7月10日に投開票が行なわれる第26回参議院議員通常選挙に自民党公認で立候補した生稲晃子氏(東京選挙区)、今井絵理子氏(比例代表)を、音楽業界4団体(日本音楽事業者協会、日本音楽制作者連盟、コンサートプロモーターズ協会、日本音楽出版社協会)が支持することを表明し、物議を醸している。
音楽業界内において大きな影響力を有する4団体が連携して特定の候補者の支持を公に表明することに対して、7月2日に「SaveOurSpace」が抗議声明を発表。「中長期的には異なる考えを持つ会員の政治的信条の自由を脅かすものであり、到底許されることではありません」と訴え、その声明に対する賛同人は5,000人を超えた(※)。
一体なぜ、このような事態が起こっているのか。問題はどこにあるのか、今後の音楽文化にどのような影響が生じるのか。音楽評論家の高橋健太郎氏に話を聞いた。
※一部に偽名やなりすましがあったとして、7月7日に賛同人名簿は取り下げられた
音楽業界4団体による特定候補者の支持表明、どこが、そしてなぜ問題なのか?
―支持表明の件を知ったとき、どんなことを思われましたか?
高橋:まずはびっくりしましたね。何しろ「音制連」(日本音楽制作者連盟)が入っていたので。音制連の所属アーティストから考えても「自民党の候補を一丸となって支持します」ってのはさすがにないだろうというか(笑)、前代未聞だなって思ったんですね。
高橋:業界団体が自分たちに有利な政策を導いてくれるような議員との関係を深めて選挙で支援するのは、他の世界ではあることだと思いますよ。ただ、この4団体が単なる業界団体かってところでいくつか引っかかるところがあって。
―というのは?
高橋:「音事協」(日本音楽事業者協会)や音制連は業界の会社が集まった団体というだけでなく、実演家の著作隣接権料や二次使用料などを分配している権利委託団体でもあるんですね。そういう意味では、その業務は公的な性格を持っている。その公的な性格を持っている団体が、特定の政治家の支援をしていいのかっていうのがまず引っかかったところ。
あとMPA(日本音楽出版社協会)は音楽出版社の協会ってことはほとんどの音楽出版社がそこにいるわけで、ぼくも自分が作詞作曲した曲を加盟の音楽出版社に預けていたりする。そういう意味ではほとんどの作詞家、作曲家が音楽出版社協会と関係していることになる。
あと、ここも原盤権に関わる著作隣接権の分配を扱っています。ということは、極めて幅広い音楽家の仕事から発生するお金が、これらの団体を通過している。にもかかわらず、特定の政党の候補者を支援してしまうっていうのは、組織の性格上よくないんじゃないかなと思ったんです。
高橋:ぼくは直接の構成員ではないが、団体に加盟している会社とはさまざまなお付き合いがある、という立場です。でも、驚いたことに会員である音楽家も今回のことは「寝耳に水」と言っていました。会員であるにもかかわらず、事後承諾的なメールが送られてきてはじめて知ったと。だから「一丸となって」と言っているけど、会員に総意をはかったという事実はない。
通常、業界団体で何かを支援するとなるとそれなりのコンセンサスを得たり、内部で協議したりして結論を出すものですが、そういうプロセスがほとんどおざなりにされている。そこでも引っかかりますよね。
―公的な性格を持っている団体が会員の総意を得ずに行なった支持表明であった、というところにひとつ問題がある。
高橋:あともうひとつ他の方も指摘していましたが、音事協の賛助会員には多くの放送局が含まれていますし、音楽出版社協会にも放送局の子会社などが含まれている。となると、メディアが特定の政党を結びつくという問題も孕んでくるんですよね。
選挙中にはとりわけ、メディアの公平性、不偏不党ということが求められたりしますが、その一方で特定政党の候補者の支援にメディアも加担しているように見えてくる。そういったところで、他の世界で業界団体が自分達に有利な政策を導いてくれる族議員を支援した、というのとはちょっと違う側面があるんじゃないか。この4団体というのは、もうちょっと公共性を考えなければいけない団体なんじゃないかなとぼくは思います。
―支持を表明した候補者の所属政党がどこであるかは、ある意味では問題ではない?
高橋:どこの政党の候補を推した、ということ以前に、まずは団体の持つ公共性の点で引っかかったってことですね。でも、何を問題視しているかは人によってすごく違うとも思います。
団体の持つ公共性に照らして、そういうことをやっていいんですかって問題、そこにメディアが含まれているのはまた別の問題。そのさらに先に、音楽業界が一丸となって自民党の候補を推すのかって話がある。それも当然ありうる反発ですし、それもあっていいとは思います。アーティストは何を言ったっていいんだし。
音楽業界だから特別、というわけではない。40年近く業界で仕事をしてきて感じること
―音楽業界と自民党の距離はもともと近かったのでしょうか?
高橋:音楽業界でかれこれ40年くらい仕事していますけど、基本的に日本の社会って自民党支持の人が一番多いわけで、音楽の仕事しているからって特別ということもないと思っているんですね。
音楽の世界だからみんな反体制ってこともないし、自民党支持の人が多くいても何の不思議もないから、そこにこだわっててもしょうがないんじゃないか、っていうのはぼくは長いこと仕事をしてきたなかで思っている。そうじゃないと仕事ができないですから。
今回、ぼくのところに「(忌野)清志郎が生きてれば」ってコメントがびっくりしちゃうくらい来たんですよ。清志郎がどうしたかなんてぼくはわかんないですし、生きてたらいまごろは自民党支持かもしれないよって思うんだけど、そのへんはロックに対する幻想がありすぎるような気がする。
ネトウヨになっちゃうミュージシャンなんて結構、普通にいますし、それでも聴いてる音楽は昔の海外の反体制的な音楽だったりってこともある。どういう精神的な構造なのかなって思うんだけど、でもそんなもんですよね。どういう音楽が好きだから政治信条がどうであるとか、そんなの全然あてにならない。それは最近になって余計にそう思うようになったんです。
―ロックだから反体制、もしくはリベラルという単純な話ではないってことですよね。
高橋:ぼくは1960〜70年代を10代とか20代とかで過ごしたんですけど、その頃には、ロックとかプロテストソングを聴いてる人間の大半が自民党支持になるとかも、結構な数がネトウヨになっちゃうなんて、夢にも思ってもなかったわけですよ。でも、自分が60代になってみたら、現実はそうだったんですよね。
いま、状況としては憲法を守れるかどうかの瀬戸際まできていますが、ぼくらのようなロック世代がいまの世界をつくっちゃったわけでしょ? だから政治的な音楽とか反体制的な音楽を聴いてきたとか、全然そんなの関係なかったじゃんって感じはしますね。
基本的には政治と関わりのなかった音楽業界だが、コロナ以降に対照的な2団体の結びつきは強固に
ーなるほど……反体制的な音楽を聴いていても、思想は体制側というか、保守的ということも全然あると。
高橋:外国の例を見ると音楽と政治のあいだに密接な歴史があったのもわかるんだけど、自分の肌身な感覚でいくと音楽と政治って、食い合わせは悪いと思うんですね。
なぜなら音楽の場合、歌ってることはいいけど歌い方が好きじゃない、みたいなことにすぐなってしまうから。政治的なメッセージを音楽で訴えるにしても、誰が聴いても圧倒されるようなものすごい音楽ができるならともかく、音楽なんてもう人の好み千差万別ですよね。
日本の場合、音楽の世界と政治の世界って、基本的にあまり関わりがなかったって言っていいと思うんですよ。特にぼくが関わっているようなロック以後の音楽は。ミュージシャンが政治的なスタンスをはっきり示すことも少なかったし、政府や自治体から補助金もらったりってこともまったくないわけじゃないにしても、過去には少なかった。音楽の世界において、政治との関わりはそんなに意識されずにきたんじゃないかと思う。
―高橋さんがお仕事されてきた実感からすると、そもそも音業界と政治のあいだには距離があったと。
高橋:今回の4団体に関して言えば、どちらかというと芸能プロダクションが多い音事協は政府、政権与党との関わりは過去からあったと思うんです。
それに対して、ロック以後のバンドやシンガーソングライターのような人たちの事務所が集まってはじめたのが音制連。ある意味で古い音事協、新しい音制連という位置づけがあったと思いますけど、ただ、それも時代が経つにつれて昔ほど違いははっきりしなくなっていますね。
音事協と音制連っていう対照的な2つの団体が一緒になってアクションしたのは、今回がはじめてというわけではないんですが、コロナ以後にこの4団体の結びつきが強くなったのは確かだと思う。それはコロナでライブやコンサートが一切できない状況が生まれたところから発している。
狙いは政府与党内へのパイプづくり。音楽業界はさらなる補助を得ることができるのか?
―業界4団体の動きにはどんな狙いや経緯があるのでしょうか?
高橋:コロナ禍でとても苦しんだ音楽業界が、議会や政府といろんなやりとりがあって補助金などが得られた、という経緯が今回のことの背景にはあると思うんですね。より自民党の議員と関係を深くして、今後も政府からお金が得られる、あるいは仕事が得られるような関係つくっていきたいという業界の狙いがあったはず。
ただ、本当に政府からお金が得られるのかっていうと、いま自民党は防衛費の倍増を言っているわけですよね。防衛費を倍増するには数兆円かかるわけですから、そうすると福祉をはじめ他を削らざるを得ない。そんななかで文化・芸術に対する補助金とか助成金を増やせるわけないじゃないですか。
―たしかにそうですね。
高橋:しかも2人の候補は自分の専門性やはっきりした主張があるというよりは、自民党の政策にそのまま賛成票を入れる議員と予想される。
ということは彼女たちが防衛予算の倍増と音楽業界に対する芸術文化振興の補助金・助成金とどっちを重要視するかって言ったら防衛費の倍増に決まっていますよね。そういう意味では、音楽業界が欲しいものが得られるよりも、逆に利用されるだけになってしまうんじゃないの? って懸念のほうが大きいんですね。
ただ、今回の件で2人の候補の資質、「あいつらはタレント議員で何の知識もない」とか、そういうことを言い過ぎるのは、それはそれでちょっとどうかと思うところもある。タレント議員だったらダメかっていったら、そうとも限らないし、ほかのミュージシャンが立候補したら同じこと言うのかって話にもなる。それよりはいまの政治がどういう方向に向かっているかという問題のほうが大きいですよね。
―支持表明を受けた候補者がどういう人であるかは切り分けるべき話だと。
高橋:そう。それとこれも多くの人が言っていますけど、インボイス制度が導入されるとフリーランスの個人事業者の活動はものすごく大変なことになる。廃業しなきゃいけない人も出てくるかもしれない。音楽家は基本的に個人でやってますから、音楽業界には個人事業者やフリーランスの人がとても多く、その共同作業で多くの制作物が成り立っている。
インボイス制度はそういう業界を構成し、支えている人たちの生活を揺るがすものですから、そういう制度を進めようとしてる政党を音楽業界が推薦するってことは、自分たちの世界を壊すことにつながるんじゃないのって懸念もあるんですね。それは音楽文化にとって果たしてよいことなのかっていう。
問題の本質は「自民党の候補者だから」という点ではない
―SaveOurSpaceの声明にはインボイスに加えてLGBT平等法のことも指摘していて、今回の特定候補者支持によって、音楽業界がこれらのトピックを重視してないという受け止め方もできます。
高橋:今回の反対声明は2つに分かれていて、1つめは団体の公共性やプロセスの問題で、どこの政党であろうと会員のコンセンサス抜きに特定の候補者を支持するのはおかしいんじゃないという点。
2つめはLGBTQ+の権利や同性婚に否定的で、インボイス制度を推進する自民党を音楽業界が支持していいのかという点。ぼくとしては前者を重視していますけどね。2つめは言っても全然いいと思うけど、言わなくても反対できる。
高橋:ただ自民党の全体としても進む方向は、はっきりしているわけです。防衛費や改憲、インボイスや同性婚への対応に対して、音楽業界としてどう考えているのかという話はあると思う。ただそこあんまり突っ込んでいくと、違う話になっちゃうような気もするんです。
―自民党だからどう、ということは違う問題だということですよね。対立も生みかねない。まず、業界団体が支持した候補者や政党のこと以前に大きな問題があると。
高橋:そうなんです。今回のことは自民党支持の人にとってもこれはおかしいって話ではあるはずなんですよね。
だから「手続き的におかしいでしょ」とか、「団体の公共性に照らして特定の政党への支持表明はおかしいでしょ」って話をする必要があって、「自民党を支持するなんて」ということを前面化してしまうと、自民党の支持者の人たちは反対声明には賛同してくれないでしょう。ぼくは割とそういうことを考える人間なんです。もちろんSaveOurSpaceの人は自分たちの考えがあってやってることだし、ぼくの立場からはおかしいとか全然言いませんけどね。
「音楽文化における2人の功績をたたえ、一丸となって両候補を支援する」は明らかな建前
―4団体の行動によって、この先の音楽文化そのものに対してどのような影響が生じると予想されますか?
高橋:これはすごく複雑なことで簡単に言えないんですけど、今回の4団体はやっぱりやり方が下手だった部分はすごくあって。
まず票を集める効果があったのかはかなり疑問ですね。基本的に業界団体が支援するときって業界内で根回しして、その候補に票を集めようとするわけじゃないですか。強制はできないけど、団体として推薦しますみたいなことをすると。
そういうことを一切やらないで、4人の団体代表だけが拳上げて決起集会ですって、それをニュースにってことしかやってないんですよ。4団体のウェブサイトにも何のステートメントも載ってないし。それって自民党からしたら「支援って何?」って話にもなりますよね。
―音楽業界4団体と同じような例として、表現規制の見解から、日本アニメーター演出協会(JAniCA)は赤松健氏ら計4名を推薦していました。
高橋:表現の自由派の候補として赤松さんとか立憲の栗下善行さんを、ということですね。でもあっちのほうがまだうまくやっているというか、だってそれなりにアニメや漫画の世界ではコンセンサスを得られてるんじゃない?
―プロセスまではわからないですが、少なくともその団体の具体的な利害に即した推薦表明ですしね。
高橋:うんうん。一方では、日本漫画家協会がインボイス制度には反対意見の表明を出したし、そのへんでは漫画家やアニメの現場の実際の活動を考えた動きもある。音楽界はそういうことも何もできていない。
日本アニメーター演出協会(JAniCA)のサイトより(外部リンクを開く)
―そう考えると、音楽業界の推薦に会員が賛同する理由は薄いし、支援=票を集めるということではないことになります。
高橋:一定の専門知識を持っていて、音楽業界が抱えている問題に丁寧に対応してくれる議員を支持しますって話なら、同じ自民党の議員でも全然違ったと思うんですよ。だけどそうじゃなくて、「音楽文化における2人の功績をたたえ、一丸となって両候補を支援する」ということでやってしまったわけですよね。
そんなのをあそこにいる人たちだって、2人の候補に「音楽文化」への功績があったなんて思ってないのは明らかなわけですよ。ヒップランドの野村さん(日本音楽制作者連盟理事長の野村達矢氏)なんてRCサクセションが好きで業界に入って、BUMP OF CHICKENとかサカナクションとか育ててきた人だよ?
―何をもって「音楽文化への功績」とするかは難しいところですが、推薦する妥当性が薄いので、建前としてそう言っているのではないか、と感じさせてしまうところはあると思います。あと何人かの人が言っていましたけど、コロナ禍にライブハウスの支援などいろいろやってくれた実績のある候補者はほかにいますよね。
高橋:それは実際にそうで、野党議員が最初に動いた部分もあった。国会にはそれなりにいると思うんですよ、エンターテイメントに関する知見を持った議員は。もちろん自民党の先生にも。
著作権のことや音楽プロダクションのあり方とかいろんなことを知らないと、音楽業界の利益を政府や各省庁に通させる族議員的な動きはできないですよね。でも、唐突にあの2人の候補を支援するとしてしまったことで、過去に働いてくれた超党派の議員の助力を失う可能性だってあるんじゃないかな。
今後、音楽文化にどのような懸念が生まれるのか?
―根本的な問題とは別として、音楽業界の4団体が推薦する候補者をきちんと精査できていなかった残念さもあるのだろうなと感じました。
高橋:そのへんは、今回のことの経緯が全然明らかにされてないからわかんないですね。自民党のほうから話があったのか、4団体から持ちかけたのか、どこでどうなって今回のことに行き着いたのかまったくわかんないじゃないですか。
これがギリギリのとこで競っているような候補であれば、団体が支援して票取りまとめますってすごく大きいことだと思うんだけど、もともと当選確実の候補の場合は、当選したからって「音楽業界が支援してくれたから当選しました」って感じには全然ならないですよね。しかも票取りまとめるどころか、5,000人の反対の声があがっちゃったんだから。
―炎上しただけというか。
高橋:まあ、それでも実績は残しましたってことにはなるのかもしれませんが。
―なるほど、パイプづくりのための足がかりにはなる。
高橋:鮮明に自民党支持を示しましたって実績は残したことになる。それが高くつくんじゃないかって気もしますけどね。
だって、支援するっていうのは別に選挙のときだけじゃないですから。そうすると、おふたりが政府、自民党とのパイプになってくれるかもしれないけど、そのためにはまたそれなりの支援が必要で。じゃあその支援って何? お金? という話になるのかもしれない。
団体のお金は音楽家の活動でつくられているわけですから、それはイコール音楽ファンの財布から出てきたお金なんですよ。だから音楽を聴くということ、音楽をやるということが業界団体による特定の政党支援に使われてしまうんじゃないかって懸念が生まれる。
そういうことが音楽の世界全体への不信感につながって、「だったら音楽フェス行くのやめようかな」みたいな人が出てきかねないですよね
―業界への不信感という面から音楽文化への影響が生じてしまうと。
高橋:コロナ以後、音楽業界は政府からJ-LODとかAFFで、1,000億円単位のすごいお金を出してもらっている。とはいえ、基本的には音楽業界ってたくさんの音楽ファンにCDやチケット買ってもらって、一般の方々にお財布を開いてもらって成り立っているわけじゃないですか。
だから音楽ファンを馬鹿にしてると、ちょっとした気分で音楽に使うお金を使わなくなってしまうってこともあると思うんですよ。他にも娯楽はたくさんある。音楽はお金を使う選択肢のひとつに過ぎないんだから。そういう意味で、音楽ファンの不信を招く、それ以前にそこで働く人たち、音楽家、音楽関係者の不信を招くようなことをしてしまうと、音楽業界がさらに先細りになってしまうことが懸念されるなと思います。
音楽業界は政府与党に借りがあったと言えるのか?
―J-LODなどによって、音楽業界は現政権に何らかの借りが存在していたということはあるのでしょうか?
高橋:政府が感染対策のために自粛を求めた業種、業界に支援するのは当然のことだと思います。音楽業界だけじゃなくて、旅行業界や飲食店に対しても支援していますし、それを借りと考える必要はない。
ただ、政府からのお金の動き方はそんなに単純なものじゃなくて。与党にパイプをつくらなければというのが今回の行動のひとつの大きな理由だと思うんですけど、2020年に口火を切ってライブハウスへの支援を求めたのは野党だってことは多くの人に言われていますよね。
2020年の安倍政権のときからJ-LODがあり、2021年にそれが増額され、さらにはAFFがあって、菅政権のときのほうが大きな支援策が進められたとも言えるんですけど、ただ、これはいろんな側面があるんですよね。コロナ禍のはじまりのごろにSaveOurSpaceが求めていたことと、J-LODliveで『フジロック』に1.5億円の交付があったみたいなことって、位相が少し違ってきていると思う。
高橋:周りのミュージシャンなんかを見ていると、むしろそういう大きな補助金が動く前の2020年のほうが基本的な補償がされていたという見方もあるんですよ。持続化給付金があったし、家賃支援金もあった。自粛していればそのあいだ補償しますっていうのがあったんですね。
あと文化庁の文化芸術活動の継続支援事業っていうのもあって、本業じゃなくても年に何回かライブハウスでライブやるようなミュージシャンまで申請すると、これからの活動、あるいはインターネットで代わりのライブのための機材を買えるくらいの補助が得られた。これは結構手厚いなってぼくは思ったんですよね。
最初の年はそうだったんだけど、それがだんだん「再開してください、再開するなら補助金を出します」って方向になった。規模としては大きくなり、『フジロック』みたいなフェスの再開やツアーの再開にはすごく巨大なお金が動いてもいる。でも巨大なお金が動く一方で個人の事業者、インディーミュージシャンみたいな人たちへの支援はなくなっていっちゃったんですね。
業界への支援と言っても複数種類があるし、それを業界のなかでどう受け止めたかって人によって違うと思います。それはどういう場所で、どういう仕事をしているかによって違うし、そのへん、ぼく自身の立場が偏っているのもわかっていますが、ここは特に音楽業界の外の人に説明するのは難しいですね。
「政府から音楽業界への要求もこれまで以上に出てくるんじゃないか」
―偽名やなりすましがあったので正確な数字はわからないですが、業界内から約5,000人の反対の声も集まったわけですが、そのことについてはどう考えていらっしゃいますか?
高橋:ただこれ反対声明だけなんですよね。何らかの法案に反対するとか、逆に立法を求めるとか、そういうことだったら、そのためにどうやって議会を動かすという先の活動があるけど、選挙は選挙ですから、有権者が投票して結果が出たら、それはもう誰もひっくり返せない。
そういう意味では反対声明に数千人が賛同って事実は残っても、それがどれだけの意義を持つのかは現時点ではあんまりよくわからないです。
高橋:ただ、これだけの人数の音楽業界の人が政治的アクションしたって、かつてないことだとは思うので、ちょっと内部の雰囲気が変わることがあるのかもしれないですね。業界外に対してはどうかなと思うけれど。
―業界内の変化は期待できる?
高橋:基本的に政治とは関わりが薄いのが音楽業界だったので。今回みたいに明白な政治的なアクションを業界団体がするっていうこともなかった。それに対して音楽業界の人が何千人もプロテストするのなんか当然見たことない。この先これがどうなるのかはちょっとわからないけど、これまでにないことが起きているなとは思います。それだけ追い詰められているからかもしれないですが。
―音楽業界の人がここまで動いたという点でも前代未聞だと。
高橋:ただ、選挙後に何がどうなるのかっていうのはなかなか思い描けない。音楽業界がどうなるということよりも、日本がどうなるということの方が大きい、そういう岐路にある時だと思いますし。
警戒しなきゃいけないのは、たとえばこれから改憲発議のときに、自公政権がどういうメディア戦略を打つかってことですね。そこでミュージシャンや影響力のある芸能人が利用されることも当然考えられる。補助金などとの引き換えに、政府から音楽業界への要求もこれまで以上に出てくるんじゃないかなと。
―今後、音楽や業界所属の人たちの政治利用に対して、どのように警戒すべきでしょうか?
高橋:う〜ん、本当に何がどうなるかわかんないです。ただ、ぼくの予想としては音楽を使ったことって当然すごく柔らかいかたちでくると思うんですよ。「改憲キャンペーンソングを!」みたいなあからさまなことじゃなくても、フェスのなかに憲法について考えようみたいなコーナーがあるとか。誰の目にも明らかなことではなくて、いろんなかたちでじわじわじわじわと来て、気がつくと、いつまにか自分も取り込まれているようなことになるんじゃないかと思いますね。
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SaveOurSpace「音楽業界4団体による今井絵理子氏と生稲晃子氏の支持表明への抗議」
- プロフィール
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- 高橋健太郎 (たかはし けんたろう)
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1956年、東京生まれ。音楽評論家、音楽プロデューサー、レコーディング・エンジニア、音楽配信サイト「ototoy」の創設メンバーでもある。一橋大学在学中から『プレイヤー』誌などに執筆していたが、1982年に訪れたジャマイカのレゲエ・サンスプラッシュを『ミュージック・マガジン』誌でレポートしたのをきっかけに、本格的に音楽評論の仕事を始めた。1991年に最初の評論集となる『音楽の未来に蘇るもの』を発表(2010年に『ポップミュージックのゆくえ』として再刊)。1990年代以後は多くのアーティストとともに音楽制作にも取り組んだ。著書には他に『スタジオの音が聴こえる』(2015年)、2016年に発表したSF音楽小説『ヘッドフォンガール』がある。
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