硬貨や紙幣にはじまり、クレジットカードが普及したのちに、いまでは電子マネーやQRコード決済も一般化してきた「お金」。いま、ブロックチェーンの登場で、人類にとってお金の存在が大きく変わろうとしている。
暗号資産(仮想通貨)やNFT、DeFiなどが注目されているが、そうしたデジタル通貨でのやりとりが広く一般層に浸透したとき、人々のお金の価値観や社会経済はどのような変化を遂げるのだろうか。
リアルとデジタルが融けた世界に生きる未来の人々を「メタ・サピエンス」と名づけ、その生態系を考察する本特集。
今回は、本特集の「社会基盤」のテーマにおいてリーダーを務める豊田啓介が、分散型金融DeFiプロジェクト「Cega」の創業者である豊崎亜里紗を招き、オンラインでの対談を実施。これまでの時代からメタ・サピエンスの時代における金融の進化と、人類にとってのお金の価値観の変化を探る。
硬貨や紙幣はなくなるのか? デジタル通貨が完全に浸透した際の金融のあり方
―まず人類にとって「お金」という存在は、どのような歴史をたどって変化してきたのか、あらためて教えていただけますか?
豊崎:ご存知のように、大昔は世界中の人類が物々交換を行なっていました。ですが、鮮度が落ちるとか、欲しい物に釣り合うモノを持っていないと交換できないなどの不具合が生じました。
そこで、塩や米や金銀などを元手に物品交換を行なうようになり、さらにはモノの移動距離も伸びて隣村との取引も可能になりました。そして、通貨が生まれ、国が通貨の価値を保証することで、国の端から端まで価値を移転させることができるようになったわけです。
これをさらに進化させたのがデジタル通貨です。いわゆる電子マネーや暗号資産ですね。なかでも暗号資産は、国境を越え、世界中での取引を可能にしています。距離の制約がなくなったことに加えて、各国における政治や通貨に対する不安が、限りなく不要になると期待しています。
豊田:あらためて「お金」とは何かを考えてみると、本来はただの情報であるはずなのに、最終的には誰かが価値を担保しているという社会的合意と、契約のもとで硬貨や紙幣というモノに置き換えて成り立っていたわけですよね。
デジタル通貨がさらに普及すると情報とモノの境目が曖昧になっていき、やがて硬貨や紙幣がなくなるかもしれない。メタ・サピエンスの時代がそうなるとしたら、ガラリと世界が変わっていきそうです。
―デジタル通貨が老若男女に浸透したら、現金がなくなることはあり得ると思いますか?
豊崎:遠い未来であればその可能性もなくはないかもしれませんが、個人的にはデジタル上の分散型金融が既存の金融を完全に置き換えることはないと思っています。
いまでも地球のどこかで物々交換が行なわれているように、貨幣経済がすべてを支配しているわけではありません。もちろん分散型金融がこれから拡大することは間違いありませんが、既存金融と共存していくのだと思っています。
豊田:どんなに技術革命が起きて新しい産業が生まれようと、第一次産業や第二次産業が存在しているように、すべてが共存していくということですね。
豊崎:はい。そう考えています。それに現状は、暗号資産が世界中で浸透しているとまだまだ言えない状況ですからね。ただ、Apple Payの支払い手段として暗号資産が選択できるようになったように、今後ちょっとしたきっかけで、一気に普及することはありえると思っています。
「個」の生き方の選択肢を広げる、暗号資産の魅力
―豊崎さんが暗号資産に感じている魅力はなんでしょうか?
豊崎:やはり最大の特徴は、世界で共通の価値を持っており、そのままどこでも使えること。日本ではまだまだ投資や投機の対象というイメージが強いかもしれませんが、自国の政治が不透明かつ通貨の信用も低い諸外国などでは、重要な財産の保存手段のひとつになりつつあります。
そのような国では、国内情勢だけでなく海外に目を向ける必要性が高まっているんです。暗号資産の普及により、人々の国際的な感覚が自ずと培われていくのではないでしょうか。
結果として、ノマド的な生き方や、個人主義、自由主義の思考を持つ人もますます増えてきたと思います。勉強して大学に行き、就職するといった、これまでの価値観に縛られず、「個」の力や個のあり方にフォーカスした生き方を選択肢として持てるのが暗号資産の魅力のひとつだと感じます。
豊田:なるほど。通信インフラが整っていなかったがゆえに、アフリカ諸国に一気にスマホが普及したという事例にも通じる気がします。同様に、テクノロジーが発達した先進国から中央集権的に浸透するのではなく、政情の不安定な国が暗号資産の普及を引っ張るということもありそうですね。
豊崎:そうですね。その一例として、中米のエルサルバドル共和国では、2021年9月にビットコインを法定通貨と定めました。政府が公式ウォレットをつくり、ビットコインを配布するという動きがありました。ただ現状、ビットコインの価値に左右されてしまい、うまくいっていない点もあって賛否も分かれていますが、とてもチャレンジングな試みとして興味深く思っています。
このような取り組みが、暗号資産およびデジタル通貨の普及を促進していく可能性もあるでしょうし、成功事例が増えれば人々の「お金」に対する価値観の変化も早まりそうです。
これまでの金融機関とDeFiの違いとは? 3つのメリットと他分野への応用の可能性
―暗号資産の取引においては、デジタル上の取引記録を分散的に処理・記録するブロックチェーン技術によって生まれた分散型金融「DeFi(ディーファイ)」が、Web3.0(以下、Web3)の流れのなかで注目されていますね。なかでも豊崎さんが創業したCegaは、世界初のDeFiプロジェクトとして話題にもなりました。あらためて、DeFiにはどんな特徴があるのでしょうか?
豊崎:まずDeFiとは、銀行とか証券会社のように特定の仲介者や管理主体を必要とせず、デジタル上での金融取引を可能にする分散型金融システムのことです。
DeFiの特徴は、ブロックチェーンや分散型台帳の技術を基盤に構築されていること。一定の条件で取引を自動実行する「スマートコントラクト」によって、中央の管理者なしにさまざまな金融取引が可能になる自律的な金融システムです。今後の金融における多様な可能性が期待されています。
ちなみにCegaが目指しているのは、高度な条件を付与したオプションを組み込み、それをスマートコントラクトによって実行することで、より高い金利のリターンを試みるものです。
豊田:これまでの金融機関と何が根本的に変わるのか気になるのですが、DeFiのメリットや魅力はどのようなところにあるんでしょうか?
豊崎:個人的には3つあると思います。ひとつは、先ほど暗号資産の特徴としてもお話ししたとおり、世界中どこからでもアクセスが可能なことです。通常、仕組債などの金融商品は、国ごとの規制のもと販売されていますが、暗号資産を用いると、世界中場所に関係なく同じ商品に触れることができるのです。
2つ目は、透明性が非常に高いということです。スマートコントラクトの記録は、すべて改ざんできないため、非常に信用がおける金融取引を可能にします。
3つ目は、オペレーションコストの低下です。銀行や証券会社、ファンドが顧客のお金に責任を持つ既存の金融システムは、オペレーションコストが高く、その分、顧客が高い手数料を支払う必要がありました。DeFiではオペレーションが自律し自動的に行なわれるため、低コストで実装できるのです。
ただ、まだまだ課題も多く、発展途上な領域のためユースケースは少ないです。加えて、昨年のFTXという大手暗号資産取引所の破綻など、市場にとってネガティブな状況もあり、われわれCegaも商品の再考を余儀なくされました。Cegaもまだ1合目にすら達していません。やっとスタートラインに立ったくらいなので、ここから盛り上げていきたいと思っています。
豊田:なるほど。非常に興味深いですね。私は建築や都市のデザインを専門分野としており、ロボットや車の自動運転を社会実装するための共通基盤なども研究しているのですが、人やロボット、建築すらも記述されやり取りの対象となるような世界では、まさに分散型台帳のような仕組みが有効なのではと感じました。
現状ですと、ファイナンスの分野が先行している領域ですが、分散型台帳は建築や都市情報の記述など、ほかの分野にも応用可能なのでしょうか?
豊崎:そう思います。わかりやすい例でいえば、現在だと、カーナビのマップの情報のアップデートや信頼性は、サービス提供会社に依存していますよね。そのため、古い道の情報が表示されたり、新しい店が目的地に設定できなかったりします。
ですが、そこに分散型台帳の技術を活用すると、各所で最新の情報が取得できるようになるわけです。加えてクラウドと違い、ハッキングや改ざんのリスクもないため、信用に値する情報だと確信も持てます。いずれ分散型台帳の技術は、社会のいたるところに組み込まれ、生活やビジネスにおける利便性を向上させていくと思います。
Web3時代は「Read & Write & Own」。個人でお金を稼ぐ選択肢も増えたNFTの出現
―ブロックチェーン技術を活用した分散型ウェブの世界「Web3」が注目されている現代において、暗号資産を含むデジタル通貨はさらに社会に浸透していくと思います。そうなると、企業の事業戦略やマネタイズの方法も進化していきそうです。一方でアーティストやクリエイターをはじめとする「個人でのお金の稼ぎ方」も、大きく変わっていくでしょうか?
豊崎:昔に比べて、より個人の意思で稼げる時代になると思います。Web1の時代は、インターネット上で創作活動はほぼできず、私たちの行動は「Read」のみでした。
そこから「Read & Write」 が可能になったWeb2時代では、創作活動ができるようになり、YouTuberなどの新しいクリエイターが誕生しましたよね。そうしてクリエイター自身の情報発信や行動によって、クリエイターエコノミーが生まれました。ですが、YouTubeなどのプラットフォームに、お金を稼ぐ手段を依存しているという課題は残っていたんです。
そんななか、Web3時代は「Read & Write & Own」が可能となり、クリエイティブの権利が完全にクリエイターへと帰属します。ですから、どのプラットフォームで誰に売るか、どんな自己表現をどう流通させるかなどをクリエイターがオーナーシップを持って実行できるようになるんです。
豊田:NFTが、まさにその先駆けといえる印象もあるのですが、豊崎さんがNFTに対してどう思っているのかは気になります。
豊崎:Web3時代のクリエイターエコノミーを実践する面白い取り組みではあるとは感じています。これまでは年に1回しかオークションがなかった高額アートなどの流動性が低い資産において、明日にでも正しい価値で評価されるという仕組みは画期的ですし、未来のアーティストやクリエイターのお金の稼ぎ方も大きく変わる可能性は秘めていると思います。
豊田:なるほど。たとえばこれまでだとアーティストが500個の作品をつくって、その一つ一つに「1 / 500」と作品番号を振ることで価値が担保されていますよね。
あまりNFTに詳しくないのですが、いまのNFTの仕組みだと、せっかくコピーや編集がより自由なデジタルデータなのに、わざわざ個別性を担保してデジタル環境の固有データとして流通させているという理解です。それだけだと現実世界のアートの流通の仕組みをそのままデジタルに置き換えただけな気もします。
本質的なアートの価値や流出の仕方の可能性を広げていく流れがつくれるとよさそうですが、現実世界とは違う方法でNFTを活用する例などもあるのでしょうか?
豊崎:そうした流れもすでに試され始めていますね。NFTコレクション「CryptoPunks」などが有名ですが、そこのキャラクターのIPを持っていると、そのキャラクターを使ってTシャツを販売したり、自社のマスコットキャラクターに使用したりできます。
豊崎:そうしたNFTの「権利」を売買する仕組みは、テクノロジーとして純粋に面白さを感じます。たとえば、あるIPの権利を暗号資産化し、活用規定をスマートコントラクトに残して100人に販売するとします。
すると、これまで100人または100社と個別に商談し、契約書を取り交わしていたオペレーションが、時間もコストも圧倒的に圧縮できますよね。しかも改ざんできないので、トラブルも起こりづらい。このようなアクションがクリエイター本人で実行できるようになる可能性を秘めています。
一方で、現状のNFTは技術的に参入のハードルが高く、もともとテックに強いクリエイターの方でないとなかなかトライしづらい面も課題としてあるのかなというのは、個人的に感じています。
そこがクリアになって、現実世界で素晴らしい作品を手がけているたくさんのアーティストが参入しやすくなると、本質的なアートの価値を拡張する機能になるのではないでしょうか。
豊田:まずは参入のハードルを下げて、さまざまな人が実際に使えるようになるといいですね。人々の理解が浸透したときに、活用方法もより進化すると思うので。まだこれからだとは感じますが、メタ・サピエンスの時代ではクリエイターの創作のあり方や、価値、流通の仕方が本格的に変わっていきそうな可能性を感じます。
Web3に必要な「Good」の価値観。自己が拡張する時代における「善意」の定義
―Web3によってお金や経済に関わる技術や仕組みが発展していった際、メタ・サピエンスが持っておくべき意識やマインドはどんなことだと思いますか?
豊崎:意志を持ち、自律できるようにしておく必要がありますね。理想をいえば、皆が善意のもとで行動していくことが鍵になると思います。分散型金融を広めるうえでのハードルのひとつであるハッキングリスクも、誰も犯罪を起こさなければ考える必要がないですからね。
Goodの価値観は人それぞれで、ときにそれぞれのGoodが背反することもありますが、「盗む」という行為は確実にGoodではありません。Web3が浸透したメタ・サピエンスの時代においても、人間社会のベースにあるGoodに基づき、そのうえで善意と意志を持った行動が求められると思います。
豊田:環境がだめになったら技術がいくら進化しても意味がないですからね。豊崎さんがおっしゃったとおり、ある人にとってのGoodが誰かにとってGoodじゃない場合もある。だからこそ、その認識をある程度のラインで揃えるのは、かなり難しいのが現状だと個人的には感じています。
このメタ・サピエンス特集の最初の記事(参考記事:これからの「自分らしさ」はどう変わる? リアルとデジタルの境界が曖昧な未来を生きる人々を考察)でも少しお話しましたが、技術的基盤が発達してきたことで、あらゆるコミュニティーやイベントに個人の所属とか価値も分散されていくようになりました。自分のアイデンティティーが複数あることはもっと自然になっていくと思うんです。
そうなると、拡張的・集団的な自己が拡散していく社会において、これまでの人間社会におけるGoodを踏まえつつも、あらためて何をもってGoodであるのか再定義したうえで、その定義に準ずるようなデジタル上のシステム構築を考えていく必要はあるかもしれませんね。
―メタ・サピエンスの時代において、さまざまな層にデジタル通貨が浸透した場合、日本の「経済」はどんな成長を遂げると想像しますか?
豊崎:現状の日本のひとつの課題は、起業が少ないことです。デジタル通貨が浸透し、起業にまつわる資金の壁が低くなれば起業も増えて、GDPに良い影響があるのではないかと思っています。
実際に、同じようなプロジェクトでも、日本のVC(ベンチャーキャピタル)と海外のVCでは集まる金額がまったく違うんです。デジタル通貨が浸透していて、お金が国境を簡単に超える世界の国々では、起業を後押しする環境が整っていると感じます。
日本でのデジタル通貨の浸透は、現状は世界に遅れを取っています。ですが、法規制が厳しくなる2018年頃までは、金融市場において日本が世界のトップランナーでした。そして現在では、Web3を国家戦略にしようといった動きも始まっています。
日本では貯蓄思考の人たちが多いので、暗号資産のみならず投資商品すらも敬遠しがちですが、日本人の自制心の高さや研究熱心なところは、個人的に金融にとても向いていると思うんです。メタ・サピエンス時代では、分散型金融の分野にも、もっと参入する人が増えてほしいですね。
豊田:いまのお話をうかがって、私の専門分野である建築・都市や空間記述の世界の状況と通じるものがあると感じました。私はいま、現実世界の「動的な空間」をデジタル記述させて、情報とモノが融合した社会基盤「コモングラウンド」の構築を目指しています。
日本は昔からモノをつくることに優れており、少なくとも最近まで世界のトップランナーだったことは間違いありません。そのなかで、情報を情報だけで扱うのではなく、モノの情報的な記述と流通を考えると、日本企業が持つモノづくりの解像度というのは、ものすごく重要なアセットです。
これらを記述可能なかたちに翻訳して、IT側が接続したがっているモノ領域への橋渡しをしていけば、ふたたび世界をリードできる可能性があるかもしれないと思うんです。都市や社会基盤の発展には金融も大きく関係してくるので、デジタル通貨がより浸透した未来で、日本経済がふたたび成長を遂げることに期待したいと思います。
- プロフィール
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- 豊崎亜里紗 (とよさき ありさ)
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Cegaの共同創業者兼CEO。1993年、名古屋生まれ。日本と中国で幼少期を過ごした後、アメリカのノースウェスタン大学を卒業。専門はコンピューターサイエンスと経済学。UBS証券香港にて、デリバティブトレーダーとしてキャリアをスタートした後、Google 日本法人に入社。検索サービスやAR事業のマーケティング業務を担当し、2022年に暗号資産による分散型金融プロジェクトのCegaを創業。女性起業家や日本発の Web3 プロジェクトに対するエンジェル投資も行なっている。
- 豊田啓介 (とよだ けいすけ)
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東京大学 生産技術研究所 特任教授、建築家(NOIZ、Gluon)。1972年生まれ。安藤忠雄建築研究所、SHoP Architects(ニューヨーク)を経て、2007年より建築デザイン事務所NOIZを設立。2017年、領域横断型プラットフォーム gluon設立。2017年、『2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博)』誘致会場計画アドバイザー。2022年、一般社団法人Metaverse Japan 設立理事。
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