「『ひとりにしない』という支援」を掲げながら、路上生活者や生活困窮者のみならず、さまざまな人々の支援活動を展開している北九州のNPO法人「抱樸(ほうぼく)」。近年は「希望のまちプロジェクト」と称してまちづくりにも乗り出すなど、さらにその活動領域を広げている抱樸が、その過程のなかであらためて重要性を実感したのは、「デザイン」の力であるという。
プロのデザイナーに依頼するだけではなく、自分たちの手で自分たちの「かたち」を見つけ出す。アドビはそんなコンテンツ制作を支援するため、初心者でも扱いやすいクリエイティブツール「Adobe Express」をNPOに無償提供しており、抱樸もその一つ。
そこで、抱樸の理事長を務める奥田知志(おくだ ともし)に、NPOの現在と「伝えること」の重要性、さらにはデザインの効用について話を聞いた。
ホームレスの人たちが社会保障の相談に来ない3つの理由
―まず、奥田さんが理事長/代表を務める抱樸について、簡単に教えていただけますか?
奥田:抱樸の活動はいまから35年前、最初は路上に暮らす人たち、いまで言うホームレスの人たちを、ひとりひとり訪ねて、関係性をつくりながら、その人たちが立ち上がっていく過程に伴走していくという、いわゆる「伴走型支援」の活動から始まりました。というのも、日本の社会は、その多くが「申請主義」で、自分から申請しないと、社会保障の制度が使えないんですよ。つまり、一番困っている人が、相談に来ないことが多いんです。
奥田:その理由はいくつかあって……ひとつ目は、これがもう決定打なんですけど、「知らない」ということなんです。その制度があること自体が「伝わってない」と。2つ目は、もうひとつの問題というか、これは最初の「知らない」「伝わってない」とも関わってくるのですが、やっぱり孤立・孤独の問題なんですよね。いまの日本社会というのは、すごく孤立・孤独化した社会になっていて、OECDのデータでは、日本の孤独率は、アメリカの5倍ぐらい高いんです(※1)。
―多くの人は、教会に通うような習慣もないですし、かつてあった地域コミュニティーのようなものも、いまは……。
奥田:もう、ほとんど崩れていますよね。そこで何が起こっているのかというと、人間というのは他者性のなかで自分を見出すので、人との関わりがなくなると、自分が崖っぷちに立っていることを、気づかなくなるんです。だから、そういう人たちの横に座って、いろんな話をしていると、あるときからスーッと顔が青ざめていって、「わたしは大丈夫でしょうか?」って言うんです。そこからやっと、「助けてください」という言葉が出てくるんですよね。
―なるほど。
奥田:そして、3つ目は、孤立・孤独の問題そのものなんですけど、もうあきらめているというか、もう一回生きようとする意欲がなくなっているということなんです。そういう人たちに対して、徹底的に一緒にいる、伴走していくというスタイルで、35年間活動してきたんですよね。
「助けてと言える社会へ」抱樸からのメッセージ
クラウドファンディングを通じて気づいた、デザインの持つ力
―現在は、ホームレス支援だけではなく、かなり多岐にわたる活動をされていますよね?
奥田:そうですね。いまでは子どもを含めた家族まるごとの支援とか、障害福祉や介護事業もやっていて……全部で27の事業をやっています。あと、昨年からはいよいよ、まちづくりも動き始めていて。
―それが現在、福岡県北九州市で進めている「希望のまちプロジェクト」になるわけですか?
奥田:そうなんです。わたしたちは、ホームレスや生活困窮者、あるいはひきこもりの人の社会復帰を応援している団体とよく言われるんですけど、正直申し上げて、そもそも「復帰したい」と思えるような社会なのかと。その問いは、もう35年間、ずっと存在していて。孤立・孤独が進んでいく日本の社会で、あるべき本来の社会というのは何なのか。それを考えながら、実際に「まち」をつくっていこうというプロジェクトが、「希望のまちプロジェクト」なんです。
8分でわかる『希望のまちプロジェクト』
―「希望のまちプロジェクト」のガバメントクラウドファンディングは大きな話題を呼びましたね。抱樸はこれまで何回かクラウドファンディングを実施されていますが、そのときにあらためてデザインの持つ力を実感したとか?
奥田:新型コロナウイルスが流行り始めた頃、2020年4月に「コロナ緊急|家や仕事を失う人をひとりにしない支援」というクラウドファンディングを立ち上げて。そういうものをやるのは、じつはそのときが初めてだったんですけど、これまで支援してくれた人だけではなく、広く世の中の人たちにこのクラウドファンディングの存在を知ってもらうためには、どうしたらいいんだろうと。
それをきっかけに、あらためて自分たちなりにデザインのことを考えて、ある程度自分たちでやるようになって……。
―そこから、いろいろと試行錯誤しながら、現在は「Adobe Express」の非営利団体向けの無償プランを利用するに至ったと。
「外への働きかけみたいなものが、全般的にNPO業界は足らないと思うんです」(奥田)
―ただ、多くのNPOは、デザインのところまで、なかなか手が回らない現状があると思います。
奥田:やはり我々のようなNPOは「現場」からすべてが構築されていくんです。この35年を振り返っても、いわゆる広報部のようなものができるのは、ほぼ最後でした。だけど、やっぱりそこを後まわしにしてはダメなんですよね。後まわしにしていると、「自分たちはいいことをやっている」という自意識だけで動いてしまうので。それでは、活動が社会全体につながっていかないんですよね。
ホームレスや生活困窮者の問題が、なかなか自分事になっていかず、むしろブラックボックス化してしまい、端から見ると「何かあやしい」「危険なんじゃないか」、あるいは「困窮者は、頑張らなかった結果なんじゃないか」って思われたり……。
―そこにもまた、最初に言われたような「知らない」「伝わってない」という問題があるわけですね。
奥田:そうなんです。ただ、そういう理解不足を生み出しているのは、ある意味NPOサイドだったりもするわけです。それは、理解不足をバラまいているということではなく、ちゃんと「伝えてない」から。「自分たちはいいことをやっている」というところに留まって、それを伝えていくことを、少しおろそかにしているところがあって。そういう外への働きかけみたいなものが、全般的にNPO業界は足らないと思うんです。
あと、もうひとつ言うと、やっぱりNPOは、お金がないんですよ。お金があっても、それは全部、現場にまわっていくんですよね。なので、こういう「Adobe Express」のようなものを無償で提供していただけるのは、本当にありがたいことだと思います。
「言葉」だけでは伝わらない。デザインを活かした「伝え方」
―先ほど「コロナ禍のクラウドファンディングをきっかけにデザインを」という話がありましたけど、抱樸さんは、その前から、さまざまな文化人の方々と交流したり、その「伝え方」という意味では、非常にうまくやられている印象がありましたけど……。
奥田:以前から、いわゆる活動報告書みたいなものをわたしが書いて、支援者の方々に送ったりはしていたんですけど、字ばっかりだったというか(笑)。
最初の頃から、まずは伝えなくてはならない、伝わらないと何も始まらないという考えがあって、興味を持っていただける方には、こちらのほうから積極的に働きかけるようにはしていたんですけど、それを「どのように伝えるのか」っていうことに関しては、あまり頓着してなかったようなところがあって。正しいことを言ったり書いたりしていたら、きっと聞いてもらえるし読んでもらえるはずだっていう。
―とりあえず、情報として、ちゃんと外に出していけば伝わるはずだと。
奥田:そうなんです。それはヘタをすると、アリバイ的に「これだけのことをやっていますよ」みたいに見えたところもあったのかもしれない。あと、当時こだわっていたのは、やっぱり「言葉」そのものだったんですよね。経済的なものに関わる「ハウスレス」の問題と、人的な支えに関わる「ホームレス」の問題を区別して、その両方からのアプローチが必要であるとか、「言葉」の問題から始めたり。というのも、わたし自身、もともとは牧師なもので……。
―そうですよね。抱樸を始める前から、ずっと「言葉」を伝える仕事をされてきたわけですね。
奥田:そうなんです。ただ、それが本当に伝わっていたかどうかっていう問題は結構あって。本も何冊か出させてもらっているんですけど、それだけでは伝わらないところもあるというか、デザインをはじめとする見せ方みたいなものって、やっぱりすごく大事なんですよね。単にわかりやすいとかカッコいいとかだけではなく、我々がやっていることの本質を、どこまでそこにちゃんと落とし込めるかっていう。
―わかります。
デザインについて考えることが、「伝えたいこと」を見つめ直す機会に
奥田:コロナが始まる2年ぐらい前だったかな? 抱樸のホームページをリニューアルしたんですけど、そのために、プロのデザイナーの方にも入ってもらって、相当時間を掛けていろいろ話し合ったんです。やっぱり、27も事業をやっていると、何をやっている団体なのか、よくわからないじゃないですか(笑)。
―そうですよね(笑)。
奥田:だから、そこは結構議論を重ねて……「この35年にわたる活動を、一言で言ったら何だろう?」っていうのを、ボランティアも含めて、うちの職員たちみんなに聞いて。それで、一番最後に残ったのが、「『ひとりにしない』という支援」という言葉だったんです。なので、いまはホームページをはじめ、うちの広報のデザインのど真ん中には、すべてその言葉があるんですよね。
―いまの奥田さんの話を聞いていて思いましたが、デザインについて考えることは、自分たちの活動や在り方、果ては、「伝えたいこと」を見つめ直す機会にもなるような……。
奥田:ああ、それは本当にそうだと思います。ホームページのデザインを刷新するまでの一年弱ぐらいのあいだの議論は、私としてもかなり面白かったですから。もちろん、私はデザイナーではないので、デザインに関する専門的なことは、いまだによくわからないのですが、その中身の部分、つまりどの情報に絞り込むとか、それをどういう切り口で、どんな風に見せたらいいのかっていうのは、私も相当考えましたし、そのときの経験が、いまに活きている感じは、すごくあるように思います。
デザインに触れていなかった人でも使いやすいクリエイティブツールを
「Adobe Express」を提供するアドビは、「すべての人に『つくる力』を届ける」という理念を掲げ、その理念のもと、これまで「Photoshop」や「Illustrator」などいろいろなツールをつくってきた。これらのツールは、プロのクリエイターにも愛用されている万能ツールである一方、機能があまりにも多く、初心者には少しハードルが高い面があった。
プロのデザイナーやカメラマンではない人でも、ちょっとデザインをいじったり、写真や動画を扱ったりするような機会が多くなっている昨今、そういう方々にも使いやすい、気楽に扱えるようなツールが必要なのではないだろうか。そういう発想のもとに生まれたのが「Adobe Express」。
「Adobe Express」の使い方。テンプレートを選択する方法
「これまで以上に、いろいろな方に使ってほしい」――そういった思いから、「Adobe Express」は、基本的な機能は無料で使え、一部機能のみ有料プランで利用するかたちになっている。各種NPOの方々には、有料機能もすべて無償で利用いただけるプランをアドビは提供している。
アドビは、CSR活動を通じさまざまなNPO関係者の方々とお話するなかで、みなさん日々の活動で忙しく、なかなかデザインまで手が回らないことを知った。素晴らしい活動をされているNPOでも、そもそもの社会課題が一般的には知られていなかったり、知られていたとしても、支援者になってくださる方の数が、まだまだ少ない現状がある。
そんな「伝わっていない」という課題を持っているNPOに「Adobe Express」を活用いただき、少しでもデザインの力で、多くの方にメッセージが届くようになればいいなと、アドビは考えている。
※1:「友人、同僚、その他の人」との交流が「まったくない」あるいは「ほとんどない」と回答した人の割合が、日本は15.3%、アメリカは3.1%となった。日本はOECDの加盟国20カ国中最も高い割合を示した。OECD「Society at a Glance 2005」より。
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Adobe Express for Nonprofits
非営利団体向けAdobe Express。Adobe Expressプレミアムプランを使って、団体の活動内容やメッセージを効果的に発信しましょう。このプログラムは、すべて無料でご利用いただけます。
- プロフィール
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- 奥田知志 (おくだ ともし)
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NPO法人抱樸理事長 / 東八幡キリスト教会牧師。1990年、東八幡キリスト教会牧師として赴任。同時に、学生時代から始めた「ホームレス支援」に北九州でも参加。事務局長等を経て、北九州ホームレス支援機構(現 抱樸)の理事長に就任。これまでに3,700人(2022年3月現在)以上のホームレスの人々の自立を支援。その他、共生地域創造財団代表理事、全国居住支援法人協議会共同代表、国の審議会等の役職も歴任。第19回糸賀一雄記念賞受賞など多数の表彰を受ける。NHKのドキュメンタリー番組『プロフェッショナル仕事の流儀」にも2度取り上げられ、著作も多数と広範囲に活動を広げている。
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