『理想郷』が描く、都会からの移住者と貧困に苦しむ地元民の衝突。スペイン新鋭監督が描こうとしたもの

長回しを駆使したスリラーの俊英ロドリゴ・ソロゴイェンの映画『理想郷』は、スペインの山岳地帯ガリシアの小さな村サントアージャで、有機農業を始めるために同地に移住したオランダ人夫婦に起きた実話に基づいている。

持続可能な暮らしに憧れるフランス人夫婦アントワーヌ(ドゥニ・メノーシェ)とオルガ(マリナ・フォイス)にとって、この地は自給自足の生活を送ることができる理想的な楽園のはずだった。しかし、ふたりが村に経済的恩恵をもたらす風力発電所建設計画に自然への配慮から反対したことで、地元育ちの隣人兄弟との対立が激化する。過疎化する村で肉体的にも疲弊する兄弟から見れば、夫婦の行動は裕福な外国人の農業ごっこのように感じられるのかもしれない。

『ジュリアン』(2017年)で強烈な印象を残して以降、近年、フランソワ・オゾンやアリ・アスターら個性的な映画作家の作品に次々出演をしているドゥニ・メノーシェに先日インタビューした際、彼は、「一緒に仕事をした監督の中でも最高のひとり」だというソロゴイェンの映画の魅力を、どちらが善人でも悪人でもなく、判断を観客に委ねていることだと語った。ソロゴイェンは、「獣たち」という原題(『As Bestas』)の通り、本作で都会と田舎の男たちの確執をあたかも獣同士の衝突のようにダイナミックな演出で描き出し、誰もが道徳的に曖昧なほどエゴイズムがぶつかり合う絶え間ない緊張のなかに観客の身を置かせる。

新作の撮影真っ只中のロドリゴ・ソロゴイェンにオンラインで独占インタビューする機会に恵まれた。平穏な日常が崩れていく様子を緊迫感溢れる演出で示し、『第35回東京国際映画祭』や『第37回ゴヤ賞』で最優秀作品賞と最優秀監督賞を受賞するなど高く評価された彼に、実際の出来事を映画化する際の配慮からスペインとフランスの関係性、特徴的なジャンルの横断や手法、ジェンダーギャップや社会的なテーマまで話を聞くことができた。

※本記事は映画『理想郷』の本編に関わる内容を含みます。あらかじめご了承ください

スペインの地元村民と、フランスから移住者の対立を描く。背景には二国間の歴史的緊張も

─本作は、2010年にスペインで発覚した、外国人夫婦と地元住民が衝突した実際の事件に基づいています。登場人物のひとり、オルガのモデルとなった外国人夫婦の妻は事件後も同じ土地に暮らし続けたそうですが、この事件をどのように受け止めましたか。

ソロゴイェン:最初に私たちが興味を持ったのは、新聞でその出来事についてのニュースを読んだことがきっかけでした。すぐにこれは私たちの次の映画にしなければならない、伝えなければならない物語だと感じました。

そのとき何よりも私たちが興味を抱いたのは、移住してきた男性に何が起こったかということよりも、なぜあの女性がそこに住み続けたのかということでした。それ以来、2015年から、私たちはオルガのモデルとなったマルゴ・プールさんと接触を持ち続けてきました。マルゴさんと接するなかで、時間が経つにつれて彼女の感情、理解、優しさ、愛情など、さまざまなものを感じることができました。

─スペインの村サントアージャでオランダ人夫婦の身に起きた事件を、フランス人に置き換える選択をした理由について教えてください。

ソロゴイェン:私たちは、特に謙虚さと実際の被害者に敬意を持ちたいという理由で、現実の出来事からできるだけ自分たちを切り離したかったのです。夫婦をオランダではない別の国からの移住者にすることを考えたとき、頭に浮かんだのがフランスでした。なぜなら、フランスとスペインというのは歴史的にも常にライバル意識を持ってきたからです。

これは、日本が韓国あるいは中国に対して抱く感情と似ているかもしれません。フランス人がスペインの村に来るというだけで、例えばイギリスやアフリカ、アジアなど、ほかの国の人が来る場合よりもはるかに大きな偏見を持たれると思います。それは劇中の争いを描くうえでも非常にいい選択となりました。

「ここで描かれるような緊張や争い、暴力は、実際に存在するものなのです」

─持続可能な生活を求める夫婦は、風力発電の建設をめぐって地元の兄弟と対立します。そのなかで外国人嫌悪や経済格差などが浮かび上がってきますが、村人たちの敵意、都市と農村の緊張をどのように解釈しましたか。これらの今日的なテーマも重要でしたか。

ソロゴイェン:もちろんそれらのテーマはとても重要でした。この映画にはさまざまなテーマがありますが、第一のレベルとしては、緊張や暴力、外国人排斥を呼び起こす田舎と都市との対立を描き出すことが重要でした。

都会を知らない田舎にいる人たちと、新しく現代的な環境保護のアイデアを持って農村にやってくる都会人の階級間には相互理解が欠如しています。これはどこにでも存在するような普遍的な問題であり、このような出口のない緊張感のある物語を構築したいと思いました。そのために私たちは夫婦にさらに負担をかけ、居心地の悪い不快な状況に置きました。ここで描かれるような緊張や争い、暴力は、実際に存在するものなのです。

─あなたの映画では、警察官(『ゴッド・セイブ・アス マドリード連続老女強姦殺人事件』、2016年)でも政治家(『El reino』、2018年)でも、あるいは息子を喪失した母親(『おもかげ』、2019年)でも、道徳的に疑わしく、ある種、獣のように欲望を抑えきれないような人物が描かれているように見えます。本作の原題でもある「獣性」を人間の中に見ることに関心がありますか。

ソロゴイェン:非常に興味深い評価だと思います。自分ではそう考えていませんでしたが、確かにその見方には同意します。私と共同脚本家のイサベル・ペーニャが、私たちの映画で最も関心を寄せていることは、登場人物を道徳的に非難されるような状況に置くことです。

登場人物たちは自分の本能と戦っているようなものであり、一方では彼らの本能はある一つの方向に突き進むのですが、それは観客がそうすべきと考える方向とは別の道でもある。私たちはそのような状況に観客を置くことにとても興味があるのです。

─『ゴッド・セイブ・アス』で視点の変化、『おもかげ』で時間的省略を試みていましたが、本作では物語の途中で主人公が入れ替わる二部構成が採用されています。アルフレッド・ヒッチコック『サイコ』(1960年)も彷彿とさせますが、この構成について考えを教えてください。

ソロゴイェン:『Stockholm』(2013年)からイザベルと私は物語の途中で視点の変化を試みています。おっしゃる通り、『ゴッド・セイブ・アス』でも視点が切り替わり、『おもかげ』では一旦何かが切れて次のことが起こるという転換の感覚が導入されています。このような仕掛けは、私たちが物語にとって効果的だと感じるようなひねりを与えてくれるものだと思っています。

ソロゴイェン:なぜ私たちがこのような仕掛けが好きなのかといえば、突然、観客が登場人物と一体化したり、共存したりすることになるからだと思います。『ゴッド・セイブ・アス』の場合、殺人者を追う2人の警察官が主役ですが、物語は途中で突然、殺人者の視点に切り替わります。登場人物に興味を抱くということは、彼らの背後にいる人間、あるいは人間性の底に潜むものにもおのずと興味を持つということです。それが殺人者だとしても、カメラが彼とその場に共存することで、その人物にある苦悩や影を見ることができる。

『おもかげ』でも『理想郷』でもそのような関心は一貫しています。本作では夫のアントワーヌと地元の兄弟に焦点を当てていましたが、当初から強い関心を持っていた妻のオルガにスペースを与えていなかったので、彼女と見る者の視点を共存させるためにこのひねりのある方法を再び使用しました。私とイサベルが興味を持っているのは、一貫して私たちのキャラクターであり、その人間性を表現し、観客と共有することなのです。

映画は、スクリーンに映るものが現実であると観客に信じ込ませようとする契約を観客と交わすもの

─夫役を演じたドゥニ・メノーシェさんの起用は、グザヴィエ・ルグラン監督作『ジュリアン』を見て決めたそうですね。今回、彼は『ジュリアン』と同じアントワーヌという役名をふたたび演じていますが、どちらも結果を顧みず衝動にのみ従って行動し、ストーキング的な性質を露わにすると言えます。本作で有害な男性性を掘り下げたい意図はありましたか。

ソロゴイェン:有害な男性性を意図して掘り下げようとしたわけではなく、それは自然と出てきたものでした。新聞で実際の出来事についてのニュースを読んだとき、突然、物語の半分がスリラーである映画を思いついたのです。この男性と女性に何が起こったのか? そして、第二部は女性の主人公にすべきだとすぐに思い浮かびました。

なぜなら、私たちが興味を抱いたのは、モデルとなった女性が、なぜあのような状況で村に残って生活をつづけているのか、ということだったからです。そして私たちは、男性がある方法で対立を解決しようとしている一方で、女性は別の方法を試みていることに気づきました。なので、意図して男性の悪い面を表象したというよりも、私たちが志向していたのは女性の非暴力を表現することでした。

─人里離れた地域で障害のある人物を含む一家から嫌がらせを受けるというある種『悪魔のいけにえ』(1974年)も彷彿とさせる設定ですが、ホラー映画のつくりとは異なり、地元の兄弟も単なる恐怖の装置ではなく、彼らの心情もバーの場面で知ることができます。

その場面を筆頭にあなたはシークエンスショット(ひとつのシークエンス全体をカットせず長回しで収める)を導入することを好んでいますが、どのような効果を期待していますか。画面に映る人物たちに並列的な関心を促すことを望んでいたでしょうか。

ソロゴイェン:私はシークエンスショットを本当に好んでいます。高い集中力が必要で、時間的な点も含めてリスクがある難しい方法ではありますが、チームもみんなそれをよくわかっていて、情熱を注いでいる手法です。ほかのタイプの撮影では得られないような集中や意欲、熱意、幻想を全体にもたらすと思います。

私にとって、映画制作のすべては、現実を可能な限り忠実に表現することです。映画は、スクリーンに映っているものが現実であると観客に信じ込ませようとする契約を観客と交わすのであり、シークエンスショットを使うことで、それが最も適切な方法で達成されると私は考えています。この手法によって俳優にアクションを与えることで、画面が力強く、より真実味のあるものになっていきます。シークエンスショットがうまくいけば、時間の経過とともに効果が得られる。バーの場面では観客が登場人物と一緒の空間にいるような、より身近に存在する現実として信じられるようになると思っています。

二部構成による主役の交代。男性と女性、暴力と非暴力、その行動の違いが意味するもの

─夫と兄弟の対立というマチズモの衝突から一転、後半では、妻オルガのレジリエンス(回復力)やストイシズム(忍耐、不動心)に焦点が当てられます。男性と女性での対処の違いをどのように考えていましたか。

ソロゴイェン:それがこの映画のキーポイントだと考えています。前半は非常に男性的で、暴力的で緊張感が漲っています。たとえ第二部でスリラーとは別のジャンルに変わるとしても、私たちは、映画が中断され、突然、主役となる人物が女性に移り変わっていく方法がとても気に入りました。

前半では女性は、暴力的あるいは緊張的な部分には決して介入せず二次的な役割しか果たしていないのですが、後半になって彼女のあり方が映画全体を征服するのです。それはまさに、レジリエンス、ストイシズム、抵抗力です。そして彼女はそれらを有機的に使って直接男たちに自身のやり方を示していきます。彼女は男たちのように暴力によって解決しようとするのではなく、ストイシズムの心によって、対話を通じて、静かにより平和的な方法で物事を解決することができるのです。

─オルガは娘、あるいは兄弟の母親と向かい合おうとします。女性脚本家イザベル・ペーニャと協働されていますが、男たちが残した負担を背負う女性たちの苦悩に目を向けることも重要でしたか。

ソロゴイェン:はい。オルガ、そして兄弟の母親が、男たちが残した負の遺産をどのように相続するかがこの映画のテーマのひとつです。本作には3人の重要な女性キャラクターが登場しますが、彼女たちは第二部あるいは将来において、男性のあり方や行動の仕方、暴力を継承しないのです。それが重要な焦点で、私たちはそのことに注意を払いました。

共同脚本家のイザベル・ペーニャは女性で、私にとって非常に貴重で興味深い視点を与えてくれます。ただ、私がイザベルと一緒に働いていると、あたかもまるで彼女が女性を描写するのが得意で、一方、私は男性的な面を描写するのが主であったのではないかと思われるかもしれませんが、決してそうではありません。

イザベルは男性キャラクターや男性の世界観を表現することができ、その視点は時には私よりも的を射ていると思います。その逆もまた然りで、私もある意味では自身の見方で女性キャラクターをイザベルよりも鋭く見ることができたかもしれない。私たちは性別を区別することなく、お互いに刺激を与え合いながら、本作における男たちの姿と女たちの姿を見つけ出せたと思います。

─『おもかげ』でも同じ場所に留まりながら、わずかな希望にすがる女性が描かれていました。これらの女性像には何か関連があるのでしょうか。

ソロゴイェン:確かにこのふたつの映画は、ある意味で交差しています。じつは、『理想郷』の物語の方が『おもかげ』よりも早くから構想していました。私たちは『理想郷』の脚本を2015年か2016年の頃から書き始め、『おもかげ』は2019年にできた映画です。間違いなくこのふたつの脚本はお互いに刺激を与え合い、多くのことをフィードバックできたのです。

『おもかげ』の母親は明らかにオルガの物語と似たものを持っていると思います。もちろんふたりは異なりますが、彼女たちはどちらも同じような痛みを抱えています。よく似た状況と欠如、つまり愛する者の喪失と失踪のなかで、ある場所に留まって抵抗している女性という点で共通しているのです。

『理想郷』予告編

作品情報
『理想郷』

2023年11月3日(金・祝)からBunkamuraル・シネマ 渋谷宮下、シネマート新宿ほか全国順次公開

監督:ロドリゴ・ソロゴイェン
脚本:イザベル・ペーニャ、ロドリゴ・ソロゴイェン
出演:
ドゥニ・メノーシェ
マリナ・フォイス
ルイス・サエラ
ディエゴ・アニード
マリー・コロン
配給:アンプラグド
プロフィール
ロドリゴ・ソロゴイェン

1981年9月16 日スペイン、マドリード生まれ。マドリード映画撮影・視聴覚学校(ECAM)で脚本を学び、2005年よりテレビドラマシリーズの脚本や監督を手掛けることでキャリアをスタートさせる。長編映画監督デビューは共同監督を務めた『8citas』(2008)。2011年に自らの制作会社カバージョ・フィルムズを立ち上げ、自主制作で『Stockholm』(2013)を撮り、多数の映画賞を受賞するなど成功を収める。その後、『ゴッド・セイブ・アス マドリード連続老女強姦殺人事件』(2016)が『第31回ゴヤ賞』で6部門ノミネート。翌年、約18分の短編映画『Madre』(2017)が『第91回アカデミー賞』短編実写映画賞にノミネート。『El reino』(2018)で『第33回ゴヤ賞』の監督賞に輝き、今日のスペインにおける著名な映画監督の地位を確固たるものにする。短編映画『Madre』を長編映画化した『おもかげ』(2019)は、『第76回ヴェネチア国際映画祭』オリゾンティ部門で女優賞を受賞。『第34回ゴヤ賞』で女優賞など4部門にノミネートされた。『理想郷』の後は、チチョ・イバニェス・セラドール監督が手掛けたホラー映画シリーズ「スパニッシュ・ホラー・プロジェクト」のリメイク版のエピソード「El Doble」を制作。その他に、スペインの配信チャンネル「モビスタープラス」のドラマシリーズ『Apagon』のエピソード「El Gestor」がある。



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