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動画配信大手のNetflixは決算発表にて、2022年の第1四半期に20万人、第2四半期に97万人の有料会員を失ったと報告。これを受けて、同社の株価は年初から70%以上も暴落した。
2022年4月には現在のプランに加え、低価格の「広告付きプラン」を導入する計画を表明。そして7月13日、同社は広告付きプランを開始するに当たり、Microsoftと提携すると発表した(*1)。
軟調が続いているとはいえ、Netflixは現在も2億2,000万人の有料会員を有するエンターテイメント業界のトップランナーだ。広告表示に一貫して否定的だった同社がなぜここに来て、新たなプランの導入を決断したのだろうか? 混沌とするエンターテイメント業界の最前線を、テレビ業界ジャーナリストの長谷川朋子さんが解説する。
Netflixの広告付きプラン導入から垣間見る、エンターテイメント業界の勢力図
エンターテイメントの世界でいまやNetflixは大きな影響力を持つ。テレビと映画と動画配信の3大映像メディアを跨いだマーケットリーダーと言っても過言ではない。一方、全世界で有料会員数2億人を突破した2020年をピークに、サブスクリプションモデルという1本の柱で成長していく勢いがいまないこともまた事実だ。
特に株式市場がこの現状を厳しく評価するのは、単純に加入者の減少だけを見たものではないはずだ。エンターテイメント業界が新たなフェーズに向かって走り出しているにも関わらず、ある意味、あぐらをかき、変化をとらえず、先手を打たなかったNetflixのビジネス戦略に対する評価でもあるだろう。
マーケットリーダーのNetflixが受け身の姿勢と思われた要因は、まさに広告付きプランへの参入計画にある。いわゆる「ネット広告」であり、消費者にとっては何ら新鮮味を感じないビジネスの話にも聞こえるかもしれない。だが、これこそがエンターテイメント業界が向かう本命ビジネスだ。Netflixの広告付きプラン導入の背景からはエンターテイメント業界の勢力図が見え、それは我々消費者が最終的に目にするコンテンツそのものにも影響する話なのである。
Disney+やAmazonプライムビデオなどライバルの動向は
イギリスの調査会社Omdiaの最新調査レポート「Global: Pay TV & Online Video」によると、世界の動画配信サービス契約数は2021年末に13億4,000万に達し、2022年末には14億8,000万に増える見込みだ(*2)。世界全体で伸長しながら、利用サービスシェアはNetflixがトップを維持するも、この2年で競争環境はますます激化している。
まずディズニー直営のDisney+とAmazonのプライムビデオがNetflixの最大のライバルにあり、このほか世界に拠点を広げつつあるアメリカのHBO直営のHBO Maxや老舗の映画スタジオであるパラウントが運営するParamount+なども強力コンテンツを保有し、さらに賞レースで頭角を現すアップルのApple TV+まである。
「Disney+」2022年8月のラインナップ
競合がひしめき合う市場のなかで、各社が新規加入だけでなく、継続加入してもらうことにも目を向けるようになってきたのだ。その両方の目的を兼ねた対策として低価格の「広告付きプラン」があり、Disney+をはじめHBO Max、Paramount+などの各社がすでに追加している。Disney+は2022年、より安価な広告付きプランを開始する予定だ。
またYouTubeが本国アメリカでドラマやリアリティーなど既存の人気テレビ番組の無料配信を開始した。これはフォックスの「Tubi」など「FAST」と呼ばれる無料の広告付きストリーミングテレビのポジション争いに加わった動きとも言われる。広告付き配信モデルはいま、最も注目される業界のトレンドなのだ。
Tubiオリジナル作品『A Chance for Christmas』予告編
これまで広告付きプランに否定的だったNetflixだが、こうした市場の流れに逆らうことができず、新たな広告モデル参入を決断したわけである。
新たな収入源が、Netflix成長の牽引力「コンテンツ」を支える
Netflixにとって広告付きプラン導入は、失敗が許されないとも言える。Microsoft と提携することを発表した7月13日付のリリース文で「本プロジェクトはまだ始まったばかりで、やるべきことはまだまだたくさんある」と、あくまでもいまは初期段階であることを強調しているが、本気度も見せている。それは「Netflixの視聴者の皆さんにはより多くの選択肢を、広告主の皆さんには通常のテレビ広告とは一線を画すプレミアムなブランドコミュニケーションを提供する」という一文に集約している。
数日後の19日の第2四半期決算発表時には広告付きプラン計画は「2023年初頭」に実現を目指していることを明らかにした。展開地域は段階的に広げていくようだ。Netflixで配信されるコンテンツの大半を広告付きプランで視聴できるように準備は着実に進めているという。またNetflixは導入後、広告付きプランがどれだけの効果を生み出すのか、その時期までは明確にしていないが、「長期的には広告によって、会員数の大幅な増加とプラスの収益獲得が可能になる」という考えも示している。
Netflixオリジナル作品『ストレンジャー・シングス 未知の世界』シーズン4 予告編
このNetflixの広告付きプランの明るい展望は個人消費が低迷するなかで、消費者から支持される可能性は高い。だが、Netflixの成長が保証されたものとは言い難い。なぜなら、最も注力すべきはコンテンツへの投資だからだ。ドラマ『ストレンジャー・シングス 未知の世界』をはじめとするオリジナルコンテンツこそNetflixのこれまでの成長の牽引力にあり、世界に拠点を広げて『イカゲーム』などローカル発グローバルヒットコンテンツまで生み出してきた。今後の成長もコンテンツとともにあることに間違いはない。
Netflixは当初予想していた年間コンテンツ投資額180億ドルを若干下回るも、2023年末まで170億ドルをコンテンツに費やす見込みだ。競合各社が目玉コンテンツを次々と投下し、主にドラマの製作費は年々高騰している。そんななか、コンテンツ投資額の水準を維持またはさらに上昇せざるを得ない状況にある。投資額とクオリティーは必ずしも比例しないが、レベルを担保する最低基準を守る必要があるだろう。少なくとも映像クオリティーに関してはNetflixブランドとして信頼されてきた経緯がある。
それゆえに、低価格の「広告付きプラン」はゆくゆく新たな収入源となって、Netflixのコンテンツを支えていく手段の1つとして見るのが妥当だ。その先、もしかしたらコンテンツの幅が広がったり、挑戦的なコンテンツを生み出すきっかけをつくったりするかもしれない。そんな期待感も残しておきたい。
*1:Netflix「Netflix to Partner With Microsoft on New Ad Supported Subscription Plan」
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