配信が身近な存在になり、さまざまな状況や気分で映画を楽しめるようになった。自宅で仕事終わりにリラックスして見たり、家族で楽しんだり。あらためて映画館独特の心地よさに気づき、足を運ぶ機会が増えた人もいるかもしれない。
映画との距離がグッと近くなったとき、いままで遠い存在に感じていた社会派やアート性の高い作品などが多い「ミニシアター系」と呼ばれる映画に興味を持った人もいるのではないだろうか。近年では、国内外で数々の映画賞を受賞した『カメラを止めるな!』、ロングランヒットを記録した『愛がなんだ』など、注目されるミニシアター系映画。
大きな声では語られてこなかった多様な価値観に出会えるミニシアターの魅力、そこから己を知る楽しみ方について、映画や映画館を愛することで知られる俳優の池田エライザに教えてもらった。
ふと、なにも考えずに観た映画のほうが、心にガツンとくる
─俳優だけでなく、映画監督としても知られるエライザさんですが、ミニシアターにはよく行かれますか?
池田:コロナ前は時間ができたときに、フラッと行っていました。ただ、作品ありきで映画館を訪れることが多いので、あまりミニシアター / シネコンという括りで考えていないですね。
スクリーンで観たい作品なら、いろんなところに行く。目黒シネマに『AKIRA』の爆音上映も観に行きましたし、片渕須直監督の『この世界の片隅に』は、都内で観るタイミングを逃してしまって、帰省のついでに別府の劇場まで観に行きました。
─本当に映画がお好きなんですね。
池田:一日に何本も観ていた時期もありましたが、いまはそこまで貪欲ではありません。結局、自分の知識欲のためだけに映画を観ても、情報が増えるだけだなと思ったんです。ふと映画館に行ったり家で見たりするときの映画のほうが、心にガツンとくるんですよね。
緊急事態宣言中に映画館から離れなきゃいけない時期があったじゃないですか。すごく寂しかったんですが、だからこそ久しぶりに映画館に行ったときに新しい楽しみ方に気がつくことができて。
スクリーンがあって座席があって、昨日まで笑っていたか、泣いていたかも知らないいろんな方々がいて。そんな方々と一緒に同じ物語を観て、それぞれがまったく違う解釈をしている状況っておもしろいですよね。
「いいものを観よう」と意気込んでいくと、その作品の「いいっぽい」ところばかり回収しようとしちゃいますよね。それはおもしろくないので、間口は広く、フラットな気持ちで観るほうがいいなって思います。だから最近は、カフェに寄るような感覚で映画館に行っています。
─お好きな映画のジャンルはありますか?
池田:意味のない殺戮シーンが多いとちょっと心が疲れてしまいますけど、いろんな映画が好きです。
特に好きなものだと……「死の先にあるものはなんだろう」という死生観だったり、人間が考えてもわかりようもないことについて向き合い、もがいたりしている作品はいいですよね。2022年 1月21日公開の出演作『真夜中乙女戦争』もそうですけど、未熟な人たちが未熟なりに100%もがく姿はすごく美しいと思います。
─おうちで映画を見るときは、どんなふうに楽しんでいますか?
池田:サブスクの配信サービスをいくつか登録しているので、その日の気分で見たい作品を選んでいます。ジャンルだとアニメ映画が多いかもしれないですね。最近だとディズニーの『ソウルフル・ワールド』(2020年)がおもしろかったです。やっぱり配信も侮れないし、直感で選ぶものってそのときに本能から求めているものだったりするので、そういう感覚も大事にしています。
社会派の映画なら、自然に伝えてくれるような作品が好き
―ちなみに、ミニシアター系の作品は社会派や、アート性の高いものが多いといわれていますが、そういう作品はいかがですか?
池田:社会派の作品は、社会派然としていないものが好きです。そんなに仰々しく言わず、もっと当たり前に伝えてよって思います。
私の周りには、日本の一般社会からすればいわゆるマイノリティーといわれる方々が多いんです。出生だったり、ジェンダーだったり。幼い頃からスペイン系やアフリカ系、いろんな方々に囲まれて育ったのですが、そもそもマジョリティーとマイノリティーの区別なんてないと思っています。だから、それらを当然のものとして捉えている映画は、次の時代を見据えているようで魅力的ですね。
─渋谷にあるミニシアター、Bunkamuraル・シネマの映画配信サービス「APARTMENT」の作品は「一人ひとりに寄り添うような作品」「映画を通して社会と接続できる作品」という独自の基準でセレクトされています。現在配信されている『Rocks/ロックス』『Romantic Comedy/ロマンティック・コメディ』『ワザリング・ハイツ ~嵐が丘~』『悪魔とダニエル・ジョンストン』『17 Blocks/家族の風景』のなかで気になるものはありますか?
池田:じつはどれも観たことのない作品ばかりなのですが、この『悪魔とダニエル・ジョンストン』という映画が気になりました。どうして「悪魔」とタイトルについているんですか?
─この映画は、アメリカを代表するシンガーソングライター、ダニエル・ジョンストンの生涯に迫ったドキュメンタリー映画です。彼の代表曲のひとつに “Devil Town”というタイトルの楽曲があること。そして、酔いどれ詩人と呼ばれたトム・ウェイツや伝説のロックスター、デヴィッド・ボウイなどさまざまな有名アーティストを魅了してきた一方で、非常に繊細で双極性障害(躁うつ病)に苦しんでしまう。自身に宿る悪魔と闘いながらも創造を続けた彼の肖像を描いていることから、このタイトルを付けたのだと思います。
─エライザさんは「ルッキズム(外見にもとづく差別)」に関心がおありだとうかがったのですが、『Romantic Comedy/ロマンティック・コメディ』(2019年)は、主人公たちがみな白人で、異性愛者というロマンティックコメディーのステレオタイプな設定に疑問を投げかけるフィルムエッセイです。エライザさんはロマコメで描かれるラブストーリーに違和感を覚えたことはありますか?
池田:ありきたりな設定に対して、モヤモヤしたり身体が抵抗してしまうことってありますよね。自分も映画の仕事をしているからこそ、業界の慣習で当たり前だとされていることを疑い、いろんな視点や表現を示していかなきゃと思います。
私、『ポンヌフの恋人』に出演している俳優のドニ・ラヴァンが大好きなんです。彼はルックスとはまったく関係のないところで、演技派の俳優として自分の愚かさを演じ、示すことで観客をいかに救えるか、みたいな格好よさがある方だと思います。彼が出演するラブストーリー映画は、イケメンと美女みたいな決まりごとがないからいいんですよね。
映画を観るとき、ただなんとなく周りの評価などを鵜呑みにするんじゃなくて、自分なりの視点を持って観ることが大切だと思います。
女の子が、もっとのらりくらりと生きていけるように闘っていきたい
―女性同士の連帯や絆を描いたシスターフッド映画『Rocks/ロックス』はいかがですか?
池田:じつは一度だけ、映画の途中で映画館から出てしまったことがあって。その映画での女性の描かれ方がとても古くて、すごく嫌な気持ちになったんですよね。
私は、女の子がもっとのらりくらりと自由に生きていけるよう、古い価値観とは闘っていきたいし、そういう映画を提示したいなって思いもあります。だから、こういう作品にはすごく勇気をもらえると思います。
内緒話がオープンになっていくことは、社会にとっての希望
―こういったミニシアター系の作品が、配信で気軽に見られるようになったことについて、どう思われますか?
池田:ミニシアターって、作品をとおして多様な価値観を世の中に提示してきた場所だけど、いっぽうで限られた場所でしか作品を観ることができなかったともいえますよね。なので、いい作品が上映されたとしても、内緒話のようにしか伝わらない状況もあったと思います。
配信によって、ミニシアター系の作品がオープンになり、限られた方だけじゃなく、よりたくさんの方がアクセスできるようになることは、社会全体にとっても希望だと思います。
─ミニシアター系の映画作品をとおして、多くの方々が多様な価値観に触れることができるといいですね。
池田:もっと生きやすい世の中になるように、私も映画のつくり手側として、そういう映画をつくっていきたいし、みんなと手を繋いで団結していきたいです。
- サービス情報
-
APARTMENT
渋谷の映画館Bunkamuraル・シネマのセカンドラインとして新たにオープンした、一人ひとりに寄り添う映画を、よりパーソナルな空間で楽しめるオンラインシネマ。
- プロフィール
-
- 池田エライザ (いけだ えらいざ)
-
1996生まれの女優。映画好きとして知られ、2020年には、映画『夏、至るころ』の監督を務める。2022年1月21日公開の映画『真夜中乙女戦争』にも出演。
- フィードバック 29
-
新たな発見や感動を得ることはできましたか?
-