安藤裕子やCharaのコーラスも務める、澄んだ歌声の持ち主
新居昭乃の弾き語りライブツアー『Little Piano Vol.6』が、3月5日に東京・早稲田スコットホールで初日を迎えた。ソールドアウトとなった同公演には、20歳前後と思しき若い女性から白髪混じりの紳士までが来場。実に幅広い客層が見守るなか、約100分のステージが行なわれた。
新居昭乃はとても不思議な経歴を持つアーティストだ。1986年のデビューから今年で30年。10年以上アルバムのリリースがなかった時期もあれば、2枚同時にアルバムをリリースしたこともあり、シンガーソングライターとしてマイペースな活動を続ける一方で、いわゆる裏方としても数々の実績を残してきた。アニメやゲーム、CM音楽の制作をはじめ、作詞・作曲家として古くは渡辺満里奈や永作博美、近年では悠木碧や手嶌葵などへ楽曲を提供。また、菅野よう子作品でのボーカル、Charaや安藤裕子のライブでコーラスも務めるなど、その澄んだ歌声は多方面から評価されている。
「妖精じゃないか」とさえ思わせる歌は、謙虚すぎる人柄から滲み出る
彼女が生み出す音楽はファンタジックで神秘的だ。この日は弾き語りツアーということで、歌とグランドピアノ、ときに打ち込みも交えつつのライブだったが、会場の雰囲気とのマッチングも素晴らしかった。スコットホールは1921年に建てられた赤レンガ造りの洋館。木造の天井やランプのような照明も印象的で、現在も毎週日曜に礼拝が行なわれている由緒ある建物だ。空調を切っていたのか、もともと空調自体なかったのかわからないが、耳に入ってくるのは彼女が奏でる音だけ。特にアカペラから始まる“VOICES”では、歌声が場内に柔らかく反響し、幻想的とも言える空間を作り上げていた。ときおり近所の子供たちが騒ぐ声も聞こえてきたが、それさえもいいアクセントになっていたと思う。
そして個人的に何より強く伝わってきたのは、どこまでも謙虚で、純粋すぎるほどの人柄だった。音源を聴いていると、本当は妖精なんじゃないかというイメージすら抱いてしまう彼女だが、それは当たらずも遠からず。おっとりとした語り口のMCは、「30年もやってるわりには、ペーペー感がどうしても抜けない」と自嘲するほど初々しく、「どの現場に行ってもダントツで年上だけど、いつも怒られるんじゃないかとビクビクしている」という控えめな性格を象徴するような話も披露されたが、彼女の音楽から想起させられる緑あふれる木々や草花、小動物たちが登場するお伽話のような光景は、この人柄あってこそなのだと思う。その素顔を知れば知るほど、音楽もあたたかみを増すようだった。
事前告知なく演奏された、約20年前のアルバムの完全再現
ところで、今回のツアーは会場によってセットリストが大胆に変わることも大きなトピックとなっている。この日は1997年発表の2ndオリジナルアルバム『そらの庭』を再現するセットリストで、序盤の3曲を終えた後は、同アルバムの収録曲を1曲目から順に披露。ところどころで楽曲が生まれたエピソードも交えられ、古くからのファンはもちろん、若いリスナーも楽しめたのではないだろうか。
そのなかでも「思い入れの深い曲」と語られた“妖精の死”にまつわるエピソードは、彼女の原点を知るうえで非常に興味深いものだった。「自分の意思は置き去りで作られ、どっちかというと嫌いなアルバム」という1stアルバム『懐かしい未来』(1987年)をリリース後にフリーとなり、コマーシャルソングやアニメ音楽などの裏方仕事で忙しくしていたさなかに「(自分は)どんな曲を歌いたいのかな?」と思って作り上げたそうで、不思議なリズム感と異世界に連れて行かれるようなメロディーラインは、当時のポップシーンを考えれば、かなり斬新な作品だったのではないかと思う。帰宅後に音源を聴き直したが、童謡のようでもあり、怪談のようでもあり、独特の楽曲展開やバックトラックの音使いには改めて驚かされた。
確かな腕前から鳴らされる音楽と、どこまでも控えめな人柄が、美しい空間を生む
アンコールにおいても、「(8月の)誕生日を目処にアルバムを出そうと思います」と自信なさげにリリースの発表をしたり、“懐かしい宇宙”で「コール&レスポンスしてもいいですか?」と遠慮がちに呼びかけたり、どこまでも控えめだった彼女。それでも自然と手拍子が生まれ、にこやかにコールに応えるファンの姿は、いかに彼女の音楽、そして人柄が愛されているかを象徴していたと思う。最後の“虹”では校歌斉唱のように客席から歌声も沸き起こったが、世代を超えた人たちがひとつになる様子は美しく感動的ですらあった。
なお、全16公演が行なわれるツアーでは、今後も福岡では能や狂言の舞台として知られる「住吉神社 能楽殿」、札幌ではプラネタリウム施設の「サッポロスターライトドーム」、神戸では100年以上の歴史を持つ「旧グッゲンハイム邸」などでのライブが予定されている。ファイナルとなる5月15日のTOKYO FM HALLでの公演は、ファンからのリクエスト曲を組み込んだセットリストになるそうで、現在公式サイトでリクエストを募集中だ。
- イベント情報
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- 『新居昭乃 30th Anniversary LIVE TOUR 2016 “Little Piano vol,6”』
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2016年3月5日(土)
会場:東京都 早稲田スコットホール
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- 『新居昭乃 30th Anniversary LIVE TOUR 2016 “Little Piano vol,6”』
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2016年3月21日(月・祝)
会場:神奈川県 横浜 赤レンガ倉庫ホール2016年3月26日(土)
会場:福岡県 筑前一之宮 住吉神社 能楽殿2016年4月2日(土)
会場:栃木県 宇都宮 ギャラリー悠日2016年4月3日(日)
会場:宮城県 仙台 retro Back Page2016年4月9日(土)
会場:愛知県 名古屋 BOTTOM LINE cafe'2016年4月10日(日)
会場:広島県 Live Juke2016年4月16日(土)
会場:北海道 札幌 サッポロスターライトドーム2016年4月23日(土)
会場:埼玉県 浦和 柏屋楽器フォーラム2016年4月24日(日)
会場:新潟県 ジョイアミーア2016年5月1日(日)
会場:京都府 磔磔2016年5月3日(火・祝)
会場:兵庫県 神戸 旧グッゲンハイム邸2016年5月4日(水・祝)
会場:大阪府 心斎橋 MusicClub JANUS2016年5月8日(日)
会場:東京都 TOKYO FM HALL2016年5月15日(日)
会場:東京都 TOKYO FM HALL
- プロフィール
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- 新居昭乃 (あらい あきの)
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1986年にシンガーソングライターとしてビクターよりデビュー。以来他アーティストのライブサポートやレコーディングに参加するかたわら、数々のアニメーション、アーティスト、CM等に楽曲、歌唱を提供。1997年、それまでの10年間の作品を集めたベスト盤『空の森』の発売をきっかけに、ソロ活動を再開。透明感ある歌声と、菅野よう子、寺嶋民哉、保刈久明らとの斬新な音作りにより「幻想系の始祖」とも呼ばれる世界観を確立して来た。今回で6回目となるライブハウスを中心に全国を回るピアノ弾き語りツアー『LittlePiano』は彼女のライフワークとも言える。またホールライブではストリングス等を加えたバンド編成で映像演出を駆使しそのファンタジックなステージには定評がある。海外での評価も高く、ベルリン、パリ、香港、台湾でのソロライブを成功させ、モナコにて行われたイベントにも参加する等、活躍の場を広げている。2016年、作編曲家はまたけしとのユニットVelsipoとしてもアルバムをリリース。
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Special Feature
Crossing??
CINRAメディア20周年を節目に考える、カルチャーシーンの「これまで」と「これから」。過去と未来の「交差点」、そしてカルチャーとソーシャルの「交差点」に立ち、これまでの20年を振り返りながら、未来をよりよくしていくために何ができるのか?