2020年に向けて「文化省」の設立をめざす。その意図とは?

スポーツだけではない。2020年は日本の文化芸術にも世界の注目が集まる機会

2020年の東京オリンピック・パラリンピックには、世界中の人が日本を訪れることになる。それはつまり、日本の文化の魅力を世界的に一斉に伝えることができるまたとないチャンスだ。この機会にスポーツだけでなく「文化芸術」も誇りとする国を目指そうと、「五輪の年には文化省」というキャンペーンが立ち上がった。

昨年のリオオリンピックの閉会式でみられた日本の演出は、国際的に流通している従来の日本のイメージと、現代日本のポップカルチャーのギャップの相殺をはかり、新たな日本の印象を世界中にもたらした成功例だったといってもいいだろう。2020年を前にして、世界に日本を伝えるために、自国の伝統文化と現状の多種多様な文化芸術を理解することは、今後ますます重要になっていきそうだ。

文化芸術に関係する16団体で構成される文化芸術推進フォーラムは、日本の文化芸術の発展のため、政策提言を重ねてきている。そのなかで、政府も掲げている「文化芸術立国」の実現のためには、現在各省庁に分離されている文化芸術の振興策を統合することが重要であるとして、省庁再編による文化省の創設を目標に立ち上げたのだ。

「五輪の年には文化省」をキーワードに、改めて文化芸術の重要性を問う

真の「文化芸術立国」を求めて、文化省の設立が必要だと文化芸術推進フォーラムは考える。それは文化庁から文化省へランクを1つ上げるという単純な話ではなく、日本の文化芸術の力を一歩前進させるための、日本全体による大きな意識改革であり、プライオリティーの転換にあたるという。文化芸術が人の心の豊かさに寄与する大きな力は、経済的な豊かさを優先させてきた日本に新たな価値を気づかせるはずだ。

「五輪の年には文化省」の取組みの第一歩として、昨年11月に映画『札幌オリンピック』(1972年)の篠田正浩監督の講演とあわせて行われた『東京・札幌オリンピック映画上映会』を皮切りに、美術家が絵画、工芸、現代美術の新作を寄せた『アーティストによる新作オークション展』、そして今回レポートする『「五輪の年には文化省」宣言と公演 文化芸術の力をすべての人々に』の3つのイベントが開催された。

『「五輪の年には文化省」宣言と公演~』では、冒頭の文化芸術関係者の宣言の後、4つの演目が上演された。永遠の平和を希求する能『高砂』、東日本大震災後の復興への願いを込めたコンサート、福島県の高校生が作った演劇の朗読劇での再現。そして、日本のモダンダンスの父、江口隆哉の構成・振付による現代舞踊の歴史的名作『プロメテの火』の復刻上演だ。

文化芸術推進フォーラム議長・野村萬による「五輪の年には文化省」宣言
文化芸術推進フォーラム議長・野村萬による「五輪の年には文化省」宣言

能『高砂』が伝えた人間の生きる力。震災直後の被災者を支えた復興コンサート再演

最初に上演されたのは、クライマックスシーンに焦点化した能『高砂』より。この作品は「日々穏やかに過ごせることへの感謝と祈り」「永遠の平和を希求する精神」「生き続けていることの大切さ」を音楽と舞で伝えた作品だ。厳かな様式のなかで、音と舞が呼応し一体となり、独特の抑揚で力強く放たれるエネルギーを感じる公演だった。

『高砂』上演風景
『高砂』上演風景

続いて、「鎮魂、そして希望」のテーマのもと、東日本大震災の復興コンサートが再現された。被災者に音楽を届けるため、震災のわずか2週間後から、仙台フィルハーモニー管弦楽団と市民有志たちが公演を続けてきたものだ。震災直後の状況下で同じ公演が行われていたことを想像させる公演は、音楽がいかに人の心の支えになるかを切実に伝えていた。

復興コンサート再演風景 会場内に幸田浩子のソプラノが響き渡った
復興コンサート再演風景 会場内に幸田浩子のソプラノが響き渡った

原発事故により避難生活を強いられた高校生が自らの心境を描いた衝撃作の再演

朗読劇は、原発事故により避難生活を強いられた高校生たちの友情を描いた舞台『シュレーディンガーの猫』が抜粋上演された。「シュレーディンガーの猫」とは、生きている状態と死んでいる状態が50%の確率で存在している猫がいたとしたら……という想像上の物理実験の話。

福島県大沼高等学校演劇部の生徒たちが、まさに当時の自分たちが置かれている死と隣り合わせの状況を元にしたアイデアを、顧問の先生が書き上げた衝撃の作品だ。文学座有志による真にせまる朗読と、その演者の胸の内を代弁するような横山幸雄による感情豊かなピアノ演奏が重なると、客席からは微かにすすり泣く声も聞こえた。

『シュレーディンガーの猫』上演風景

『シュレーディンガーの猫』上演風景
『シュレーディンガーの猫』上演風景

江口隆哉作『プロメテの火』再演。『ゴジラ』テーマ曲を手掛けた伊福部昭と共同制作した幻のダンス作品

最後のダンスプログラムでは、『プロメテの火』より第二景『火を盗むもの』と第三景『火の歓喜』が公演された。これはプロメテウス(神人)が人間に火を与えるギリシャ神話に想を得た現代舞踊で、1950年に帝国劇場で初演されて以来100回近く公演が行われた歴史的名作だ。本作の作曲を担当した伊福部昭は日本を代表する作曲家の一人。『ゴジラ』のテーマ曲や『ビルマの竪琴』『座頭市』シリーズなどの映画音楽でも知られている。

『プロメテの火』は長らく上演が途絶えており、幻の作品となっていたが、伊福部昭の自筆譜の発見を機に2016年、実に66年の時を経て再演された。当公演でも大人数による躍動感あるダンスと、心に突き刺さる生命力に満ちた音楽は健在で、終演時にはホールに歓声が鳴り響くほどだった。

『プロメテの火』上演風景

『プロメテの火』上演風景
『プロメテの火』上演風景

2020年を契機に日本の文化芸術はどうなるか

「文化芸術」の言葉のもつ意味は実に広大で深淵だ。仮に「文化芸術」の重要性を声高に叫んだとしても、具体的な明示がないと、なかなか実感が湧きづらいというのが現実だろう。

この日、行われた4つの公演はそれぞれ形態は異なるものの、根幹部分には共通する「人の心に活力を与える」大きな力を感じた。それは「文化芸術」を形成する重要な要素であることを、改めて実感させてくれるものだった。

文化芸術は人により感じ方も認識も千差万別だ。しかしだからこそ、一人ひとりの「文化芸術」に対する意識の変化の集積が、広範にわたって新しいものを生む下地を作っていくだろう。今回のイベントでみられたような公演がより人々に身近になっていくなかで、2020年を契機に日本固有の文化芸術がさらに盛り上がることを期待したい。

イベント情報
「五輪の年には文化省」宣言と公演
『文化芸術の力をすべての人々に』

2016年11月12日(土)
会場:東京都 初台 新国立劇場 中劇場

第一部 宣言

宣言『五輪の年には文化省』
出演:
野村萬(文化芸術推進フォーラム議長)
河村建夫(文化芸術振興議員連盟会長)
ほか

能『高砂』より
シテ:観世銕之丞
地謡:
馬野正基
長山桂三
谷本健吾
安藤貴康
観世淳夫
囃子:
一噌幸弘(笛)
大倉源次郎(小鼓)
國川純(大鼓)
林雄一郎(太鼓)
コロス:日本劇団協議会有志

第二部 復興、そして未来への希望・復興コンサート『鎮魂、そして希望』
指揮:大井剛史
演奏:日本オーケストラ連盟加盟団体有志
ソプラノ:幸田浩子

朗読劇『シュレーディンガーの猫』より
出演:
斉藤祐一
ケイン鈴木
鈴木陽丈
千田美智子
金松彩夏
高柳絢子
永宝千晶
岡本温子
ピアノ:横山幸雄

ダンス『プロメテの火』より第二景 火を盗むもの / 第三景 火の歓喜
出演:
佐々木大
山本裕
林敏秀
鈴木泰介
加藤明志
半田正彦
中西飛希
小川麻里子
北島栄
坂本秀子舞踊団(飯塚真穂、吉垣恵美、松本直子、鈴木いづみ、玉田光子ほか)
日本女子体育大学モダンダンス部

総合司会:
堺正章
齊藤美絵

※このキャンペーンイベントとして、文化省創設に賛同する138名の美術家が作品を寄せた「アーティストによる新作オークション」が開催され、売り上げから「熊本地震被災文化財等復旧復興基金」、「地震1年後に熊本も『復活』を祈るコンサート」に合計約870万円が寄付された。



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