「サッカーは人質に取られている」。Netflix『FIFAを暴く』が問いただすカタールワールドカップの疑惑

メインカット:Alamy/Courtesy of Netflix

11月20日に幕を開けたサッカーの祭典「FIFA ワールドカップ カタール2022」。その開会式は、ワールドカップ史上最高額をかけたと言われる豪華絢爛なものだった。スタジアムには無数の花火が打ち上げられ、モーガン・フリーマンやBTS(防弾少年団)のJUNGKOOKらが登場。会場に詰めかけた観客は熱狂に酔いしれた。さらに、日本代表は大会初戦で強豪・ドイツ代表に歴史的な逆転勝利を達成。世界が驚き、日本中が歓喜に包まれた。

そんなカタールワールドカップの裏側には、数えきれない疑惑が渦巻いているのをご存知だろうか。サッカー自体の魅力や「国際的イベント」の浮ついた雰囲気に隠された、深すぎる闇。その深淵を紹介するドキュメンタリー番組『FIFAを暴く』が、Netflixで配信中だ。私たちは、国際スポーツイベントとどう向き合うべきか。ライターの麦倉正樹が考える。

そもそもなぜカタール? 不可解な開催国決定。主導者・FIFAの実態とは

4年に一度のサッカーワールドカップだというのに、どうも気持ちが追いつかない。通常は6月から7月にかけて開催されるのに、今回は11月から12月にかけてという異例の日程だからというのもあるだろう。なぜ、この日程なのか。その理由は、今回の開催国である中東カタールの気候にある。カタールにおける6月の平均的な気温は30度後半から40度前半。90分間走り続けるサッカーというスポーツを、短期集中で行なうワールドカップ。それを従来通りに開催することが、カタールではできないのだ。

そもそも、なぜカタールなのか。それは、国際サッカー連盟(FIFA)が決めたからだ。では、FIFAとはいかなる組織であり、どのような過程を経て、今回の開催国が決定されたのだろうか。その「答え」の多くは、明らかに本大会が始まる時期を見計らって世界同時配信がスタートした、Netflixドキュメンタリー『FIFAを暴く』(全4回)の中にある。

FIFA Uncovered | Official Trailer | Netflix

1904年、フランスを中心とする欧州7か国で結成されたFIFAは、現在は欧州サッカー連盟(UEFA)、南米サッカー連盟(CONMEBOL)、アジアサッカー連盟(AFC)など、6地域の連盟に所属する合計211か国のサッカー協会(日本の場合は「日本サッカー協会(JFA)」にあたる)からなる、世界最大の国際競技連盟だ(ちなみに国際連合の現在の加入国数は193)。

その本部をスイスのチューリッヒに置くFIFA(現在の会長はスイスとイタリアの国籍を持つジャンニ・インファンティーノが務めている)の主なミッションは、サッカーの普及と発展、ルールの統一、そして世界大会の開催である。そのなかでも、もはや商業的にも世界最大規模のイベントとなったワールドカップの開催は、開催国の決定を含めて、FIFAの最も重要な任務となっている。

本ドキュメンタリー『FIFAを暴く』は、FIFA誕生からの歴史を駆け足で辿りながら1974年、非欧州出身者として初めて会長に就任し、その後20年以上もその座に就き続けたジョアン・アヴェランジェ(ブラジル)に注目する。そして、彼の側近としてFIFAに登場し、その退陣後、1998年から2015年まで、FIFA会長の座に就くことになったゼップ・ブラッター(スイス)に、次第にスポットを当てていく。

現在のFIFA、そしてワールドカップを語るうえでは、欠くことができない人物であるブラッター(現在はFIFAによる活動停止処分中)が行なってきた、さまざまな「改革」と、それにまつわる数々の「疑惑」。それを「検証」するために、ブラッター本人はもちろん、彼の「右腕」であった元FIFA事務局長ジェローム・ヴァルク(フランス / 現在はFIFAによる活動停止処分中)など、彼を直接知る協会関係者やジャーナリスト、さらには元FBI関係者や米司法当局関係者までも含めた、合計40名以上もの人々の個別インタビューを実施。

それにこれまで報じられてきたFIFA関連ニュースをはじめとする膨大なアーカイブ映像も交えることによって、FIFAという組織のあり方を問い直そうというのが、本ドキュメンタリーの真の意図なのだ。

「つまりは、『金』の問題なんです」。FIFAの体質を暴く生々しい証言

『FIFAを暴く』が描くポイントは、大きく分けて3つある。

ひとつ目は1998年、ブラッターが初めて会長選挙(任期は4年)に立候補し、大方の予想を覆して会長に就任したときの話だ(会長選は1協会1票の投票によって行なわれる)。彼の公約はただひとつ、「アフリカ大陸でのワールドカップ開催」だった。アフリカ諸国の支持を取りつけたブラッターはその後、2010年に南アフリカでのワールドカップ開催を実現させる。

ふたつ目は2010年、前代未聞の2018年と2022年の2大会同時決定となった、FIFAによる開催国決定投票にまつわる話だ。立候補した国々によるプレゼンテーション期間を経て行なわれた、FIFA理事22名による決戦投票。その結果選ばれたのは、大方優勢と目されていたイングランド(2018年)とアメリカ(2022年)ではなく、ロシアとカタールだった(ブラッター自身は、2022年はアメリカを推していたようだが……)。

そして最後は2015年、アメリカ司法局によってFIFA理事14名が「組織的不正」の容疑で総会期間中に起訴、スイス当局によって身柄を拘束され、結果的にブラッターが退任に追い込まれた(彼自身は、結局逮捕されなかったが……)、いわゆる「2015年FIFA汚職事件」前後の話だ。

近年のFIFAは、残念ながら、その周辺にある数々の「疑惑」を抜きに語ることができないのだ。

本作のなかには、2011年の会長選挙でブラッターの対抗馬と目されつつも、北中米・カリブ海サッカー連盟(CONCACAF)の当時の会長ジャック・ワーナー(トリニダード・トバゴ)に対する「贈収賄容疑」で失脚した、当時のAFC会長ムハンマド・ビン・ハマム(カタール / その後、FIFAによって永久活動停止処分を下された)や、カタール招致委員会(当時)の事務総長であり、現在はカタール・ワールドカップ最高委員会の事務総長を務めているハサン・アル・タワディ(カタール)も登場し、個別インタビューで数々の疑問に応えながら、当時の内情や自らの見解を生々しく語っている。その「真実」は、果たしてどこにあるのだろうか?

インタビュイーのひとりであるルポルタージュ作家、デイヴィッド・コンは本作のなかで言う。

「実際にワールドカップはカタールで開催されます。彼らは自分たちに向けられた疑惑を晴らしたのです。これからどうなるかはわかりませんが、彼らは裕福なので主催します。それが理由です。つまりは金の問題なんです」
- Netflixドキュメンター『FIFAを暴く』

そこで思い起こされるのは、東京オリンピック組織委員会元理事(彼はブラッターとも懇意であることで知られている)を筆頭に、大手企業のトップらも続々と逮捕・起訴され、世間をにぎわせた「東京オリンピック汚職事件」である。無論、その問題とFIFAが抱える問題は、スケール感も関わる人々の人数も国籍も違う。けれども、「選手」という当事者を置き去りにして、その「利権」に群がる者たちという構図は、ほとんど相似形をなしていると言えるだろう。

「サッカーは人質に取られている」……国際スポーツとの向き合い方の難しさ

もはや、世界規模のスポーツ大会には、「汚職」がつきものなのか。あるいは、これも「資本主義の限界」のひとつなのだろうか。否、そんなことはないはずだ(と思いたい)。

スポーツ観戦は、多くの人々に、しばし日常を忘れさせてくれるような熱狂と興奮をもたらせる。その「価値」は、今後も高まっていくだろう。しかし、だからと言ってすべてを忘れ去り、水に流せばいいという話ではない。むしろ、そうであるからこそ、その熱狂から覚めたときには、誰よりも冷静に物事を見つめなくてはならないのだ。

『FIFAを暴く』のなかでは、「スポーツウォッシング」という概念が深刻さを増している、という警鐘も鳴らされている。スポーツの感動、熱狂のなかで、その権利を持ち、取引をする権力者たちが関わっている金銭の流れや政治的思惑は、「洗浄」され覆い隠されてしまう。

カタールワールドカップをめぐる疑惑は、汚職だけではない。スタジアム建設に際しては多くの移民労働者が命を落としたのではないかとも言われている。さらには、カタールにおける女性や性的マイノリティーの権利への意識も問題視されている。同国の法律では同性愛や同性間の性行為が禁止されており、国外から観戦に訪れた観客が同性愛者の権利を主張した場合、大きなリスクを背負う可能性がある。そうした懸念は、予断を許さない開催スケジュールに押し流され、試合の熱狂にかき消されようとしている。

サッカーは世界中で愛されているからこそ、世界各地の地域に根づき、誰もが楽しめる文化であるはずである。しかし、誰もが楽しむべきサッカーの最高の大会が、一部の権力によって「人質に取られている」のだ。

「サッカーの敵」は誰なのか? 少なくともそれを肝に銘じながら、12月18日まで続くワールドカップに接したいと思う。

作品情報
『FIFAを暴く』

プロデューサー:ジョン・バトセック
プロデューサー、監督:ダニエル・ゴードン

Camera Press/Courtesy of Netflix


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