アーティストデュオ、MESがあぶり出す社会の見えないボーダー。結成から10年、「抵抗のかたち」模索

都市空間にレーザーを打ってメッセージを投影する、サーモグラフィの被写体となり被災地を駆け抜ける、ワックスの彫刻に火を灯し身体で溶かし合う───どれもMESによる芸術行為だ。

MESとは、新井健と谷川果菜絵によるアーティストデュオ。2015年に東京藝術大学で結成され、クラブカルチャーやアートシーンを軸に、ジャンルを横断する多様なスタイルの活動を展開してきた。社会的・政治的な問題からセクシュアリティをめぐるトピックまで、そのモチーフは多岐にわたる。そんな彼らのアクションに通底するのは一体どんなテーマなのだろうか?

2025年で結成10年を迎えるMES。「抵抗」や「ボーダー」といったキーワードを道標に、これまで歩んできたキャリアを振り返ってもらった。

クラブから路上へ。レーザーが映し出す都市へのメッセージ

―まず、MESがどのような経緯で結成されたのか教えてください。

谷川果菜絵(以下、谷川):東京藝術大学在学中の2015年に結成しました。もともと私はキュレーター志望だったので、最初はMESとしてグループ展を企画したんです。私が芸術学科、新井が彫刻科。既存のグループ展のあり方に疑問があったので、いろんな学科の人たちに声をかけました。

新井健(以下、新井):MESというネーミングには、メスカリン(幻覚剤)、メズマライズ(魅惑的)、医療器具のメス、そしてメッセージなどが掛かっています。学内でグループ展を開催してから、結果的に僕ら二人がMESを名乗り続けているかたちです。その展示で生まれたつながりをきっかけに、「青山蜂」(以下、蜂)というクラブでVJ(※)を始めました。

※ビジュアルジョッキー、またはビデオジョッキー。音楽に合わせてリアルタイムに映像を映し出し、クラブやライブなどの空間を演出する人たちのこと。

―そこからMESのアートとクラブカルチャーを横断するスタイルが生まれて。

新井:そうですね。蜂のパーティの熱量に圧倒されて、クラブシーンでも積極的に活動するようになります。特に僕はレーザーを使ったVJにこだわりました。大学ではワックス(蝋)の塊をレーザーの熱で溶かす彫刻に取り組んでいて。直線的なビームを有機的な曲線にプログラミングし、図像や文字をビジュアライズできるよう試行錯誤しました。

谷川:そのうちレーザーVJに飽き足らず、ブラックライトと蛍光テープを使った「ライブ・テーピング」という手法を見出します。そうやってクラブ空間での表現を模索しながら、美術のみならず、音楽やファッションなど様々なジャンルに携わる人たちとの接点が生まれていったのが、2016年からの2年間でした。

新井:ところが2018年、渋谷再開発と風営法改正のあおりを受けて、蜂が摘発されます。それによって否応なくクラブの「外」にはじき出される格好になったんです。

―MESがストリートへと表現のフィールドを広げた背景には、そうした止むに止まれぬ事情があったわけですね。

谷川:この一件を通じて、繁華街と名指されるエリアが法的に書き変わったことに驚きました。すでにある土地や建物はそう簡単に動かせないのに……。

新井:辛い出来事でしたが、これを機に、街なかに存在する「見えない境界線」を意識するようになりました。そこでグラフィティの方法論を参照して、フロアで培ったレーザー表現を路上で実践します。手始めに、僕らが好きだったバンドJAGATARAの歌詞から引用した「踊りあかそう日の出を見るまで」という言葉を蜂のビルに投影しました。

新井:深夜、踊りたいのに踊れなくなってしまったクラブ。しかし一歩外に出れば、渋谷の街は再開発で夜通し重機がうなり声を上げている。そんな無菌室のディストピアじみた世界に対して、光によって瞬間的にメッセージを飛ばすようなイメージです。

谷川:その頃から、ジェントリフィケーション(※)が進む都市への思索を深めていきました。私も新井も東京出身というわけではありませんが、渋谷近辺のクラブは、私たちにとって「そこに居ていい場所」として存在していた。当たり前になっていく居場所の変化や歴史を切り取っておきたかったんです。

※都市の富裕化現象のこと。イギリスの社会学者であるルース・グラスが名付け、「ジェントリ」とはイギリスの地主層を指す言葉。そういった裕福な階層の人が住む空間に都市が変化することを指す。「都市再開発」「都市再生」とは違い、低所得層が立ち退きさせられることへの批判性が含まれている。

緊急事態宣言中のアクション。国会議事堂に巨大な中指を突き立てる

新井:2020年、都市空間はコロナ禍に突入したことでさらに冷え込んでいきます。

谷川:一時期はコロナでイベントの予定がすべてなくなり、パーンと時間が止まったようでした。そこで自分たちの制作を見つめなおし、2021年に個展『DISTANCE OF RESISTANCE / 抵抗の距離』(TOH)を開催します。

―この個展では、国会議事堂にミドルフィンガーを模したレーザーを映す作品がきわめて印象的でした。

谷川:最初、新井が「国会議事堂の形状は中指に似てる」と言い出して。たしかに社会のファロセントリックさ(男根中心主義的)を体現しているよね、と。それから彼の中指を撮影し、レーザーに起こして現地に出向きました。実際に投影できたのはほんの一瞬。それでもすごくアドレナリンが出ましたね。

新井:レーザーを入れたリュックを前抱えし、ファスナーを開けたらそのまま光線が放出されるようにして、国会議事堂にまっすぐ相対する。支持体までの距離は330メートル、中指のサイズは30メートルあるから、身体の軸が少しでもブレると失敗します。瞬間的とはいえ、国会議事堂と真正面から向き合うことで、自らの身体性を強く意識しました。

谷川:このアクションを実行できた要因の一つは、緊急事態宣言中だったこと。20時であらゆる省庁はライトダウンされ、通行人も、皇居ランナーも、デモ隊も引きあげていて、周囲に人っこ一人見当たりませんでした。だから静かな緊張感が漂う暗闇のなか、国会議事堂に中指を突き立てられた。

―コロナ禍という時代の狭間ゆえに実現した行為だったと。物理的な痕跡を一切残さないレーザーという手法、あらためて鮮やかです。

谷川:プロジェクション(投影)に対する規制はまだ曖昧な部分が多いので、グレーゾーンをうまく突くことができました。それこそレーザーは、たとえば香港の雨傘革命で市民が軍から身を守るために状況を撹乱させる、レジスタンスのツールとしても機能しています。

ミドルフィンガーで言えば、中国人アーティスト艾未未(アイ・ウェイウェイ)の作品『Study of Perspective(遠近法の研究)』や、チェコのデイビット・チェルニーによる大統領邸向かいの川に浮かべた巨大彫刻、ロシアのアナーキーなアート集団ヴォイナが跳ね橋に描いたファルス(男性器)としての中指などが挙げられます。このように、政治的権力に対する「抵抗」のかたちには様々なアプローチがある。

新井:いま考えると、僕らはこの作品を通じて、芸術的なアクションとテロリズムの境界線を探っていました。MESの活動に通底しているのは、やはり「不可視のボーダー」なのかもしれません。社会が規定するルールのなかで、自由意志を持った個人がどう行動するか。また、自分自身の内面にも潜在的なボーダーはあるし、デュオとしての僕らの関係性にもそれは存在するんだと思います。

サーモグラフィーを媒介に「他者」として被災地に向き合う

―MESの作品には上述のポリティカルなアクションに加えて、ポスト3.11と言えるようなラインがあります。

谷川:宮城県石巻市の『Reborn-Art Festival 2021』では、インスタレーション『サイ/SA-I』を制作しました。東日本大震災からちょうど10年、「復興」をうたう東京五輪も開催した節目の年。100年続いた銭湯まるまる一棟が展示場所でした。そこは震災時に津波を被り、そのあと避難所になって、最後まで石巻唯一の銭湯として営業していた建物でした。

初めに会場を見渡して気になったのは、あらゆるものが色によって明示されていること。のれんから蛇口まで、男湯と女湯はパキッと青と赤に塗り分けられている。そこから私たちにとってリアリティのある色彩感覚から、サーモグラフィーというモチーフを思いつきました。

新井:青と赤といった単色ではなく、サーモグラフィーは色合いがグラデーションで変化します。その複雑な色相を示したかった。またコロナ禍の当時、飲食店などに入るとき散々サーモグラフィーカメラで検温されましたよね。体温によって店に入れるか入れないかジャッジされるという、新たなボーダーラインが引かれたわけです。

谷川:体温という判断基準は一見フェアに見えるけど、身体の不調やバイオリズムで変化するものなので、すごく変な規定じゃないですか。

―もう忘れかけていましたが、たしかにコロナ禍でサーモグラフィーは良くも悪くも身近なものでしたね。

谷川:ほかにも映画『プレデター』では、エイリアンの視界がサーモグラフィーのようなビジュアルで描かれます。それは人類の外部からの視線です。だからこそ私たちはこの土地における「他者」として、サーモグラフィーを通した被写体になる必要がありました。こうした文脈から、サーモグラフィー、自らの身体、そしてレーザーを組み合わせた展示をつくったんです。

新井:浴場に描かれた富士山のペンキ絵に沿って、登山できるように足場を掛けました。山頂にはマイクが設置され、そこで鑑賞者にため息をついてもらう。湯船に浸かって心身がゆるんだときに出る「はぁ」、震災や五輪など社会に翻弄されてこぼす「はぁ」、コロナ禍で危険視された呼気としての「はぁ」、あるいは個人的な理由でもなんでもいい。

それらをレコーディングした音声が蓄積され、浴槽に仕込んだスピーカーから多様なため息が漏れてくる。そんな「ため息のポリフォニー」で満たされた空間を創出しました。タイトルの「サイ」には、人と人の「差異」、災害の「災」、そしてため息の「sigh」といった意味が重ねられています。

谷川:石巻の海岸沿いは、新設された巨大な防潮堤で海が見えません。そこで市街地から女川原発まで、熱で水平線を引いたり、メッセージを書いたり、また身体に文字を写したりしながら移動する映像作品も展示しました。ヒートガン持って走るさまは、まるで聖火ランナーのようにも見えて。ちなみにサーモグラフィーの画面からノイズを排除するため、この展示では2人ともスキンヘッドになりました。

ガザ侵攻へのプロテストから生まれたライブ・パフォーマンス

―このころから2人の身体性がより強調され、近年MESが「ライブ彫刻」と呼ぶスタイルにつながっていると感じます。「CON_」での個展『祈り/戯れ/被虐的な、行為』(2024)は、パフォーマンス主体の構成になっていました。

谷川:パフォーマンス『WAX P-L/R-A/E-Y』は、2023年10月から続くガザ侵攻に対して、アーティストとして異議申し立てをしたいという想いから生まれた作品です。2023年11月、ワックスで「CEASE」というアルファベットを造形し、5本の指につけて火を灯す映像を撮影して、すぐにInstagramで公開しました。

新井:「CEASEFIRE」は「停戦」を意味する軍事用語です。ガザ侵攻に際して世界中で唱えられたプロテストのワード。これを文字通り受け取り、「CEASE」という単語に物理的に火をつけることで停戦を訴えました。

谷川:その後、メキシコのアートフェア『QiPO FAIR 2024』に参加する機会があり、ライブ・パフォーマンスとしてこの作品を上演しました。本来アートフェアはレギュレーションが厳しいのに、炎の使用にも寛容で、こうしたアクションを受け入れてくれる社会的・政治的な風土があるメキシコだからこそ実現できたのだと思います。

新井:それまで映像のなかでは実践してきましたが、その手前を直接見せたいと考えたら、自然とパフォーマンスという形態になったんです。

谷川:ちょうど、映像内の行為を鑑賞者に開いていきたいタイミングでした。いまはそれを「ライブ彫刻」として人前で見せるスキルを探求しています。

―客前でのパフォーマンスがここ最近の取り組みだったというのは意外でした。

新井:『WAX P-L/R-A/E-Y』は日本でも上演を重ね、お客さんから様々なリアクションをもらっています。ワックスが垂れていく様子が「黒い雨」に見えたという方もいれば、環境破壊が止まらない地球の血の色に見えたという方もいる。鑑賞者のすすり泣く声が自分の身体に伝播して、パフォーマンスしながらボロボロ泣いたこともありました。

谷川:そういうとき、まるでサーモグラフィーのように「私たちと鑑賞者のあいだで熱が移行したんだ」と感じます。それと同時に、扱っているテーマはひどくシリアスな現実の問題ですが、パフォーマンスとしてある種のおかしみや魅力も重要だと思うんです。

『WAX P-L/R-A/E-Y』は2人でワックスを垂らし合うので、BDSM(※)みたいなセクシャルなプレイに見える瞬間も多々あります。個展のタイトル通り、祈りと戯れ、嗜虐と被虐、またエロスとタナトスといった両義性を掛け合わせているんです。

※「B」ボンテージ、「D」ディシプリン、「S」サディズム、「M」マゾヒズムを指すが、力と支配を中心とした幅広いフェティシズムなどの性的行動、遊び、関係を包括する用語とされている。

MESが提示し続ける、これからの「抵抗のかたち」とは

―いま話に上がったように、MESにはセクシュアリティへの独自の眼差しがありますよね。とくに谷川さんは、アーティスト/漫画家の小宮りさ麻吏奈さんとともに、フェミニズムやクィアを考えるアートプラットフォーム「FAQ?」の発起人でもあります。

谷川:SOGI(※1)について語り合える人たちと出会えたのは、ここ5年くらいです。それはジェンダーをめぐる議論を積み重ねてきた人たちのおかげでもあるし、オンラインレクチャーやイベントなど気軽に学べる機会も増え、自分自身がその視点を言葉にできるようになってきたからでもあります。

クラブカルチャーもアートワールドも、もともとクィアが築き、クィアネスとともにあるジャンルのはず。でも、これまでその視点の多くは見過ごされてきました。もちろん近年、人種や性別などをインターセクショナル(※2)に意識していこうという傾向はあります。ただ、それでやっといまの段階。こうした問題意識は、MESの活動にもつねに反映されていますね。

※1 SOGIとは、Sexual Orientation and Gender Identityの略。ソジ・ソギと読み、「性的指向と性自認」という意味。性的指向とは、性的な魅力をどのような相手に感じるか、感じないかという概念のこと。性自認とは、自分が自分の性別をどのように認識しているかという認識のこと。
※2 人種、階級、ジェンダー、セクシュアリティ、国籍、世代、アビリティなどのカテゴリーがそれぞれ別個にではなく、相互に関係し、人びとの経験を形づくっていることを示す概念。

新井:表現の世界でいまだにジェンダー観が硬直しているのは、社会的な言葉や形式といった記号性に縛られているからじゃないか。僕の興味は、そんな閉塞感をどうやって作品によって乗り越えていけるか、です。人間って、もっと有機的だし、矛盾してるし、失敗だってする。でも、パフォーマンスのなかではミスがミスとはならず、逆に生身の人間が立ち現れる。そこに僕は一筋の可能性があると思うんですよ。

―ありがとうございます。では最後に、結成10年目を迎えるMESの今後の展望はどんなものでしょう?

谷川:社会の状況に応じてモチーフは変化してきましたが、一貫して新しい「抵抗のかたち」を発明してきたのがMESの活動なんだと思います。10年やってきて、今後は自分たちの表現をどう外部に開いていくか模索していますね。

とくにいまは「政治犯」について考えています。というのも、ウクライナ侵攻に反対するデモで、在日ロシア人の方々と出会ったからです。現在ロシアでは、詩を読むとか、焚き火をするとか、シールを貼るといった、ささやかな反戦の意思表明でも逮捕されてしまいます。そんな「政治犯」たちのアクションを日本で紹介する方法を探っているところです。

新井:これまで僕らは、渋谷の再開発やコロナパンデミック、被災地でのつながりといった、ある環境をトリガーとした作品を立ち上げてきました。そのスタンスはこれからも変わりません。今後もフィールドを問わず、自分たちの関わる現場からアイデアを発見することになるんだと思います。

谷川:そのうえで、せめて自分たちが携わる範囲から、フェアで後腐れのない場を築いていけたら。あらゆる問題にコミットするのは難しいとしても、せめて出会った人たちとは長期的な関係を結びたいじゃないですか。時代の移ろいの中で、近しい抵抗のエネルギーを持って集まれることは奇跡なので。私たち2人にとっても、自分自身にも誠実な制作を続けていきたいですね。

プロフィール
MES

新井健(あらいたける)と谷川果菜絵(たにかわかなえ)が2015年に結成した日本のアーティスト・ユニット。東京藝術大学で活動を始め、東京を拠点に国内外で展示やパフォーマンス、ライブイベントを開催。レーザーや仮設資材を多用し、クラブカルチャーと現代美術の接触を試みるなど、マージナルな位置から社会を観測する作品を展開する。



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