なぜスヌープ・ドッグはゴキゲンな料理本を? ヒップホップと料理の浅からぬ関係
ヒップホップ史における重要曲のひとつ、The Sugarhill Gang“Rapper’s Delight”(1979年)には<友達の家に飯を食いに行ったら / 料理が美味しくなかったことはあるか? / マカロニはグチャグチャ、豆は潰れているし / 鶏肉は木のような味がする>(筆者訳)というリリックが登場する。
The Sugarhill Gang“Rapper’s Delight”を聴く(Apple Musicで聴く / Spotifyで聴く)
食べものの話題はこの頃から現代に至るまでヒップホップのリリックの定番で、DrakeやYoung Thugなど多くのラッパーが取り入れてきた。
インディレーベル「Cinematic Music Group」が運営するYouTubeチャンネル「Cinematic TV」では、ラッパーやプロデューサーといったヒップホップ関係者が自慢のレシピを披露する『Follow My Recipe』という企画を行なっている。
Mobb Deepの故ProdigyやAction Bronsonなど、ラッパーによるレシピ本も何冊か出版されており、ヒップホップと料理の間には浅からぬ関係があることが窺える。
そんなヒップホップレシピ本の真打ちとも言えそうな書籍、『スヌープ・ドッグのお料理教室』の邦訳版が発売された。
スヌープ・ドッグはDr.Dreのフックアップを受けて1990年代前半にブレイクして以降、ロサンゼルスを拠点にずっと最前線で活動してきた現在進行形のレジェンドだ。
本書ではLAのブラックコミュニティーで育ち世界中を飛び回るセレブへと成長したスヌープならではの、毎日食べるようなソウルフードからパーティー向けのゴージャスな料理までさまざまなレシピが上機嫌な語り口で綴られている。
今でこそユーモラスなキャラクターで知られるスヌープだが、キャリア初期はギャングスタらしい緊張感が漂うラッパーだった。
たとえば悪名高い「東西抗争」(*1)の引き金となった1995年の『The Source Awards』の映像を見ると、声を荒げて観客を睨みつけるスヌープの姿を確認できる。今回はそんなスヌープがキャラクターを軟化させ、こんなにも楽しい料理本を出版するようになるまでの流れを追っていく。
監房から厨房へーー『スヌープ・ドッグのお料理教室』のバックストーリー
スヌープは1993年に第一級殺人容疑で起訴されたことがある。判決は無罪となったが、このことはキャリアに大きな影響を与えたとFatman Scoopが行なったインタビューで語っている(*2)。
これ以降のスヌープはリリックの内容をポジティブなものに変えていき、1998年にはギャングスタ的なイメージが強い「Death Row Records」を脱退してMaster P率いる「No Limit Records」に移籍している。本書にも「ノー・リミット・ポゥ・ボーイ」と題したメニューが収められているが、このレシピの解説でスヌープはMaster Pからビジネス術を教わったことへの感謝を綴っている。
Master Pはヒップホップ史に残る名ビジネスマンだ。ベイエリア(北カリフォルニア)のレコード屋から出発して音楽レーベルを立ち上げ、1990年代後半から膨大な数の作品をリリースして大きな成功を収めた。音楽だけではなく映画制作やスポーツのマネージメントなどにも取り組み、1998年には米『Forbes』誌が選ぶエンターテイナーの年収ランキングで10位にランクインした(*3)。
スヌープは「No Limit Records」での最終作『The Last Meal』をリリースした2000年頃から、自身のレーベルの「Doggy Style Records」を本格化させていく。これには恐らくMaster Pから学んだことが活かされているのだろう。
そしてやはり同時期からサイドビジネスやチャリティーにも取り組み、2005年にはスポーツを通してLAの若者をギャングから遠ざけるために「Snoop Youth Football League」を設立した。
スヌープの地域貢献の精神の裏にある、盟友2Pacの存在
こういったチャリティーの動きは、かつてスヌープとともに「アメリカ一のお尋ね者ふたり」を名乗った故2Pacも熱心に行なっていたことだった。
2Pac『All Eyez On Me』(1996年)収録曲(Apple Musicで聴く / Spotifyで聴く)
2Pacは自身のボディガードのフランク・アレクサンダーから「車椅子生活を送る姪のレミカ・アーリーがボランティア団体の支援でファンだったアーティストと会えることになったものの、アーティストの意向で予定が変更になりショックで辞退した」という話を聞き、その日のうちにレミカに電話をかけてレミカの家族全員にカリフォルニア旅行をプレゼント。
撮影中の映画のセットに招待し、バーベキューパーティーを開き、スヌープ含む「Death Row Records」のスーパースターたちを紹介し、レミカの通う学校に音響システムを寄贈し……と数々のことを親切心のみで行なったと伝えられている(*4)。
実現させる前に亡くなってしまったものの、2Pacはフットボールリーグをつくることも計画していた。スヌープの行動には、かなり2Pacの影響が大きいのではないだろうか。
今年『スーパーボウル』のハーフタイムショーに登場したスヌープは、ショーの当日に2PacとSuge Knightとの写真をInstagramに投稿した
スヌープは2014年から毎年、感謝祭の日にイングルウッド(*5)の市長とともに七面鳥料理の無料提供を行なっている(提供しているものと同じかは不明だが、本書にも七面鳥料理のレシピが収録されている)。
2016年にはこの取り組みについて「俺は機会を与えられた人間だから、人助けをするのが大好きなんだ」と語っている(*6)。スヌープはレシピ本の出版だけではなく、食をキーワードに社会貢献活動も行なっているのだ。
2015年の感謝祭の期間に投稿された画像。スヌープ・ドッグのInstagramより
人々の連帯を先導し、地域社会に貢献。このレシピ本は、スヌープのキャリアを象徴するようでもある
スヌープの「No Limit Records」移籍後初となる『Da Game is to be Sold, Not to be Told』(1998年)の冒頭を飾る“Snoop World”では、<俺たちが何をしたのか、お前らには信じられないだろう / 地域社会に機会を提供したんだ>(筆者訳)というリリックが登場する。
スヌープ・ドッグ『Da Game is to be Sold, Not to be Told』収録曲(Apple Musicで聴く / Spotifyで聴く)
スヌープの社会貢献への思いはこの頃から一貫している。音楽に留まらない関心はMaster P直伝のビジネス術で開花し、スヌープはさまざまな活動を行なうようになった。その活動は本業の音楽にも反映され、2006年にはCypress HillのB-Realをフィーチャーしたシングル“Vato”でブラックコミュニティーとラテンコミュニティーの結束を呼びかけた。
スヌープ・ドッグ『Tha Blue Carpet Treatment』(2006年)収録曲(Apple Musicで聴く / Spotifyで聴く)
この時期のスヌープはTha Dogg Poundに加入してシングル“Cali Iz Active”のミュージックビデオで西海岸アーティストを集結させるなど、地元の連帯を先導するような動きを見せていた。
本書に収められたレシピは、4人分以上のものが非常に多い。なかには12人分のパーティー向けレシピもある。こういった大人数で食べるためのレシピも、人々の連帯を先導してきたスヌープならではと言えるだろう。
スヌープがピリピリしたギャングスタからリラックスした思いやりに満ちた人物になっていったことも、料理好きが幸いしてのことなのかもしれない。
本書にはスヌープとともに料理番組に出演していたライフスタイルコーディネーター、マーサ・スチュワートのコメントも収録されている。テレビ番組への出演もMaster Pが行なってきた取り組みのひとつで、ここでもスヌープがMaster Pから学んだことが見えてくる。
スヌープがレシピ本を出版したことは、どこまでもスヌープのキャリアと密接に関わっている行動なのだ。
なお、料理をすることはメンタルヘルスにもよいという研究結果もある(*7)。このスヌープのゴキゲンなレシピブックは、あなたの食卓を彩ってくれる以上のものになるかもしれない。
*1:ニューヨークの「Bad Boy Records」と西海岸の「Death Row Records」の2組を中心に勃発した、ヒップホップ史に残るビーフ(諍い)
*2:Fatman ScoopのInstagramを参照(投稿を見る)
*3:MTV「MASTER P SNAGS TOP TEN ON ANNUAL FORBES LIST」参照 (外部サイトを開く)
*4:『丸屋九兵衛が選ぶ、2パックの決めゼリフ』(SPACE SHOWER BOOKs)参照
*5:イングルウッドはロサンゼルス南西部の都市で、低所得層の割合が高く、黒人とヒスパニック系の住民が多数を占めること知られるエリア
*6:NBC Los Angeles「Snoop Dogg Brings Turkeys, Thanksgiving Joy to Inglewood」参照(外部サイトを開く)
*7:「Psychosocial Benefits of Cooking Interventions: A Systematic Review」参照(外部サイトを開く)
- 書籍情報
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『スヌープ・ドッグのお料理教室――ボス・ドッグのキッチンから60のプラチナ極上レシピ』
2022年3月1日(火)発売
価格:3,100円(税別)
著者:スヌープ・ドッグ
訳:KANA
発行:晶文社
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