「ブラウザ越しに見られたのでは、芸術は死ぬ」と思っている人がいるかどうか知らないけれど、しかし今般の忌々しい新型コロナウイルスは、そんな芸術表現との接し方にも新しい方法の模索を強制した。
オンラインで、ブラウザ越しで、直に触れることなく、何ならベッドから一歩も出ることなく、芸術表現をどう体感するか。三密回避と外出自粛の縛りから身動きの取れなくなったコロナ渦の世界から、果たして何が生まれたのだろう。最新のテックを活かした仮想空間アートフェス『Taiwan NOW』の例を見ながら考えたい。
コロナウイルスが「アートの体感」を拡張させた
2020年3月、日本ではじめての緊急事態宣言が発令された後、都内を中心とした美術館・博物館のほとんどが臨時休館となった。
当然、それらの文化施設は大幅な収入減になったわけだが、それは「見せる側」だけに限らない。あるデータによれば2020年の世界のアート市場は前年比で約22%ダウンと伝えられている。
とはいえ、難しい局面に怯えながら過ぎ去るのを待つほど、アート業界のプレイヤーも小心者ばかりではない。特に「実際に来てもらう」ことが重要になる美術館・博物館は、自分たちのプレゼンテーションのスタイルを大きくピボットさせた。
真先に動いたのが、トーハクこと東京都国立博物館。同館では開催休止となった展覧会を学芸員の解説付の「オンラインギャラリーツアー」としてYouTubeに公開。このやり方は東京都写真美術館、東京国立近代美術館、森美術館などのフォロワーを生んだ。
それまでの「実際に見て楽しむ展覧会」に対して、「プロによるストーリー説明も含めて楽しんでもらう展覧会」へと、体験価値の方向転換を行ったわけだ。
メトロポリタン美術館と『あつまれ どうぶつの森』のコラボが実現
芸術・文化業界におけるコロナ渦のオンライン施策への方針展開は、業界的に遅れがちだったデジタル化、オンライン化を急速に進める結果となった。たとえば世界全体のアート市場におけるオンライン取引の割合は、約9%(2019年)から25%(2020年)へと急増している。
デジタルを取り入れる試みのなかでも、少し変わったところで注目したいのは美術館と『あつ森』ことNintendo Switch用ゲームソフト『あつまれ どうぶつの森』のコラボ。
ゲームのなかで、美術館の所蔵作品による展示をカスタマイズして楽しめるというもので、北京の木木美術館を皮切りに、ロサンゼルスのJ・ポール・ゲティ美術館、ニューヨークのメトロポリタン美術館、日本では三菱一号館美術館や大田記念美術館が続いた。これもコロナ禍がなければ実現しなかったかもしれないユニークなアイデアだといえるだろう。
『Taiwan NOW』に見る、仮想空間アートフェスのこれから
『あつ森』の例は特別だとしても、芸術・文化はデジタル・オンライン領域で自分たちを活かしていく道、居場所を見つけつつある。
10月30日から11月14日まで開催されている、日本と台湾の文化交流を目的にしたイベント『Taiwan NOW』もリアルとバーチャルを統合し、ポストコロナの時代感を反映させたパフォーマンス、映画、コンサートのあり方を模索している。
このイベントのユニークな点は、東京・丸の内と台湾・高雄のメイン会場のほかに設けられたオンラインのバーチャル会場。
そこには、アトリウム(エントランス)のほかに、劇場、コンサートホール、映画館の3セクションが用意されていて、オーディエンスはベッドの上からでもスマートフォンで入場可能。それぞれの場所を散策しながら演目を楽しめる。「ブラウザを眺める」だけでなく、アクティブな動きを伴った体験を提供しているわけだ。
エントランスとなるアトリウムではバーチャル会場のテーマとなっている「ともに花を咲かせよう」をコンセプトにした、インタラクティブなパフォーマンスが展開されており、来場者はいきなり散策感の強い体験をすることができる。
バーチャルコンサートホールでは台湾のアーティストを軸に、海・山・土地の3つをテーマに構成した音楽会『台湾人』を上演。台湾のフォークカルチャーや風土を、音楽と映像で堪能できる。
バーチャル劇場では、張洪泰(アレックス・チャン)、台北のシティポップバンド・落日飛車(サンセット・ローラーコースター)の曾國宏(クォホーン・ツェン)の共同作品『三魂の途』を上演。
鑑賞者は、台湾の自然のモチーフがちりばめられた海のような空間を遊泳し、まるで誰かが見ている夢想的な世界を追体験するような不思議な感覚を味わえる。
バーチャル映画館では台湾のアーティストが手がけた映像作品、ショートフィルム、アニメーションが上映されるなど、実際のアートフェスティバルさながらの充実したプログラムが仮想空間で繰り広げられているのだ。
『Taiwan NOW』のバーチャル会場の魅力は、リアルの代替手段ではなく、むしろ仮想空間のポテンシャルを活かしているところにある。
それはアトリウムでも、バーチャル劇場でも、バーチャルコンサートホールでも同様で、たとえばアトリウムではバーチャルなフラワーガーデンとパフォーマンスが組み合わさった空間演出がされ、物理法則に縛られない、仮想性が生かされた、ここでしか表現できない体験の模索と実践がある。
もちろん、これらとリアルのどちらが優れているか、という議論はナンセンスだろう。『Taiwan NOW』から見えてくるのは、コロナ禍において芸術・文化を体験するための、オルタナティブな一つの答えであり、そこに優劣はありえない。コロナ禍においてアートが見出したテック領域の活用、それによって生まれる新しい体験の事例が、このイベントを通して感じられるはずだ。
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