歌声を聴くと「こうすればもっと上手くなるのに」と、勝手に考えてしまう
職業柄、プロ・アマ問わず歌声を聴いているとどうしても「ここをこう直せばより上手くなりそう」と、頭の中で勝手に解決法を浮かべてしまう癖がついている。気になるポイントが多くなればなるほど、本来味わうべきメロディーや歌詞の良さに気づく前に歌が終わっている……ということがよくある。
正直にいえば、ジャニーズアイドルというカテゴリではそうした経験がままあった。
個人的には、「アイドル」が完璧に歌を歌える必要はないと思っている。綺麗な顔立ちのメンバーが集まって踊り、そして歌う。キャラクターのアドバンテージもあるのだから、少しばかり歌声に難があってもパフォーマンスとしては充分に成り立つからだ。
たしかに、年間オリコンランキングの上位をアイドルの楽曲ばかりが席巻する現状には一抹の寂しさもおぼえる。しかし裏を返せば、本物の歌唱力を持つアイドルが現れたとなれば、アイドルファンだけではなく、日本の音楽を愛するより多くの人々を魅了できる可能性も大いにあるということだ。
バイリンガルのジェシーの歌声の「響き」が良い理由とは?
2020年12月、テレビの歌番組から聞こえてきた歌声に耳を奪われた。
少し聴いただけで、たくさんの空気がまっすぐ鼻腔に届いているのがわかった。芯のある太い声でありながら、高い音に行けば透明感抜群でブレることなく伸びていくロングトーン。さらに、音の切り際には柔らかなビブラートまで丁寧についていた。
歌っていたのは、京本大我。ジャニーズアイドルグループ「SixTONES」のメンバーだった。
京本の歌声に興味を持ち、初めてSixTONESの音源をじっくり聴いてみて、さらに衝撃を受けたのがジェシーの歌声だった。
メロディーは音程のど真ん中を、磁石のようにきっちりと引きつけて捕らえる。時にやさしくささやくような、時にワイルドに吠えるような、歌い回しの引き出しも豊富だ。さらに歌い出しに効かせるエッジ(声帯を閉じて発声したときに出るざらつきのある声)、スムーズなフェイク(原曲のメロディーやリズムを少し変える、間奏部分などで即興的に歌うこと)も、非常にこなれた印象を与える。
これらを下支えしているのが、低音高音かかわらずつねに安定した、声自体の「響き」のよさだ。ジェシーはアメリカ人の父と日本人の母を持つバイリンガル。英語には日本語にはない、鼻の奥に音を響かせる独特の発音があるのだが、これが歌声にもはっきりと出ており、深く甘い、楽曲の「高級感」を向上させるような豊かな響きをつくり出しているのだ。
SixTONES“フィギュア”。歌い出しを担当しているのがジェシー、続く2番手が京本大我
MISIA“Everything”の最高音よりさらに半音高い「ファ」を伸びやかに奏でる京本大我
1月5日に発売される『CITY』は、SixTONESにとって2枚目のアルバムとなる。いくつかのインスト楽曲を「Interlude(幕間)」として挟みながら、朝から夜までの1日の流れをイメージしたアルバム全体の構成。そして、メロディー、歌詞をたどるだけではなく、それぞれの楽曲の主人公を演じるように丁寧に奏でる表現力は、前作『1ST』からの大きな成長を感じさせる。
アルバム『CITY』ダイジェスト動画
“マスカラ”は、2019年2月に“白日”を発表し日本の音楽シーンに大きな衝撃を与えたKing Gnuの常田大希が書き下ろした1曲。
フレーズの頭に休符を多用する独特なリズム、上下に忙しく動くメロディー……非常に難易度の高い楽曲ではあるが、6人それぞれが、難解なパズルを楽しみながら完成させてしまう子どものような好奇心を持って見事に自分たちの懐に入れ、歌いこなしている。
2021年に行なわれた全国アリーナツアー『on eST』のファイナル公演で初披露された“マスカラ”
新曲の“Rosy”は、2022年1月公開の映画『スパイダーマン ノー・ウェイ・ホーム』日本語吹き替え版の主題歌。歌詞を見ながらでも追いかけるのが大変なほど、疾走感あふれるメロディーのなかであっても、隙あらば……とフレーズ終わりに余裕綽々のフォール(伸ばす音のなかで、音程を徐々に下降させる)を入れるジェシーの歌唱力には、やはり驚かされる。
ラストのサビ前、京本大我が奏でる高音「HiHi F(ファ)」にも注目だ。ピアノの鍵盤で真ん中にある「ドレミファ」の「ファ」から2オクターブ高いこの音。例えば、MISIA“Everything”、Superfly“愛を込めて花束を”の最高音「HiHi E(ミ)」(<あなたが想うより強く>の「う」、<理由なんて聞かないでね>の「い」の箇所)よりもさらに半音高く、男性ボーカリストでここまでの高さが出ていることには度肝を抜かれる。
“Rosy”ミュージックビデオ
アルバムを通して強く感じたのは、6人のメンバーそれぞれが、音楽というフィールドを心の底から楽しみ、躍動している高揚感だ。
2021年、ミュージカルやバラエティー、ドラマや映画など、さまざまな分野で活躍していたSixTONESが、アルバムレコーディングのために10曲以上の新曲を覚え、歌いこなすまでに持っていく作業はさぞや大変だったに違いない。しかしながら、彼らの歌声はそれを微塵も感じさせないどころかむしろ、「自分たちの活動の原点はここなのだ!」という強い意志、そして覚悟を感じさせるものだ。
『カムカムエヴリバディ』で俳優としても活躍の松村北斗が多用する「母音強調」とは?
ここからは、京本大我とジェシー以外の4名のメンバーの歌声についても、『CITY』の収録曲を例にとりながら触れていきたい。
まずは、SixTONESの音楽を語る際に欠かすことのできないラップ担当、田中樹。
艶のある低音の響きを武器に、正確なリズムの上を流れるようにリリックを奏で、“WHIP THAT”や“Ordinary Hero”ではワイルドに、そして“Everlasting”のような壮大なバラード曲では切なく、さまざまな表情で楽曲にインパクトと拡がりを与える。
また、初回盤Aにのみ収録されるダンスチューン“Papercut”のAメロでは<痺れるようなFlavor>と、男性キーの平均最高音A(ラ)からさらに半音高いB♭(シ♭)の音を苦しさをまったく感じさせず華麗に歌いこなし、ラップだけではなくボーカリストとしての可能性をも大いに感じさせてくれる。
“Everlasting”は出光興産のCMソングにも起用されている
続いては、NHK連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』や劇場版『きのう何食べた?』などへの出演で2021年は特に、俳優として名を馳せた松村北斗。
2月公開の主演映画『ライアー×ライアー』主題歌“僕が僕じゃないみたいだ”ではメインパートを堂々と歌い上げ、“Papercut”や“真っ赤な嘘”では、持ち前の低音部の色気を存分に漂わせつつ、高音部では地声とファルセットを滑らかに切り替えながら甘くやさしく奏でる。
松村の歌声を象徴するキーワードのひとつに「母音強調」がある。これは、歌詞を子音と母音に分け、アクセントを少しずつ後ろへずらしながら伸ばす音の安定感を向上させる歌い方で、Mr.Childrenの桜井和寿やコブクロの黒田俊介も多用する。
例えば、Mr.Children“名もなき詩”のサビ<あるがままの心で>というフレーズでは、「まーま(あ)ーの(お)ーここ(お)ーろでー」という具合に、「ま」「の」「こ」などで使われている。コブクロ“桜”の<桜の花びら散るたびに>では、「さーくら(あ)ーのは(あ)ーなび(い)ーら」という具合だ。
この「母音強調」により、ワンフレーズであっても存在感を示す松村の歌声には、演じる経験を積んだことにより磨かれた感性と大きな自信が感じられる。
YouTube限定パフォーマンス“僕が僕じゃないみたいだ (Dramatic Rearrange)”。歌い出しは松村が担当している
初回盤Bに収録の、メンバー2名ずつがコンビを組んで歌うユニット曲のなかで特に興味を持ったのは“LOUDER”の森本慎太郎の歌声だ。
1980年代から1990年代前半に流行した「ニュージャックスウィング」(ヒップホップとR&Bが融合した音楽ジャンル)を取り入れたグルーヴのなかで、どんなジャンルも歌いこなすジェシーにもまったく劣ることなく歌声を重ねてくる。
強弱や声色の変化を使って巧みに歌い回すジェシーに対し、音程に対してまっすぐに声を当てるのが森本。高さによらず粒の揃った、太く抜けの良い響きは、どのフレーズを奏でても非常に心地良い。
初回盤B収録のユニット曲ダイジェスト動画。最初に流れるのが“LOUDER”
6人の歌声のなかで、ひときわ明るく柔らかい声質を持つ高地優吾は、歌い回しのテクニックを押し出すよりも、口角をつねに上げながら言葉一つひとつを丁寧に、そして誠実にメロディーに乗せてくる。
“Good Times”、“Takes Two”のようなミディアムテンポの曲のなかでは特に良いアクセントとなって、ホッとするような温かさと爽やかさを添えている。
伴奏を必要最低限に抑えた「リスキー」なアレンジに向き合う6人の歌声
“8am”、“Cassette Tape”の2曲に、今回のアルバムを通して6人が世間に示したかった音楽への想いを強く感じた。
伴奏を必要最低限に抑え、一人ひとりの歌声という最大の魅力を丁寧に並べていく。飽きや物足りなさが出てしまいそうな、歌う側としては非常に無防備で繊細、そしてリスキーなアレンジではあるが、そこに向き合い奏でる6人の歌声は、もうすでにアーティストの空気を纏っている。
ジャニー喜多川氏が「6つの音色、原石」と名づけたSixTONESはアイドルという枠を越え、『CITY』という一石を投じる。
“Fast Lane”のなかで<誰も追いつけない>と高らかに宣言する彼らの音楽を、ぜひ一度先入観なしで味わっていただきたい。「ジャニーズは歌が下手」なんてイメージは豪快に吹き飛ばされるような、圧倒的な存在感とワクワク感を感じさせてくれるだろう。
- リリース情報
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SixTONES
『CITY』
2022年1月5日(水)発売
価格:3,000円(税別)
SECJ-39
- プロフィール
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- 才雅 (さいが)
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東京、神奈川のミュージックスクール講師を経て2015年独立。フリーランスボイストレーナー。コロナ禍で対面レッスンができなくなったことを機に、2021年1月YouTubeチャンネルを開設。SixTONESを中心に、嵐、ジャニーズWEST、NEWSなどジャニーズアイドルの歌声解説「歌レポ」を毎日配信中。
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