連載:あの人と街の記憶

北海道・札幌で出会った女子高生と、40年ぶりの「再会」。穂村弘の記憶

日常が大きく変化するいま、「どこで誰と何をして生きていくか」という話題は、多くの人に共通するテーマに発展したように思います。

知らない街の景色を思い浮かべてみたり、そこに生きる人々の温度を感じたりすることは、これからの生き方を考える、ひとつのヒントになるのかもしれません。

この連載「あの人と街の記憶」では、さまざまな表現者が、思い入れのある街と、そこで出会った人との思い出やエピソードを私的に綴ります。第2回目は、歌人の穂村弘さん。40年前に、北海道で出会った女子高生とのささいな思い出と「その後」について。

北海道で「一瞬だけ」出会った、粋な男性と、親切な女子高生

初めての街の印象は、ほんのささいなことで決まってしまう。

以前、友人たちと函館に行った時のこと。私たちは函館山の美しい夜景を堪能した後、麓にある信号をぼんやりと待っていた。雑談をしながら、なかなか青にならないなあ、と思っていた。その時、一人の男性が我々の背後を通り抜けながら、すっと手を伸ばして、信号のボタンを押すのが見えた。はっとする。そうか、これ、押しボタン式だったのか。私たちがそれと気づかずに待っていることを知って、その男性は自分が渡るわけでもないのに、そっとボタンを押してくれたのだ。そして、そのまま歩み去った。なんて親切で、粋なんだろう。その瞬間から、私たちは函館という街が大好きになった。

もう一つの出来事は40年前のこと。1981年の春、北海道大学に進学するために私は札幌の地を踏んだ。そこは私が生まれた街。でも、2歳の時に神奈川県に引越したから、ほとんど記憶はない。明日からの新生活を夢見てテンションが上っていた私は、大通公園を歩きながら、通りすがりの女子高生に声をかけていた。

「あの、すみません。この辺に髪を切るところはありませんか」

「えっ、っと、4プラの上にありますよ」

「ありがとう」

早速、私は4プラこと4丁目プラザに向かった。そのビルの上にあったのは男性向けの理髪店で、女子高生の彼女がちゃんと考えて教えてくれたことがわかった。嬉しかった。そこで髪を切って、私は札幌という街に迎え入れてもらったように感じた。

遠い青春の目撃者との「再会」

実はこの話には続きがある。今年、この4プラが閉館されることが決定したのである。それに関連して、私も北海道新聞のインタビューを受けた。そこで前述のエピソードを語ったところ、その記事が出てから2週間後に驚きの報せを受けた。なんと、この時の「女子高生」の文章が同紙の読者エッセイ欄に載っているというのだ。

「あの日は友達3、4人と大通公園を歩いていました。少し年上の人が声をかけてきたのです。ナンパにしては1人対数人で吊り合わず、髪を切る場所を教えてという唐突な質問、でも真面目そうな風貌、なんだかバラバラな印象でした。」

一読して、40年前の風景が甦った。早春の大通公園で私たちは数秒の会話を交わして擦れ違った。私にとって、それは新しい街での特別な出来事だった。だから、忘れることはない。でも、まさか高校生だった彼女がそれを憶えていて投書してくれるとは。こんなことってあるのだろうか。あまりの驚きに、その返信のような文章を同紙にもう一度書いた。彼女は読んでくれただろうか。

そんな風に嬉しいスタートを切った学生生活だったが、結局、数年後に私は北大を中退して札幌を離れることになった。それから東京での暮しがずっと続いて、北の空気も忘れかけていた。だが、今回の出来事によって、私は遠い青春の目撃者と「再会」したような衝撃を受けた。40年前に、一瞬だけ擦れ違った私たちは幻ではなかった。あの街を歩いて笑ってトウモロコシを齧っていたのだ。私の中の札幌は永遠になった。

穂村弘の選曲による、この街の記憶に結びつく1曲
プロフィール
穂村弘
穂村弘 (ほむら ひろし)

歌人。1962年札幌市生まれ。1985年より短歌の創作を始める。2008年『短歌の友人』で伊藤整文学賞、2017年『鳥肌が』で講談社エッセイ賞、2018年『水中翼船炎上中』で若山牧水賞を受賞。歌集『シンジケート』『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』『ラインマーカーズ』、詩集『求愛瞳孔反射』、エッセイ集『世界音痴』『にょっ記』『野良猫を尊敬した日』など、近著に『図書館の外は嵐』がある。



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