ニューヨークを拠点に、どこかへんてこなのにかわいらしい、ゾクッとする感覚が混在した世界観を持つ作品を発表し続けているアーティスト・荒木珠奈。そのキャリアを振り返る、初の回顧展『うえののそこから「はじまり、はじまり」荒木珠奈 展』が、東京都美術館にて2023年7月22日(土)から10月9日(月・祝)まで開催されている。
この回顧展を記念し、造形作家としても活動する俳優の片桐仁と、荒木珠奈の対談を実施。
荒木の作品が版画や立体、インスタレーションなど初期から最新作まで90点以上が展示される会場を一緒に見て回った後、意外な共通点を持つ二人が、お互いの活動や創作モチベーション、ちょっと気になることについて語り合った。
版画はあくまで手段。カテゴリーから外れた二人の表現者が語る
―片桐さん、展覧会を見て回っていかがでしたか?
片桐:いやー、回顧展っていいですね。今回の展示は作品が時系列で並んでいるわけではないけど、団地をテーマとした作品の裏側に、東日本大震災のときに感じた不安を描いた作品が配置されていていたりと、作品単体で見るのとはまた違うものも感じられて良かったです。
荒木:回顧展と言いつつ、私としてはまだ落ち着いて振り返れていないんです(笑)。でも、見た人からは「版画が迫力あるね」と言ってもらえることが多いです。自分ではそんな感じはしないんですけど、版画を20数年間やってきた成果なんですかね。「そうなんだ」って思ってます(笑)。
片桐:僕も学生のときに銅版画をやっていたからか、銅版画の作品はすごく印象的でしたね。当時は先生に「とにかく限界を超えてアクが出るまで刷れ。その奥に何かが見えてくる」みたいなことを言われて、ものすごく重苦しい印象を持っていたんですよ。それも含めて「大変すぎるな」と思って木版画に転向しました(笑)。
荒木:(笑)。
片桐:でも、荒木さんの銅版画はそんなイメージの真逆で、まるでファーストインプレッションを転写しているかのような軽やかさがあるんですよね。作品を見る人にある程度委ねるような感覚があるというか。色もすごくきれいで、旅をしているような気持ちになれて新鮮でした。
―荒木さんは銅版画以外にも多彩な作品を制作されていますが、銅版画作家としてはそういう立ち位置は意識されているのでしょうか?
荒木:版画という枠のなかでの自分を意識したことはないんですけど、版画をあんまり「版画」として扱わない部分はあると思います。最初からそれを切ったり貼ったりすることが目的だったり。今回も銅版の腐食した版を組み合わせてつくった船のようなかたちをした作品があります。
片桐:「手段としての版画」ってことですよね。
荒木:そうです。だから学校の先生なんかは「よくわかんないけど、放っておくか」みたいな感じでした(笑)。片桐さんも版画をやっていたのに、現在は粘土などで立体物をたくさんつくっていますよね?
片桐:教職の授業で粘土をやったんですよ。テラコッタとか、水粘土でつくって石膏取りして繊維強化プラスチックを流したりとか、全部が楽しくて。それで卒業したら立体ばっかりやるになっちゃいましたね。これは自分でつくったモアイのiPhoneケースです。
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片桐:映画『99.9-刑事専門弁護士-THE MOVIE』の撮影のとき、木村ひさし監督に「モアイのiPhoneケース、モiPhoneにしましょう」って言われてつくったやつなんですけど(笑)。
―iPhoneケースとは思えないボリュームで、迫力が半端じゃない(笑)。今回の回顧展にも、背が立体的な顔になっている本が展示されていましたが、それと通じるものを感じますね。
荒木:あれはメキシコの人たちとのコラボレーションで、マヤ文明に本のようなかたちをした彫刻があるんですけど、それを下敷きに実際の本をつくったものなんです。
―荒木さんも非常に作風が多彩ですが、お二人とも美大の学科に従わなかったという共通点がありますね。
片桐:「従えなかった」という感じですかね(笑)。
荒木:やってみないとわからないことはありますからね、20歳くらいの頃なんて。私は自分の興味の赴くままメキシコの人とコラボレーションしたり、絵本やアニメーションをつくったり、ワークショップをしたりいろんなことをしてきたので、この回顧展について、それらを全部ひっくるめて評価していただいている感じがあって、すごく嬉しく思っています。
「本当はパリに行きたかった」。メキシコで銅版画を始めた意外な理由
片桐:荒木さんはメキシコ留学時に銅版画を初めて、あらためて武蔵野美術大学に入学して卒業されたんですよね。そもそもどうしてメキシコに行ったんですか?
荒木:本当はフランスに行きたかったんですよ。高校生の頃から「私はパリジェンヌになる」って思っていたんです(笑)。
片桐:全然違うじゃないですか(笑)。そこからどうしてメキシコに?
荒木:フランスに行く留学生のテストに落ちたんですけど、その瞬間にサーって音が聞こえるようにフランス熱が下がっていくのを感じたんですよ。それと同時にちょっと気になっていた中南米が候補に上がってきて。実際に行ってみたら、メキシコがすごくおもしろかったんです。
片桐:スペイン語は話せたんですか?
荒木:ほとんど話せませんでした。スペイン語はローマ字読みができるので、なんとなく読むことはできるんですけど、相手が話すことは早すぎてよくわからなかったですね。でも、3か月くらい経って、慣れてきたのか相手が何を言っているのかわかるようになりました。若かったからだと思うんですけど。
片桐:若い頃は耳もいいし、頭も柔らかいですからね。メキシコで銅版画を始めたというのも珍しいですよね。
荒木:そうなんですよ。ちょうどメキシコに行った時期と、なんとなく銅版画をやりたいと思っていた時期が重なっていたので(笑)。
片桐:いや、行動力すごいですよね!(笑)。
―ちなみに銅版画に興味を持った理由は?
荒木:それまでは油絵を紙に描いて細い線を表現していたんですけど、銅版画は引っ掻いたような細い線が出せるということで興味を持ちました。
片桐:「細い線」にこだわった結果なんですね。
―さっき片桐さんが指摘したように、まさに「手段としての版画」だったわけですね。
変わる創作のモチベーション。自分の外側から得る「きっかけ」
片桐:初の回顧展ということでぜひお聞きしたいんですけど、作品をつくる衝動ってこれまでのキャリアのなかでおそらく変わってきてますよね?
荒木:そうですね。若い頃は「失恋した」とかそういうことが原動力になっていたんですけど、だんだんそういうこともなくなってきて(笑)。
片桐:(笑)。プロフェッショナルになっていきますし、生活もありますしね。
荒木:だから、今回のインスタレーション作品のように「上野をテーマに」みたいなお題をいただくことも増えてきますね。でも、私はそういうきっかけをもらって、新しい挑戦をするのもすごく好きなんです。
片桐:もちろん原点にあるのは、若い頃に影響を受けたものや、子どもの頃の経験から形成された好きなものだったりしますけど、自分のなかにあるモチベーションだけで続けていくのはほぼ不可能ですよね。
それは芸能界も同じで、やっぱり基本にあるのは「出会い」だと思うんです。どのタイミングでどういうものを見たか、あるいは一緒に仕事をしている人からの意見や、お客さんからの感想とか、そう言ったものとの出会い。
―なるほど。
片桐:僕も個展をやっていて、見た人から「こういうことですよね」って言われて、正直全然違うことがあるんですよ(笑)。
でも、この世界って、みんなそれぞれ自分が見たいように物事を見ているので、それを全部コントロールしようと思ってもしょうがないんですよね。だから僕の場合、作品をつくるまでの道のり自体が楽しかったりするなって最近は思っています。
荒木:それはありますよね。私もこの作品についても、いま住んでいるニューヨークからネットで上野について調べたり、実際に上野に来てフィールドワークをしたりしていろんなことを知ったんですけど、すごく楽しいですよね。
片桐:厳しい移民政策をとっていたトランプ政権下も含めて、アメリカに住まれている経験は作品に影響していますか?
荒木:そうですね。世界的な移民問題に加えて近年の日本の移民対策にもすごく問題があると思っていて、私にも11歳の子どもがいるんですけど、いまから日本に住んだら「日本語の読み書きが得意じゃない子」になるんですよね。いまの日本はそういう子たちが学校で苦労しているのに、ケアが足りていないみたいなんです。
私はそこに課題を感じたので、昨年、中国、ベトナム、インド、ウクライナの子どもたち、それからアメリカに住んでいる日本人の子どもたちに集まってもらって、自分のルーツとなる昔話を紹介してもらうワークショップをやりました。この回顧展でも彼らを集めて「こうやってかたちになったよ」ってツアーをする予定です。
―ワークショップの成果の展示に加え、コラボレーション、それからインスタレーション作品が多いのも印象的でした。荒木さんのなかには、そんなふうに他の人と一緒に作品をつくりたいという思いがあるのでしょうか?
荒木:そうですね。人の手が加わることでどんどん作品が変わっていくのを見てみたいっていう気持ちがありますね。このインスタレーションも実際に人が入ることでもっとおもしろくなると思いますし。
片桐:なかに入る人も楽しいし、周りから見ている人もなかに人がいる方がおもしろくなりますよね。
荒木:ちなみに来場者に鍵を開けてもらう『うち』って作品を今回展示していますけど、あれはもともと鍵を郵送して「開けに来てください」っていうかたちでやっていたんですよ。
片桐:へえー!
荒木:手紙と一緒に鍵が届いたところから展覧会や旅が始まっているような感じで。
片桐:あの心許ない小さな鍵を「なくしちゃいけない」という緊張感もあるし、「私は205号室」なんて使命感も生まれますよね。
荒木:そうそう。だから、その人が来ないと205号室は開かないんですよ。
片桐:それはおもしろいですね!
アーティストの子どもは美術嫌い? もっと気軽に美術に触れてほしい
荒木:最後に私からも片桐さんにお聞きしたいんですけど、ラーメンズのコントを観ていても片桐さんってすごく身体の動きが良いですよね。ダンスをされていたんですか?
片桐:いやあ、若かっただけですね(笑)。ラーメンズとして活動していたのは30代半ばくらいまでだったから、できたんですよ。実際に舞踏とか真似してみた部分はあるんですけど、全然真似できなくて。その「できない具合」が個性としてコントのなかでは許されていたんだと思います。
荒木:そうだったんですね。
片桐:「絶妙に全部できない」っていう(笑)。そういうのを含め、演出を担当していた相方にやってもらっていたんです。でも、ラーメンズが活動休止して俳優をやり始めると、また「全部できない」から始まって。「何言ってるかわからない。片桐くんはサ行がダメだね。あとはカ行とラ行とタ行も」って言われて、「そんなに?」って思いましたよ(笑)。
荒木:(笑)。
片桐:「片桐くんは滑舌が悪すぎて、何を言ってるかわからない」って、40過ぎて言われ続けたときは、さすがに辞めようかなって思いましたけどね。でも、作品を見る人によって感想が違うのと一緒で、演出家によっても前の現場でOKだったことが全然ダメだったり、その逆もあるんですよ。自分という道具を使って表現するんですけど、それをどう思うかはみんなの自由。それはすごくアートとつながる部分だと思いました。
荒木:そうですね。
片桐:舞台とか映画って総合芸術とはよく言いますけど、本当にそうだなと。
荒木:もう一つお聞きしたかったんですけど、片桐さんは息子さんたちと一緒に粘土をつくったりしてるじゃないですか。でも、うちの息子はすごい美術嫌いになってしまって。どうやったらあんなに子どもたちと楽しく制作できるんですか?
片桐:あー、あるほど。でも、うちも長男は美術じゃない方向にいっちゃいまいしたからね。親がこういう仕事をやってると周りに言われるってのもあるかもしれないですけど。
荒木:そうですよね。
片桐:美大に行かなくてもアーティストになれるし、上手い絵を描かなくても発想の転換のきっかけみたいになればいいなと思うんですけどね。ワークショップやってても「うちの子は絵が好きじゃないので」って言われることが多いんです。でも、そういう人ほどやってみてほしいなと思いますね。
荒木:わかります。
へんてこで、かわいくて、何かが揺らぐ。片桐仁の「美術館のすすめ」
ともに美術大学出身にして版画専攻という共通点を持つこともあり、二人の対談は話題が多岐に渡り、時にはここに納めきれなかった版画の技術的な話にも展開するほどだった。
この対談を終えた片桐は、この回顧展について次のような想いを語ってくれた。
片桐:美術館って、演劇と同じで、世のなかの99%の人は行かないんですよ。でも、だからこそ、僕は美術館に行って帰るまでの道のりも含めて、美術館に行く日がその人にとって特別な日になってほしいと思っています。
きっと、荒木さんのこの回顧展を見て美術館の外に出ると、異世界から急に現実に引き戻されるような瞬間を感じると思うんです。来たときの上野と、帰りの上野に何か違うものを感じたり、何かの見え方が変わるかもしれない。そういうふうに、感覚がゆらぐ感じをぜひ味わって欲しいですね。
- イベント情報
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東京都美術館『うえののそこから「はじまり、はじまり」荒木珠奈 展』
会場:東京都美術館 ギャラリーA・B・C
会期:2023年7月22日(土)~10月9日(月・祝)
休室日:月曜日、9月19日(火)※ただし8月14日(月)、9月18日(月・祝)、10月9日(月・祝)は開室
開室時間:9:30~17:30、金曜日は 9:30~20:00(入室は閉室の30分前まで)
観覧料:一般1,100円、大学生・専門学校生700円、65歳以上800円
※高校生以下は無料
※身体障害者手帳・愛の手帳・療育手帳・精神障害者保健福祉手帳・被爆者健康手帳をお持ちの方とその付添いの方(1名まで)は無料
※10月1日(日)は「都民の日」により、どなたでも無料
※特別展『マティス展』及び特別展『永遠の都ローマ展』のチケット提示にて、各料金より300円引き
[サマーナイトミュージアム割引]
・8月11日(金・祝)、18日(金)、25日(金)の17:00以降は、一般及び65歳以上は各料金より200円引き、大学生・専門学校生は無料
※いずれも証明できるものをご提示ください
- プロフィール
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- 荒木 珠奈 (あらき たまな)
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東京都出身。メキシコ留学時代に版画の技法に出会い、90年代から、版画、立体作品、インスタレーションなど幅広い表現の作品を発表。ワークショップを通じて、こどもやメキシコの先住民などさまざまな人々と共同で作品制作も行なう。現在はニューヨークを拠点に、自身のペースで活動を続けている。
- 片桐仁 (かたぎり じん)
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1973年生まれ。埼玉県出身。多摩美術大学卒業。俳優、造形作家。現在、テレビ・舞台を中心にドラマ・ラジオ等で活躍中。最近の出演作品には、ドラマTBS『99.9-刑事専門弁護士-』、日本テレビ『あなたの番です』、NHK BS『雲霧仁左衛門6』、舞台『ミュージカルSUNNY』がある。1999年より俳優業の傍ら造形作家としても活動を開始。2015年にはイオンモール幕張新都心、2016年からは全国のイオンモールにて「片桐仁 不条理アート粘土作品展『ギリ展』」を開催。4年間で18都市を周り合計7万8000人を動員した。2019年は、初の海外個展『ギリ展台湾』を実施。2021年には、東京ドームシティーGallery AaMoで、『粘土道20周年記念 片桐仁創作大百科展』を開催。
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