「暮らし」をめぐる、三者三様のプレゼンテーション
「丁寧な暮らし」って何だろう? とよく思う。対概念としてSNSや情報端末への依存・中毒を引き合いに出し、ハイスピードではなくスロー、過密ではなく疎(素)を選択することを「丁寧」と呼ぶこともあるようだが、反動的な逃避ではなく、俗世の汚穢にまみれながら、それでも心の気高さを失わないことこそ「丁寧」と個人的には呼びたい。優雅な白鳥は、水面下で一瞬たりともバタ足を止めない。極上の大トロを身中に育むマグロは、泳ぎ続けなければ死んでしまう。努力・根性を要する泥くさい日々の営みがあって、はじめて得難い輝きはその身に宿るのだ。
さて、商業施設のルミネは月イチペースで『CLASS ROOM』という名のイベントを開催している。これは「暮らしをもっと楽しくする」をテーマに、食、アート&カルチャー、ライフスタイルなどの分野で創造性のある活動を行うクリエイターたちを招き、これからのライフスタイルについて考えてみる、というものだ。
昨年6月にフードエッセイストの平野紗季子の講座回のレポート記事を書いた。『私のごはんの楽しみ方』というほっこりしたタイトルに反して、講座の中身は「食のケモノ道」と呼ぶべきストイックすぎる内容で、私は心の中で快哉を挙げ、その想いをしたためたのだった。
それから約半年が過ぎ、再び同イベントのレポート依頼を受けた。今回のテーマは『2016年 私が追いかけたい暮らしのこと』。雑誌『&Premium』編集長の芝崎信明、CINRA.NET編集者の野村由芽、モデル・女優の青柳文子を講師に迎え、各人に3つのテーマを挙げてもらい、今年のトレンドなどを占おうというものだ。
「丁寧な暮らし」という言葉そのものも定型化してる?
講座は三名によるプレゼンテーション、クロストーク、そして代々木上原のパン屋「カタネベーカリー」のオリジナルサンドイッチ(激うまでした)を講師と楽しむ交流会、という構成である。
プレゼンは三者三様の個性を感じるものだった。芝崎は「サードウェーブコーヒーの次とその次」「整えたい」「プリミティブなこと」をテーマに、ニューヨークや西海岸では流行というよりすでに日常にとけ込んでいるコールドプレスジュースやケールサラダ、Mast BrothersやDandelion Chocolate(2月に、蔵前に日本一号店がオープンした)といったチョコレート販売の新動向などを紹介。その他にも「これは行ってみたい!」とTO DOリストに思わず加えたくなる情報の豊富さは、日本の雑誌文化を支えてきたマガジンハウス編集者らしい視点だ。『&Premium』のテーマである「ベターライフ」は、芝崎が紹介したような新しい場所、一風変わった物事に好奇心を向けることで得られるのかもしれない。
続いてCINRA.NETの野村は、「身近な満足、身近な驚き」という等身大の視点で「銭湯」「手芸」「俳句・詩」の3つを挙げた。クラシックな銭湯建築を新鮮さで捉える視点と、ロンドンのファッションスタートアップ「WOOL AND THE GANG」のようなウェブで手芸をスタートする感覚の融合は、バブル世代ともロスジェネ世代とも違う、20代らしい軽やかさを感じさせる。また、野村は「俳句や詩」に興じることを「日常の感覚を切り替えるスイッチ」であると述べた。ここには身近な体験を出発点にして、自分が希求する生き方を発見しようとする試みが見てとれるかもしれない。
世代的には野村とほぼ一緒の青柳は、具体的な例示が多かった前の二名とは異なり、「しがみつきたい」「自由なのに」「細やかに感じること」といった観念的な言葉で、自分が感じている違和感や体感を伝えようとしていた。「うまく喋れなくて」と断りを入れながらのプレゼンは初々しく、少したどたどしかったが、ライフスタイルブームが完全に定着し、その先進性・前衛性が薄れはじめた昨今、例えば「丁寧な暮らし」という言葉からも個性や独創性が薄れて定型化しているのでは? という指摘には「そうそう!」と頷く批評性があった。与えられた言葉ではなく、自分の実感から芽吹いた言葉で語ろうとする姿勢は、平野の提唱する「食のケモノ道」にも通じるものだろう。
「小さな物語」を自分の言葉で紡ぐことで、ライフスタイルは育まれる
1979年にフランスの哲学者ジャン=フランソワ・リオタールが「大きな物語」(例えば歴史とか)の失墜を宣言し、その後「小さな物語」(個人の趣味とか)が無数に並列する状況を予言することでポスト近代の言説は定式化されたと言われる。今回登壇した三名のプレゼンは、大きな物語から小さな物語へと移行する時代のグラデーションを反映しているようにも思えるが、私はそこに、若い世代の「自分の言葉で語ろう」とする意志を感じた。
青柳の今年の目標は「東京で1か月働いて、自然に囲まれた九州の実家で1か月のんびり過ごす」という旅的な生活サイクルを作ることだそうだ。「現実には、まあ無理なんですけどね(笑)」と付け加えてもいたが、そこにあるのは単にダラダラ暮らしたいという自堕落さではないだろう。独立国家の樹立を訴える建築家・坂口恭平の名前を彼女は挙げていたが、既存の生活様式を疑い、ゼロから生き方を考え、立ち上げてみることは、そのプロセスでさまざまな「実感」をもたらす。
実感から生まれた「言葉」は強い。資本主義、共産主義、国家、民族、宗教という大きな枠組みを前提にした大きな物語を信じ、そこに帰属することはもはや難しい。しかし、小さな物語を自ら語ることで、その物語に対するリアリティーの強度を高めていくことは不可能ではないはずだ。いや、小さな物語が趣味や友人関係といった個人の領域に属するものである限りにおいて、その物語は人の成長と共に必ず育っていく。自らの実感によって、自らの物語を語る可能性に、若い世代は賭けているのではないだろうか。それは、小さな物語から始まった、時代へのささやかな抵抗であるかもしれない。
「丁寧な暮らし」を包含する「生きる」ことには、そんなアクティブな前衛の精神がそもそも宿っているのだと思う。平野はそれが「食」へと過剰に振り切ってしまった例だと思うし、青柳は「生活」をゼロから見直してみようと思っているのだろう。
クロストークのなかで、芝崎は「いつか『原始時代のように暮らす』というライフスタイルの特集を作りたいんですよね(笑)」と述べた。『&Premium』の読者からすると「えっ!?」と思う編集長の爆弾発言だ。でも、例えば生活のゼロ地点を探ろうとすれば、紀元前の太古まで戻るくらいの発想の転換が必要なのかもしれない。そこには「プリミティブ」と名付けられるような瑞々しい暮らしのかたちがあるはずで、その野蛮さ、攻撃性はけっしてネガティブなものではない。生きること、生活することを丁寧にするというのは、新しいことを始めたり、どこかへ旅立つことを恐れず、その欲望の業を引き受ける覚悟を持つことだと私は思うのだ。
- イベント情報
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- CLASS ROOM 新年特別講座
&Premium×CINRA.NET×青柳文子
『2016年 私が追いかけたい暮らしのこと』 -
2016年1月27日(水)19:00~21:00
会場:東京都 外苑前 ifs 未来研究所 未来研サロン WORK WORK SHOP
講師:
芝崎信明
野村由芽
青柳文子
- CLASS ROOM 新年特別講座
- プロフィール
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- 芝崎信明 (しばさき のぶあき)
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株式会社マガジンハウスが発行する雑誌『&Premium』編集長。『ポパイ』編集部、『ブルータス』編集部の副編集長を経て、2013年11月、編集長として上質なライフスタイルを提案する『&Premium』を創刊。2015年11月、andpremium.jpをスタートさせる。
- 野村由芽 (のむら ゆめ)
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株式会社CINRAのエディター。広告会社に勤務後、音楽、アート、デザイン、映画、演劇情報などを伝えるウェブマガジン「CINRA.NET」編集部へ。主にカルチャーにまつわる記事の編集を担当しているほか、シティガイド「HereNow」では東京版のキュレーターとして、街のスポット紹介を行っている。
- 青柳文子 (あおやぎ ふみこ)
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1987年生まれ。モデル、女優、企業商品プロデュースや執筆業など様々な分野で多彩な才能を発揮。2015年には、カルチャーマガジン『あお』(ムック本)を監修し、創刊。2016年1月9日より出演映画『知らない、ふたり』が新宿武蔵野館ほか全国順次公開。
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