アキ・カウリスマキ最新作『枯れ葉』を主演アルマ・ポウスティが語る。戦争と日常、「塩辛い」恋物語

突然の引退宣言から6年。フィンランドを代表する映画監督、アキ・カウリスマキから思いがけず新作『枯れ葉』が届けられた。

スーパーマーケットでパートとして働くアンサ。工場労働者のホラッパ。孤独な日々を送っていた二人は、カラオケバーで出会い、お互い名前も連絡先も知らないまま恋に落ちる。さまざまなトラブルを乗り越えて関係を深めていく二人。その背後でたびたび流れる、ロシアのウクライナ侵攻を告げるラジオのニュース。ロシアと国境を接するフィンランドにとって、それは衝撃的な出来事だったはず。そんななかで、なぜカウリスマキはささやかなラブストーリーを描いたのか。

主人公のアンサを演じたのはアルマ・ポウスティ。『ムーミン』の原作者、トーベ・ヤンソンの青春を描いた映画『TOVE/トーベ』(2020年)で、主役を務めて一躍注目を集めた彼女は、カウリスマキの作品には初出演となった。ポウスティはどんな想いでアンサを演じたのか。彼女から見たカウリスマキ作品の魅力について語ってもらった。

「アキの映画に登場する女性たちは、自分の人生に責任を持って生きている」

—アルマさんが演じたヒロインのアンサは、不運続きの人生でも誇りを失わないキャラクターでした。アルマさんから見て彼女はどんな女性でした?

アルマ・ポウスティ(以下ポウスティ):私もその通りだと思います。彼女は孤独でシャイだけど、芯は強くて誇りを失わない。そして、誰もあまり気づかない、人それぞれが持っている良さに気づくことができるんです。そうした優しさがある一方で、好きになったホラッパがアルコール中毒で悩んでいるのを見ても安易に助けようとせず、「自分でなんとかしなさい」と突き放す現代的で強い一面も持っています。

—今回の映画では、アンサだけではなく、不当に解雇を言い渡されたアンサを助けようと一致団結するパート仲間や、バーで演奏する女性バンド、ホラッパに服を与える看護婦など、たくましい女性たちの姿が印象的でした。

ポウスティ:これまでのアキの作品にも強い女性はたびたび出てきましたし、アキはフェミニストなのかもしれませんね(笑)。フィンランドの女性は結構強くて、それをアキはうまく描いているんです。アキの映画に登場する女性たちは、自分の人生に責任を持って生きている。そういった女性が男性を助ける、というのはアキの作品で何度も描かれてきたテーマで、その都度、アキはそういう関係を興味深い物語に仕上げていると思います。

—アキの作品に出てくる女性たちがたくましいのはアキの好みなのかと思っていましたが、フィンランドらしいキャラクターなんですね、

ポウスティ:そうですね。強い女性というのは、私たちにとってとても身近な存在なんですよ。

—そういう女性をアキは愛して頼りにしているんでしょうね。映画のなかでアンサの女友達が「男は同じ鋳型で作られているようなもので、その鋳型は壊れている」と呟くセリフに笑ってしまいました。

ポウスティ:まあ、女性の方が男性より悪いところが少ないのは確かですね(笑)。この物語は、誰かのことを気にかける、というのもテーマのひとつだと思います。同僚がアンサのことを気にかけるというのもそうですし、男女間の恋愛も、アンサが野良犬を引き取るのもそうだと思います。

—アンサのように、長いあいだ、一人で生きてきた人間が、ホラッパのような問題を抱えた男性を愛したり、自分の人生に迎え入れたりすることは大きな決断だったと思います。アンサのホラッパに対する感情についてはどんなふうに思われましたか。

ポウスティ:アンサもホラッパも40歳を超えていて、「いまさら愛なんて……」って諦めていたんじゃないかと思います。そんな二人が、ある夜、カラオケバーで視線を交わした瞬間に恋に落ちた。そうなったのは運命だったと思います。だから二人はリスキーだけど賭けに出たんでしょうね。

二人ともシャイなので、自分の殻を破るのはすごく勇気がいったと思います。孤独というのは意外に快適で、他人に振り回されることもありませんからね。でも、二人はそこから勇気を持って一歩踏み出したんです。

ラジオから流れるウクライナ侵攻のニュース。「塩辛いラブストーリー」に込められた使命感

—そんな二人の物語と並行して、たびたび、アンサの部屋のラジオからはロシアによるウクライナ侵攻のニュースが流れます。戦争と恋愛が同時進行する、という演出に、アキはどんな想いを込めたと思いますか?

ポウスティ:彼の考えを代弁することはできませんが、この映画をつくるにあたって、ロシアのウクライナ侵攻について触れないでいることは不可能だとアキは言っていました。いま起こっていることを作品に入れ込んで、タイムカプセルのように時代の証拠として後世に残すことがアーティストとしての使命だと。

この映画では、ラジオの音声や戦争のことが書き割りのようにつねに物語の背景にあります。そのことで世界や人生がいかに儚いもので、たやすく崩れ去ってしまうのかを伝えている。そんななかで、愛に踏み出す勇気をアキは描きたかったのかもしれませんね。

—映画を観ていて、世界が憎しみや怒りで分断されていくなかでも、新しい出会いや希望が生まれるということを描いているように思えて励まされました。

ポウスティ:ああ、それはとても素晴らしい考え方ですね。映画から希望を感じてくれて嬉しいです。この物語は甘いラブストーリーではなく、どちらかというと塩辛い。でも、それが観る者を惹きつけるのは、愛というものを正直に描いているからではないでしょうか。

初参加で惚れ込んだ、カウリスマキの緻密でミニマルな演出術

—確かにそうですね。アキは人に対する正直さ、誠実さも描いてきました。それは彼独特の演出にも表れていて、役者に必要以上の演技をさせません。役者の演技はミニマルで抑制されています。今回、初めてアキの演出を受けてみていかがでした?

ポウスティ:毎日が学びの日々でした。アキの作品で大切なのは、心の鎧を脱いで素になって、正直な気持ちでカメラの前に立つことです。そして、とても小さな動きのなかで緻密な演技をする。アキはその小さな動きに対して明確な考え方を持っています。彼は映画を見る観客のことを信頼していて、どうやれば削ぎ落とした演技でも観客に登場人物の感情がしっかり伝わるかを心得ているのです。

—アキの作品の演技を観ていると、彼がリスペクトしている小津安二郎監督の映画を思わせます。小津も役者に極力、無駄な演技をさせません。でも、役者には表現したい欲求があるので、その演出に合わない役者さんもいる。アルマさんは戸惑いを感じませんでしたか?

ポウスティ:アキの演出は大好きです。惚れ込んだ、と言っていいくらい(笑)。演技を削ぎ落としていく、シンプルにしていく、というアキのスタイルは、彼が40年という時間をかけてつくり上げてきたもの。そういう現場に立てたことは、私にとって大きな学びになりました。

35ミリフィルムでの失敗できない撮影。静かで緊張感のある現場の「美しさ」

—演技が最小限度であるからこそ、表情や仕草の少しの変化が際立ちますね。ラストでアンサがホラッパにウインクをしますが、あれは脚本にはなくて現場でアキから指示されたとか。カメラは離れたところからアンサを撮っていて、小さなウインクですが強く印象に残ります。

ポウスティ:衝撃的なくらいだったでしょう?(笑)

—はい(笑)。アキの映画であんな可愛いウィンクを観たのは初めてでした。アキはリハーサルをやらず、しかもワンテイクしか撮らないそうですが、あれも一回で?

ポウスティ:そうです。アキの撮影では失敗はできないんです。

—アキの作品には独特の間がありますよね。そうした間やテンポを役者が共有することも大切なのだろうと思いました。

ポウスティ:確かにその通りで、アキは間や演技のリズムを細かく計算して演出しています。だからといって、完全にコントロールしているわけではなく、そのなかでも役者が自由にやれる余地を残してあるんです。アキの作品は沈黙している時間が多いので、現場は静かで、緊張感があって、みんなが撮影に集中していますが、そこには温かい時間が流れていました。

いまもアキは35ミリのフィルムで撮影をしているのですが、撮り直しができないのでフィルムは少しも無駄にできない。だから役者もスタッフも一つひとつのシーンを大切にしていて、あらゆることに気を配っていました。とても美しい現場でしたね。

—撮影に入る前にアキの作品をすべて観直したそうですが、アキの作品の魅力はどんなところだと思われますか?

ポウスティ:人間性とユーモアではないでしょうか。特にアキのユーモアは独特でディテールが細かい。でも、そのユーモアがあれば、どんな逆境でもサバイバルできる気がします。あと、アキは結構政治的な人で、弱い立場にある小さき者の良き理解者であり、サポーターでもあります。

—だからアキの映画を観終わった後、弱者には厳しい世界の片隅に小さな明かりが灯ったような、ささやかな希望を感じるのかもしれませんね。

ポウスティ:ほんと、そうですね!

「演技の勉強について、私はオタク的かもしれない(笑)。知っていることより、知らないことに強く惹かれる」

—アルマさんがトーベ・ヤンソン役で主演を務めた『トーベ/TOVE』(※)を公開時に拝見したのですが、『枯れ葉』を見ているあいだ、アルマさんがトーベを演じていたことをすっかり忘れていました。それくらい、まったく違ったタイプの作品に溶け込んでいましたが、役を演じるうえで大切にしていることはありますか?

※関連記事:自由への渇望と恋、ムーミンの物語。『TOVE』監督が語るトーベ(記事を開く

ポウスティ:アンサのなかにトーベが見えてこなかった、と聞いて、とても嬉しいです。ありがとう!(※日本語で)

役者はストーリーを届ける役割を担っているので、そこでエゴを出してはいけないと思っています。演じるうえで重要なのはハート。役者はいろんな表現を使いこなすことができますが、「観客に何を伝えるのか」を考えて、それを伝えようと思う気持ちが大切だと思います。

—祖父が俳優だったり、役者の仕事に理解がある家庭に生まれたことは、役者を目指すうえで影響を与えましたか?

ポウスティ:劇場や映画の世界には幼い頃から憧れていましたが、そこに自分の居場所があるかどうかはわかりませんでした。関係者が身内にいるからといって、自動的に業界に入れるわけではないですし、そういう世界の仕事に就くには自分なりの哲学を持っていないといけない。ちょっと興味があるくらいでは足を踏み入れてはいけないと思っていたんです。それでも勇気を持って挑戦して、自分の仕事にできて幸せに思っています。

—アルマさんにとって役者の仕事は身近なものではなく、憧れだったんですね。

ポウスティ:この道に進む、と決断するには勇気がいりましたし、たくさんのことを学ぶ必要がありました。演技の勉強に関しては、私はオタク的と言えるかもしれません(笑)。

—自分の好きな世界に向かって情熱的に突き進む、という点では、アンサよりもトーベ的なところがあるのかも(笑)。

ポウスティ:まあ! そんなふうに評価してもらえるなんて嬉しいですね(笑)。これまでいろんな役を演じてきましたが、そのなかに自分らしさが出ているところがあるのかもしれません。

—アキの作品をすべて観直したように、『トーベ』の撮影に入る前にはトーベの著作を全部読み直したとか。そういう勉強熱心さが、アルマさんが言う演技オタクなところなんでしょうね。

ポウスティ:そうすることで、アキやトーベの頭の中に入って、彼らの考え方をスパイしているんです(笑)。彼らが考えていることに興味があるし、それを知りたいから。私はつねに映画や演劇を見て、いろんな役者の演技スタイルや感性を吸収しようとしています。

もともと、人間に興味があるんですよね。そして、自分が知っていることより、知らないことに強く惹かれる。この好奇心の強さが、役者をやっていくうえでの私の強みかもしれませんね。

作品情報
『枯れ葉』

ユーロスペースほか上映中
監督・脚本:アキ・カウリスマキ
出演:
アルマ・ポウスティ
ユッシ・ヴァタネン
ヤンネ・フーティアイネン
ヌップ・コイヴ
配給:ユーロスペース
プロフィール
アルマ・ポウスティ

1981年生まれ。2007年にヘルシンキ大学シアター・アカデミーで修士号を取得。以降、北欧諸国の多くの有名な舞台に立つほか映像作品にも出演し幅広い活動を続けてきた。2020年『TOVE/トーべ』(ザイダ・バリルート監督)で主演を演じ映画俳優としてブレーク、この役でフィンランドの『アカデミー賞』にあたる『ユッシ賞』で主演女優賞を獲得する。テレビドラマ『Helsinki Crimes』、『Blackwater』や2023年『ヨーテボリ映画祭』で主演女優賞を受賞した映画『4人の小さな大人たち』など数々の北欧の映画やテレビドラマに出演。『枯れ葉』に続く出演作としてファレス・ファレス監督『1日半』(主演)、ピルヨ・ホンカサロ監督『Oreda』が控えている。



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