2022年現在、映画やドラマでクィアな人々が描かれることは珍しいことではなくなった。それは7月1日にシーズン4 Vol.2の配信を控える『ストレンジャー・シングス 未知の世界』についても同様で、いま中心人物のひとりであるウィルのセクシュアリティーに一部の視聴者のあいだで関心が集まっている。
ウィルはゲイ(あるいはバイセクシャル)なのか? 作中で明言はされていないが、仲よしグループのマイクらに対して、何らかの打ち明けられない秘密を抱えている様子が伝わってくる。キャストやプロデューサーからの見解も報じられている一方で、ひとつの作品として、ウィルがクィアな要素とともに描かれる意義を併せて考えていくことも重要だろう。特に今月は、LGBTQの権利や文化を称揚する「プライド月間」でもある。
本稿では、当事者としてゲイ / クィアカルチャー中心に執筆する木津毅に、ウィルをめぐる状況について、個人的な体験や実感を踏まえて寄稿してもらった。
(メイン画像:『ストレンジャー・シングス 未知の世界』シーズン4より Courtesy of Netflix)
「ウィルってゲイじゃないの?」――『ストレンジャー・シングス』をいっしょに見ていたゲイカップルの会話
シーズン4がはじまるやいなや世界中で視聴ランキング1位を獲得したというNetflixのメガヒットシリーズ『ストレンジャー・シングス 未知の世界』。家族や友人といっしょに見ている人も多いだろう。僕は恋人(50代のアメリカ人男性)と見ているのだが、シーズン4の前半となるVol.1のあるエピソードの途中で彼が言った。
「ウィルってゲイじゃないの?」
メインキャラクターのひとりである、シーズン1では失踪した少年ウィルの、シーズン4でのマイクに対する視線や態度に恋心が含まれているように感じるというのだ。
「うん、たしかにそんなふうに見えるね」
僕はとりあえずそう答えたが、以前からウィルはゲイのキャラクターではないか、という噂があることは知っていた。
この「フロントロウ」の記事(※)に詳しいが、シーズン3でマイクがウィルに「きみが女の子を好きじゃないのは僕のせいじゃない!」とケンカした弾みで言うシーンがあり、それがウィルのセクシュアリティーを示唆するものではないかと一部の視聴者のあいだで話題になったのだ。
※『ストレンジャー・シングス』ノア・シュナップのウィルはゲイ?考察についてプロデューサーがコメント(外部リンクを開く)
制作のショーン・レヴィはそれを受けてインタビューで「性的指向を示すものではない」と答えたそうだが、シーズン4のウィルを見ると、彼のセクシュアリティーを今後明かすための布石のような演出が施されているように見える。
「きっとゲイだと思うなー」
僕の彼氏はやたらそのことを気にしている。
『ストレンジャー・シングス』のような世界的ヒット作に、LGBTQ+のキャラクターが含まれる意義とは
彼はともかくとして、視聴者のあいだでウィルのセクシュアリティーが話題になったのは理解できる。昨今、『ストレンジャー・シングス』のように多くのキャラクターが登場する欧米のドラマにおいて、LGBTQ+のキャラクターが含まれるのは当たり前のことになったからだ。
『セックス・エデュケーション』トレイラー映像 / 関連記事:『セックス・エデュケーション』が語る「性教育」にとどまらない学び(記事を開く)
それはティーンドラマでも同様で、たとえばNetflixで見られる作品のなかでも、人気ドラマ『13の理由』には複数のLGBTQ+のキャラクターが登場したし、『セックス・エデュケーション』では多様なジェンダーアイデンティティー(性自認)やセクシュアルオリエンテーション(性的指向)のキッズに焦点が当てられている。
今年配信がはじまった『HEARTSTOPPER ハートストッパー』は、男の子同士の恋愛だけでなく、LGBTQ+のキャラクター同士の友情が軸になっているドラマである。
『HEARTSTOPPER ハートストッパー』トレイラー映像 / 関連記事:Netflixドラマ化『ハートストッパー』が祝福する、「希望」に満ちたクィアな若者たちの生(記事を開く)
ティーン向けの青春ドラマに多くの性的マイノリティーが登場するようになったのはこの10年ほどの大きな傾向で、以前よりもインクルーシブな作品が目指されるようになったことの表れだ。とりわけポップなティーンドラマにLGBTQ+のキャラクターが登場するのは重要なことで、それを見るLGBTQ+の子どもたちは自分の存在が社会から無視されていない、隠されていないと感じることができる。
伏線はシーズン1の第1話の時点で存在か? しかし、当事者だからこそわかるウィルの置かれた状況の困難さも
『ストレンジャー・シングス』にはまず、シーズン3でレズビアンであることが明らかになったロビンの存在がいる。
彼女はセクシュアリティーを完全にオープンにしているわけではないが、そのことを知るスティーヴとの関係は良好で、彼女も自身の性的指向を前向きに受け止めているように見える。ロビンがレズビアンであることが否定的に描かれていないのは、現代のドラマとしてとても真っ当だ。
シーズン3(1、2枚目)、シーズン4(3、4枚目)よりロビンとスティーヴ、シーズン4(5、6枚目)よりロビンとナンシー(Courtesy of Netflix)
ウィルについては、シーズン1の第1話で、その服装や繊細さといった周りとの違いを理由にいじめられていることに加えて、「ロニー(※)はあの子をゲイだと言ってた」と母親のジョイスがホッパー署長に話し、彼が「そうなのか?」と返すやりとりがあった。もし仮にウィルがゲイあるいはバイセクシュアルの子だったとして、そのような環境ではカミングアウトできなくて当然だ。
※ウィルの父親で、ジョイスの元夫
アメリカの田舎街で育った僕の彼氏は『ストレンジャー・シングス』のキッズたちとほぼ同世代なのだが(1970年代初頭生まれ)、「1980年代のアメリカの郊外で、ゲイのティーンはカミングアウトできた?」と聞くと、「絶対に無理」だと言っていた。
もちろんこれは彼の主観だが、少なくとも日本で育った現在30代後半の僕のものよりも説得力のある意見だろう。そういう意味では、ウィルのセクシュアリティーがこれまで曖昧に描かれてきたことは、当時の時代背景を踏まえたものだと言えるかもしれない。ティーンが同性に恋心を抱いたとして、それをオープンにできるような時代ではなかった、と。
セクシュアリティーを明らかしない、ということが意味すること
ただ、これを現代のドラマとして見たときに、ウィルのセクシュアリティーについて同性愛を仄めかしながら明らかにしないというのは、クィア・ベイティングにあたるとする批判もありうる。
クィア・ベイティングとはキャラクター描写などでLGBTQ+の要素を匂わせ(おもに性的少数者の)視聴者の期待を煽っておきながら、実際にははっきり描写しないというものである。
かつての映画やドラマではクィア要素は「匂わせるもの」に留まっていたことが多かったが、そのことの問題点(注目を集めるためにクィア要素を利用すること)が指摘されるようになったのだ。
僕と僕の彼氏がしたように、フィクションのなかのキャラクターとはいえ他者のセクシュアリティーを詮索するのはあまり品のよい振る舞いとは言えないが、ドラマ側がそう誘導している部分も確実にある。
たとえば先に挙げた「フロントロウ」の記事では、シーズン4でウィルが高校の授業の発表で「歴史上の英雄」に同性愛者だった数学者アラン・チューリングを挙げていたことに触れているが、そのような視聴者にウィルがゲイ(やバイセクシュアル)だと想像させるポイントがあるのだ。
「前向きな気持ちになれるものであってほしい」。1980年代的リアリティーと2020年代的メッセージは、両立可能か?
『ストレンジャー・シングス』はスーパーパワーや怪物が登場するファンタジックな設定を持ったSFホラーである一方で、キャラクターの服装や好きなポップカルチャーの描写において「完コピ」と言われることもあるくらい、1980年代のアメリカ郊外の時代考証で秀でた作品である。
だから、当時のリアリティーを考えたときに、LGBTQ+のキャラクターが置かれていた状況をどのように描くかは非常に難しい問題だ。ゲイのティーンが家族や友人たち、そして社会に歓迎される時代だったとは言いがたいからだ。だからといって、LGBTQ+のキッズたちが「かわいそうな」目にばかり遭うものをいまさら見たいとも思わない。
シーズン3(1、2枚目)とシーズン4(3、4枚目)より(Courtesy of Netflix)
だから舵取りが難しいことは理解しつつも、少なくとも自分は、とくにその点において『ストレンジャー・シングス』は2010年代~2020年代の作品であってほしいと思う。
過去の時代のリアリティーをすべて無視してほしいわけではないが、いまこのドラマを見るLGBTQ+のキッズたちが――もちろん大人たちも――前向きな気持ちになれるものであってほしいのだ。それは、同作のような大人気作品だからこそ意義のあることだ。
ウィルのセクシュアリティーについては、これだけ伏線と思われる描写があったのだから、早ければシーズン4のVol.2、遅くとも最終章となるシーズン5で何かしらの答えを見せてほしいと思う。リアリティーとメッセージのバランスをどのように取るのか、あるいはこちらの予想を大きく超える展開を見せるのかはわからないが、制作陣は当然そのことは考えているだろう。
1980年代にアメリカの田舎でカミングアウトできなかった僕の彼氏や、1990年代後半の日本で自分のセクシュアリティーを誰にも話せなかった僕だけでなく、自身のセクシュアリティーを「隠さなければならないもの」として苦しんでいるティーンエイジャーは世界中にいまもいる。
ポップな映像作品にLGBTQ+のキャラクターが登場するのが珍しくなくなった現代だからこそ、発信できるポジティブなメッセージがたくさんあるに違いない。
*1:Variety「‘Stranger Things’ Stars Noah Schnapp and Millie Bobby Brown on Will’s Sexuality: ‘It’s Up to the Audience’s Interpretation’」参照(外部サイトを開く)
- 作品情報
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Netflixシリーズ『ストレンジャー・シングス 未知の世界』シーズン4
第1部は2022年5月27日より独占配信中
第2部は2022年7月1日より独占配信開始
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