ギレルモ・デル・トロは、いかにしてモンスターと結ばれたか?『ナイトメア・アリー』に至るまで

メイン画像:『ギレルモ・デル・トロ モンスターと結ばれた男』(2022年、フィルムアート社)より

最新作『ナイトメア・アリー』で『第94回アカデミー賞』作品賞ほか計4部門にノミネートを果たした鬼才、ギレルモ・デル・トロ監督。今回は惜しくも受賞こそ逃したものの、『シェイプ・オブ・ウォーター』(2017年)でアカデミー作品賞、監督賞、美術賞、音楽賞を受賞するなど、その実績から母国メキシコを代表するフィルムメーカーとして知られる。

そんなデル・トロ監督の特徴とされるのが、妖しくも魅力的な世界観やモンスターの存在だ。それらはいかにして創造されるのだろうか。本稿では、そのパーソナリティーを徹底的に分析した評伝『ギレルモ・デル・トロ モンスターと結ばれた男』をもとに、監督のバックグラウンド、特異な作家性を紐解き、その目線が見通すものについて考えた。

ルーカス、リンチ、バートンら「世界そのもの」を生み出す創造力に長けた映画監督たち

「才能がある人間がいれば今はやはりファンタジーを作るべき。しかも、今まで見たこともないファンタジーを作らなければいけない時代が来ていると思う。」
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宮崎駿『NIKKEI STYLE』掲載インタビューより(*1)

映画監督の「そうぞうする力」には、ふたつの種類がある。ひとつは、既存の枠組みを利用して、いま社会に重要なもの、評価されるものを計算で読み解いて作品に反映する「想像力」。そして、世界そのものを生み出していく、「創造力」である。

ギレルモ・デル・トロ監督『ナイトメア・アリー』予告編

後者の「創造力」に秀でた映画監督は、じつは数少ない。独自の世界を生み出す個性的な才能は、映画の美術スタッフや特殊メイク、アニメーター、イラストレーターやアーティストなど、より専門性のある仕事に就く場合が多いからだ。

しかし、そのような突出した才能を持つ人材が、映画の内容における多くの権限を有する「映画監督」というポストを手に入れることで、作品に圧倒的な個性を与える場合がある。ジョルジュ・メリエス、ジョージ・ルーカス、デヴィッド・リンチ、ティム・バートン、ピーター・ジャクソンなどの作品が、わかりやすい例だろう。彼らの映画は、他の者には撮ることのできないものだ。

ジョルジュ・メリエスの代表作のひとつ『月世界旅行』(1902年)映像。本作はSF映画の黎明期における最も重要な作品で、メリエス自身は特殊効果の創始者として知られる

『ロード・オブ・ザ・リング/王の帰還』(2003年)トレイラー映像。ピーター・ジャクソンは本作で『アカデミー賞』監督賞と脚色賞を受賞した

「創造力」はいかにして培われるか?鬼才ギレルモ・デル・トロの場合

そんな希少な作家のなかに、鬼才ギレルモ・デル・トロがいる。

『パンズ・ラビリンス』(2006年)、『パシフィック・リム』(2013年)、そして『アカデミー賞』作品賞、監督賞などを受賞した『シェイプ・オブ・ウォーター』(2017年)など、芸術的才能や、娯楽性が評価されてきた、ハリウッドで活躍するメキシコ出身の映画監督だ。

近頃、日本で発売された『ギレルモ・デル・トロ モンスターと結ばれた男』は、そんなデル・トロのクリエイターとしての形成を辿るとともに、公開中の『ナイトメア・アリー』、これから公開予定の『ギレルモ・デル・トロのピノッキオ』(2022年)など、監督作を紐解いていく評伝だ。このようなクリエイターが、いったいどうやって育つのか、そのひとつのケースが明らかになるのである。

死がすぐ隣に存在するメキシコの現実、幼少期に出会った映画や文学など、その原体験

本書でふんだんに使われたカラー画像のなかには、ホラーコミックや古い怪奇映画、ヒッチコックのサスペンス映画など、デル・トロが幼少期から影響を受けてきたイメージも見られる。

エドガー・アラン・ポーやH・P・ラヴクラフト、ボードレールなどの幻想的な文学への耽溺はもちろんのこと、メキシコでは死体を目の当たりにすることが当たり前だったり、銃を頭に突きつけられたり、遺体安置所でボランティア活動をしたときに凄まじい経験をしていたことも書いてある。

とくに、9歳のときにメアリー・シェリーの『フランケンシュタイン』(1818年)を読んで、怪物に同情したことは決定的だ。これから思春期を通り過ぎようとする多感な時期、彼はモンスターと自分の境遇を重ね合わせていくこととなる。

そうやって、デル・トロの幼少期からのパーソナリティーを見ていくと、むしろ彼がその後特殊メイクの仕事に就き、映画監督として妖しい世界やモンスターを描き続けることになったのは、必然的なことだと納得できる。『ヘルボーイ』(2004年)や『シェイプ・オブ・ウォーター』で描かれた、不器用で純粋な恋愛感情は、彼の恋愛経験そのものであった。

『シェイプ・オブ・ウォーター』予告編

妖しい世界観やモンスターの存在は、デル・トロ自身の生き方や人間性と重なる

本書が信頼できるのは、それぞれの映画についての考察が、徹底的に分析されたデル・トロ本人のパーソナリティーをベースに出発しているという点だ。

彼の映画は、彼の生き方や人間性そのものだということが、数々の説得力ある要素によって証明されていくのである。これ一冊だけで、かなりの部分をカバーしてくれているため、本書はデル・トロの作家性を考えるときに、基本的な足場となり得るし、各作品を語るための新たな資料ともなるだろう。

多くの観客によって支持されている傑作『パンズ・ラビリンス』も、本書を読んでいくことで非常に読解しやすいものとなる。

『パンズ・ラビリンス』本編映像

つまり、現実の暴力に怯える少女が、奇妙な世界に心の平穏や喜びを見出していく過程を描き出していくストーリーや、妖しくも魅力的な世界観やモンスターは、現実の世界にうまく順応できず、ファンタジーやホラー作品に救われていたデル・トロ自身の物語だと、自然に解釈することができるのだ。『パンズ・ラビリンス』は、彼ならではの孤独な青春映画だったのである。

デル・トロのダークなファンタジーは、この社会のどんな側面を映しているか?

そんなデル・トロ監督が、アーティストとしても、エンターテイナーとしても大きな成功を収め、新作が大勢の観客に求められているという事実は、いまデル・トロのように孤独や疎外感を感じている人や、何らかの抑圧を受けている人が増えてきているということを物語っているのではないか。

宮崎駿監督が、「ファンタジーを作らなければいけない時代が来ていると思う」と語ったように、苦しい現実に向き合わなければならない時代だからこそ、デル・トロの作品は、より輝いて見えるのかもしれない。

ボードレールやエドガー・アラン・ポーの暗い世界に耽溺する経験は、現実の社会では無用の長物でしかない。その世界にのめり込めばのめり込んでいくほど、現実の人間関係はうまくいかなくなり、競争社会のなかで置いていかれるだけのようにも思える。

だが、現実の価値観と切り離されているからこそ、その世界に逃げ込む人々が、安らぎや充実感を得られると感じられるのではないだろうか。

モンスターや社会から異端視される人々に向けられた目線は何を見通すか?

本書は、『ナイトメア・アリー』に、1932年のアメリカ映画『フリークス』からの影響を指摘している。

トッド・ブラウニング監督のショッキングな傑作『フリークス』は、地方を巡業する見世物小屋でのドラマを描いた内容で、さまざまな身体的特徴を持った登場人物を、障害を持った人々が演じている。小人症のハンス(ハリー・アールス)が、美しい軽業師の女性に恋をするという物語は、物悲しい展開から、あまりに鮮烈なラストへとなだれ込んでいく。

『フリークス』本編映像

『フリークス』が真におそろしいのは、そこに登場する、異端視され見せ物にされるような存在よりも、世間で美しいとされ、羨望の目で見られるような人物のほうが邪悪な心を持ち、人の道に外れたことをしようとする点だ。

人の外見や態度が、真実を覆い隠す一種の目くらましでしかない場合があるのは、現実の世界でも同じことだ。不誠実な政治家から詐欺師まで、内面の真の姿に気づかず、有権者や詐欺被害者がいつの世も騙され続けるのは、外形的な価値観にこだわり、振り回されてしまう者が少なくないからだろう。

同時に、財力や、一面的な美醜のような世間一般の価値基準によって支配される競争社会が、極端な格差を生んでいる現状もある。

異なる特徴や、弱い存在、さまざまな価値観に共感できるデル・トロのような超越した目線を獲得できれば、世界は多くの人によって、より暮らしやすい場所になっていくはずだろう。何の役にも立たないはずのファンタジーや、異質な価値観こそが、じつは、いま最も必要で、未来にとって重要なものなのかもしれないのだ。

書籍情報
『ギレルモ・デル・トロ モンスターと結ばれた男』
2022年3月11日(金)発売
価格:3,000円(税別)
著者:イアン・ネイサン
訳:阿部清美
発行:フィルムアート社
作品情報
『ナイトメア・アリー』
2022年3月25日(金)より全国公開中
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン

監督:ギレルモ・デル・トロ
出演:
ブラッドリー・クーパー
ケイト・ブランシェット
トニ・コレット
ウィレム・デフォー
リチャード・ジェンキンス
ルーニー・マーラ
ロン・パールマン
メアリー・スティーンバージェン
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