妊娠についてのスタンスは、人それぞれだ。「まだわからないけどいつかは」「ほしいけど子育てが不安」という人もいれば「子どもはいらない」「自分は妊娠できないかも」と考える人もいるだろう。
ただし、どんな人でも自分自身の意志や身体の状態を確かめておくことで、未来の選択肢は増えていくだろう。社会問題をクリエイティブの力で解決するarca代表の辻愛沙子さんも、そんなふうに考えている一人。「出産」や「妊娠」といった女性の健康問題について発信する場所を設けるなど、タブー視されてきた女性のデリケートなヘルスケア課題をオープンに「知る、考える」機会をつくっている。辻さんに、妊娠と女性を取り巻く社会や仕事について思うことを話してもらった。
性や身体に関する知識、仕事と両立できる環境……いまの日本で妊娠・出産する難しさ
いまの日本で働きながら妊娠すること。考えてみれば、まずタイミングがとても難しいと感じます。思い描いたとおりに育児とキャリアを両立させるのは、かなり厳しい。社会制度や職場の環境が整っていないのに「若いうちに産んだほうがいい」「どんどん働いて活躍しましょう」などとプレッシャーをかけられるのは、とてつもないダブルスタンダードです。
あるいは「妊娠しやすいうちに子どもを産んで、子育てが一段落してからキャリアやアカデミアに戻るのもいいですよ」なんて言説もありますね。でも、実際にそうやって先に出産し、落ち着いてから大学院に進学した主婦の方が、先日Twitterで「大学院は主婦のカルチャーセンターではない」などと叩かれていました。なぜそんな目にあわないといけないのか、憤りすぎて言葉もありません。
年齢を重ねると妊娠しにくくなったり、妊娠するために治療が必要だったりすることも、学校では教えてくれませんでした。産前産後の身体がどんなにつらいのかも、授乳すると乳首がもげそうなくらい痛いなんてことも、そのときが来るまで知るよしもありません。調べればアクセスできる情報は増えてきています。けれど、長いこと、性や身体にまつわる知識がタブー視され、表面的な性教育では目を向けるきっかけが持てません。
そうやって大人になった世代が、出産よりキャリアの土台づくりを優先してしまう。その結果、加齢によって妊娠しにくくなってしまう流れは、「自己責任」という言葉では片付けられないのではないでしょうか。
妊活にも出産にもリスクがあるし、当事者にしかわからない苦しみがきっとたくさんあるでしょう。とくに不妊治療をしている方々は、ようやく助成がはじまったとはいえ、経済的な負担も大きい。治療をこなしながら、お金のためにつらくないような顔をして働かないといけないのです。なんて酷な社会だと思いませんか?
いざめでたく妊娠・出産したとしても、今度は職場復帰の問題があります。子育てのしわよせがどこにいくかといえば、ほとんどが女性側の働く場所になりがち。男性側の企業が育休をとらせなかったり、単身赴任をさせたりするのも、非常に暴力的です。妻の負担は? 費用換算して、夫の会社に請求書を送っていいですか? と聞きたくなってしまいます。不公平に負担を強いられる人がいる現状は、どうにかしていかなければなりません。
仕組みやルールだけでなく、妊娠の知見も共有する
考えるほど「いまの社会では産めない」と思ってしまうのですが、ひとつ強く思うのは、「個々の違い」を前提としていない日本社会では妊娠が難しい、ということ。
性格や文化といった一人ひとりの背景もそうだし、障がいや病気などで生まれる違いもそう。いろんな「違い」があって当たり前なのに、どこかに「普通」というデフォルトがあるかのような教育を受けてきています。だから、さまざまな個々の違いをふまえて共生していく方法が、わからないのではないでしょうか。
違いを前提としていないからお互い寛容になれないし、知識がないから適切なサポートができないんですよね。性についてきちんと学べる教育や、年代を越えて妊娠・出産(※1)の知見を共有できるコミュニティーなど「共生していく社会」を整えられたら、子育てにまつわるつらさはまた違ってくるのではないでしょうか。もちろんそうした積み重ねと並行して、国や自治体の制度や設備なども、もっと整えられてほしいと思います。
最近、一緒に働いている仲間に子どもが生まれました。彼の価値観は、育児をはじめて大きく変わったようです。私にはないその圧倒的な新しい視点はとても勉強になるし、可能性も感じさせてくれるので、積極的に育児の話を聞いています。
彼から、寝かしつけ後を見計らって設定したはずのリモート会議で「すみません、子どもが寝ないので15分遅れます」なんて連絡が来たことがありました。でも、赤ちゃんが寝ないのはしょうがない。何も悪いことをしていないのに、「すみません」なんて謝らなくっていい、と思いました。むしろ、私にはできない子育てをしている彼のことを、私はとても尊敬しているし、なるべく力になりたいと思っています。
彼だけでなく、妊娠や子育て中の仲間には、「妊娠を経験していないとどうサポートしていいのかわからないので、困ったことがあったらなんでも、正直に言ってほしい。やれることは喜んでやるし、できないことはできないとこちらも正直に話す」と伝えています。会社の仕組みを整えることももちろんですが、そうやって知見を共有して、「みんなで子育てをしていく」感覚を持つことも大事だと思います。
「いますぐに子どもがほしい」わけじゃなくても、知識を頭に入れておくことは大切
私自身はいま仕事が好きすぎて、相対的にそれ以外のことは優先度が低くなっている状態です。そんな私が自戒の念も込めて言いたいのは、みんな生き急ぎすぎじゃない……? ということ。ほんと、お前が言うのかって感じですが(笑)。
現代は、ほかの人の生き方やいろんな人生の可能性が、たくさん見える社会です。だから、どうしてもやりたいことが増えるし、焦る。誰もが生き急ぎすぎてしまう。でも、いったん立ち止まって「これからどんなふうに働いていきたい?」「子どもを持ちたいと思う?」などと、自分の価値観を見つめ直してみることも必要なのかなと感じます。そうすれば、その後の生き方も変わってくるかもしれません。
たとえば私は、いまは子どもが欲しいとは思っていません。でも、いつか欲しくなる可能性はゼロじゃない。価値観は流動的なものですから。
だからこそ、自分の望みが変わったときにちゃんとその道も選べるよう、いまからいろんな情報を得ておきたい。いま子どもが欲しいという方だけでなく、私のようにどうするか決めきれていない方にとっても、妊娠・出産の知識を頭に入れておくことは大切だと思っています。だって、自分の希望や身体の状態を知ったうえでキャリアを優先しているのか、知らないままなんとなく仕事に追われてしまっているのかでは、全然違うと思うから。
今回このコラムのお話をいただいて、私は初めて「AMH検査」(※)というものを知りました。自分の身体に「卵子の在庫」がどれくらいあるかを示す値を、血液検査で調べられるものです。妊活するための余裕がどれくらいあるのか、目安を知ることができるなんて、ぜひ受けてみたい。自分らしい生き方やキャリアプランを考えるうえで、「知る」ことはとても大事だと思っています。(※2)
卵子凍結についても少し考えたことがありました。でも、費用がとても高いんです。そうした方法だけでなく、婦人科健診(※3)や検査ひとつとっても、それなりにお金がかかりますよね。保険適用外であるとか賃金が低いとか、さまざまな要因が絡み合って、うまく医療にアクセスできない方も少なくありません。少しずつ、そういった状況も改善されていくことを願っています。
妊娠、出産、育児……。本当に、一人や二人では背負いきれない難問だと思います。その大変さを、当事者だけに背負わせたくはない。共生する社会を取り戻すイメージで、みんなで少しずつ社会をいい方向に変えていきましょう。それは、「いつかの」自分のためになるかもしれません。
(※2)参考記事:女性の包括的健康支援とは?(ライフコースアプローチ) | 女性の健康推進室 ヘルスケアラボ|厚生労働省研究班監修
(※3)参考記事:女性に多い疾患の検診 | 女性の健康推進室 ヘルスケアラボ|厚生労働省研究班監修
※AMH(アンチミューラリアンホルモン)について
AMHとは、女性の卵巣内に卵子がどれくらい残っているかの指標のこと。妊娠には卵子の数ばかりではなく質も大きく影響するため、量のみを測定するAMHは、あくまでも妊娠率の参考の値です。婦人科にて採血、血液検査で測定でき、当日に検査結果がわかることも。
本記事を監修いただいた産婦人科医の丸田医師によると「加齢に伴う卵子の老化や妊娠率の低下など、妊娠に関する身体のリテラシーが低いと非常に感じます。高齢出産も増えてきましたが、奇跡に近い妊娠もある。過度なリバウンドや体質などで、20代でもAMHの値が少ない人もいます。具体的な数値がわかっていると、ご自身のライフプランに合わせてこちらも対策を提案できます」とのこと。
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【心とからだの話をはじめるメディア】わたしたちのヘルシ―
Women's Health Action×CINRAがお届けする、女性の心とからだの健康を考えるウェルネス&カルチャープラットフォームです。月経・妊活など女性特有のお悩みやヘルスケアに役立つ記事、専門家からのメッセージ、イベント情報などをお知らせします。
- プロフィール
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- 辻愛沙子 (つじ あさこ)
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25歳で株式会社arcaを起業。「クリエイティブアクティビズム」を掲げて社会課題に向き合う。女性の権利やジェンダー問題にまつわる発信を積極的に行い、女性の生き方をアップデートするプロジェクト「Ladyknows」や投票率向上を目指す一般社団法人「GO VOTE JAPAN」で代表を務める。『news zero』(日本テレビ)のパーソナリティーなど、テレビにも多数出演。
- 丸田英 (まるた えい)
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医師。「まるたARTクリニック」院長。 安全な妊娠を目指し、患者の状態に応じて、内科治療や体質改善、高度な技術を用いた治療などにも取り組んでいる。不妊治療の第一線でも活躍。従来の「妊娠するなら仕事を休んだり辞めたりしなければならない」という考え方に対して、働く女性のキャリアと妊娠は両立されるべきであるというスタンスから、病院側の体制を積極的に整えている。働く女性の生活スタイルに合わせて夜間診療や休日診療など、仕事と不妊治療が両立できる環境を完備している。
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