なぜバットマンの正義は危ういのか?新作『THE BATMAN』に至るまでの変遷をたどって考える

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※本記事は『THE BATMAN-ザ・バットマン-』のネタバレは含みません

バットマン映画と世界情勢の不思議な因縁。その正義は時代によって見え方が変わる

「マーベル・コミック」と双璧をなす「DCコミックス」を代表し、もっとも古い歴史を持つスーパーヒーローのひとり、バットマン。「ダークナイト・ディテクティブ(闇夜の探偵)」、あるいは「ケープド・クルセイダー(ケープを纏った十字軍騎士)」の別名を持つこのキャラクターがこの世に誕生したのは、1939年のことだ。

2000年代半ばよりクリストファー・ノーランが監督を務めた『ダークナイト』三部作が、イラクやアフガニスタンにおけるアメリカの対テロ戦争を背景にしていることはよく知られるところだが、バットマン単体での実写映画化が立ち上がるのは、アメリカ社会だけでなく、世界中が戦争というものに意識せざるを得ないタイミングに不思議と重なっていることに気づく。

クリストファー・ノーラン監督『ダークナイト ライジング』(2012年)予告編

たとえば、『バットマン オリジナル・ムービー』として知られる最初の長編劇場映画化は1966年であり、ベトナム戦争の真っ只中。続くティム・バートン監督による『バットマン』(1989年)と『バットマン・リターンズ』(1992年)が公開されたのは、湾岸戦争の開戦と終戦のちょうど前後であった。なお、バットマンの誕生した83年前、1939年は第二次世界大戦開戦の年だ。

ティム・バートン監督『バットマン リターンズ』トレイラー映像。バートン版からはじまったこのシリーズは、監督をジョエル・シュマッカーに代えて『バットマン フォーエヴァー』(1995年)と『バットマン & ロビン Mr.フリーズの逆襲』(1997年)と続く

このたび公開された新作映画『THE BATMAN-ザ・バットマン-』にも不思議な因縁はつきまとう。2月24日にプーチン大統領がウクライナ侵攻に踏み切ったことを受け、ロシアでの劇場上映は一時保留と発表されている。

これらは単なる偶然かもしれないし、そうでないにしても後づけ的見方の域は出ないかもしれない。コミックやアニメ、ドラマ、ジョーカーやハーレイ・クインといった関連作品も含め、バットマン作品は何かしら断続的に発表され続けているし、そもそも人類の歴史は戦争の歴史であると言われるくらい、地球上で戦争は絶えず起こっている。

しかしながら本稿ではこの「偶然」を前提にし、バットマンというキャラクターについて、そして新作『THE BATMAN-ザ・バットマン-』についても考えていきたい。

バットマンは時代にどのように影響を受けてきたのか?

まず確認しておきたいのは、バットマンというキャラクターが時代に合わせて変化をしてきた、という点だ。バットマンやスーパーマンをはじめとするアメコミ作品を長年手がけてきたコミックライターのチャック・ディクソンは、時代ごとのバットマンの変遷をこのように記す。

時代によってバットマンは様々な側面を見せてきた。根本は変わることはないが、時代に適合していったのだ。バットマンが生まれたのは世界大恐慌の時代。それを反映して、初期の物語は暗く陰鬱だった。1940年代に入ると彼は陽気で愛国的になり、新たに登場した天才少年ロビンと共に探偵仕事をこなしていった。1950年代には宇宙を旅し、アトミック・エイジが生み出したモンスターを相手にした。1960年代はひどく俗っぽくなり、彼の冒険はほとんどパロディの世界となったが、1970年代には再びダークなイメージに立ち戻り、犯罪へのアプローチをよりハードなものにしていった。1980年代に入るとさらにダークになったバットマンは、殺された両親の復讐への誓いに取り憑かれた一匹狼へと変貌していき、1990年代には壮大な世紀末的なストーリーが多く見られるようになる
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ビーティ・スコット著『バットマン パーフェクト・ガイド』(2005年、小学館プロダクション)より

なお、このバットマンの時代への適合・変化は、原作コミックスに限らず、映画やドラマ、アニメといった映像化においても同様なのだという。

「恐怖による犯罪撲滅」というバットマンの伝統的本質

では、バットマンにおいて時代を経ても変わらない点とはどこか? 真っ先に挙げられるのは、黒いコウモリを模したスーツであり、胸に光るコウモリのシンボルだろう。このバットマンの見た目は単に「スーパーヒーローのコスチューム」以上の意味を持つことで知られる。

幼い頃、目の前で両親を強盗に殺されてしまったブルース・ウェインは悪を憎み、自らのホームタウンであるゴッサム・シティから犯罪を撲滅するためにバットマンとして戦っている。

その黒装束、いかめしいマスク、胸のシンボル、夜空に光るバットシグナルには、ゴッサム・シティに巣食う悪の心に恐怖心を植えつけ、犯罪者を恐怖に陥れることよって犯罪を減らし、治安をよくしようとする狙いがある。

恐怖、そして暴力による犯罪抑止を目指し、ゴッサム・シティの「静かなる守護者」として存在しているという点は、バットマンというキャラクターの本質と言える。

現代のバットマン像はいかにして形成されたのか?

先ほど引用したチャック・ディクソンの説明において、1940年代のバットマンが陽気で愛国的だった、というのも興味深いが、現代のバットマン像を捉える際に重要なのは、1980年代に入ってバットマンはよりダークになり、殺された両親の復讐への誓いに取り憑かれていったという点だ。

その理由はある意味シンプルで、ティム・バートン版『バットマン』も、クリストファー・ノーラン版の『バットマン ビギンズ』 (2005年)、そして今回公開されたマット・リーヴス版『THE BATMAN-ザ・バットマン-』も、ひとりのコミックライターが1980年代につくりあげたバットマン像を共有しているからだ。

フランク・ミラーがストーリーを担当した『ダークナイト・リターンズ』(1986年)はバートン版に大きな影響を与え、同じくミラーによる『バットマン :イヤーワン』(1987年)はノーラン版、リーヴス版の下敷きとなった。

ティム・バートン監督『バットマン』トレイラー

「DCコミックス」創立50周年の節目を迎えた1980年代に、ミラーはバットマン像を刷新した。その作風について、作家・評論家の堺三保は具体的にこう説明する。

ミラー版バットマンのいちばんの特徴は、その強烈なヴィジランティズムにある。警察、もっと言えば国家権力とその司法制度に頼らず、自らの手で正義を行うことに固執するその姿勢は、一歩間違えればリンチやテロに容易にすり替わり得る危うさを抱えているが、それでもミラーは高らかに個人の正義を称えあげる
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『アメコミ映画40年戦記 いかにしてアメリカのヒーローは日本を制覇したか』(2017年、洋泉社)より

このダークかつシリアスなバットマンは、個人的な正義のもとで戦い続ける危うさがゆえに人間的な苦悩と葛藤を抱えることとなる。善悪の線引きは曖昧になり、強く正義に執着するバットマンの存在はときに悪漢と表裏一体となる。これが現代によく知られるバットマンの姿だろう。

クリストファー・ノーラン監督『ダークナイト』(2008年)予告編

ただやはり私的正義の遂行と「恐怖」を用いた犯罪撲滅を目指そうとする姿勢は、どこか異様であるし、恐ろしくもある。

共通点の多いスパイダーマンとの比較で際立つ、バットマンの異様さ

バットマンの使命やその遂行方法の異様さは、別のスーパーヒーローと比較することでより浮き彫りになる。バットマンと同じく、街の平和を守るために戦い、(他のスーパーヒーローに比べて)生身の人間に近く、正体を隠してヒーロー活動をしているなど、共通点も多いスパイダーマンと比較していこう。

スパイダーマンことピーター・パーカーが街のために戦うこととなるのは、強盗に父親代わりとなっていたおじが殺されてしまったからだ。しかもその犯人は、ピーター自身があえて見逃した強盗であった。自らの責任によってベンおじさんを失ったピーターは、おじが残した「大いなる力には、大いなる責任が伴う」という言葉を胸に、「親愛なる隣人」として、犯罪者として戦い、人助けに勤しむ。

『スパイダーマン:ホームカミング』(2017年)予告編。マーベル・シネマティック・ユニバースにおいては、ピーターが戦う動機となる設定が変更されている

同じように街の平和のために戦っているといっても、バットマンとスパイダーマンのヒーローとしての性質・あり方は大きく異なることがわかる。

『アメコミヒーローの倫理学』の著者であるトラヴィス・スミスは本書のなかで、スパイダーマンを「仲間を助けるという必要に駆られて、過剰に働いて打ちのめされた立派な人」、バットマンを「住まう都市に秩序をもたらすために恐怖の力を信じる、過剰な衝動と決意を持った悪魔」とそれぞれ端的に説明する。

バットマンの戦いに終わりがない理由。世界情勢におけるアメリカとの類似点

秩序のために恐怖の力を行使するバットマンが、危険な自警主義と一線を引くことができているのは、彼のなかに「敵の生命までは奪わない」という基本的なルールがあるからだ。バットマンによって打ち負かされたヴィランは、アーカム・アサイラムという精神病院に収容される。悪漢たちは生き続けるがゆえに、ブルース・ウェインの戦いは基本的に終わることがない。

そうしたジレンマを持ったバットマンの物語を、スミスはこのように分析する。

敵が善なるものになることを望んでいる点で、アメリカはバットマンに似ている。アメリカは敵を打ち負かすより、彼らを解放する方を好み、彼らを全滅させるよりも、リハビリさせる方を好むだろう。バットマンのように、アメリカは世界を変革する努力の中で、力と恐怖を使って、国内外の無実の人びとを責め苦から解放し、生きられるようにする
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トラヴィス・スミス著『アメコミヒーローの倫理学 10人のスーパーヒーローによる世界を救う10の方法』(2019年、パルコ)より

そして併せてスミスは、バットマンの思想を「人間の断固とした努力によって、苦しみを終わらせることができると信じている」と読み解き、その物語は「合理的な意志は必ず正義のために勝利する、という自惚れた考えに基づいている」と辛辣な言葉を向ける。

「世界の警察官」としてアメリカが戦う時代に、私的な正義を掲げて戦うバットマンの新作がスクリーンに投影されることは、どのような関係があるのだろうか。やはり単なる偶然であったとしても、私にはとても興味深い点のように思われる。

『THE BATMAN-ザ・バットマン-』の静かな衝撃。バットマンの最後の行動にはどのような意味があるのか?

ここまで説明してきた伝統的なバットマンのあり方は、現代に適合しているとは正直言い難い。では『THE BATMAN-ザ・バットマン-』で、バットマン=ブルース・ウェインはどのように描かれたのか? バットマンは正義に取り憑かれた悪魔なのか?

ここで詳しく書くことは避けたいが、マット・リーヴス監督は伝統的に受け継がれてきた「本質」をブレさせるような危険を冒してまで、新しい時代のバットマン像を確立したと言える。176分に及ぶ重厚かつ緻密な物語を通じて描かれる変化と結末に、観客は驚くことだろう。しかし先述したように、バットマンは時代に適合してきたという事実は改めて確認しておきたい。

おそらくこのバットマンは次回作が描かれるであろうし、そうなればブルース・ウェインの苦悩と葛藤はより濃くなっていくことが想像される。その困難をマット・リーヴスはどのように描き、ロバート・パティンソンは演じることになるのか。

本作『THE BATMAN-ザ・バットマン-』は、新しいバットマンサーガのはじまりにふさわしい、素晴らしい仕上がりとなっている。

▼参考文献

・ビーティ・スコット著『バットマン パーフェクト・ガイド』(2005年、小学館プロダクション)

・小野耕世、池田敏、石川裕人、堺三保、てらさわホーク、光岡三ツ子『アメコミ映画40年戦記 いかにしてアメリカのヒーローは日本を制覇したか』(2017年、洋泉社)

・トラヴィス・スミス著『アメコミヒーローの倫理学 10人のスーパーヒーローによる世界を救う10の方法』(2019年、パルコ)

・『バットマン:イヤーワン/イヤーツー』(2009年、ヴィレッジブックス)

作品情報
『THE BATMANーザ・バットマンー』
2022年3月11日(金)公開
配給:ワーナー・ブラザース映画

監督:マット・リーヴス
脚本:マット・リーヴス、ピーター・クレイグ

出演:
ロバート・パティンソン
コリン・ファレル
ポール・ダノ
ゾーイ・クラヴィッツ
ジョン・タトゥーロ
アンディ・サーキス
ジェフリー・ライト


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