とある実業家が、オークションで100億円以上のアート作品を落札した。とあるアーティストの作品が、1億円以上で落札されたのち、その場でシュレッダーにかけられた。
そんなニュースを目にすると、やりとりされている金額のあまりの高さに、自分とは関係のない別世界での出来事のように感じてしまう人は多いのではないだろうか。アート作品は、一部の大富豪だけが購入できるもの。そんな思い込みが日本社会に根付いてしまったとしても、不思議はない。
しかしいま、「アートの民主化」とも呼びうる動きが広がっている。これまでのように、アートを富裕層や権力者が独占的に所持するのではなく、作品をシェアしたり、クラウドファンディングで支援したりする流れが世界各地で発生しているのだ。その背景には、SNSやブロックチェーン、NFTといったテクノロジーの力と、それらがもたらす「所有」の概念のアップデートがある。それはやがて、「アートの価値」の更新にもつながっていくだろう。
1万円という少額からバンクシーやアンディ・ウォーホルといったアート作品の共同保有ができる日本初のプラットフォーム「ANDART」も、そういった一連の流れを担う重要なプレイヤーである。「アートの価値」と「アートの民主化」をキーワードに、ANDARTの代表取締役CEO・松園詩織と取締役COO・高原大介へ疑問をぶつけた。
アートマーケットの仕組みとは? 2つのアート市場の関係
―世の中に流通しているアート作品は、数千円から数百億円と幅広い値段がつけられています。これまでの最高額は、2017年に落札されたレオナルド・ダ・ヴィンチの『サルバトール・ムンディ』という作品で、およそ500億円(当時)もの高値がつきました。アート作品の価格というのは、どのように決まるのでしょうか?
松園:まず、アートの市場は大きく分けて2つあります。1つめは「プライマリーマーケット(一次市場)」、2つめが「セカンダリーマーケット(二次市場)」です。
アーティストがギャラリーや作家の個展などで販売される作品が、プライマリー作品と呼ばれます。そこではじめて、アーティストや所属するギャラリーによって作品に値段がつけられ、最初の買い手がつくことになります。
後に、所有者が作品を手放すとオークションやディーラーを介して「セカンダリーマーケット」にアート作品が流れていきます。
セカンダリーマーケットではアーティストが取引に介入することはありませんし、利益も得られません。しかし、セカンダリー市場で値が上がれば、相対的にプライマリー市場での値段も上げやすくなるという、切っても切れない関係でもあります。
―「前澤友作さんがバスキアを約123億円で落札した」「バンクシーの作品が約1億5000万円で落札された直後、シュレッダーにかけられた」など、テレビのニュースでも報じられた話題は、主にセカンダリー市場であるオークション会場から生まれているのですね。
松園:世界中のコレクターが、オークションハウスで「この作品をこの価格で買いたい」と競り合った結果が、セカンダリー市場の価格に反映されている。つまりセカンダリーでの価格は、需要の大きさに比例していると言えます。
高原:一方で、たとえばバンクシーの場合は、バンクシー作品の認証機関である「Pest Control」を自ら設立し、真贋を保証しながら流通量をコントロールすることで、価格を戦略的に動かしています。
特に2017年以降のプリント作品は、プライマリー販売をストップしたことで付加価値が生まれ、作品価格が上昇しました。そしてそれがプライマリーとセカンダリーの両方に影響を与えるという面白い動きを見せています。
普段作品を目にするときには、プライマリーとセカンダリーの違いを特別意識したりはしないはず。でも、その違いを知ると、また違ったアートの楽しみ方ができるようになると思います。
ー最近、世界的にアート市場が活性化しつつあると聞きますが、そのなかで日本の状況に変化はありますか?
高原:世界のアート市場は、ここ10年ほど盛り上がっており、年間の商取引総額が約7兆円で推移しています。日本では美術品市場、グッズやカタログなどの美術関連品市場、美術館入場料などの美術関連サービス市場をあわせても年間3,000億円台程度となり、2020年はコロナ禍もあってやや減少したものの、そこまで大きく変わっていません。たとえば世界のアート市場の動向を示す「The Art Basel and UBS Global Art Market Report 2021」では、2020年の世界の美術品のオンライン売上高は2019年の約2倍となり、過去最高を記録しています。市場の活性化はこれからだと言えるでしょう。
―日本のアート市場が拡大しない理由として、どのような点が問題だと思いますか?
松園:さまざまな要因が考えられます。まず現状マーケットを支える富裕層にとっては、海外と比べてアートを資産ポートフォリオに加えるには税制度などが有利ではありません。また一般の生活者には展覧会へ日常的に足を運ぶ文化は根付いているのに、実際にアート作品を購入する文化がなく、そもそも買うという発想に至らないこともあるでしょう。
また、買おうと思っても目利きに自信がない、高額で手が出ない、物理的に置く場所がない……といった複数のハードルを越える必要があることも、アートが注目を集めているのに市場が拡大しない要因だと思います。
アート市場が閉じられた経済圏で自足していた影響も大きいでしょう。これまでアートを購入するには知識や経験、人脈などが非常に重要だったため、そういった背景もあり、アート市場の外にいる一般の人には作品購入に必要な情報がなかなか伝わらないという状況になっていると思います。
しかしこれからアート市場を活性化させていくには、アート購入へのハードルを下げ、より広い層に働きかけていくことが重要だと考えています。
高原:実際に、アート情報がテレビや新聞などのニュースに取り上げられることが増えてきているものの、市場規模拡大などの具体的な数字になって表れるのはこれからだと考えています。いまはアートに接する機会を広げ、興味関心をいかにより強い関わりに変換できるかという、チャレンジの段階です。
オンラインでもアートに接する機会が少しずつ増えてきて、アートは小難しいだけのものではなく、もっと気軽に鑑賞してもいいんだと思える文化の土壌が、できつつあると思います。
アートの民主化の流れが進む。カギは「所有」の概念の変化?
―高額なアート作品を購入する人たちは、どのような目的で作品を落札するのでしょうか?
松園:気に入った作品を手元に置いておきたいという方もいますし、投資目的で作品を所有する方もいます。
しかし、たとえば数多くのアート作品を所有するコレクターさんの場合、飾るスペースがないなど物理的な制約のために、普段は倉庫で作品を保管し、何年も実物を見ていないというケースがたくさんあるんです。それでも彼らは、いい作品があると落札する。
―なぜでしょうか?
松園:それは、アートを選び、買うという過程を通じて作品に深く関わることで、「所有する」こと自体に喜びが生まれているからではないしょうか。その喜びや快楽は、手元に作品がなくても湧き出てくるものなのだと思います。
―近年はアート作品をシェアしたり、クラウドファンディングで支援したりする動きも活発です。これは、一部の限られた富裕層しか買えなかったアートが、一般層の手にも届くようになったという意味で、アートの「民主化」とも言えるのでしょうか。
松園:そうですね。私たちANDARTのサービスもその動きのひとつと言えるでしょう。ANDARTのアート共同保有プラットフォームは、実際に手元に作品を置くことはできないものの、デジタルデバイスを通じて作品を鑑賞したり、価格変動を確認したりすることができます。
つまり「所有する」喜びを、金銭面でのハードルを大幅に低くしたうえで体験してもらえる。実際にANDARTを利用していただくとわかると思うのですが、オーナー権を持つことで、アートが「自分事」になると考えています。
―どういうことですか?
松園:「アンディ・ウォーホルの作品を知っている」場合と、「アンディ・ウォーホルの作品を買っている」場合では、作品の情報に触れたときの感じ方がまったく違うんです。オーナーになることでアーティストのことをより深く知ろうとするし、これまでと異なる視点からアート作品を見るようになる。
たとえばANDARTでは1年に一度、オーナー限定の鑑賞イベントを開催しているのですが、オーナーとして実際に作品を見ることは、通常の展覧会とはまったく異なる鑑賞体験だと思います。
NFTやブロックチェーンによって変化していくアート市場の構造
―既存のアートの流通構造は、今後どうなっていくと思いますか?
松園:アーティストが作品をつくり、それを買いたい人に売って対価を得て、次の制作につなげていくという、市場の基本的なサイクルは変わらないと思います。
しかし「ギャラリーに所属する」「アートフェアに出品する」「国内市場から国外市場へ進出する」といった、日本のアーティストたちが踏んでいく既存のキャリアステップは、これからはもっとランダムになっていくのではないかと思います。
たとえば自分でSNS発信をして作品を売買するアーティストや、いきなり海外へ行って活躍しているアーティストも大勢います。アートの売り出し方はますます自由になっていくと思いますし、人気が出たり評価されたりするまでのスピード感は加速していくと感じています。
―少し前に、NFT(ブロックチェーン技術をつかった、偽造できないデジタルデータ)を利用したデジタルアート作品に約75億円という値段がつきました。NFTアートについてはどのように考えていますか?
高原:興味深い動きですね。アートコレクターたちがNFTを面白がり、デジタルアート作品をコレクションし始めているという動きは、テクノロジーを介した新しいアートのあり方という観点や、市場の拡張という観点においても、注目すべきものです。
ブロックチェーンを作品の証明書に活用することで、セカンダリー市場で作品が転売されるたびにアーティストに利益が還元される仕組みも生まれていますね。テクノロジーによる変化が少しずつ浸透していくことで、既存のアート市場の構造も変わっていくのかもしれません。
約75億円で落札されたのは、Beeple によるNFTデジタルアート作品『Everydays: The First 5,000 Days』
「アートの価値」はどこにある? 「値段」以外の話
―アート作品は、高額な値段がニュースになりがちですが、それ以外にはどのような価値があると思いますか?
高原:アートの受け取り方は人それぞれですよね。ポジティブな反応だけでなく、ネガティブな反応も含めて、自分のパーソナリティーを引き出し、深めてくれるところに価値があると考えています。
松園:アート作品に向き合ったときに感じる「これは好き」「このメッセージングに共感する」といった自分の心の動きを大切にすることは、アイデンティティーの解像度を上げたり、心が豊かになったりすることにつながる。そういったパーソナルな変化や成長の媒介となることも、アートの価値だと思います。
―日本のアート市場の購入者が増え、買う文化が根付いた先にもたらされるであろう未来について、教えてください。
松園:いままでアートを買うことに障壁を感じていた層の参入が進み、コレクターの人口が増えることで、アート界自体がますます盛り上がるはずです。たとえば音楽のように気軽に楽しめるようになることで、買い手、売り手、アーティストそれぞれにチャンスが広がっていくと考えています。
高原:若手アーティスト市場も、もっと盛り上がっていくでしょうね。買い手が増えれば、活動できる作家も増える。そういった動きをつくるために、私たちは共同保有プラットフォームだけでなく、若手アーティストの作品を中心に取り扱うオンラインストア「YOUANDART」も運営しています。
これまでのアート市場に一石を投じ、さらにオープンな市場になるよう働きかけていくことで、よりよい循環をつくっていきたいですね。
―ANDARTの今後の動きにも期待しています。
松園:10月末に1作品、11月にはもう1作品のバンクシーのオーナー権をANDARTで販売する予定ですが、販売にあたってバンクシーの作品をPestControlと直接コミュニケーションを取って信頼できる作品のみを購入していたりします。テクノロジーだけではなく、そういった信頼できる国際的なネットワークも活かしながら、今後も日本のアート市場を刺激していきたいです。
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ANDART
2019年に開設された、日本初のアート作品の共同保有プラットフォーム。
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