左利きやAB型と同じくらいの割合、日本の全人口の10%の人に「自閉症スペクトラム」の特性があると推定されるという。聞き慣れない言葉だが、思い浮かべてみてほしい。うまくコミュニケーションが取れなくて「コミュ障」と言われたり、なぜか話が噛み合わない人が周りにいないだろうか。もしくは、自分がそうだったりしないだろうか。
立東舎から出版された書籍『ミュージシャンはなぜ生きづらいのか? 個性的すぎる才能の活かし方』には、「自閉症スペクトラム」の一種であるアスペルガー症候群と診断されているThe Vinesのクレイグ・ニコルズやスーザン・ボイルなどを例に、すべての人に通用するコミュニケーションの考え方が詰め込まれている。本書の著者である専門学校ミューズ音楽院の講師・手島将彦と信州大学医学部附属病院診療教授・本田秀夫に、コミュニケーションが不得意な人たちも、そうでない人たちも、みんながちょっとだけ楽に人と関わることのできる方法を訊いた。
ちょっとエッジの効いた人ってクラスには必ずいたのに、学校から企業とかに環境が変わった途端、許せなくなってしまう空気がある。(手島)
―日本の全人口の約10%が「自閉症スペクトラム」であると考えられるそうですが、そもそも「自閉症スペクトラム」にはどういった特徴があるのでしょうか。
本田:特徴は大きく2つあります。1つは臨機応変な対人関係が苦手ということ。もう1つは自分の興味や、やり方、ペースなどを重視して、それがわずかでもずれると違和感を強く感じるというものです。その特徴が明らかに強い人は社会にうまく参加できないのですが、症状の程度によっては社会に出ることができている人もいます。そういう人たちまで含めて潜在的に人口の10%くらいは「自閉症スペクトラム」の方がいるだろうという風に推測しています。
―10%って、比率としては結構多いですよね。身近にも普通にいるのかなという印象です。
手島:例えば40人のクラスに4人くらいは、特殊とまではいかなくても、ちょっとエッジの効いた人って必ずいたと思うんです。だから10%というのは、そんなにおかしな数字ではないんですけど、学校から企業などに環境が変わった途端、10%がなんだか多いということになってしまう。10%すらも許せなくなってしまう空気が、個人的に少し気持ち悪くて。
本田:学校の話で言うと、女性は中学生くらいになるとグループを作りますよね。例えば遠足で駅に集合と言われても、仲良しの4、5人のグループで別の場所で待ち合わせてから駅に行ったりする。40人のクラスに女子が20人いるとすると、10人くらいはそれを心から楽しみます。残りの10人のうち、6、7人は半分義務感でやる。そして、一部の人は実はすごく嫌だけど付き合います。さらにごく一部は、そういうやりとりに全く我関せず、1人で現地集合する。「自閉症スペクトラム」というのは、1人だけ現地集合しちゃう人から、実は嫌だけど付き合う人まで広く含めて考えているんです。
―そういう人って最近だと「コミュ障」と言われたりしますよね。「コミュ障」というのは医学的に言うとどういう状態なんでしょうか?
本田:ネットスラング的に使われている「コミュ障」と、医学用語としての「コミュニケーション障害」はちょっと意味が違っています。医学用語としては、理解力はあるけど上手に喋れないなどの「言語障害」や、吃音などの言葉の問題に限定されます。一方で「コミュ障」には「空気が読めない」「オタク的」という意味が入ってくるので、医学的には発達障害の一種である「自閉症スペクトラム」に近いです。
―では、名称は知らずとも「自閉症スペクトラム」の症状は割と知られているということですよね。
本田:そうですね。名称は馴染みにくいですが、みなさんが日常で接している人たちの中にそういう人たちが割といて、知り合いが何人かは該当しているはずです。
自分のやりたいことをやっている時はものすごく意欲的なんだけど、仕事になるとうつで全然できないという人もいます。(本田)
―「うつ」というのもよく使われる言葉ですが、中には「本当にうつなの?」と思うくらい楽天的に見える方もいると思うんです。「うつ」というのは、はためからは分からないものなのでしょうか。
本田:もともとは、見るからに気分が落ち込んで意欲や自信が低下した状態を「うつ」と呼んだんです。最近は、自分のやりたいことをやっている時はものすごく意欲的なんだけど、仕事になるとうつで全然できないという人もいます。そういう人は、意欲的に振る舞う代償としてエネルギーが削られていくんですよね。やりたいことでは表面的に意欲的でも裏ですごく消耗しているから、明るく見えていたとしても、明るく振る舞う場面から外れたり、ノルマ仕事になった時にものすごく落ち込むんです。
―ミュージシャンだと、ライブではすごく盛り上げられるのに、ステージから下りると落ち込んでしまったり?
本田:そうですね。「自閉症スペクトラム」の人は割とそうなりやすいんです。ある枠組みが決まるとその枠組みに沿ってしっかり物事を進められるんですが、枠組みが無くなった時に自分の素の状態が出てしまう。だから、舞台では光るけど、プライベートでは信じられないくらい大人しいという人がいたりしますね。
「個性を大切にしよう」という流れがあるけど、実は多数派が望む個性はOKという、歪んだ個性礼賛だと思う。(手島)
―そもそも音楽のフィールドにいらっしゃる手島さんが、この本を作ろうと思ったのはなぜですか?
手島:アーティストって、タイプ的には自閉症スペクトラムの人が多いと思うので、音楽業界としても考えたほうがいいんじゃないかと思ったんです。最初は本田さんが『自閉症スペクトラム』(2013年、SBクリエイティブ)という本を出していることを知って、ミューズ音楽院に本田さんをお呼びしてトークセッションを実施したのが始まりですね。
―手島さんが「自閉症スペクトラム」について発信しようとするのは、それによって若いミュージシャンの芽が摘まれてしまうことがあったからですか?
手島:摘まれるというか、それ以前のところで関係が壊れちゃうんです。アーティストは「俺の気持ちなんか分かってもらえない」と言うし、スタッフは「あいつはわがままだ」とか「ビジネスのことがわかってない」とか、お互いがお互いの立場で全然理解し合えないんですよね。
―手島さんは生徒さんと関わっていくうえでコミュニケーションがとれずに困ることはありますか?
手島:すごくよく喋る学生がいて、新しいクラスで自己紹介が終わらないということがありましたね。「好きなアーティストはこれとこれで、あーでもあれも好きで、それがなんで好きかっていうと……」みたいな。そういう人は自己紹介だけではなく、一事が万事そうだったりします。最初は周りもくすくす笑うけど、だんだんイラついてきて……でも本人は全く気づかないんですよね。
―それこそ毎年クラス替えをすると、1人や2人はいますよね。そういう人がいるって分かっているのに、周りの人はなぜイライラしてしまうんでしょう?
手島:暗黙の前提を壊されると何となく嫌な気持ちになる「多数派」がいて、「空気を読め」ということになる。イライラするのにはあまり根拠はなくて、単に嫌な気がする、というだけなんですよね。
―「空気を読む」ような社会構造も、関係していると。
本田:私が関わっている人の中に海外留学経験者がいるのですが、留学期間だけはものすごく生き生きとしていたと言われます。海外は人種も言葉も様々なので、それぞれの流儀で生きてても、「まあお互いそんなもんだよね」ということになる。鼻につくことがあっても、「自分はそういうのはちょっと嫌なんだ」と言えば「そうなんだね」でおしまいだから、空気を読む文化がそもそもないと言っていました。
―逆に日本の社会は、風習とか上下関係とかしきたりでがんじがらめですよね。
手島:そうですね。最近は「個性や多様性を大切にしよう」という流れがあるけど、実は多数派が望む個性や多様性はOKという、歪んだ個性礼賛だと思います。望ましい多様性が暗黙のうちにあって、本当の意味での多様性や個性を大切にしているわけではないと思うんですね。それは音楽業界にも言えることで、売れるために望まれるアーティスト像があるじゃないですか。
―売れた人やそのやり方をモデルにすることで、新人アーティストの個性を潰してしまうこともあるようですね。
手島:音楽産業の景気が良かった時期は、勝てば官軍的な、「だって売れるんだから」という考えがずっとあったと思いますが、そういう時期に作られたアーティスト像の名残が今もあるというのも、業界不振の一因なのかなと思います。
やり方を押しつけるのではなく、どうすれば良くなるのか、アイデアが出るよう対話したほうがいい。(本田)
―「自閉症スペクトラム」の方が一定数いる社会の中で、それぞれはどのように行動をしていくべきなのでしょうか?
本田:まず周囲の人についてですが、「自閉症スペクトラム」というのは、自分が何かを判断するのに必要な情報は欲しいけど、判断は自分にさせて欲しいという人たちなんですね。だから、「売れないからこうしなきゃダメだ」とやり方を押しつけるのではなく、その人のやり方を尊重して、どうすれば良くなるのか、アイデアが出るよう対話してあげたほうがいい。あと、他人がイラついていたり、否定的な感情を持っていると冷静な判断ができなくなるので、なるべく感情的にならないことも重要です。
―先ほどの留学の話じゃないですけど、「こういうもんだ」と。
本田:そうですね。「なるほど、そう考えてるのね」と思えばいいところを、「なんでそんな風に思うのかな?」と怒ったりすると、本人としては当たり前に考えていることなのに、なぜ怒られるのか分からずカーッとなってしまいます。そういうところでだんだんコミュニケーションが取れなくなっていくんです。
―では逆に、「自閉症スペクトラム」の人はどう振る舞ったらいいんでしょうか。
本田:自分はコミュニケーションが苦手なところがあると自覚して、適切にアピールできる力を持っておくことですね。みんなに「そう見えない」と言われても「でも実はそうだから、ここだけは勘弁してね」ということをちゃんと言えることが重要です。
―そういう風に自覚することができた方は、他の人と何が違ったのでしょう?
本田:本人が自分のことを話した時に「なるほど、そうなんだね」と聞いてあげられる人が周りにいたかどうかですね。周りにどんな人がいるかによって、社会に出ていく道筋が見つかるんじゃないかと思います。
マネジメントのやり方としても、こうしなさいと指示して失敗を許さないより、試行錯誤ができる状態で支援していくというのが真っ当だと思います。(手島)
手島:本田先生の本の中に「自律スキル」「ソーシャルスキル」という話があって、とても重要な話だと思いました。「自律スキル」というのは、自分は何ができて何ができないのかということを把握するというスキルで、「ソーシャルスキル」は……プロの方からどうぞ(笑)。
本田:はい(笑)。「ソーシャルスキル」というのは、人として最低限守るべきルールを守ることと、困った時に人に相談できる力です。この2つのスキルをまとめると、できることとできないことを自分で判断して、ちょっと荷が重いと思ったことを人に相談する力ということになります。
手島:これはアーティストと関わる上ですごく重要な考え方だと思います。もう1つは「支援つき試行錯誤」というスキルです。「試行錯誤」というのは「たとえ誤りがあっても良いから、いろいろ試してみる」ということですが、これは、試行錯誤を誰かに強く勧められてやるのではなく、本人が納得した上で、やろうと思ってやる、そして周囲の人間は黒子のようにそれを支えて良い着地点に向かって行きましょうということです。マネジメントのやり方としても、こうしなさいと指示して失敗を許さないより、本人のやる気をともなった試行錯誤ができる状態で支援していくというのが真っ当だと思います。
―ただ、訊くほうも「これって相談していいのかな」とか不安になることがしばしばありますよね。
手島:相談どころか試行錯誤自体が許されない風潮は、音楽業界以外にもありますよね。例えば大学進学についてですが、海外では、社会に出た後や、なにか知識が必要となったり、新たな関心・興味が生じたりしてから進学する人が結構います。ちなみに25歳以上で大学に入学する人は2007年のOECD平均で20%以上いますが、日本はたったの1.8%です。大学入学の平均年齢は2013年のデータで、全体で22歳、アイスランドなんかは26歳、日本では18歳になります。日本は、6・3・3・4年という学年のタームでハードルをきっちりクリアして、20代前半で何らかの企業や組織に加わって、そこからはもう大きな試行錯誤は許されない空気の中で生きていかなければならない。年齢が上がってからもう1回大学に行きたいという人もいると思うんですけど、仮にお金があったとしてもそれが許される雰囲気はないですよね。
―そうですよね。大半の人は体裁を考えてしまうと思います。
手島:そうやって、本当はこっちが好きかも、こっちが自分には向いてるかもと気づいた時にその方向に行けない空気があるのはちょっとしんどいし、特にアートの現場では一番あってはいけないことだと思うんです。試行錯誤するからこそ良い作品もできるし、良いパフォーマンスも生まれるので。でも、音楽業界は売れ続けないとお金が出ない状況があるので、なおさら試行錯誤が許されないという悪循環になってしまっていると思います。
自分と異質な人を恐れるのではなく、その人がどんなことを考えているのか、少し会話してみようという気持ちを持つことが大切。(本田)
―コミュニケーションで生じる齟齬を解消するためには、みんながどういう意識改革をしたら良いと思いますか?
手島::「自閉症スペクトラム」の存在を初めて知った人も多いと思うので、まずは、「考える」ことで少しずつ変わっていくと思いますね。明快な答えを1つだと決めるのは、そもそもの話と矛盾しますし、場面ごと、人ごとでの正解があるんじゃないでしょうか。
本田:人間がみんな同じ心を持っていると思わないことが大事だと思いますね。周りに自分と似たようなタイプの人ばかりいると、自分と異質な人を恐れてしまうんです。でも、恐れるのではなく、その人がどんなことを考えているのか、少し会話してみようという気持ちを持つことが大切ですね。
―恐れというか、関わったらお互い良くないんじゃないかみたいなアンタッチャブルな気持ちになることもあると思います。
本田:「自閉症スペクトラム」の人と仕事するのを敬遠したくなりますよね。そういう気持ちの集合体が「読まれた空気」を作るんだと思います。「空気を読む」ことはある意味自分の身を守ることでもあるんだけど、それによって一部の人は排除されているという気持ちになってしまうということを感じてもらいたいですね。
―そういう空気の中に1人で入っていくことは誰でも勇気がいりますし、疎外感がありますもんね。では、最後に、どういう人にこの本を読んでもらいたいですか?
手島:ミュージシャンとそれに関わるスタッフはもちろんですが、ミュージシャンを入り口に、全く関係ない人にも読んでほしいですね。当事者だけじゃなく、周りが知ることで、両方揃ってみんな生きやすくなりますから。
本田:社会って1人で生きていくのが難しいんですよね。だから、少しでも生きづらさを感じている人たちに、何らかの形で協力をしようという気持ちを持っている人が増えてほしいです。
―まずは知ることからですね。そして、「自閉症スペクトラム」の方も困ったら、周りに相談する力をつけていくと。
本田:そうですね。誰かに何かを相談するということを諦めないでほしいです。ただ、相手も人間なので、自分の思ったようには相談にのってくれないことがあります。コミュニケーションというのは話をしながら少しずつ折り合いをつけていく過程なんですね。だから、すぐに諦めたり、感情的になったりせずに、相談する気持ちを持ち続けてほしいなと思います。
- 書籍情報
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- 『なぜアーティストは生きづらいのか? 個性的すぎる才能の活かし方』
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2016年4月20日(水)発売
著者:手島将彦、本田秀夫
価格:1,620円(税込)
発行:株式会社リットーミュージック
- プロフィール
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- 手島将彦 (てしま まさひこ)
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鹿児島県出身。出生地は大分県日田市。早稲田大学第一文学部東洋哲学専修卒。ミュージシャンとして数作品発表後、音楽事務所にて音楽制作、マネジメント・スタッフを経て、専門学校ミューズ音楽院・新人開発室、ミュージック・ビジネス専攻講師を担当。多数のアーティスト輩出に関わる。保育士資格保持者でもある。
- 本田秀夫 (ほんだ ひでお)
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信州大学医学部附属病院診療教授。東京大学医学部卒。医学博士。横浜市総合リハビリテーションセンターで約20年にわたって発達障害の人たちと家族の支援に従事。2011年4月より山梨県立こころの発達総合支援センター所長。2014年4月より現職。発達障害に関する学術論文多数。2002年より,イギリスで発行されている自閉症の学術専門誌『Autism』の編集委員。日本自閉症協会理事。日本児童青年精神医学会代議員。著書に『自閉症スペクトラム~10人に1人が抱える「生きづらさ」の正体~』(ソフトバンククリエイティブ)などがある。
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