下顎にマオリ族のタトゥーを施した女性アナウンサーが誕生。世界が絶賛する一方、日本は

メイン画像:オリーニ・カイパラさんInstagram

下顎タトゥーのアナウンサー、抜擢の衝撃

ニュージーランドから届けられた画像をSNSなどでいきなり見せられた誰もが目を疑ったことだろう。ありきたりのニュース番組のようだが、そこに映っている女性アナウンサーの下顎には明かにタトゥーによる文様が刻まれていた。

昨年12月27日、ニュージーランド「Newshub」の午後6時のニュース番組に、マオリ族の民族的な下顎タトゥー「モコ・カウアエ」を施しているオリーニ・カイパラさんがニュースアナウンサーとして登場した。その放送はネット上でも大きな反響を呼び、イギリスのDaily Mailなどで、歴史に残る快挙であると大々的に報じられた(*1)。

カイパラさんのニュースを知った世界中の人たちが彼女のマオリ族としての勇気とプライドに惜しみない称賛を贈ったことは言うまでもない。

日本国内の状況からは実感できないかもしれないが、世界の有名スポーツ選手たちのタトゥーへの熱狂ぶりを見ればわかる通り、国際的にはタトゥーはポップカルチャーとして広く定着しており、個人のファッションや趣味に留まらず、残されるべき民族文化を象徴するものとして、強烈なメッセージを発信できるものになっているのだ。

マオリ族にとって、民族的なタトゥー「タ・モコ」は彼らのアイデンティティを象徴するもので、女性の下顎タトゥーは成人儀礼として過去にはマオリの女性なら誰もが行なっていたものだった。2017年、彼女はDNA検査で100%マオリであることを確認し、その2年後に下顎タトゥーを入れたという。彼女はもともとマオリ族の4つの地域の血統を継ぐ子孫であり、マオリ語と英語を流暢に話せるバイリンガルとして、テレビ放送業界で20年近いキャリアを積んできた。

「ゴールデンタイムのニュース番組に出演したことは、ニュースを読んだり、マオリについて話すことよりはるかに重要でした。いまの世代とそれに続く十世代にとって、大きな勝利です。アイデンティティやあなたの文化が、何らかの障害になってはいけません。あなたの力となり、より強化し、みんなのために素晴らしいことを成し遂げるために使われるべきです」と彼女は語った(*2)。

いまここでニュースとなっていること自体、マオリ族としてのプライドを守り続けた彼女にとって大きな勝利だろう。

タトゥーカルチャー先進国ニュージーランドと未だ偏見が根強く残る日本

ニュージーランド史上最年少の女性首相ジャシンダ・アーダーンは、徹底したコロナ対策を成功させているという理由で、2021年5月発表の雑誌『フォーチュン』の「世界のもっとも偉大な指導者50人」の第1位に選出された。ニュージーランドは国会議員のジェンダーバランスでも女性が半数を占める優秀ぶりで、議員の約10%がLGBTQを公言している。

アーダーン政権の閣僚たちも個性派揃いで、なかでも目立っているのが、マオリ族の下顎タトゥーを施したナナイア・マフタ外務大臣だ。彼女は、1996年に先住民の女性議員として当選し、2016年に下顎タトゥーを施し、同国で初めてタトゥーを施した女性議員となった。彼女の外相抜擢は、マオリの文化をアピールするニュージーランドのイメージを世界により強烈に印象付けていくことになるだろう。

一方、日本との関わりで思い起こされるのが、2019年のラグビーワールドカップだ。ニュージーランド代表であるオールブラックスは、試合前に伝統的な戦いの踊り「ハカ」を行うことで人気が高い。タトゥーを施している選手もいるが、ワールドラグビーは「タトゥー を隠すように」と促したという。この件は世界的には「やり過ぎ」ではないかと疑問視されたが、ワールドラグビーの対応は開催国である日本の事情に配慮したものとも言える。

2013年、オリンピックの東京招聘が決まった直後のタイミングで、マオリ族の女性エラナ・テ・ヘアタ・ブリューワートンさんが下顎タトゥーを理由に、北海道で温泉の入浴を拒否されるという事件が起こった。彼女は先住民族の言語に関する学術会議に出席するために来日していた。誰が見ても暴力団関係者のはずもないマオリ族の女性に対する柔軟性のない対応に世界中が呆れかえった。

タトゥーカルチャーの先進国ニュージーランドと比較すると、日本のタトゥーに対する偏見の根強さが透けて見えてしまう。タトゥーに対する好き嫌いはそれぞれあるとしても、世界の文化の多様性に対して、もうちょっと寛容になれないものかと思うのは筆者だけではないだろう。

文化面と学術面、双方の盛り上がり。タトゥーカルチャーの最前線

ここでニュージーランドのタトゥー事情について、もうちょっと踏み込んでおきたい。

ニュージーランドは人口約500万人の島国で、ポリネシア文化圏に属している。ポリネシアとは、ハワイ諸島、イースター島、ニュージーランドを頂点とする三角形のエリアを指し、サモア、タヒチを含んでいる(*3)。

ポリネシア文化に共通する特徴として民族的な文様タトゥーがあり、近年のポリネシア文化復興において、タトゥー文化が重視されるのは、ニュージーランドだけに限ったことではない。タトゥーの技法や文様は地域によって違いがあり、彫られる部位は主に、サモアは腰から膝にかけて、タヒチは臀部、マルケサスとラバヌイ(イースター島)は全身、マオリは顔(女性は唇と顎)であった。技法と文様をそのまま残したサモア以外では、植民地化とキリスト教化を受け、ほとんどの島でタトゥーは彫られなくなっていた(*4)。

近年、ポリネシア文化の再評価と復興に伴い、世界的なタトゥー流行の影響もあって、失われつつあったタトゥー文化のリバイバルが進行している。ポリネシアのタトゥー文化のなかでも、マオリ族は顔面に施すことに大きな特徴であったことから、文化復興運動のなかでも非常に目立った存在となっている。ニュージーランドばかりでなく、ハワイ、タヒチ、サモアなどでもタトゥーは文化復興の要であり、国際規模のタトゥーフェスティバルなども開催され、タトゥーを通じての文化交流も盛んになって、地元民たちを元気にしているのだ。

民族的なタトゥー文化の復興と並んで、もうひとつ近年の重要な動きとして、アカデミックな領域でタトゥー研究が進んでいることが挙げられる。その具体的な事例として、2014年、フランスのケ・ブランリ美術館で始まった大規模タトゥー展『Tatoueurs, Tatoués(タトゥーを彫る人、彫られる人)』がある(*5)。世界の貴重なタトゥーの民族資料や歴史資料に加え、現代のタトゥー作品を原寸のシリコンボディに彫ってズラリと並べ、タトゥーを通じて人類史を総覧しようという野心的な試みで人気を得た。パリで1年半にわたって展示されたのち、カナダ、アメリカ、台湾、ロシアなどを巡回し、昨年末からスペイン・マドリードで開催中である(*6)。

このような世界の潮流に反応するように、日本でも注目すべき動きがあった。2019年10月、沖縄県那覇市で特別企画展『沖縄のハジチ、台湾原住民族のタトゥー「歴史と今」』が開催された。ハジチとは、かつて女性が手に入れていた沖縄伝統のタトゥーだ。この展示会では、沖縄全土のハジチ調査報告書全17冊のデジタル複製版を公開すると同時に、原寸のシリコンアームに実在した母娘二代のハジチを再現していた。

これからも日本が世界のタトゥーカルチャーの発展により良く貢献できることを願っている。今回のマオリ族のニュースキャスターの活躍が日本の人々にも心にも深く響いて欲しいものである。タトゥーカルチャーの新しい時代が始まっている。そんな時代の足音に耳を澄ましてほしい。

*1:『Daily Mail』2021年12月28日掲載(記事を開く
*2:『Stuff』2021年12月27日掲載(記事を開く
*3:片山一直『ポリネシア人』(同朋舎出版)
*4:国立民族博物館(編)『オセアニア』(昭和堂)
*5: 『Tatoueurs, Tatoués』(記事を開く
*6:『El Imparcial』2022年1月21日掲載(記事を開く
*7:『沖縄のハジチ、台湾原住民族のタトゥー「歴史と今」』(記事を開く



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