『ダルちゃん』(小学館)や『ZUCCA×ZUCA(ヅッカヅカ)』(講談社)などで知られる漫画家・はるな檸檬が、「文春オンライン」で連載している『ファッション!!』。
ファッション業界に憧れて上京するも、テレビの電飾をメインに仕事をしている新道開(しんどう・かい)。ある日、ファッションデザイナーを夢見て希望に燃える若者・ジャンに出会う。彼のような若者が業界に未来を持てるようになるべきという使命感から、開は時間や人脈などすべてを彼に注ぐようになる。一方、ジャンの本性が徐々に明らかとなり……。
一見華やかに見えるファッション業界の裏側を克明に描く本作。実際、どれほど現状を映し出しているのだろうか? 日本のファッションシーンを長年見つめ、世界に発信してきたシトウレイに、実際のファッション業界と照らし合わせつつ読み解いてもらった。
現実にいるキャラクターも? ファッション業界の「98%真実」が描かれている
CINRA読者の皆さま、はじめまして! シトウレイと申します。
Photographer / Journalistが生業です。基本世界中のファッションシーンで仕事はしているのですが、ベースは東京。「だったら東京のファッションシーンに明るいだろう……」ということで今回漫画『ファッション!!』の書評依頼をいただき、はじめて作品を読ませてもらいました。
まず最初に。
この作品に書かれていることは98%本当です、ということを伝えさせてもらえたら。
というのは、私自身も読んでて身につまされるような、似たような経験をしたことがあります。
実際ジャン君に似たような境遇の子を私の雑誌の連載記事で取材させてもらったこともありますし。その子の一生懸命さに開くん同様に胸がトゥンク、「何としても彼を、ブランドを世に出して広めてあげねば!」という義侠心に燃えて熱のこもった原稿を書いた思い出があります。
プレスやモデル、フォトグラファーなど登場人物も「あ、あの子だな」「彼女のことね」と、モデルとおもしき人の顔が浮かび上がり(人気絶頂のアイドルを妊娠させて干されたスタイリストが物語冒頭から出てきて、そのあまりの『現実』の再現性に吃驚しました)、ファッション業界の人間としては「いつか自分が出てくるのでは……」とガーシーチャンネルにおののく芸能人のような気持ちでページを読み進めてました(笑)。ファッション業界のみなさん、ぜひ怖いもの見たさに本を手に取ってみるのも面白いかもしれません。
ま、そんなふうに東京ファッションシーンの内側暴露! というスキャンダラスな側面もあるこの作品ですが、個人的には是非ファッション業界を目指す人、ファッション業界のルーキーのみんなには読んでおいてほしい内容にもなっていると思いました。
ブラックボックス化している生々しいお金の話も
例えばファッションショーってどんなふうにできているのか、どういう人が関わっているのか、何にどれくらい値段がかかるのか、みたいなところが具体的に書かれています。かつ、ファッション業界のお金のフローについても結構詳しく描かれています。
ファッションという華々しいイメージが先行するこの世界では「お金の話をするのって野暮だよね」とする風習みたいなものが「まだ」あります(学校で資産形成を学ぶ令和のこの時代において! ファッション業界は最先端と時代錯誤な価値観が混合していると感じているのは私だけではないはず)。
例えばモデル。自分の歩いたショーの値段は事前に知ることはほぼありません。ヘアメイク、スタイリストさんでもギャラの話をしないまま仕事をして、終わったあとに「今回お支払いできる値段はこれくらいになっちゃうんですが……」とあとだしジャンケンさながらに値段を提示されることもあります(当然その段階で値段交渉はほぼ無理)。
かつモデルやスタイリスト、フォトグラファーなどクリエイティブの世界では、定価はあってないような世界なこともあり、お金(仕事の対価)というのは流動的なものでもあります。知り合い価格、おつき合い価格という名目で値段は一桁変わることも。
ファッション業界のお金問題はブラックボックスだと個人的には感じていたので、こんなふうに生々しくしっかり書いてくれたことで、業界の曖昧さが少しだけクリアになったのかな、なんて思っています。
やりがい搾取? ピュアな若者を応援? 業界のグレーゾーンに切り込む本作
もう一つ。物語を読んでモヤモヤしている方もいらっしゃると思うのですがファッション業界の「やりがい搾取」について。
作品のように「今後の実績になるから」という夢と希望を匂わせて、駆け出しモデルやヘアメイク、スタイリストといった若者をタダ同然の値段で仕事をさせることは珍しい話ではありません。大人はそういうことをします。
とはいえ若者は若者で大したもので、「夢と情熱のある若者を応援してあげたい!」というピュアな大人の貢献本能もしくは母性をくすぐり、彼らの手間暇時間やネットワークをタダ同然の値段で吸い取る若者もいる。大人でも若者でもしたたかな人って結構いるのがこの世界です。
私から一つアドバイスできることがあるとしたら、「あれ、これってやりがい搾取では?」と思った局面があったとき、まず最初に、自分のスタンスを「自分で」決めるべきだということです。
つまり「搾取されていたとしてもこの仕事をやりたいか、そうでないか」をはっきりさせておくこと。嫌ならやらない、やるなら搾取覚悟で仕事に臨む。「搾取かな? そうかな? どうなんだろ~」って悩んだままで仕事をすると心身ともども疲弊しちゃって、それって一番よくない結果を招くから!
……って何だかファッション業界を目指す人のアドバイスのようになってしまって書評から話がそれてしまった気がしないでもないですが……、漫画『ファッション!!』が、今後も業界のグレーゾーンをばっさばっさと切り込んで、クリアで透明化された業界にしてくれることを祈りつつ筆をおきたいと思います。
あ! とはいえ最後にもう一つ。この物語が現実を底本として紡がれているということは、現実を生きる私はこの物語の行く末に似たようなものをすでに経験しています。その立場から言える言葉は一つ、「事実は小説より奇なり」。
お楽しみに。
- 書籍情報
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『ファッション‼︎』
著者:はるな檸檬
発行:文藝春秋
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