Epic GamesによってBandcampが買収。大企業による資本介入は、音楽文化にどう影響する?

メイン画像:BandcampのInstagramより

Epic GamesによるBandcampの買収は、なぜ反感を巻き起こしたのか?

3月3日(現地時間)、ゲームデベロッパー / パブリッシャーである「Epic Games」が音楽配信サービス「Bandcamp」を買収したことが発表された。

BandcampのInstagramより

ゲーム会社によるインディー主体の音楽配信サイトの買収は多くの人にとって予期せぬ出来事であり、TwitterなどのSNS上では主にBandcampユーザーの間で動揺や懸念の表明などが少なくなく、(好意的な意見がないわけではないが)かなりの反感が巻き起こっている。

Bandcampは、SpotifyやApple Musicのような最大手の音楽ストリーミングサービスとは一線を画する、インディーアーティスト主体の音楽配信 / 販売サイトだ。

対してEpic Gamesは、PS5 / Xboxなどでも利用されるゲームエンジン「Unreal Engine」や大人気バトルロイヤル系TPS『フォートナイト』などで知られる大手。主要株主は世界でも指折りの超巨大ゲーム企業として知られるテンセントだ。Epic GamesはAppleやGoogleとの訴訟など、ゲーマー目線では話題に事欠かない企業でもある。

『フォートナイト チャプター3』のトレイラー映像

インディーアーティストとしての活動経験があり、少なくない回数Bandcampを利用してきた筆者も、1ユーザーとして、今回の件には不安感を持っている。この記事では「インディーアーティスト活動経験のあるゲームライター」である筆者の視点から、Epic GamesによるBandcamp買収の不安と期待についてそれぞれ述べていく。

Bandcampがユーザーに愛されてきた背景

前述のとおり、Twitter上では買収に対してネガティブな意見がかなり目立っていた印象がある。なかには「RIP Bandcamp」と精神的な死を追悼するものもあり、「Sellout」と罵るものもあった。

そもそもインディペンデントなアーティストやそのファンのなかには、大資本に与すること、つまり「セルアウト」を嫌うような気質がある。大きなセールスがあるようなメジャーアーティストではなく、わざわざBandcampというサイトまで足を運び自主リリースを探すようなユーザーたちなのだから、当然といえば当然のことだろう。

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Bandcampはこれまで収益の還元率が他社に比べて高めに設定されており、またフリーダウンロードや「Name Your Price方式」(購入者側が自由に値付けをできる方式)を選択できるなど自由度の高いサービスであった。

そのことからサブスクリプション全盛のいまなおネット上で活動するアーティスト――特にインディペンデントで活動することにこだわりの強い人々――に根強い人気を誇ってきた。実際、筆者がBandcampを利用してきた大きな理由のひとつがName Your Price方式を選択できることだった。

また、Bandcamp側の販売手数料を放棄する「Bandcamp Friday」などで新型コロナウイルスによって苦境に立たされているアーティストやレーベルへのサポートを行ない、継続的な人種的正義の活動としてNAACP(全米黒人地位向上協会 / 全国有色人種向上協会)へ寄付するなど、社会貢献的なアクションを行ってきたサービスでもある。

「Bandcamp Friday」では、毎月第1金曜日の24時間、手数料が差し引かれることなくアーティストやレーベルに還元される。2022年3月は、Epic Gamesによる買収が発表された翌日3月4日に実施された

反感ツイートのなかには、Epic Gamesの大株主であるテンセントがメジャーレーベルやSpotifyにも出資しているということから、「Bandcampのインディペンデント性が損なわれるのではないか」という懸念を示しているものもあった。

SpotifyといえばCEOが軍事企業に投資し、物議を醸したのは記憶に新しいところだ。巨大資本の介入を受けるということは、多かれ少なかれそういったネガティブな側面が存在する。Bandcampのクリーンかつインディペンデントなイメージを気に入って利用してきたユーザーにとってEpic Gamesへの身売りが「セルアウト」的に映るのは理解できる話だろう。

元Galaxie 500のメンバーで、現在はDamon & Naomiで活動するデーモン・クルコウスキーのTwitterより(ツイート訳:ちょっと待て、Epic Gamesはテンセントが40%を所有していて、そのテンセントは……Spotifyやメジャーレーベルに出資している。ということは、私たちはたった今、インディペンデントなデジタルレコードストアを失ってしまったのか?)

なぜゲーマーたちの賛否も分かれるのか?反感を集めるEpic Gamesの経営戦略。その裏には反中感情も

他方、ゲーマー、特にPCゲーマーにとってもEpic Gamesは賛否両論ある。

『フォートナイト』は未だに人気も根強く、アクティブユーザーも多い。また、かつては『Gears of War』や『Unreal Tournament』などの通好みのゲーム開発に携わってきたことから一定のファンは存在しただろう。

しかし、PCゲームプラットフォームとしてほぼ一強状態であったSteamに対してEpic Gamesストア / Epic Gamesランチャーで戦いを挑み、多くのゲームを期間独占でリリースするなどしたことから、ゲーマーにはいまもってなお反感を持たれている企業でもある。

筆者としては、特に人気ゲーム『Metro Exodus』がSteam上で予約を開始していたにもかかわらず、発売の2週間前にEpic Gamesストアでの期間独占であると発表された事件を強く記憶している。おそらくはPCゲーマーのEpic Gamesへの反感を決定づけた一件でもあろう。

『Metro Exodus』トレイラー映像

もちろん競争が起こること自体はなんら悪くないのだが、その手段が独占リリースや発売直前での他ストアでの販売取り消しなどなりふり構わないものだと、ユーザーとしては単に選択肢がなくなるだけだし心象も悪い。筆者は仕事柄、Epic Gamesランチャーを利用する機会も多いが、ライブラリの閲覧しやすさ、ストアの機能の便利さなどはSteamに遠く及ばないし、「まず予算を割くべきは(独占などではなく)そこだろう」とも感じるのが正直なところだ。

特に近年は(同じくPCを利用することから)、ミュージシャンや音楽リスナーでありながらPCゲーマーであるというようなユーザーもかなり多い印象がある。それもあって、今回起こっている反感の一因として、そもそもEpic Gamesに対する嫌悪があることは、まず間違いないだろう。

一方では、Epic Gamesに対しては、テンセントが中国企業であることから黄禍論や反中感情のようなものが下敷きになっているアンフェアな批判も見られることがある。こういった先入観からくるアレルギーは差別的であり、アンフェアなものであることははっきり指摘しておきたい。

このように、さまざまな目線のさまざまな感情が相まって買収に関する反感や悲観論が噴出している、ということは言えるだろう。

大資本が「アーティスト第一」の精神のために使われるとしたら

今回の買収にあるのは悲観的な側面だけではない。Epic GamesストアはSteamよりもデベロッパーやパブリッシャーに対して高い還元率があることを売りにしているストアでもあり、その点はアーティスト第一であるBandcampと共通しているところだろう。

発表によるとBandcamp Fridayは継続する予定とのことで、色眼鏡なく素朴に見るなら「大資本が介入することでそれらアーティスト第一のサービスを無理なく維持できるようになるのでは?」と考えることもできる。

また『フォートナイト』ではアーティストのライブコンサートが行われるなど、そもそもEpic Gamesが(他のゲーム企業以上に)音楽文化にコミットしようとしている姿勢は見てとれる。

2020年4月に『フォートナイト』上で行なわれたトラヴィス・スコットのライブ映像 / 関連記事:トラヴィス・スコット×フォートナイト なぜ「歴史的」だったのか?(記事を開く

この件で、Bandcampで作品を発表するアーティストがビデオゲームを通じてフックアップされる、というようなことが起こるのであれば、それはポジティブな影響とも言えるだろう。インディーのアーティストとインディーのゲームデベロッパーが出会いやすくなり、文化交流が起こるというようなこともあるかもしれない。

Epic Gamesの「コンテンツ、テクノロジー、ゲーム、アート、音楽などのクリエイターによるオープンな市場のエコシステムを構築するというビジョンを共有している」という言葉をありのままに信じるなら、ゆくゆくは、インディーのアーティストがより収益によって生活しやすくなるというようなことも起こるはずだろう。もちろん希望的観測に過ぎないわけだが……。

Bandcampの買収は「インディペンデント音楽の死」を意味するわけではない

もちろんこれでBandcampがサブスクリプションサービスとなり、結果的にアーティストが搾取され……というような最悪の事態が起こる可能性もあり、楽観的になることもできない。何か間違ったことになりそうになったら、ユーザーとして声を上げていかなければならない。

とはいえ、最悪の事態になったとして、それがインターネットにおける「インディペンデント音楽の死」を意味するわけではない。いつだって、どんな状況からだって、アーティストたちはなんとか自らの発表の場を確保してきたし、これからもそうするだろう。昔からネットで音源を発表してきた者としては、「こんなに長いことひとつのサービスを使い続けたのなんて稀なことだ」という感想もある。

起こっている反感や懸念は充分理解できるし、共感するところでもあるが、まだポジティブな影響がないとは限らないので冷静に経過を見るべきだ、というのが筆者の立場だ。

今回の一件でBandcampのことを知った方は形が変わらないうちに(今後も変わらないかもしれないが、断言はできない)、ぜひとも利用してみて、音源を購入することで気に入ったアーティストを支援してみてほしいと思う。



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