バンド結成から20周年を迎えてなお、自らの音楽を更新し続けるBase Ball Bearの小出祐介。このコロナ禍においてもアルバムツアー、対バンツアーと精力的にライブ活動を行い、5月には約3年ぶりとなる日比谷野外大音楽堂での主催公演『日比谷ノンフィクションIX』を開催する。
今回、小出に「Hulu U35クリエイターズ・チャレンジ」(以下、「HU35」)のファイナリスト5人が監督・脚本を務めた作品を鑑賞してもらった。「HU35」は、35歳以下を対象とした新世代の映像クリエイター発掘・育成プロジェクトで、ファイナリスト5人の作品は現在Huluで配信中。
若手映像クリエイターの作品を通して、邦楽ロックシーンを走り続けた自身の過去を振り返った小出は、20代と30代とでは自己肯定感に大きな変化があったと明かす。それは音楽活動に直結していたようだ。
結構な予算とプロの映画制作チームのサポートで、名刺になる作品に
―まず、今回の「HU35」の企画についてどう思いましたか?
小出:いまはクリエイターが自分で発信できる時代ですので、発掘する立場の人は、待たずに進んで新しい才能を見つけにいかなければならないと思うんです。逆に言うと、こういう企画を開催する場合は、応募してもらうことへの旨味もしっかり用意する必要があるかと。「HU35」ではファイナリストの段階で、結構な予算とサポートするプロの映画制作チームがいるところがすごく良いと思いました。予算によって担保されるクオリティもあるでしょうし、できることも変わってきます。グランプリがとれなかったとしても、それなりのクオリティの作品として自分のフィルモグラフィにも載せられますし、これが名刺として次につながっていく可能性もありますよね。
※本記事は作品のネタバレを含む内容となっております。あらかじめご了承下さい。
―各作品の感想もお伺いしたいです。まずは近藤啓介監督の『脱走球児』からお願いします。
近藤啓介監督『脱走球児』
今まで野球しかしてこなかった2人の強豪校の高校球児が寮を脱走することからはじまり、誰にでも起こりうる瞬間をオフビートな笑いで紡ぐ青春ドラマ。
小出:『脱走球児』はストロングスタイルというか、真正面から作っている作品だと思いました。役者さんもシナリオ、構成も良かったです。今回は尺が40分だから脱走中に会うのは2人くらいですが、かつて寮を脱走した人たちのところを訪れる、「地獄巡り風」になっても面白そうかなと。もっと長い時間観てみたいと思った作品でした。
もともと好きで始めたのに、縦社会に身を置くうちに「何をやっているのかわからなくなる」という問いかけと、「それでも好きならやらなきゃ」というアンサーも伝わってきましたし、ラストの急な雑さも好きでした(笑)。短編でもしっかりとした構成ですし、これだけ手堅く作品を作れる方ですので、長編も撮れるような力量を感じました。
―続いて、老山綾乃監督の『まんたろうのラジオ体操』はいかがだったでしょう。
老山綾乃監督『まんたろうのラジオ体操』
見過ごされがちな社会問題をエンターテイメントに潜ませた作品で、「生きづらさ」を感じている女性が人生を再起動させる物語。
小出:老山監督は実際にメディアの仕事をされているので、映像の現場での経験という意味では少し有利なのかなと思ったんですが、鑑賞後に制作過程に密着したドキュメンタリーを観たら、むしろAD経験がどこか呪縛になっているように感じました。なるべくそこから解き放たれようと頑張っていましたよね。
報道の現場にいたからこそ出てきたテーマだと感じましたし、認知症でラジオ体操をしているという設定もなかなかパッと思いつくものではないと思います。ただ正直、主人公の成長なのか、気付きの部分なのか、物語の芯の部分がぼやけてしまっているようにも感じました。ラストでグッとこなければいけないところで、主人公が突飛な行動をしているように見えてしまったということは、物語や構成・演出の引力がもっと必要だったのかもしれません。きっとこれから脚本を何本も書いたり、何本も作品を撮っていくことで、見えてくるものなんだと思います。
「あまりにも監督の伸びしろが未知数だと、この感想も野暮かなと思ってしまいますね」
―次は、上田迅監督の『速水早苗は一足遅い』についてお願いします。
上田迅監督『速水早苗は一足遅い』
思い通りにいっていなかった監督自身のこれまでの人生を投影し、少しの元気と明日の活力を与えられるハートフルな人間ドラマ。
小出:まずキャラクターがとっても良かったです。深川麻衣さんの芝居も良くて引き込まれました。タイトルも設定もめちゃくちゃキャッチーですよね。掴みがすごく良くて、これからどんなドタバタが起きるんだろうと期待感が高まりました。それだけに、開始数分での母親が病気というくだりは少し唐突で。ドキュメンタリーを見ると30回くらい改稿したと話されていたので、ドラマ作りで悩んだ筆致が見えてしまったように感じました。
クライマックスのシーンは素敵ですし、おそらく監督が一番言いたい・描きたい部分だったんだとは思うんです。ただ、40分のなかで、病気のお母さんに恋愛の要素と、かなりトラブル続きで。「運」もまたこの作品の重要な構成要素となっていましたが、それらが物語を動かすための仕掛けに見えてしまったので、ドタバタするならドタバタして欲しかったし、しんみりさせたいならしんみりにシナリオの的をしぼる必要があったのかもしれません。
個人的には、キャラクターと「一足遅い」という設定が秀逸なだけに、速水さんの頑張ってる姿をもっとください! となりました。
―今回が初監督作、幡豆彌呂史監督の『鶴見さんのメリバ講座』はいかがでしたか?
幡豆彌呂史監督『鶴美さんのメリバ講座』
未経験者ならではのフレッシュな感性で描かれる、「腐女子」でバッドエンド好きの主人公による青春ラブコメディ。
小出:監督がまったくの映像未経験の方だと知ってすごく驚きました。周りのスタッフさんたちがサポートしてくれていたとは思いますが、シナリオを考える力やセンスがあったからこそ、ここまでの作品ができたんだろうなと。おまけに、ルックが良かったですよね。冒頭の屋上のシーンでだんだんと陽が陰ってきているなかでの引きのカットとか、今回の5作品でも特に気に入っている画です。
いろんな意味合いで聞こえてくる「いただきます」で終わったのもすごく上手かったです。お弁当の「いただきます」だと思うんですけど、生きる意味での充実感まるごと「いただきます」にも感じられて。いきなりこれが作れちゃうなら、これから幡豆監督はどうなっていくんだろうって少し怖くなりました(笑)。各演出がドラマの劇場版っぽいというか、かなり近年の邦画的だったので、そこには引っかかったんですけど、あまりにも監督の伸びしろが未知数だと、この感想も野暮かなと思ってしまいますね。
―最後に吉川肇監督の『瑠璃とカラス』についてお願いします。
吉川肇監督『瑠璃とカラス』
昼間と夜間で、同じ校舎の同じ座席に座るいじめられっ子とヤンキーが、交換ネタノートをきっかけに漫才コンビを組み、青春を切り拓くドラマ。
小出:青春もので、クライマックスに文化祭がある作品ってたくさんあるじゃないですか。でも、それを「お笑いで」というのはあまりないので、すごく良いアイデアだと思いました。いじめられっ子とヤンキーというバディもみんなが好きな題材ですし、「これまで笑われてきた俺らが、これからは笑わす側に行こう」というテーマもグッときますよね。
ただ、ドキュメンタリーを観て吉川監督はすごく上昇志向がある方だと思ったのですが、情熱が溢れすぎて、それが作品のメリハリに影響してしまっているとも感じました。おそらく監督ご自身が一番撮りたい、役者さんと一番作りたいと思ったのは最後の文化祭のシーンだと思うんです。でも、楽しみだった肝心の漫才がいまいちで……。なのに場面に熱さは感じるせいで、率直に長いと思ってしまって。撮りたいことが本当にできるのかどうかの見極めや、情熱をどうコントロールするかってすごく大事なんだなと思いました。
若手クリエイターの前にそびえ立つ次の壁
―ファイナリスト5人の作品を観た全体の印象を教えてください。
小出:今回の作品は監督自身の経験や見たものに基づいた、私小説的なテーマが多かったこともあり、そこから抽出された濃いエッセンスを象徴するシーンはどれも良かったです。本当に「そう思ったんだろうな」と感じましたし、だから物語になったんだろうなと。逆に言うと、そういうものは誰しもが1つや2つはあるので、かたちにはできると思うんです。今回皆さんはそれを作ったので、これから先どうやって0から芯のある作品を作っていけるかどうかというところが、本当のスタートになるのではないでしょうか。
―なるほど。音楽でも同じですか?
小出:音楽も3~4曲くらいは、みんな作れるんです。でも作り続けるとなると、そうはいかなくて。言いたいことを常に探したり、言いたいことが尽きているなら、それを技術や見せ方でカバーしていかなきゃいけない。たぶん映画監督も遠くはないと思うんです。
―今回の「HU35」の企画について、音楽のコンペやオーディションと似ている部分はありましたか?
小出:音楽だと、ここまでの予算感のコンペは無いですね。一昔前の音楽業界は育成に力を入れていて、オーディションで募って、例え優勝者がいても、他にも芽が出そうな人がいたら獲得して、そこから育成していくというパターンがあったんです。でも、時代もあるのか最近はあまり聞かなくなりましたし、育成のセクションを止めてしまった会社もあります。1から育成するよりも、ネット上ですでにある程度かたちになっているアーティストを獲得しに行った方が早いんでしょうね。「HU35」のようなコンペは、最近の音楽業界とは逆の動きかもしれません。
自分のキャリアを信じられるようになったのは30歳を過ぎてから
―「HU35」は35歳以下の方が対象のコンペです。小出さんの20代や30代前半の頃のお話をお聞きしたいのですが、どんな年代でしたか?
小出:ぼくの場合、20代はずっと子どもで、30代になってからやっと大人になれたみたいな感覚があります。20代はスケジュールをこなすことでいっぱいで、目まぐるしくいろいろなことをしていて。若さゆえの勢いやノリでできていたこともたくさんあったと思います。そんな20代にやってきたことが、客観的に見られるようになってきたのが30代ですね。
―20代をガムシャラに歩んできたからこそ、その視点が生まれたのかもしれませんね。
小出:今回のファイナリストの監督たちのなかには、いま仕事で下積みをしている最中の方もいるかもしれません。消化することで手一杯で、自分が何を得ているのか実感があまりなかったりもすると思うんです。でも30代になると、それまでに得てきたものとか、逆にまったく身に付いていなかったことに気付けてきます。
―小出さんはなぜ30代になってから20代を見つめられるようになったのですか?
小出:20代のときは、ずっと自分に自信がありませんでした。何を作っても自分は評価されていないと感じていたし、まったく手ごたえがなくて。でも30代になって、やっとこれまでの蓄積を自分で信じることができるようになりました。演奏が上手いかもしれない、いい曲を書いているかもしれないと思えることができたんです。20代のときはコンプレックスまみれで、他人にも優しくできなかったです。30歳を過ぎてから自分のキャリアを信じられて、周りにも目を向けることができて、人に甘えられるようになりました。ものづくりの仕事は30代からでもチャンスやできることはたくさんあると思います。ただ、そう思うことができる、そこまで続けることの方が難しいというか。
―新しいものがどんどん生まれている昨今、続けることの方が難しくなっているのかもしれませんね。
小出:ぼくは20年間バンドをやっていますけど、続けていることがまず財産なんです。いま「HU35」に応募している人たちは、映像を作りたいという想いをキープできている時点ですごいことだと思います。30代に入ってから振り返る余裕ができて、ここから何かに挑戦する気持ちになる人もいるでしょう。何かチャンスが巡ってきたときに実力を発揮できるよう、どんどんトライ&エラーをしていてほしいですね。経験は自分を裏切らないので。30歳からじゃないですか。30代、頑張りましょう。
- イベント情報
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Hulu U35クリエイターズ・チャレンジ
オンライン動画配信サービスHuluが昨年3月に始動した35歳以下を対象とした新世代の映像クリエイター発掘&育成プロジェクト。応募資格は「35歳以下であること」、そして応募書類は「映像企画案=プロット」のみ。企画力と熱意があれば、プロ・アマを問わず応募できる映像クリエイターコンペ。現在、ファイナリストの5作品がHuluで独占配信中。3/22にはグランプリ授賞式が行われる。
主催・企画・製作:HJホールディングス株式会社
制作・運営:東京テアトル株式会社
©︎2021 HJ Holdings, Inc.
- プロフィール
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- 小出祐介 (こいで ゆうすけ)
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2001年に結成されたロックバンドBase Ball Bearのボーカル・ギターを担当。これまで2度にわたり、日本武道館でのワンマン公演を成功させる。
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