初の有料開催となった『文学フリマ東京38』会場レポ。第一回から今回までの歴史を振り返る

文学フリマのことを“文芸フリマ”と言い間違えがちな知人がいる。文“学”というやや硬めの表現ではなく、やや柔らかめで、もっと広い領域を指していそうな“文芸”と呼びたくなる感覚は、わかる気がする。運営する側の一般社団法人文学フリマ事務局が「文学作品展示即売会」と表現するこのイベントは、年々規模を拡大し、日本各地で開催されるようになった過程で、意外に幅広い分野をあつかうようになったからだ。

5月19日に東京で38回目、全国通算で91回目となる『文学フリマ東京38』が開かれ、私も行ってきた。東京流通センターの会場には開場30分前に着いたが、すでに数百メートルの待機列ができている。定刻の正午より列が動き、間もなく入場してみると、12時台のうちは近年の開催ほどには混んでいないと感じた。

私は2002年にスタートした文学フリマに初期からしばしば訪れてきたが、コロナ禍での中止を経た直後の『第三十一回文学フリマ東京』(2020年11月22日)の大変な混雑と、多くの人が待っていたという熱気をよく覚えている。それ以降の毎年春と秋の開催でも混雑は続き、次回(今年12月1日)から会場を東京ビッグサイト(西展示場3・4ホール)へ移す決定ももっともだと感じた。

初の入場有料化。会場の様子は変化した?

今回は、初めて入場が有料化された。従来は出店者が出店料を払う一方、一般来場者は入場無料だったが、1人1,000円、出店者は出店料に入場料が含まれるかたちへと変更されたのである(17時まで開催で16時30分以降は入場無料)。出店数の増大に伴い、過去にも段階的に会場を移してきたが、事務局は運営コスト増への対応として有料化に踏みきったわけだ。文学フリマに近いイベントとしてすぐ連想され、開催実績では大先輩にあたるコミックマーケットが、すでに一般参加を有料化していることに追随したようにもみえる。

ただし、一般社団法人文学フリマ事務局が全国での開催の共通基盤を整備しているものの、各地の事務局が地域ごとの文学フリマを主催し運営している。2025年までに予定される岩手、香川、大阪、札幌、福岡、京都、広島での入場は、無料のままだ。

今回の『文学フリマ東京38』の歩きやすさは有料化の影響かと思いつつ、会場を回り、興味を覚えた同人誌を手にとり、出会った知人友人に挨拶するうちに(文筆の同業者との遭遇率が高い)気づけばけっこう混んでいた。13時すぎには、通路によってなかなか前へ進めないほど人の流れが詰まっていた。事務局発表によると、昨春が1435出店(1601ブース)、来場者10780人(出店者2327人、一般来場者8453人)だったのに比べ、今春は1878出店(2096ブース)、来場者12283人(出店者3314人、一般来場者8969人)。有料化で来場者の増加が多少抑制されたにせよ、落ちこみはなかったといえる。

「地味なイベント」からスタートした文学フリマ。盛り上がりを支えた作家たち

そもそも文学フリマは、どのように始まったのか。作家の笙野頼子との論争で批評家・漫画原作者の大塚英志が書いた「不良債権としての『文学』」(『群像』2002年6月号)が発端である。純文学の雑誌は出版社から商業出版物として販売されながら、雑誌単体では赤字となっている。大塚は、文学が生き残るための1つのアイデアとして文学に関するフリーマーケットを提案し、2002年11月3日に青山ブックセンターで『第一回文学フリマ』が開かれた。

そのような経緯であるから、一般への出店募集も行なわれたが、最初からプロの小説家や評論家が参加し、出版社もかかわっていた。だが、大塚は自身がイベントの代表者となるのは初回のみとし、その立場を継いだのが、2022年の事務局の一般社団法人化を経て現在も代表を務める望月倫彦である。彼は、初回の出店者の1人だった。

70の出店があり、約1000人が来場した『第一回文学フリマ』は、私の記憶では地味なイベントだった。机の上に同人誌や本を並べ、書き手が客に対面で売る。基本的にそれだけ。後年の会場のように、ブースの見映えをよくしようとあれこれ工夫する様子は、まだ少なかった。

だが、スペースのわりに来場者は多かった。『メフィスト賞』を受賞したばかりでまだ新人作家だった佐藤友哉、西尾維新、舞城王太郎のコピー誌『タンデムローターの方法論』が販売され、佐藤のサイン会で100人ほど列ができたこと(同誌の成功は3人を軸にした講談社の雑誌『ファウスト』の翌年創刊につながった)、大塚英志が登壇した批評家の討論会が行なわれたこと、有名書店の青山ブックセンターで実施したゆえ来店客がイベントスペースにも流れたことなどが、盛り上がりの理由だったろう。

2004年の第三回からは、会場を東京都中小企業振興公社秋葉原庁舎へ移す。話題を呼んだのは『第七回文学フリマ』(2008年)の「ゼロアカ道場」だ。これは、東浩紀が新人批評家を育成選考する講談社の企画「ゼロアカ道場」の第四回関門として、道場生が同人誌を製作し売上冊数を競ったもの(藤田直哉、坂上秋成など参加)。この試みが注目され、集客も成功したことは、批評家志望者が同人誌を製作するのが当たり前になる流れを生んだ。

2009年から大田区産業プラザPiOに移った文学フリマは、さらなる拡大期を迎える。東日本大震災があった2011年の『第十二回文学フリマ』では、『早稲田文学』が阿部和重、川上未映子、村田沙耶香、中村文則など作家のチャリティサイン会を行ない大盛況だった。その際、サイン会を訪れた芸人の又吉直樹に声をかけた編集者が小説執筆を依頼し、後の『火花』での『芥川賞』受賞に結びついたのは有名である。

そうした過去の出来事は、最新の『文学フリマ東京38』に引き継がれた部分もある。佐藤友哉は近年、滝本竜彦、海猫沢めろんなど作家たちで組んだバンド、エリーツとして出店している。また、「ゼロアカ道場」の前後から、東浩紀、佐々木敦といった新人の育成に熱心な批評家に影響された若手のほか、批評同人誌がいろいろつくられ続けているが、今回は佐々木個人が、新刊『佐々木敦による阿部和重(仮)』を自主製作していた。かつて「ゼロアカ道場」で競っていた「最終批評神話」(村上裕一)も参加した。また、『火花』を担当したことで知られる現『文學界』編集長が、『文學界新人賞』のガイド的小冊子を手売りする姿もあった。

ほかにも芦辺拓、斜線堂有紀、真下みことなどの作家、橋本輝幸、若林踏、探偵小説研究会、限界研といった評論家たちなどプロの書き手自身や作品が、会場には多く見かけられたのである。出店数があまりにも多くなったため、事前にウェブカタログで調べたとはいえ、全貌はとても把握できていない。

方向転換を迫られる商業出版。文学フリマの存在意義と、変わりゆくあり方

商業出版に関しては、文学フリマが始まった2002年以後、純文学のいわゆる5大文芸誌は刊行を継続しているものの、一時期は会場で目立つ立場でありイベントも行なった『早稲田文学』は2022年に休刊した。また、エンタテインメント系小説誌の多くが、この20余年間に刊行頻度が減ったり紙から電子版へ移行するなど、方向転換を迫られている。

論壇誌は休刊が相次ぎ、文芸誌の評論新人賞も打ち切られるなど、批評は小説以上に環境が厳しい。出版不況が深まるなかで文学フリマは、プロの書き手が自作を発表する場を確保し、商業媒体以上に自由に書ける場として活用される一方、批評家を志す者の新たな入口となってきた。以上は「不良債権としての『文学』」以来の文学や批評をめぐる事情である。

しかし、それはいまとなっては一部の事情でしかない。会場規模の拡大に関しては一般からの小説参加の増加、また近年ではこだま『夫のちんぽが入らない』という成功例のあとにエッセイなどノンフィクションの出店が伸びたこと、短歌など詩歌が新人の作品を発表する機会として文学フリマを活用するようになったことが大きい。

初期には机に売る本をただ並べるだけのブースが多かったが、回数を重ねるごとに大きく書かれたお品書きやイラストのポスターや幟を掲示するといった展示の工夫が増えた。そうした工夫は、漫画だけでなく小説や評論・研究といった文字中心の同人誌も売られてきたコミックマーケットなどに先行して見られた流儀が持ちこまれたように感じる。また、文学フリマはコスプレ禁止であり着替えスペースもないが、どこからがコスプレか線引きしにくいだろうし、なかにはそれ風の参加者も目にしないではない。

事務局は、ホームページで「自分が〈文学〉と信じるもの」と「文学」を定義している。だが、実際に出展されるものは、「文学」と聞いてイメージしやすい紙に書かれた文章ばかりではない。写真集、漫画もあるし、CDやグッズの類もあるのだ。やはり文章中心の紙の同人誌が多くを占めるものの、ここでは「文学」が、かなり自由にとらえられている。ロックを標榜して出発した『ROCK IN JAPAN FESTIVAL』が、現在ではアイドルも普通に出演し、幅広いジャンルを呑みこむことで大型の音楽フェスであり続けていることに似ている。

かつての「ゼロアカ道場」はインターネットの影響力の増大を踏まえた企画だったし、道場生の多くはネットカルチャーを批評すると同時に、自分の認知度を高め、同人誌の売上を増やすためのネット発信に積極な者もいた。その頃から、出店者がブログやSNSで参加告知するのは、当たり前になっていた。出版不況の理由にネットやケータイ・スマホの発達の影響をあげ、両者を対立的にとらえるむきもあるが、むしろネットと親和性が高いイベントなのだ。文学フリマの協賛に、同レボ!(富士フイルムビジネスイノベーションジャパン)、しまや出版という同人誌印刷企業とともに、pixiv小説、小説家になろう、noteといった投稿サイトが加わっていることは、ネットに見られる表現欲求とこのイベントへの参加がつながっていることを示唆している。

街からリアル書店が減るなか、生き残りを図る店舗には本や雑誌以外の雑貨もあつかったり、イベントを開くなどする動きがある。また、2000年代以降は、個々人が古本を箱に詰めて集まり、フリーマーケットの形をとる一箱古本市が各地で催されたり、近年では店舗の棚を参加者がそれぞれ間借りするシェア型書店も話題になってきた。商業出版の苦境が続く一方、本好きのなかには自分が売る側になることへの興味もうかがわれる。本への親しみを介して誰かとコミュニケーションをとりたい。そうした欲求が感じられる一連の売り方は、文学フリマの出店のあり方と相似する要素が多い。表現欲求と売ることへの興味の合体が、このイベントを支えているといえる。

文学フリマの発展の過程では、開催規模拡大の是非、アマチュアとプロのバランス、商業化をどの程度まで認めるか、東京と他地域の格差、有料化の是非など、多くの論点で賛否が語られてきた。東京ビッグサイトへの場所の移行が決まった現在も多くの議論が起きている。その現実の行方は、また会場へ行って確かめたい。



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