新型コロナウイルスの影響で海外旅行が難しい昨今。飲食店にとっても苦難の日々が続いているが、他国と比べると日本各地には世界各国の料理を楽しめるレストランがあり、ちょっとした旅行気分は味わえる。なかでも餃子や小籠包などの点心は、あまり気張らずに楽しめる身近な海外グルメといえるだろう。
今回は「ラーメンや餃子が大好き!」というモデルのmiuとともに、本場の点心が食べられる香港発の点心専門店「添好運(ティム・ホー・ワン)」へ。「点心って具体的にはどんな食べものを指すの?」「町中華の餃子とどう違う?」といった疑問を解き明かしながら、知っているようで知らない点心の歴史や文化に迫る。撮影を担当したのは、香港出身のフォトグラファー・カルン。彼からも香港グルメの特徴を聞いてみた。
いざ、味わい深い点心の世界へ!
星つきレストランでカジュアルに、本場の点心を味わう
向かったのは、東京・新宿サザンテラス。新宿駅南口から代々木方面に広がる遊歩道にミシュラン一つ星の点心専門店「添好運(ティム・ホー・ワン)」はある。
ファストフード並みの値段で楽しめるカジュアルな店だが、その実力は確かなもの。香港で4年連続ミシュラン三つ星を獲得したフォーシーズンズホテル香港の広東料理店「龍景軒」で点心師を務めたシェフが独立し、パートナーのシェフと二人で2009年に創業した店だ。
2010年には香港版のミシュランで一つ星を獲得。日本では日比谷と新宿に店舗を構え、リーズナブルに一流の味を楽しめるよう、香港の店と同様にセントラルキッチンを設置。つくりおきなどは一切せず、各店舗で日ごとすべて手づくりしている。本格的な点心の味を手軽に楽しもうと、新宿サザンテラス店を訪れたのは、モデルのmiuだ。
本場の味が楽しめるんですね。ワクワクするなぁ!
点心の由来は「空心(空腹)に点じる」
「添好運」の点心にありつく前に、基本を学んでおこう。そもそも、点心とは何か。あらためてそう問われたらあなたは答えられるだろうか。
もともと点心とは、中国での間食や軽食のこと。ちょっとお腹が空いたときにとりあえず食べるもの、ということで、「空心(空腹)に点じる」という意味から点心と名づけられたといわれている。
ルーツをたどるとその歴史は古く、言葉としては唐の時代(618~907年)にすでにあった模様。このころは1日2食が習慣だったため、朝食前に軽く口にするものを点心と呼んでいたが、元の時代(1271~1368年)になると、間食や軽食をすべて点心というようになっていった。
「メインとなる料理(主菜)とスープ以外」という、とても守備範囲の広い点心。大きくは、甘い味の「甜点心(ティエンティエンシン)」と甘くない味の「鹹点心(シエンティエンシン)」の二つに分けられ、そのなかでもさらに、小麦粉や米粉などの原料、焼きや蒸しなどの調理方法によって細かく分類されている。
なるほど。点心と一口にいっても、いろいろあるんですね。
点心にますます興味津々となったmiu。中国料理のルーツを学んでおくと、点心をより深く、おいしく楽しむことができそうだ。
中国料理と中華料理の違いを知っているか。人気の「町中華」の定義とは?
「中国料理」と「中華料理」。しばしば混同されている二つの言葉だが、その違いを知っているだろうか。
いろいろな見解があるが、中国各地の現地のスタイルを遵守しているものを主に「中国料理」と呼び、「中華料理」は、日本風にローカライズされたものを指す。ラーメンや焼き餃子といった私たちの日常に深く浸透しているメニューは、日本人の食習慣に合うようにアレンジされた中華料理だ。さらに、最近人気の「町中華」は、地域に根ざした中華料理店やそこでの定番メニューを意味する。
料理は、その土地の気候風土や人々の暮らしのなかで生まれ、時代とともに変化する。日本より広大で、悠久の歴史をもつ中国なら、それはなおのこと。
稲作が難しい寒冷な北部では、小麦を原料とした食べものや味つけが濃い「山東料理(北京料理)」が生まれ、内陸の西部では保存にも効果的なスパイスを使った「四川料理」が発展。また、日本と面した東シナ海や長江の恵みが豊かな東部では、海鮮や野菜を使ったマイルドな味わいの「江蘇料理(上海料理)」が育まれた。
南東部の広州では、気候も温暖湿潤で農作物栽培に適しているうえに、北部の北京からきた宮廷料理人によって急激に調理技術が発達し、「広東料理」が誕生。フカヒレやツバメの巣、伊勢エビ、アワビなどの高級食材が多用される一方で、酢豚やシュウマイといった庶民的なものも多数ある。「食在広州(食は広州にあり)」という有名な言葉があるほどだ。
点心のメッカである香港が位置するのは、この広州(広東省)の南。それゆえ、点心の主流は広東料理がベースとなっているが、中国各地の料理の要素が感じられるのも、点心の魅力だ。
点心の店に行ったら、まずはメニュー全体を眺めてみてほしい。そこには米粉以外にも小麦粉を使ったもの、スパイスの風味が豊かなもの、野菜や海鮮が主役の料理などが存在しているはず。
中国醤油やオイスターソースによる甘旨い味つけが多い広東料理を軸としながらも、多彩な食材や調味料が生かされ、まるで中国料理の縮図のように楽しめる。これは香港の点心の特徴の一つといえるだろう。
「添好運」のメニューには、本場の香りが漂う点心がずらりと並ぶ。miuの腹ペコ度もMAX! まずは点心の定番「海老の蒸し餃子(ハーガオ)」からスタートしよう。
点心グルメの代表、蒸し餃子。そのルーツは?
桜色をした海老がうっすら透けて見える蒸し餃子。もう見た目からして麗しい一品を、パクリ!
うーん! すり身じゃなくて、粗めにカットされた海老ならではの食感が良い! 蒸し餃子だからこんなにプリッとした食感が残っているんですね。もっちりした皮とも相性が良くて、さらに具材がシンプルだから、海老そのもののおいしさがダイレクトに感じられるんだと思います。
海老の蒸し餃子(ハーガオ)は「添好運」でもほとんどのお客さんが注文する一品。皮は片栗粉からつくられていて、一枚一枚、包丁で薄く伸ばしていくのだが、これには点心師の熟練した技術が欠かせないのだそう。
蒸し餃子、すごくおいしいけど、そういえばメニューに焼き餃子はないんですね。
そう、点心では蒸し餃子が基本。中華料理店の餃子には焼きや揚げなどもあるが、中国で主流となっているのは水餃子や蒸し餃子だ。
水餃子は北部の山東(北京)料理にルーツをもつ。特に寒冷な東北部(昔の満洲エリア)では、小麦粉でつくられた厚い皮が主食の役割を担い、おかず的な豚肉や羊肉のあんを包んで茹でて食べられてきた。これが中国全域に広まり、南部へ伝わるころには海鮮具材を使った蒸し餃子も生まれていったという。
ご飯に合うおかずとしてアレンジされた、日本の焼き餃子
日本で餃子が親しまれるようになったのは、およそ第二次世界大戦後。満洲から引き揚げてきた日本人や移住してきた中国人が広めたことが大きなきっかけになっている。
ただし、日本食では「白米のご飯、おかず、汁物」という構成が基本。ご飯に合うおかずとして、つまり皮の厚い水餃子ではなく、薄皮で香ばしく焼き上げられた餃子が広まっていったようだ。
なるほど。点心の蒸し餃子、中国で主流の水餃子、そして日本の焼き餃子。それぞれにちゃんと人気の理由があって、それがわかるとおもしろいですね。ちなみに、飲茶(ヤムチャ)っていう言葉もよく聞くけど、点心との違いはなんだろう。
飲茶は、中国茶を飲みながら点心を食べること。ちなみに、英語で点心は「Dim Sum(ディムサム)」。香港や欧米を旅行するときに役立つので、それも併せて覚えておこう。
「ベイクド チャーシューバオ」は香港グルメの典型!?
次に食べるのは、3個1セットで販売されている「ベイクド チャーシューバオ」。フォトグラファーのカルンによると、香港でも人気のメニューだという。
「添好運」といえば、ベイクド チャーシューバオ! 香港のお店でも、これを注文しているお客さんばかり。甘さとしょっぱさの絶妙なバランスがやみつきになるんです。
わー、焼きたてで良い香り! お砂糖の焼けた甘く香ばしい感じと、焼きたてのパンやクッキーみたいな香りがしますね。小さいころ、お菓子やパンを焼いて出してくれた友達の家のことを思い出すなぁ。
「ベイクド チャーシューバオ」は、甘めに味つけされたチャーシュー餡(あん)を小麦粉の生地で包み、さらにクッキー生地をのせて焼き上げたもの。日本人にはなじみ深いメロンパンのような仕立てだ。
皮はサックサク、チャーシューはトロッとしてジューシー……。八角のスパイスの風味も口いっぱいに広がっておいしいです。
看板メニューのこの一品は、「添好運」のオリジナル。オーナーシェフがフォーシーズンズホテル香港の「龍景軒」にいたころに、宗教上の理由で豚肉を食べないイスラム教徒のお客さんを考慮して、牛肉を包んだベイクドバオを開発。「添好運」を創業した際に、よりポピュラーなチャーシューでつくったというストーリーがある。
香港の人は、異なるものを混ぜることでより良いものが得られると信じています。香港式の喫茶店「茶餐廳(チャーチャンテーン)」では、3、4種類の茶葉を組み合わせたミルクティーが定番で、店ごとにブレンドのこだわりがあります。
また家の食事では、私の母はいつも中国米とタイ米を混ぜて炊いていました。中国米の食感とタイ米の香りが融合して、よりおいしくなるという発想です。
この「ベイクド チャーシューバオ」は甘くてサクサクしたクッキー生地と、甘じょっぱいチャーシューの組み合わせ。まさに、異なるものを融合させた香港グルメの典型でしょう!
甘じょっぱい味つけの「蓮の葉ちまき」は保存食としてのルーツをもつ
3品目は「蓮の葉ちまき」。大きなサイズで、蓮の葉にまるっと包まれた姿はインパクトも強い。
葉っぱの良い香り! 結構大きいですねぇ。(蓮の葉をめくりながら)わぁ、まだまだ包まれてる……。
わぁ、お米はもち米なんだ。粒感がしっかりありながらも、もちもち食感でおいしい! なかの具材は……鶏肉と豚肉、椎茸、それから中華ソーセージなんですね。このソーセージ、脂がジューシーに味わえるものとちょっと違って、肉自体の旨みがしっかり詰まった感じ。食感もしっかりしてます。あと、この椎茸もお肉に負けない旨みがあっておいしい!
具材の味つけの決め手は、中国醤油。その甘じょっぱい味は、香港点心の基本を感じさせる。
もちもちとしたお米と具材、全部が口のなかで絡みあって本当においしい。
ちまきは中国の保存食文化から生まれた食べもの。旧暦の5月5日の端午節に食べる風習は、奈良時代の日本にも伝わってきた。
日本では、笹団子のようなタイプが多いが、中国のちまきは炊き込みご飯のようなものが主流で、具材がたっぷり入っているのも特徴。包む材料は蓮の葉のほかに、竹の葉や皮などもよく使われる。
タレのつけ具合で食感が変化する「腸粉(チョンファン)」
最後のメニューは「海老と黄ニラのチョンファン」。「ベイクドチャーシューバオ」とならぶ「添好運」の看板商品の一つだ。
チョンファンは米粉の皮を使った蒸しクレープのようなもので、1920年代から1940年代に考案されたとされる広東料理の一つ。一方で、寒冷な中国北部には小麦粉製の薄焼きクレープ「春餅(シュンビン)」がある。2つのクレープ仕立ての料理。ここにも使われる素材の理由が見てとれる。
チョンファンはほかにも、チャーシューや牛挽肉を使ったものもある。いずれも甘口の中国醤油タレが味の決め手。
まずはあまりタレをつけずに一口……。うん、もっちもちでおいしい。米粉だから小麦粉の皮と食感が全然違うんですね。私、黄ニラも大好きなんですよ!
店のスタッフから、「塩辛いタレではないので、思い切ってビッタビタにつけて食べるのもおすすめですよ」と言われ、次はしっかりタレに浸してから食べてみるmiu。
わー、確かにこれもおいしい! ツルッとした感じから、ビッタビタにつけて食べると今度はトロッと変化して、味もしっかり。この中国醤油のタレ、色は濃いけど味はやさしいから、海老や黄ニラとも合ってちょうどいいですね。
しっかりと浸すとタレが絡みついて、食感も変化する。これはぜひ試してみたい食べ方だ。
「ワン・プラス・ワン」で新しい味が生み出される香港グルメ
蒸し餃子、ベイクド チャーシューバオ、ちまき、チョンファン。今日は点心や中国料理のルーツなどを学びながら、4種の香港グルメを堪能した。miuにはどんな気づきがあったのだろうか。
香港は小学生のときに家族旅行で一度行ったことがあるんですが、正直あまり食べたものは覚えていなくて……、ハンバーガーとかシュウマイを食べたような(笑)。今日の点心は全部おいしかったけど、「ベイクド チャーシューバオ」は初めて食べたので、とても印象的でした。
あと「チョンファン」は、海老と黄ニラ以外の具材のものも食べてみたい。「食感ツルツル系」の点心って、シンプルだからこそ、バリエーションが楽しめるだろうから、いろいろ食べ比べしてみたいと思いました。
点心からは、さまざまな風土や時代の息吹が感じられる。そして、香港は点心のメッカであるだけでなく、世界有数の美食都市でもあるため、バリエーション豊かな食文化を楽しむことができるのも魅力だ。
そこで、最後に香港出身のカルンに「今度香港に帰ったら行ってみたい店や食べたいものがないか?」と尋ねてみた。
「添好運」のように有名な店の点心や上質な中国料理は、東京でも食べられるし、ときには本場よりおいしいと思うくらい(笑)。なので、ちょっとジャンクなもの、ローカル感の溢れるものを食べに行きたいですね。
たとえば「魚肉焼売」。安い魚肉のシュウマイを串に刺したもので、1本80円から100円くらい。まさにストリートフードで、B級というかC級グルメといったものですが、SNSではファンコミュニティーがあって、専門の本も出ているほど人気なんです。
日本は独自のアレンジも得意ですが、本場の味、オーセンティックなものもとても重要視しますよね。一方、香港は、「ワン・プラス・ワン」で新しい発想やクリエイションを大事にします。そのほうがおしゃれという感覚なのかな。たとえば、抹茶や沖縄の黒糖を使ったマーライコウ(中華カステラ)もあるし、海老の蒸し餃子にはキャビアをトッピングしてみたり……。
いいですね。香港、行きたいなぁ!
伝統と革新、そして融合の精神から生まれる多様性。ほかにも新しくてユニークなグルメが、いまも香港では生まれているかもしれない。また海外旅行が自由にできるようになったら、いざ香港へ! 日本で点心を楽しみつつも、香港グルメの真髄はやはり現地で体感したい。
- 店舗情報
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添好運(ティム・ホー・ワン) 新宿サザンテラス店
東京都渋谷区代々木2丁目2−2
新宿駅南口 / 新南口から徒歩1分
TEL:03-6304-2861
営業時間:10:00~23:00(LO 22:00)
定休日:年中無休
席数:84席
※自治体の営業時間短縮要請により、営業時間は適宜変更されます。
- ウェブサイト情報
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香港の観光に関する情報は香港政府観光局の公式サイトへ
- プロフィール
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- miu (みゆ)
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1996年滋賀県生まれ。ストリートからモードまで幅広くこなし、数々の人気ブランドのビジュアルを務め、モデルから女優まで多岐にわたり活躍中。現在、ファッション雑誌『ViVi』専属モデル。大のラーメン好きとしても知られる。
- カルン
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1985年香港生まれ。2014年に渡欧し、ポーランドを拠点にファッション写真をはじめ、エディトリアル、広告写真、自身の作品制作活動、コマーシャルフィルム、TVCMなど幅広い分野で活動。2019年に来日。現在は東京を拠点に活動中。
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