芸人の数は年々増えている。『M-1グランプリ』のエントリー数だけで見てみても、初年度の2001年が1,603組なのに対し、20周年の節目を迎えた2021年は6,017組と大幅な増加が見られる。それだけに「売れる」ことが年々難しくなっている世界のように思えるが、YouTubeやTikTokなど芸を披露する場所が増えたことで、そもそもの「売れる」という価値観に変化が訪れているのではないか。そして、それによって「稼ぐ」手段も多様化が進んでいるように思う。そうした昨今における芸人の「売れる」と「稼ぐ」の関係について、芸人事情に詳しい鬼越トマホークの坂井良多に分析してもらった。
「お笑いで天下を取る」。昭和平成の時代にあった価値観と、その変化
―坂井さんは「この芸人、売れたよね」みたいな話を、芸人仲間とすることはありますか?
坂井:ありますよ。最近は飯に行く機会もないから少なくなりましたけど。最近だとクズ芸人ブームじゃないですか。そこから地下芸人ブームに移行している感じもありますよね。ぼくの予想としては、それから再び第七世代のようなお笑いエリートたちが人気になるような気がしています。人間って飽きる生き物ですから。
―その売れる・売れないの線引きって、芸人さんたちのあいだでなんとなくあるものなのでしょうか。
坂井:昭和や平成の時代には「お笑いで天下を取る」という言葉があって、それがなにを指すのかというと、ピラミッドの頂点だったと思うんですね。そこにはお笑いビッグスリーやダウンタウンさん、とんねるずさんのような方々がいて、その座に憧れて熾烈な生き残り競争が行われていたし、テレビスターになることが芸人の最終目標でした。でも、現在はテレビを通過点にしている芸人も増えましたよね。そこで知名度を増やしてほかの仕事につなげている場合も増えていますし。
だから、最近はそもそもの「天下」の定義が変わってきている気がします。昔のように何億稼ぎたいという芸人もいれば、自分の好きなことができていれば充分という芸人もいる。芸人の数だけ天下があるというか。世の中的にも「ひとつの企業で頑張って出世して社長になろう」と考えている人って減っていますよね。むしろ、そういう欲がある人は3年くらいで独立してしまう。
―確かにそうかもしれません。
坂井:さらば青春の光なんて、その典型だと思うんですよ。大手事務所を辞めて苦労した時期もあったけど、いまは唯一無二の城を築き上げているわけじゃないですか。ある意味、天下を取ったといえると思います。小さな事務所だからこそ、重宝されることも多いですし。
―東ブクロさん(さらば青春の光)がテレビに呼ばれづらくなっていることを逆手に取ったYouTubeの演出が話題になることも多いですよね。
坂井:不利になっていないですよね。テレビに出られなくなるほど、ダークヒーロー感が漂うというか。そうやって東ブクロさんの生きる道をつくった相方の森田さんはものすごくやり手ですよ。顔が貧乏臭いからすごそうに見えないんですけど(笑)。森田さんがいなかったら、東ブクロさんは今頃、地下労働施設で働いているはめになっていたんじゃないですか。
長寿番組、破天荒芸人の不在。芸人が少しずつ「サラリーマン化」している?
―芸人間で「売れる」の価値観が多様化しているということですが、それによって「売れる」の定義も変わってきていますか?
坂井:そうですね。ニューヨークみたいにテレビに出まくっているのを見て売れたと思うこともあれば、ジェラードンさんのようにYouTubeの登録者数が55万人を超えた(※2022年4月現在)から売れたと思うこともあります。いまの状況で、ジェラードンさんに「もっとテレビに出たほうがいい」という芸人はいないんじゃないですかね。マネージャーも無理にテレビに出演させようとは考えなくなっている気がします。
だから、変な話、本当の意味での大御所芸人ってもう現れないんじゃないですかね。テレビも5年10年と続く長寿番組ではなく、ある程度の期間で終わることを見越して番組を制作していく流れになっていくのでは、と。
―得意な領域で活躍できていれば、それでいいということですよね。
坂井:しかもいまって、漫才とかコントだけじゃなく、YouTubeのゲーム実況とかオンラインサロンとかも芸事にできてしまう時代なので、全国的な知名度がなくても生きていくだけの稼ぎは得られるし、それでいいやという芸人も増えているんですよ。なかには妻や子どもがいるから生活のために芸人をやっている人もいますし。少しずつ芸人の「サラリーマン化」が進んでいる気がします。いわゆる破天荒な芸人ってもうほとんどいないんじゃないですか。
うちの(相方の)金ちゃんなんか、子どもが産まれてから後輩に飯を奢らなくなったらしいですからね。「金はすべて子どもにかけている」って後輩に言うことで、奢らないことを解決しようとしているらしくて。とんでもない理屈ですよね。子どもを理由にして許してもらおうと思っているんだから。
―とはいえ、お二人は仲良しですよね。
坂井:仕事の現場以外で話さないコンビってけっこういるんですが、うちらはその感覚がわからなくて。なかにはコンビ仲が悪いことを美徳にしている芸人もいますが、仲が悪いのって効率が悪いと思うんですよ。関係が良好なほうが喋りやすいじゃないですか。
それにぼくは金ちゃんと一緒にいたいからお笑いを続けている部分もあるんですよね。ただ、金ちゃんより少しだけよく見られたい気持ちがあって、それで取材を受けているときやテレビ収録とかでたまにイライラして喧嘩してしまうんです。
―そういった価値観の変化が芸人の先輩後輩の関係に影響を及ぼしていることはあるのでしょうか。
坂井:ぼくらが所属している吉本って、昔は体育会系だったから先輩が絶対的な存在だったんですけど、いまはそこまで厳しい先輩もいないし、人として最低限の礼儀ができていれば大丈夫だと思います。あと、先輩芸人たちが自分たちの番組で若手をどんどん起用していますよね。たとえば『水曜日のダウンタウン』とか。そういう状況を利用して若手はもっと売れて、一人前の芸人になっていかないといけないんでしょうね。
売れる芸人・売れない芸人の差は、どこにあるのか
―坂井さんの話によれば、「売れる」の定義も多様化しているということだと思うのですが、それでも売れていない芸人がいますよね。「売れる」と「売れていない」の差ってどこにあると思いますか?
坂井:ずっと続けていられるか。その違いだけのような気がしますね。実力に差はそこまでなくて、本当に運で決まることが多いと思います。その証拠に、芸人が面白いと思っているけど売れていない芸人って昔はけっこういたんですけど、いまはみんな売れている。永野さんとかハリウッドザコシショウさんとか。
―地下芸人と呼ばれていたランジャタイやマヂカルラブリーも、ずっと芸風を変えずに続けてきたコンビの代表例ですよね。
坂井:クズ芸人もまさにそうじゃないですか。ブームが起きているから露出が増えているだけで、彼らの本質的なところは昔もいまも変わっていないはず。本当にまともな仕事ができない奴らばかりですから。それは自分も含めて。でも、なにかのきっかけでチャンスが訪れる。それは続けている人にしか得られないものだと思うんです。
―続けていれば、いつか売れるかもしれない、と。
坂井:だから、売れてない芸人を憐れむ必要はないんですよね。貧しい生活が嫌なら、普通に働いてお金を稼げばいいだけですし。それに自分で選んで芸人をやっているわけじゃないですか。それを許容してくれる社会が日本にあることが恵まれていますよ。
月に20万30万円稼げるようになってから、ようやく自分の意見を言える
―ただ、かつてのように「売れる=稼ぐ」のような方程式が成り立たなくなっている気がするのですが、坂井さんはどのように考えていますか? つい最近も『ゴッドタン』で売れない芸人が劇場のオンライン配信の収益でけっこう稼いでいるという話をしていましたよね。
坂井:二極化しているんじゃないですかね。たとえば、ゆにばーすの川瀬名人はお金にまったく興味がなくて、『M-1グランプリ』で優勝するという目標のもと、吉本がいちばんいい環境で仕事ができるという理由だけで在籍しているんですよ。そういう芸人がいる一方で、ぼくたちのように「金になるんだったらなんでもやるよ」っていう芸人もいる。
―坂井さんは稼ぐための仕事と自分たちのやりたいことを分けて考えることはないんですか?
坂井:ないかもしれないですね。さっきもマネージャーから仕事の話があったんですけど、「ギャラいくら?」って真っ先に聞いたくらいですから。高かったらやるし、安かったらやらないっていう。すごくシンプル。でも、高くてもしんどそうだったらやらないこともあるし、安くても楽しそうだったら受けることもあるしなあ……(笑)。
ただ、そういうふうに考えられるようになったのも、ある程度のお金を稼げるようになったからなんですよね。少し前までは自分たちが損するような仕事も受けていましたから。たとえば、10万円の仕事があったとしますよね。金額的にはおいしいけど、その仕事を受けたことで自分たちの評価が下がるようだったら、受けないほうがいいじゃないですか。
―お金の余裕が生まれたことで、少し先のことを考えて働けるようになった、と。
坂井:それはすごく大事な話だと思います。月に20万円とか30万円くらい収入があれば、アルバイトをしないで生活することができるし、それくらいの状態になるまで稼ぐことで、ようやく自分の意見が言えるようになると思います。「もっとテレビに出て知名度を高めていこう」「劇場で漫才することを中心にやっていこう」といった、自分たちの進みたい方向や重視すべきことが選択できるようになる。
「喧嘩芸」での苦い思い出。やりたくない仕事とどう向き合う?
―坂井さんが先ほどおっしゃっていた、得する仕事・損する仕事はどうやって線引きしているんですか?
坂井:鬼越トマホークは特殊な立ち位置にいる芸人だと自分たちで勝手に思っているので、損する仕事はあまりないんですけど、うまくいくイメージが湧かない仕事は失敗する確率が高いと思っています。
苦い思い出としていまでも覚えていることがあって。ある番組で有吉(弘行)さんとはじめて絡むことになったんですけど、コロナ禍だから仕方がないとはいえ、リモートで喧嘩芸を披露してほしいとスタッフさんから言われたんです。それを有吉さんが止めに入るからと。ただ、喧嘩芸は信頼関係のもとに成立するものなので、パソコン越しにやるのは難しいと一度は断ったんです。それでもスタッフさんが「有吉さんが楽しみにされています」というので、乗り気じゃなかったんですけどやることにしたら、案の定、本番でまったく盛り上がらなくて(笑)。
有吉さんからも「リモートでやる芸じゃないし、これだと鬼越がかわいそう」と。ぼくらとしては、昔から尊敬している有吉さんとの初絡みはもっと大切にしたかったので、すごくしこりが残る収録になってしまったんですね。それ以来、自分たちの意見をきちんと汲んでくれる人と一緒に仕事をしようと考えるようになりました。
ただ、世の中には、やりたくない仕事をしている人もたくさんいるわけじゃないですか。そういう人たちに対して、ぼくたちは運良くやりたいことができているだけなのでおこがましい気持ちになります。たまに、「やりたいことができていない人に向けてメッセージをお願いします」って言われることがあるんですけど、無責任に発言してはいけないなと思います。
―では最後に、坂井さんご自身としては、「売れる」と「稼ぐ」のバランスは今後どうなっているのが理想でしょうか。
坂井:単価の低い仕事をすべて断っても大丈夫になったらいいですよね。あとは、金ちゃんと仲良くコンビを続けていけたら。金ちゃんが太ってるかぎり、ぼくらは幸せだと思うんです。逆に金ちゃんの体型が変わりはじめたら、鬼越トマホークはおしまいだと思ってください(笑)。
- プロフィール
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- 坂井良多 (さかい りょうた)
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1985年生まれ、長野県出身。NSC東京校15期生で出会った金ちゃんと鬼越トマホークを結成(2010年)。二人が揉めているところに仲裁に入った著名人に毒を吐く「喧嘩芸」で注目を集め、バラエティー番組などで活躍。コンビのYouTubeチャンネルは週2回のペースで更新中。
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