(メイン画像 撮影:タケシタトモヒロ デザイン:井手聡太)
サッカーの聖地・横浜で、国内外のサッカー映画を集めて上映する「ヨコハマ・フットボール映画祭」(YFFF)が、今年も開催されようとしている。ひと口に「サッカー映画」と言っても、その内容は実にさまざまだ。サッカーというスポーツを直接的に描いたものから、ドキュメンタリー、あるいはサッカーという世界でも屈指の人気を誇るスポーツを通じて、その背景にある経済格差や人権、難民、ジェンダー、さらには障がい者をめぐる問題など、さまざまなソーシャルイシューを描き出した作品まで。今年で12回目となるYFFFの実行委員長である福島成人に、サッカー映画を通して見る「世界」の面白さ、同映画祭を始めるようになったきっかけ、さらには、これから映画祭を立ち上げようとしている人々に向けてのアドバイスにいたるまで、さまざまなトピックについて語ってもらった。
「サッカー映画」が世界中でつくられ続ける理由。サッカーと社会の関係とは?
―毎年、横浜市で開催されている「ヨコハマ・フットボール映画祭」(以下、YFFF)も、今年で12回目となります。いまから約10年前、そもそもなぜ、このような「サッカー映画」だけを集めた映画祭を開催しようと思ったのでしょう?
福島成人(以下、福島):まず、そもそもの話として「サッカー映画」というものについてお話しさせていただきますと、ぼくたちは毎年、YFFFで上映する作品を選定するにあたって、新作のサッカー映画をリサーチするのですが、そうすると世界で毎年、だいたい100本ぐらいのサッカー映画がつくられているんですね。
―そんなにつくられているんですね。
福島:はい。もちろん、ひと口に「サッカー映画」と言っても、その内容はさまざまで、ひとりの主人公の成長を追った「スポ根」的な映画から、実在する選手やチームの裏側を記録したドキュメンタリー映画……あと、それ以外に、いわゆる「ソーシャルイシュー」と言われるようなものを扱ったサッカー映画が、じつはすごく多いんです。たとえば、障がい者サッカーを扱ったものだったり、サッカーを通じて人種問題や難民の現実を描くものだったり、最近ではジェンダーを扱ったものもすごく多かったり。
―そうなんですね。
福島:それはなぜかっていうと、基本的にサッカーというのは、決められた大きさのピッチがあって、そこで11人と11人が、ひとつのボールをめぐって争うスポーツであって。それは、世界中どこの国でも同じわけです。ただ、それ以外の部分に目を向けると、サッカーをプレーする選手たちの出自はもちろん、そのチームを応援する人たちの暮らしやその背景にあるものがバラバラだったりする。つまり、サッカーという共通項があるからこそ、その「違い」が浮き彫りになるようなところがあるんですよね。だからこそ、サッカーと社会的な問題を掛け合わせているケースが非常に多いんじゃないかと思うんです。
―サッカーを、ある種の「共通言語」とすることで、より幅広い層の人々にアピールすることができる?
福島:そうですね。あと、CINRAをご覧になっている方々には、きっと馴染みがあるであろう監督たち――たとえば、ドイツのヴィム・ヴェンダース、セルビアのエミール・クストリッツァ、イギリスのケン・ローチといった監督も、それぞれ『ゴールキーパーの不安』(1972年)、『マラドーナ』(2008年)、『エリックを探して』(2009年)など、サッカーに関係した映画を撮っていて。
福島:カンヌとかベルリンとか、国際映画祭で賞を獲っているような、すごく有名な監督たちもサッカー映画を撮っている。つまりサッカーというのは、社会的な問題のみならず、あるストーリーを伝えるための「枠」として、すごく有効なんだと思うんですよね。もちろん、その監督たちがそもそも大のサッカー好きであるということも、大いに関係しているとは思いますけど(笑)。
「サッカー映画は当たらない」。逆風のなかではじめた映画祭への挑戦
―近年でも、サッカーが重要なモチーフのひとつになっている映画は多くつくられています。そういった映画を、「サッカー」という切り口のもと、まとめて上映する機会をつくろうと思ったわけですか?
福島:もちろん、最初は手探りだったというか……そこで、いちばん最初の質問に戻らせていただくと、第一回の開催は、いまから11年前の2011年だったんですけど、そのちょっと前に、『GOAL!』(2005年)という結構な規模の大作サッカー映画があったじゃないですか。
―ありました。たしか、国際サッカー連盟(FIFA)公認の映画で、デビッド・ベッカムやジネディーヌ・ジダンなど、実在のスター選手が数多く出演していることも大きな話題になりました。
福島:そうそう。ワールドカップが開催される年だったっていうのもあって、日本でも結構な規模でロードショー公開されて……ただ、あの映画はじつは三部作だったんですけど、最後の『GOAL!3』(2009年)にいたっては、日本では劇場公開されないなど、興行的にはなかなか難しいところがあって。それで「サッカー映画は当たらない」と言われるようになってしまったんです。ただ、その一方でぼくは、当時からサッカー好きの仲間たちと一緒に、規模は全然大きくないですけど、サッカー関係のトークイベントとかをやったりしていて。そこで知り合った方に、あるとき『クラシコ』(2010年)という映画の話を聞いたんです。それは、「AC長野パルセイロ」と「松本山雅FC」という、同じ長野県のチームでありながら、強烈なライバル意識を持った2チームの対戦―いわゆる「信州ダービー」の背景にあるものを描いた、かなり面白いドキュメンタリー映画で。
福島:そのころはまだ、両チームとも「北信越1部リーグ」という地域リーグにいたんですけど、そのカテゴリーとしては、異例の盛り上がりを見せる試合だったんです。で、それに関するドキュメンタリー映画をつくって、長野県での上映は決まっているんだけど、首都圏の上映はこれからなので、「ちょっと宣伝を手伝ってくれませんか?」という話をいただいて。「じゃあ、上映会を企画しよう」と思ったんですけど、そもそもサッカー映画は当たらないと言われているし、この一本だけを上映しても、なかなか集客が難しいだろうなって思って。だったら、サッカーに関係する映画を国内外から集めてきて、それを「映画祭」というかたちで上映するのがいいんじゃないかと。それで、その『クラシコ』という作品をメインにしつつ、サッカー関連の映画を4本、いまもお世話になっている横浜・黄金町の映画館シネマ・ジャック&ベティで一日やらせてもらって……それが、YFFFの始まりだったんですよね。
―ということは、最初は一回限りのイベントのつもりだったんですか?
福島:というか、どれぐらい人が集まるのかもわからなかったので、「まずは一回やってみようか?」っていう感じで始めてみて(笑)。そうしたら、前売り券で全部完売してしまったんです。で、「ああ、これはニーズがあるってことなんだろうな」と思って、翌年も開催することを決めて。まあ、毎年同じように前売り券が売れ続けたわけではないので、上映後のトークイベントに出ていただくゲストの人選だったり、映画祭に関連したイベントだったり、いろいろなことを工夫しつつ、日程や会場も変えながら、なんとか現在まで続けることができたっていう感じです(笑)。
「これまで交わらなかった人たちの交流の場に」―映画祭という形だからできること
―その開催地として、「横浜」を選んだのは、何か理由があったのですか?
福島:それはまさに今年のYFFFのテーマでもあるんですけど、横浜というのは、2002年のワールドカップ日韓大会の決勝戦や昨年の東京オリンピックの決勝戦も行われるなど、国際大会の決勝戦を何度も開催している「横浜国際総合競技場」(日産スタジアム)がある街なんですよね。クラブチームに関しても、YFFFを始めたころは、「横浜F・マリノス」と「横浜FC」の2チームでしたけど、2014年に「Y.S.C.C.横浜」がJリーグに参入して、今は3つのクラブチームが存在する、国内でも有数のサッカータウンなんです。なので、そこをちゃんとアピールしたいと思って、横浜で開催することを、ひとつ旗印としてやっていこうと。
福島:あと、YFFFを続けているもうひとつの理由として……ぼくが学生だった頃とかは、サッカーを通じて、いろいろな国に行ったり、そこでその国の文化や歴史を知ったりとかしたんですけど、いまはあまりそういう感じではないですよね。サッカー雑誌などの専門メディアでも、そういうカルチャー的な記事は、あまり読まれない傾向があるようですし。それよりも、選手や監督のコアなインタビューや、戦術分析みたいな記事が中心になっていて。
―「サッカーを通じて異国の文化を知る」機会が少なくなってしまった?
福島:そうなんです。それは、ちょっともったいないなっていうのが、個人的にはあって。それに代わるものとして、サッカー映画っていうのは、ひとつありだなって思ったんです。最初に言ったように、ひと口でサッカー映画と言っても、じつはいろいろなものがあって……それこそ、サッカーに詳しくない人でも充分楽しめるような作品が、世界にはたくさんあるわけで。そういった映画を通じて、世界のいろんなことを知ってもらうひとつのきっかけみたいになったらいいなっていう。それもあって、YFFFを続けているっていうのはあるんですよね。
―サッカーを通じた「異文化理解」という意味では、2002年のワールドカップ日韓大会が、ひとつのピークだったかもしれないですよね。
福島:そうなんですよね。ぼく自身にとっても、日韓大会はやっぱりすごく大きかったと思うんですけど、それももう20年も前の話になる。だからこそ、サッカーを通じて、世界の文化に触れるような映画祭があったほうがいいんじゃないかと思っていて。だから、作品の選び方に関しても、自分たちが見たいもの、もっと多くの人に見てもらいたいものっていうのは、やっぱりあるんですけど、それだけじゃなくて、サッカーをまったく知らない人が見ても、充分楽しめるようなものを、毎年すごく意識しているんです。サッカーのコアなファンだけではなく、そうではない人も、気軽に見にくることができて、その人たちが交われるような場所にしたいなっていう。サッカーを通じて、これまで縁のなかった人たちと交わる、そういう輪を広げていくことも、この映画祭の役割のひとつかなって思っているんです。
日韓W杯から20年。今年の映画祭上映作品は、いまだからこそ見たいラインアップ
―今年のYFFFでは、短編も含めて全8作品の上映が予定されています。このラインナップについても、簡単にご説明いただけますか?
福島:今年はワールドカップ日韓大会からちょうど20年。このメインビジュアルで、ボールをキープしているのが元ブラジル代表のロナウドで、それを受けようとしているキーパーが、元ドイツ代表の(オリバー・)カーンなんですよね。ちなみに、このスキンヘッドの審判が、サッカーファンにはお馴染み、イタリアのコッリーナさんっていう方なんですけど(笑)。
福島:ブラジル対ドイツっていうのは、横浜で行われたワールドカップの決勝の対戦カードで、それをイメージしたものにしました。上映作品も、それにちなんだもの……本当は、ブラジル対ドイツみたいなことをやりたかったんですけど、結果的にドイツの映画が2本(『はなれていても』(2019年)、『アディダスVSプーマ -運命を分けた兄弟-』(2015年))、あとブラジルの映画ではないんですけど、ブラジルが舞台のひとつとなっている『Brothers in Football -100年越しの再試合-』(2018年)っていう作品を選んでいて……。
―なるほど、そういうことだったんですね。
福島:はい(笑)。それプラス、今年はサッカーを全然知らない方でも楽しめる作品が、結構多いラインナップになったと思っています。たとえば、この『サンシーロの陰で』(2020年)というスウェーデンの作品は、若くして才能を認められたスウェーデン人の青年が、イタリアのインテルというクラブチームと契約する話なんですけど、この映画は、スウェーデン本国でも評判が高くて、アカデミー賞国際長編映画賞のスウェーデン代表に選ばれていたりする映画なんです。ちなみに、監督のロニー・サンダールは、『ボルグ/マッケンロー 氷の男と炎の男』(2017年)という映画の脚本を書いた人でもあって……。
―サッカー映画という枠組みではなく、普通の映画として、国際的に評価された作品でもあると。
福島:そうなんです。この『バモス!ドミンゴ -夢の実況席-』(2020年)というメキシコの作品は、映画祭が始まって以来、はじめて「実況アナウンサー」がテーマのコメディ作品なのですが、これはサッカーを知らなくても、地域コミュニティーの楽しさや、中年になっても負けずに頑張っていく感じが、すごく楽しめるような作品なんじゃないかと思って。
―最初に言われたように、サッカーそのものがテーマというよりも、サッカーを通じて、いろいろなテーマが描き出されている作品であると。
福島:そうなんです。で、もう一本、個人的にぜひおすすめしたい作品がありまして……今回のラインナップに入れさせていただいた『ONE FOUR KENGO THE MOVIE~憲剛とフロンターレ 偶然を必然に変えた、18年の物語~』(2021年)というドキュメンタリー作品なんですけど、この映画は昨年の11月に一部劇場で公開されていて、結構ロングランもしていたんですけど、まだたぶん見足りないだろうなと思って、今回上映させていただくことにして……。
―最近は、テレビなどで見る機会も多い、中村憲剛さんが主人公の映画なんですね。
福島:そうです。この映画は、サブタイトルにあるように、昨年の初めに引退された中村憲剛さんの現役時代を追ったドキュメンタリー映画なんですけど、それ以上にJリーグが掲げてきた「地域密着」の理念みたいなものが、すごくわかりやすく描き出された映画でもあるんです。選手とクラブとサポーター……さらには、地域の住民の方々や、地元の商店街の方々も含めて、サッカーを通じて人と人が繋がっていきながら、ひとつの「街」がつくられていく感じが、すごくよく描かれていて。サッカーを通じて、それまで縁のなかった人と人が繋がっていく。それはぼくらが、このYFFFという映画祭で目指していることのひとつでもあるんです。なので、フロンターレのサポーターの方々だけではなく、もっとたくさんの人に見てもらいたいなと思って、今回のラインナップに入れました。ちなみに上映当日は、中村憲剛さんとJリーグ前チェアマンである村井満さんのトークショーも予定していて、それもすごく楽しみです(笑)。
―(笑)。最後にもうひとつ質問を。サッカー映画に関わらず、自分たちで映画祭をやってみたいと思っている人も、いまは多いように思うのですが、その場合、どんなことから始めるべきでしょう?
福島:いまは映画を早送りで見たり、飛ばし飛ばしで見たりする人が増えている時代じゃないですか。配信で見られるものも多いですし、ただ作品を持ってくるだけでは、なかなか難しいと思うんですよね。なので、どういう作品を持ってくるかは、もちろん大事だと思うんですけど、それだけではなく、きてくれた方々が、そこでひとつ持って帰れるようなものをつくったほうがいいのかなって思っていて。単に映画が面白かったとか、面白くなかったとかだけではなく、そこでしか会えない人やそこでしか体験できないこと……そういう「場所」をつくることが、やっぱり大事なんだろうなって思うんです。それがあるから、また来年も来ようって思っていただけるわけで。なので、そういう場所を、自分たちでゼロからつくっていくのもいいですし、すでにある映画祭にスタッフとして参加してみるのもいいんじゃないかって思います。そこで仲間が見つかったりするかもしれないですし。やっぱり人と人のつながりこそが、こういう映画祭においては、いちばん大事なんだと思うんですよね。
- イベント情報
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『ヨコハマ・フットボール映画祭2022』
2022年6月4日(土)、6月5日(日) かなっくホール
2022年6月6日(月)〜6月10日(金) シネマ・ジャック&ベティ
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