このコロナ禍における制作・興行の困難のみならず、各種ハラスメントや労働環境など、さまざまな問題が浮き彫りとなっている日本の映画業界。
そういった状況のなか、多くの人々を巻き込みながら実際に行動することによって、ひとつの「ムーブメント」をつくろうとしている人たちがいる。「だれでも映画を撮れる時代」に呼応した、新しいかたちの短編映画制作プロジェクト「MIRRORLIAR FILMS(ミラーライアーフィルムズ)」だ。
新しい才能の「発掘」と「育成」を目的に公募した短編映画作品にあわせて、実績ある監督の短編や、俳優たちの監督作、合計36作品を4本のオムニバス映画として全国の映画館で上映するこのプロジェクトは、どのような経緯で立ち上がり、何を変えようとしているのか。
その発起人である映画プロデューサーの伊藤主税(and pictures)、同じく発起人・プロデューサーでもありながら、監督した短編作品がプロジェクトで上映される俳優・山田孝之と阿部進之介の三人に、彼らが見据える「日本映画の明るい未来」について、大いに語り合ってもらった。
日本の映画業界にある「専業」が敬われる文化と、その文化への疑問
―『MIRRORLIAR FILMS』の「Season 1」が、今秋全国で公開されました。まずはあらためて、このプロジェクトを立ち上げた経緯から教えていただけますか?
伊藤:もともと2017年に、俳優志望の人たちに向けて、信頼できる情報や俳優や監督の生の声を届けるためのプラットフォーム「MIRRORLIAR」を立ち上げていたんです。そこでは新人俳優の「発掘」と「育成」が目的でした。
山田:ぼくも手伝っていたんですが、「MIRRORLIAR」を立ち上げてからも試行錯誤があったんですよね。
そのなかで、俳優だけじゃなく、脚本家や監督にも「発掘」と「育成」の場が必要なんじゃないか、ということになり、「MIRRORLIAR FILMS」として2019年からあらためて動き出しました。そのタイミングで俳優だけでなく、映画に携わるクリエイターすべての「発掘」と「育成」の場に切り替えたんです。
―「MIRRORLIAR FILMS」では、公募作品に混じって、俳優による監督作品も上映されるようですが、これはなぜなのでしょうか?
伊藤:あるとき「MIRRORLIAR」に登録していた俳優が、自分で撮った映像作品を見せてくれたことがあり、とても印象的だったんです。
でも、よくよく考えれば、山田さんも阿部さんも、俳優をやりながら、『デイアンドナイト』(藤井道人監督 / 2019年)で企画やプロデュースを担当しているわけですよね。「MIRRORLIAR」にもそういう考えを持った俳優たちがたくさんいるんじゃないかと思ったんです。
伊藤:俳優をやりたいと思っていたけど、映画づくりに携わっていくうちに、じつは映画そのものが好きだったことに気づいたり。だけどそれは、実際に映画づくりの現場に参加してみないと、わからないことでもあって。
―「MIRRORLIAR FILMS」のサイトには、「境界線(ボーダー)を疑え。」と銘打たれていますが、それもいまの話と関係しているのでしょうか?
山田:「俳優だから芝居をする」ではなく、別に脚本を書いたっていいし、監督をやってもいいわけで。ぼく自身がそうですけど、俳優に限定せず、何でもやってみたほうがいいと思っていて。その場所に立ってみないと見えない景色はあると思うので。最初から決めつけてしまうと、行動を制限してしまうんですよね。
阿部:とくに日本の場合は、「専業」が敬われるみたいなところがある。もちろん、それはそれでいいのかもしれないけど、逆に視野が狭まることもあるわけで。
俳優は、絵を描く人が使う、ひとつの色になる感覚っていうのかな。監督のように自分で絵を描いてみる役割ではないんですよね。だから見ているところが全然違いますし、別の視点に立つことで、俳優に戻ったときに演技に反映されることもある。
山田:そんなことを考えながら、「MIRRORLIAR FILMS」をどんなプロジェクトにしようかと相談するなかで、最終的に行きついたのが、新人監督や俳優、ベテラン監督による短編映画の制作と、それらを並べたオムニバス上映だったんです。
「若手の登竜門的な映画賞はたくさんあるけど、その作品が全国公開されることはほとんどなかった」
―「MIRRORLIAR FILMS」プロジェクトは、第一線で活躍する映画監督の作品、俳優が監督した作品、そして一般公募で選ばれた作品がフラットに並んでオムニバス作品としてパッケージされているところが、ひとつの特徴だと思います。
伊藤:そうですね。若手の登竜門的な映画祭とか映画賞って、たくさんあると思うんですけど、そこで評価された作品を全国公開までフォローすることは、これまでにほとんどなかったんです。やはり新人の方々の作品だけだと、宣伝の難しさもある。
だけど、このプロジェクトでは若手の作品を全国公開したいという思いがありました。そこで、著名な俳優が監督していたり、実績ある監督の方々の作品もあわせて上映するかたちにしました。新しい才能を押し上げて、よりたくさんの人たちに新人監督の作品を見てもらいたいと思っています。
山田:新しい方々の作品と一緒に上映されることは、ぼくらにとっても嬉しいことでもありますし。
―一般公募は、どのくらいの作品が集まったのですか?
伊藤:419作品の応募がありました。ひとつの作品に20~30人が関わっていたとして、合計1万人近い方々がこの企画にチャレンジしてくれたわけです。
「MIRRORLIAR FILMS」としては、より多くのクリエイターに「知ってもらう」「参加してもらう」という目標を掲げていたのですが、達成することができたと思っています。短編映画って、2~3日あれば撮り切れるんですよね。だからこそチャレンジしやすいコンテンツだと思っています。
阿部:それは、今回監督として参加してくれた俳優たちにとっても同じですよね。「2時間の映画を撮りませんか?」って言われたらちょっと考えてしまうけど、15分だったら撮れるかもしれない、と思う。
山田:あと、映画館で上映するとなると、興行収入というビジネス面での結果が求められるけど、9作品ずつオムニバスで上映するので……。
伊藤:責任が分散できるっていう(笑)。
山田:そうそう(笑)。そういう意味でも、ハードルは下がっているし、チャレンジしやすいと思うんです。
阿部:ヒットする、しないみたいなことはいっさい考えず、それぞれの個性を出してもらえる場がつくれればいいと思うんです。今回はそれぞれの作品に、制約されない個性が詰まっていると思うんですよね。
「『育成』といっても『一緒に育つ』という感覚。そこには、受け手側の人たちも入っている」
―36本の短編作品を4回に分けて全国の映画館で上映するというのは、かなり画期的なことですよね。
山田:短編映画って、世間一般からはあまり親しまれていないので、短編映画や、それが集まったオムニバス映画の面白さを継続的に伝えたいんですよね。
何人かの映画プロデューサーに聞いたんですが、みんな「日本ではオムニバス映画は当たらない」って言うんですよ。それってぼくらからするとチャンスだなと思っていて。
伊藤:ぼくのまわりでも、オムニバス映画は見たことないっていう人が、結構いるんですよね。それはつまり、まだ知られてないということだから、逆にチャンスだとぼくも思っています。
山田:好きな監督や俳優、原作の映画は、狙い撃ちで観にいけばいいと思うけど、映画の面白さってそれだけじゃないと思うんです。どんな映画なのかわからないまま観にいって、そこで何かを見つける面白さもある。受け手側もそういう姿勢になってもらわないと、こっちがどれだけ頑張っても映画業界は育たないですよね。
―なるほど。受け手側を巻き込むことも、今回のプロジェクトでは肝要であると。
山田:そうです。「育成」というのは、つくり手を「育てる」だけじゃなく、受け手側の人たちと「一緒に育つ」っていう意味もあるんですよね。今回のプロジェクトで、受け手側の人たちにも、短編映画やオムニバス映画に慣れ親しんでもらえるんじゃないかと思っています。観たい映画がとくにないときでも、『MIRRORLIAR FILMS』を観ておけばって思ってもらえるようになれたらいいですね。
全スタッフ、キャストに分配される「クリエイター報酬」というお金の仕組みを導入
伊藤:もうひとつ新しい試みとして、「MIRRORLIAR FILMS」ではクリエイター報酬というものを設定しています。通常の映画作品の場合、支払われるのはギャラだけなんですけど、このプロジェクトでは、リクープラインを超えた後、第一次収入の興行収入20%、第二次収入の海外での興行や国内配信、テレビ放映収入などの10%をクリエイターたちに分配する仕組みにしているんです。
山田:このシステムは『ゾッキ』(竹中直人、山田孝之、斎藤工監督 / 2021年)や『デイアンドナイト』でも導入されていました。『ゾッキ』は、配給収入の10%を、スタッフ、キャストに分配しています。
―映画業界にとって、ものすごく画期的なことですね。
伊藤:日本の映画業界にはこういうシステムや文化がなかったですし、予算の内訳を開示することもなかったので、当初は受け取る側も戸惑っていたと思います。でも、映画に関わるお金の動きや配分についても、関係者にちゃんと伝えていきたいと思っているんですよね。
映画をつくるには、仲間を集めることから
―「MIRRORLIAR FILMS」を知って、実際に短編映画を撮ってみたいと思ったとき、なにから始めればいいでしょうか?
山田:まずは、集まることですね。
伊藤:たしかに。「映画を撮りたい!」って思ったら、まずはまわりの人に言ってみる。結構大事かもしれないですね。
阿部:仲間は大事ですね。ひとりで考えているだけだと進まないことも多いけど、まわりの人を巻き込んで、「じゃあ、何をやろうか?」ってなった瞬間、いろいろ転がり出すことも多いので。
ぼくが企画した『デイアンドナイト』も、藤井(道人)くんや(山田)孝之、そして(伊藤)主税さんっていうふうに、いろんな人を巻き込みながら、どんどん転がっていったんですよね。
山田:まずは脚本を書いてみて、それを誰かに見せて参加したい人を集うかたちでもいいし。なんなら、みんなで脚本をつくってみるのでもいいと思うんですよね。
―表現は、コミュニケーションと密接に関係しているんですね。
山田:そうなんですよね。誰かと話しながら何かをつくっていくこともコミュニケーションだし、そうやってみんなでつくったものを、他の誰かに見てもらいたいと思うのも、やっぱりコミュニケーションなんですよね。
- 作品情報
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『MIRRORLIAR FILMS Season2』
Coming soon
監督一覧:Azumi Hasegawa、阿部進之介、紀⾥⾕和明、駒⾕揚、志尊淳、柴咲コウ、柴⽥有麿、三島有紀⼦、⼭⽥佳奈
- プロフィール
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- 伊藤主税 (いとう ちから)
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1978年生まれ、愛知県豊橋市出身。俳優活動を経て、映画プロデューサーとして活動。映画で文化を生みたいと、映画製作会社「and pictures」を設立。短編オムニバス企画「Short Trial Project」シリーズや長編映画を製作し、国内外映画祭で受賞歴多数。プロデュース作品に『ホテルコパン』『古都』『栞』『青の帰り道』『デイアンドナイト』『Daughters』、公開中の『ゾッキ』『裏ゾッキ』『DIVOC-12』など。 映画製作をきっかけとした地域創生を推進。山田孝之、阿部進之介らと発足した、俳優向けの情報プラットフォーム「MIRRORLIAR」を発展させ、多様なクリエイターの短編映画製作と地域ワークショップを連携させた「MIRRORLIAR FILMS PROJECT」を始動。教育にも力を入れ、2020年10月よりオンライン・アクターズ・スクール「ACT芸能進学校」(通称A芸)を開校。
- 山田孝之 (やまだ たかゆき)
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1983年10月20日、鹿児島県出身。1999年に俳優デビュー。テレビドラマ『WATER BOYS』『世界の中心で、愛をさけぶ』『白夜行』『信長協奏曲』『dele』、映画『クローズZERO』『闇金ウシジマくん』『50回目のファーストキス』『はるヲうるひと』など数々の作品に出演。映画『ゾッキ』(2021年)で竹中直人、斎藤工と共同監督を務めた。Netflix配信ドラマ『全裸監督』(2019年)、『全裸監督シーズン2』(2021)も大きな話題に。
- 阿部進之介 (あべ しんのすけ)
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1982年2月19日、大阪府出身。2003年 映画『ラヴァーズ・キス』で役者デビュー。初の長編映画主演作となる『デイアンドナイト』(2019)では、企画と原案も務めた。FXが製作するドラマ「将軍(原題:Shōgun)」に出演が決定し、現在カナダでの撮影に参加している。
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