カンヌ特別表彰、『PLAN 75』が描く「不寛容な社会」とは。早川千絵監督が語る自己責任論への憤り

今年の『カンヌ国際映画祭』「ある視点」部門に出品され、カメラドール スペシャル・メンションを授与された映画『PLAN 75』。舞台は、75歳以上の人に自らの生死を選択できる権利を与える制度「プラン 75」が施行された、近い将来の日本。経済的合理性を優先し、人の痛みへの想像力を欠く社会──その様子が、決して遠い未来の話に思えないのが苦しいばかりだ。

2000年代半ば、ニューヨークから10年ぶりに帰国した早川千絵監督は、日本で「自己責任」という考えが広まっていたことに憤りと違和感を覚え、本作を企画したという。「人の命を生産性で語り、社会の役に立たない人間は生きている価値がないとする考え方は、すでに社会に蔓延しているのではないか」と監督は危機感を示す。

社会的弱者を叩き、自己責任で片づけられてしまう風潮にいつの間にか巻き込まれてしまってはいないか。映画、そしてこのインタビューを通じて、もう一度社会に対して思考を働かせ、考える機会をつくりたい。

10年ぶりに帰国した日本で幅を利かせていた「自己責任論」への危機感

─本作は是枝裕和監督が総合監修を務めたオムニバス映画『十年 Ten Years Japan』(2018年)に参加された短編『PLAN 75』を新たに構築、長編化したものです。75歳以上になれば、国の支援のもと安らかな最期を迎えることができて、お金ももらえる「プラン 75」という国家施策。残酷ですが、あり得なくはなさそうな制度ですよね。

早川:そうですね。私も決してSF的な感覚ではなく、起こりうる話として描こうと思いました。

─「自己責任論が広まっていき、社会的弱者を叩く風潮への危機感が制作背景にある」と監督のコメントを拝読しました。制作のきっかけについて、具体的にお伺いできますか。

早川:2008年までニューヨークに住んでいて、10年ぶりに帰国したら日本の様子が様変わりしていました。いわゆる「自己責任」という言葉が幅を利かせていて、それが行き過ぎて、社会的弱者を叩く傾向になっていた。

特に生活保護へのバッシングが顕著になっていると感じました。市役所の生活保護担当職員が受給者を威圧するような言葉の書かれたジャンパーを着たり、親御さんが生活保護を受けている芸能人が過度なバッシングを受けたり。さらに、政治家がそうした風潮を煽動していました。

そして、2016年に相模原の障害者施設殺傷事件が起こりました。この社会がつくった空気や価値観のなかで起こるべくして起こった事件であるように思えて、このままでは不寛容な社会が加速するのではないかという危機感が企画を進める原動力になりました。

─不寛容な社会を象徴する事件という意味では、2020年には東京・幡ヶ谷のバス停で路上生活者とみられる女性が殺害される事件がありました。

早川:幡ヶ谷の事件が起こった時はすでに脚本を書き終えていましたが、「またこんな事件が起きている……」と、やりきれない気持ちになりました。

現場は、バス停のとても小さなベンチだったじゃないですか。ベンチの真ん中に鉄の手すりがついていて、「居座ってくれるな」というメッセージも受け取れる。それ自体が社会の空気感を物語っているように感じました。いずれ「プラン 75」のような制度が生まれる可能性もあるのではないかと思いましたし、そうした未来を迎えるべきではないという思いは強くなりました。

『PLAN 75』予告編

70、80代の人々が口にした「誰にも迷惑をかけたくない」という言葉

─どのような思いで、短編から長編化されたのでしょうか?

早川:もともと長編化を前提に企画をしていた映画なんです。短編では、はっきりとテーマを伝えて、問題提起するのみで終わりましたが、長編ではその先の「希望」を提示するところまで持っていきたいと思っていました。

というのも脚本執筆中にコロナ禍となり、世界中が不穏な状況になってしまった。そんななかで、人々の不安をさらに煽るような映画をつくるべきなのか、とても悩みました。

しかし、不寛容な社会や社会的弱者を追い詰める空気は深刻になるばかりで「いまこそこの映画をつくることが必要ではないか」と感じました。なので、一人ひとりの心の機微を丁寧に描き、何かしらの希望を見つけられる物語にしたいと思いました。

─「社会の不寛容さ」というのは性的マイノリティーや社会的弱者をめぐる状況など、さまざまな局面に存在しています。そのなかで、高齢者を題材にされた理由は?

早川:誰もが歳を取れば高齢者になるので、自分ごととして捉えやすいと思ったからです。歳を取ることに対してネガティブなイメージを持っている人が非常に多いですよね。老後の貧困、認知症の恐ろしさ、孤独死など政府やメディアの発信するメッセージはネガティブなものばかりで、高齢者に限らず若者まで不安を煽られる状況に異を唱えたい気持ちもありました。

─高齢者の方々が社会から排除されているような状況は映画でもリアリティーを持って描かれていたと感じました。

早川:映画の制作にあたって15名ほどの70、80代の方にお会いして、どのような人生を歩まれて、「プラン 75」が実在したらどう思うのか意見を伺ったんです。

インタビューのなかで印象的だったのが「誰にも迷惑をかけたくないんです」という言葉。子どもや家族がいる方、おひとりの方問わず、ほぼ全員の方がおっしゃっていました。「プラン 75」に対して肯定的な意見の方も多く、お会いして開口一番に「こういう制度があるといいと思う!」とおっしゃる方も。

第一の理由は、人に迷惑をかけたくないという気持ちなんだと思います。それは一見美しく感じられますが「人に迷惑をかけたくないから、自ら死を選びます」って、そんな悲しいことがあるのだろうかと、苦しく思いました。

─そうですね。何を持って「迷惑」なのか考えてしまいますね……。

早川:ほとんどの方は、病気や認知症になることを恐れていました。私もその不安はものすごくわかりますし、自分がその立場になったら「人に迷惑をかけたくないから、自ら死を選びます」と思うかもしれない。なので、その気持ちを否定したくはありません。

ですが「それでは、こういう死に方があるのでどうぞ」と差し出す社会と、「こういうふうに助けられます、こんな生き方もあります」と一緒に生きていく方向を示す社会があったとしたら、断然後者であるべきだと思うんです。しかし、いまの社会が前者の風潮に傾いているような気がして、非常に危機感を覚えています。

無自覚に制度に加担してしまう若者たち。その心情の変化を希望として描いた

─劇中には、プラン 75の申請窓口で働くヒロム(磯村勇斗)、申請者専用のコールセンターに勤務し主人公・ミチ(倍賞千恵子)と交流する瑶子(河合優実)など、高齢者を取り巻く次世代が登場します。彼らの姿も丁寧に描かれた理由は?

早川:日本では若い人に限らず、決まったことをそのまま受け入れる人は多いですよね。争っても簡単に変えられないのなら、決まったことをやる。「受け身」の姿勢で、思考停止してしまっている部分があると感じます。

登場する次世代のふたりも同じ状況です。仕事だからと割り切って、難しいことは考えないようにしています。しかし、あるとき気づき始めるんです。自分たちが無自覚に、非人間的な制度に加担していることに。その変化が映画のなかで一つの希望になると思い、描きました。

─無自覚のまま、言葉の印象に操作されていることはありますよね。たとえば最近よく聞く「セルフケア」という言葉も、使い方によっては「自己責任」になり、精神的に苦しんでしまう人もいるのではないかと危惧しています。

早川:言葉が都合良く言い換えられることが増えているように感じます。「自己責任」という言葉に含まれる「責任をとる」という意味は、いい意味として使われます。ですが、「自分で自分の責任をとれ」というのは、本当はとても突き放した言葉でもある。人々を守る立場の国や政府がそれを放棄して、「自己責任でお願いします」と言うことは非常に冷たい姿勢だと感じます。「一億総活躍社会」も「活躍」というポジティブな言葉を含めることでいい印象になるけれど、裏を返せば「年をとってもずっと働いてくださいね」というメッセージにもとれます。

「プラン 75」も、国が打ち出すイメージは明るくて、優しい。「あなたの死ぬ『権利』をあげます」と言うことで、ポジティブな印象に操作しているんです。実社会でも、言い換えによって印象操作されていることは多いと感じ、あえてこういう表現にしました。

困っていたら助けるのが当たり前。フィリピン人コミュニティーの描写に込めた思い

─希望、という意味では介護職に携わるフィリピン人のマリア(ステファニー・アリアン)や、そのコミュニティーの存在が印象的でした。

早川:取材でフィリピン人の介護職に携わる方々のお話を聞いた際、みなさんのコミュニティー意識の強さに感動しました。家族を大事にし、人を助けることが当たり前、というお国柄。キリスト教の信仰があることも大きいと思います。日本に移り住んだ人たちも絆の深いコミュニティーを作って、助け合っていました。

他人との関係性が希薄になっている日本と対照的に、困っていたら助けるのが当たり前と、手を差し伸べる。「自己責任」という言葉を、彼らはきっと使わないと思います。

─ミチと瑶子の親密なコミュニケーションも、そのコミュニティーにつながる一つの希望のようでしたね。

早川:おっしゃる通りで、人とのコミュニケーションがどれほど大事なことか、描きたいと思っていました。たった一度でも、実際に会うだけで相手の存在を感じられるし、距離がグッと縮まるように思います。ミチと接することで、瑶子のなかに人間的な感情が芽生えます。

─当事者を知ることで、自分ごとになりますよね。

早川:そうですね、想像力が働くようになると思います。ヒロムは一応当事者と対面していますが、仕事をこなすために、目の前の相手のことは想像しないようにしている。しかし叔父と対峙して初めて、自分の仕事に対する違和感に気づきます。

どうしたら想像力を働かせられるか? 自身のなかの偏見に気づかされた、ある高齢者の発言

─想像力を働かせるきっかけには、どんなものがなると思いますか?

早川:映画を観ることをお薦めしたいです。映画を観ることで人の感情に気づけたり、想像力が広がったりするので、この映画もそうしたきっかけになると嬉しいです。

あとは……自分の考えを一度は疑ってみるということでしょうか。自分が常に正しいと思わないこと。たとえばまったく意見が合わなくても、相手がどうしてそう思うのか、耳を澄ませて意見を聞いたり考えたりするようにしています。

─本作を制作するうえで、そのようなきっかけになった作品はありましたか?

早川:だいぶ前のテレビ番組なんですが、NHKスペシャルで放映されたドキュメンタリー『老人漂流社会』(※)のある場面にハッとさせられました。

※2013年放送、同タイトルで書籍化もされている(サイトを見る

早川:自宅を失って三畳一間の宿泊所に住む方や気づけばホームレスになっていた方など、さまざまな高齢者を取材したもの。そのなかで、貯金もなく介護施設をたらい回しにされている男性が、体調を崩して入院することになったんです。身寄りがないので「何かあったときに延命治療をするか」本人への意思確認がありました。正直、私は「この方は延命を望まないだろう」と思っていたんです。家族もお金もなく、瀕死の辛い状況でしたし。

しかし、その方は「命ある限り延命でお願いします」とはっきり仰ったんですね。その言葉を聞いた時にものすごく自分を恥じました。私は、この状態で生きていたいわけがないと勝手にジャッジしていたんだと。無自覚な偏見に気づかされました。

─自分の考えを一度疑ってみる、という意識はそこからなんですね。

早川:そうですね。自分の意見を押しつけることは、暴力に近しいこと。「みんな違う」という前提でコミュニケーションをとることで、理解はできなくても、その考え方を受け止めることはできると思います。どちらが正しいか白黒はっきりさせる必要はなく、違うなかでもわかり合える点が見つかったときには物凄く嬉しく思います。

カンヌへの出品。人間の尊厳が軽んじられる状況は、国を超えて普遍的な問題

─社会的弱者への抑圧や、不寛容な社会の風潮に意識的になるために、私たちが心がけられることを、監督自身はどのように考えますか?

早川:やっぱり、想像力を持つことですかね。一旦、相手の立場になって考えてみる。視座に立ってみることは大事だと思います。

たとえば、道端の景色。歩いて見える景色だけじゃなくて、ホームレスの人たちと同じように座った景色を見てみる。実際に座ってみて、こう見えているんだなと実感するだけでも心持ちが変わると思います。お店でも、店員になるとお客さん側の景色と違うことがわかりますよね。そんなふうに、いちいち意識して、考える癖をつけることを私もできるようになりたいです。

─幡ヶ谷の事件の後、同じバス停のベンチに座っている若者がいる、という報道を見たことがあります。それは、監督の言う「想像力を働かせること」に近しい行為ではないか、と思い出しました。

早川:ああ、そうなんですね。それは大事だと思います、同じ景色を見て、実感するということは。

─最後に、本作は『カンヌ国際映画祭』にも選出されていますが、海外でどのような反応があるのか楽しみですね(※)。

早川:今回、ポスプロ(ポストプロダクション、撮影完了後の作業)をフランスでやったので、撮影後の編集、音楽、サウンド、プロデュースなど多くのフランス人スタッフが映画づくりに関わりました。

人間の尊厳が軽んじられている状況、社会的弱者を排除しようとする傾向は、全世界に共通する普遍的な問題なんだと思います。スタッフたちも「これは人間の尊厳についての映画である」と作品をしっかり理解してくれていました。

※取材は5月上旬に実施

作品情報
『PLAN 75』

2022年6月17日(金)から新宿ピカデリーほか全国公開

監督・脚本:早川千絵
出演:
倍賞千恵子
磯村勇斗
たかお鷹
河合優実
ステファニー・アリアン
大方斐紗子
串田和美
配給:ハピネットファントム・スタジオ
プロフィール
早川千絵
早川千絵 (はやかわ ちえ)

ニューヨークの美術大学School of Visual Artsで写真を専攻し独学で映像作品を制作。短編『ナイアガラ』が2014年『カンヌ国際映画祭』シネフォンダシオン部門入選、『ぴあフィルムフェスティバル』グランプリ、『ソウル国際女性映画祭』グランプリ、『ウラジオストク国際映画祭』国際批評家連盟賞を受賞。18年、是枝裕和監督が総合監修を務めたオムニバス映画『十年 Ten Years Japan』の一編『PLAN 75』の監督・脚本を手がける。その短編からキャストを一新し、物語を再構築した本作にて、長編映画デビューを果たす。



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