんなで女優の道に引きこもうとしてるみたいですけど(笑)。
永井:でも、これからルックスや声がどういうふうに変わっていくのか、本当に楽しみなんですよ。
HARUHI:15歳の頃と比べて、もうすでに変わっているので、自分でも楽しみです。
―自分ではどういう道を歩んでいきたいと考えているんですか?
HARUHI:いま高校2年生なんですけど、卒業したらロスに戻って、音楽の勉強をしたいなと思ってて。やっぱりプロとして仕事するなら、ボーカルや曲の書き方をもっと勉強したいんです。そこから先は全然考えてないですけど、もちろん日本のプロジェクトは続けたいです。
永井:ミュージシャンになることは決めてるんだ。
HARUHI:はい。それは変わらず絶対。ロスでいいのか、日本に戻ってくるのか、ニューヨークとか全然違う場所に行くのか、何もわからないですけど、とにかく音楽で、歌いながら生きていければ。
―永井さんはHARUHIさんに、どんなアーティストに育ってほしいですか?
永井:もともとのイメージは、こんなにロックな感じの子ではなかったんですよ。むしろロックな曲は苦手とか、そういうタイプかと思っていたんです。ちょっと見たことないタイプだから、このまま我が道を行ってほしいな。それで彼女が大人になったときに、また一緒に仕事ができたらと思いますね。もちろん僕が監督で、彼女が音楽で。
- リリース情報
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- HARUHI
『ひずみ』初回生産限定盤(CD+DVD) -
2016年5月11日(水)発売
価格:1,500円(税込)
AICL-3104/5[CD]
1. ひずみ
2. あたたかい光
3. Empty Motion
4. The Lion is Calling Me
[DVD]
・ひずみ Music Video
- HARUHI
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- HARUHI
『ひずみ』通常盤(CD) -
2016年5月11日(水)発売
価格:1,200円(税込)
AICL-31061. ひずみ
2. あたたかい光
3. Empty Motion
4. The Lion is Calling Me
- HARUHI
- 作品情報
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- 『世界から猫が消えたなら』
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2016年5月14日(土)からTOHOシネマズ渋谷、新宿バルト9ほか全国で公開
監督:永井聡
脚本:岡田惠和
原作:川村元気
音楽:小林武史
主題歌:HARUHI“ひずみ”
出演:
佐藤健
宮崎あおい
濱田岳
奥野瑛太
石井杏奈
奥田瑛二
原田美枝子
配給:東宝
- プロフィール
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- HARUHI (はるひ)
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1999年2月25日、ロサンゼルス生まれ。現在17歳。12歳のとき、学校のミュージカルの主役に抜擢され、数ヶ月間の練習と本番を経て歌手への志を持つ。13歳から楽曲制作を開始。ルーツミュージックからオルタナティブロックまで、膨大な幅の音楽を吸収し、即興性を含む柔軟で鋭敏な歌唱表現力や楽曲制作力は、関係スタッフに、次世代の真の女性アーティストの誕生を予感させる。その後、ライブやレコーディングで、ミュージシャン達とのコラボレーションを通して柔軟さを身につけ、楽曲によって英語と日本語のバランスを取りながら、自身のスタイルを確立する。映画『世界から猫が消えたなら』の主題歌に“ひずみ”が決定し、2016年5月11日デビューを果たす。
- 永井聡 (ながい あきら)
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CMディレクター。武蔵野美術大学を卒業後、映像コンテンツ制作会社・葵プロモーション(現AOI Pro)に入社し、数々のCMを監督する。ダイハツ工業やサントリー『グリーンDAKARA』のCMが評価され、全日本シーエム放送連盟(通称ACC)が主催するACC CM Festivalでクラフト賞テレビCM部門のディレクター賞を2012年と2013年の2年連続で受賞。2005年公開のオムニバス映画『いぬのえいが』の一編『犬語』でメガホンをとり、2013年、テレビCM業界を舞台にしたコメディ映画『ジャッジ!』で長編監督デビュー。2016年5月公開の川村元気原作による映画『世界から猫が消えたなら』で自身2作目となる長編監督を務める。
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