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悪質なブリーダーからの供給ルートを断つ法案が可決
2022年6月、アメリカ・ニューヨーク州のすべてのペットショップにおいて、犬・猫・ウサギの生体販売を禁止する「パピーミルパイプライン法案」が可決された。今後、州知事の署名をもって正式に成立する。
以前より、アメリカにおいてもパピーミル(営利目的で劣悪な環境で大量繁殖している悪質なブリーダー)の存在は、動物福祉の観点から大きな問題とされてきた。アメリカ動物虐待防止協会(ASPCA)は、「ペットショップで販売されている動物の多くはニューヨーク州外のパピーミルからブローカーを通じて仕入れられ、病気の可能性があるにも関わらず『責任あるブリーダーからの健康なペット』と謳って消費者に販売している」と指摘していた。
この法案はそんなパピーミルの供給ルートを断つことを目的としており、ペットを安易に購入する人を無くし、保護施設にいる動物を家族に迎え入れることを期待している。さらに、ニューヨーク州の個々のブリーダーは動物たちの生活条件や飼育環境に対して厳しい審査を受けることになり、その審査をクリアしなければ、販売権を得られなくなる。ペットを新たに迎える方法として、今後は保護施設と優良なブリーダーが推奨されることになるのだ。
同様の法案はすでにカルフォルニア州やメリーランド州で成立している。2021年にはフランスでも法案が可決され、2024年から施行される予定だ。世界中でいま、「動物たちは商品としてではなく、敬意を持って扱われるべき」という考えのもと、ペットショップでの犬や猫など生体販売の禁止が広まりつつある。はたして日本もその動きに追随するのだろうか?
数値規制で悪徳事業者の取り締まりを強化
じつは日本においても、犬猫を取り扱う事業者に対する規制が厳しくなっている。2021年6月には改正動物愛護法による「飼養管理基準省令」が施行された。ケージの大きさの基準や、従業員1人当たりの飼育頭数の規定などが具体的に定められ、劣悪な環境での飼育や健康を無視した出産の強制などを行なう、悪質な事業者の取り締まりが強化された。さらに、2022年6月からは、販売する犬猫に対するマイクロチップの義務化も施行された。
省令制定前、これらの数値規制に関するパブリックコメントには、既存の事業者から反発の声が大きくあがった。ペット業界全体が「これが施行されたら13万頭の犬や猫が路頭に迷うことになる」と規制の緩和を求めたのだ。新たな基準は、悪質なブリーダーやペットショップがすぐに対応できるものではなく、「いかに劣悪な環境で飼育されている犬や猫が多いか」という現実が露呈されることとなった。
これを受けて環境省は、ケージの大きさの基準に関しては「ケージの更新に一定の準備期間が必要」とし、既存の事業者は2022年6月から適用(新規事業者は2021年6月から)に。また、「新たな従業員の確保や譲渡などによる飼養頭数削減を行なう期間が必要」とし、従業員1人当たりの頭数は段階的に減らし、2024年6月から完全施行するとした。
「資金力」の有無が事業存続の鍵に
この新たな数値規制に、大阪府でペットショップ兼ブリーダーを営むAさんは、銀行から2,000万円を借り入れて対応した。「飼育数 約100頭を維持するためには、施設の拡大、設備の変更、ケージの購入、人材の確保など多くの資金が必要だった」と語る。しかし、Aさんのように融資を受けられる事業者ばかりではない。Aさんの知人のブリーダーは「従業員を雇う余裕がなく繁殖犬を減らすしかないが、リフォームやケージを買い替える資金もないので廃業する」と話しているという。今回の数値規制による事業存続の大きな鍵を握るのは、まさに「資金力」ということなのだ。
しかしそれは一方で、資金力さえあれば犬や猫に愛情や責任がない事業者でも、存続できることを意味している。表向きは優良な事業者に見えても本質は変わらず、裏では犬や猫などに対して精神的・肉体的苦痛は続けられるのだ。そしてまた、利益を追求するために法の抜け道を考えることだろう。
数値規制施行の裏で垣間見る不穏な動き
実際にすでに不穏な動きが見られる。コロナ禍でのペットブームも重なり、「資金力」のあるペットショップチェーンが全国に新店舗をオープンして大規模化している。安定した供給ができるようにと自家繁殖に切り替え、大きな繁殖場を設けたペットショップも現れている。その勢いは、世界の動きとは逆行していると感じるほどだ。
大規模化すれば管理頭数も従業員数も多くなり、個体管理やマネージメントだけでなく、1頭1頭に愛情を注ぐことも難しくなる。犬や猫が幸せに生きていくために必要なことは、数値規制の遵守だけではないはずだ。産まれてからどれほどの愛情に包まれて育ったかで、性格形成や社会性に大きな差が生じると言われている。大規模化は命ある生き物には向かないと筆者は考えている。
また、直販・仲介サイトも急増している。「優良ブリーダー」や「厳選ブリーダー」などと安心・安全を謳って子犬・子猫を紹介しているが、第1種動物取扱業を取得していれば厳しい審査もなく、誰でも簡単に登録し掲載することができる。知識のないにわかブリーダーや悪質なブリーダーも存在しており、実際に逮捕者が出たという直販サイトもある。近年、国民消費者センターなどにブリーダーとのトラブルの相談が急増しているのは、そんな理由があるのだ。
直販・仲介サイトの急増の背景には、前述した世界の動きを察知した事業者や数値規制の影響で取引先がなくなった、あるいは少なくなったブリーダーの参入などがあり、筆者はネットを通じて簡単に売買される機会の増加を危惧している。
「資質」を問うライセンス制度の構築が課題
日本では今のところ欧米のような生体販売を禁止する動きはない。しかし、世界の動きに追随しペットショップの生体販売を禁止したとしても、ネットでの直販・仲介が審査なしに行なわれている状態では、悪質な事業者は淘汰することはできないのだ。
現段階では第1種動物取扱業は登録制で、開業するには自治体に登録をしたうえで事業所ごとに動物取扱責任者を置く必要がある。動物取扱責任者になるには、「専門性を有する社団法人などの資格試験に合格し、6か月以上の実務経験がある者」などの要件を満たさなければならない。しかし、専門性を有する資格と言いながら1日あれば取得できるような簡単なものもあり、ことブリーダーにとって必要な知識を満たす資格試験は現在ない。このような低いハードルで、誰もが簡単に業を営めることに初歩的な問題がある。
まずは、命に対する愛情や責任、またその仕事に対する熱意を持ち、努力を積み重ねることによりやっと取得できるような資質を問う難易度の高いライセンス制度の構築が必要ではないだろうか。特にブリーダーは命を生みだし、それを継ぐ役目を担うのだから、「それは当然」という認識が必要だ。
「買う人」の選択、「飼う人」の学びが犬猫を救う
しかし、法律や規制に頼るだけではなく、ペットの幸せのために「買う人」「飼う人」にもできることがある。前述のフランスの法改正の目的のひとつには、「ペットが衝動買いされ、捨てられていく現状を変える」ということも含まれている。日本でも捨てられる犬や猫が後を絶たず、保護犬・保護猫の増加が社会問題になっている。コロナ禍でペットを飼う人が増えた一方、安易に手放す人も増えている。その背景には、ペットショップでの衝動買いがある。
コロナ禍のペット放棄を報じた「TBS NEWS DIG Powered by JNN」
一般社団法人 日本ペットフード協会の2021年度の全国犬猫飼育実態調査によると、ペットショップやインターネットで購入して迎えた人は、犬82.4%、猫57.1%と高い値を示している(*2)。「旺盛な需要があるから供給が増える」という現実は、何とも悪循環にも思う。買う側もペットの幸せのために「本当に終生飼育ができるのか」「飼うならどこから迎えるのが良いのか」を冷静に考える必要があるだろう。そして、飼うと決めたらさまざまなことを学び、何か問題が起きたときにも対処ができるようにしておく。それが安易にペットを手放さないために必要なことだ。
動物愛護の精神が広がる現在では、犬や猫などは家族の一員として大切に育てている人が多い。しかし、その一方では人間の都合で多くの犬や猫が辛い目に遭い、捨てられ、保護団体などで新しい飼い主が現れるのを待っている現実がある。闇雲に世界の動きに追随するのではなく、社会全体でどうすればこの問題を解決できるのかをしっかりと考える時期がきているのではないだろうか。
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