現実と空想を溶かすシニカルなユーモア。GUCCIやPARCO広告を手がける、マックス・ジーデントップの世界

AIやARといったテクノロジーの進化によって、仮想世界と現実世界、デジタルとフィジカルの境界が曖昧になっていく現代社会において、何が「現実」なのか、リアリティとは何なのか──私たちの前にはつねに新しい問いが生まれ続けている。

ポルトガルを拠点に、GUCCIやAppleをはじめ、多数のブランドとコラボレーションするクリエイター、マックス・ジーデントップが、日本の企業と初めてタッグを組んで制作したPARCOの2024年シーズン広告は、そうした現代の潮流を背景に、フィジカルなものの本来の価値とデジタル時代の可能性を讃えるユーモラスなビジュアルに仕上がった。ファッションのみならず映像や音楽界からも注目を集めるマックス・ジーデントップとは何者なのか? そのクリエイティブの魅力と、PARCO最新シーズン広告に込められた遊び心に満ちた問いかけに迫る。

「Believe It or Not!」をテーマに、マックス・ジーデントップが手がけたPARCO 2024年シーズン広告ムービー

テクノロジーの進化とともに、日常のさまざまな境界が曖昧になっていく

この10年間で、ハイファッションはデジタルと手を取り合うことで、一気に民衆化した。

その顕著な例として、00年代のブロガーの出現から、10年代のInstagramをメインにSNS上のインフルエンサーが全世界的に大量に生まれたことで、これまでエクスクルーシブな価値を大切にしてきたファッションショーのあり方が徐々に変化してきた。メディアなど中央集権の情報を信じる時代から、インフルエンサー個々の情報をフォローする時代へ。その向こう側のデジタル上に広がる無数の民衆の声は、ブランドの売り上げにも直接的に影響してくる強力なパワーへと育っていったのだ。

そこに現れた、バレンシアガのアーティスティック・ディレクターであるデムナ・ヴァザリア、ルイ・ヴィトン メンズのアーティスティック・ディレクターを前任したヴァージル・アブローらは、そうしたデジタル上のファンダムを味方につけ、非中央権化していく時代を追い風に、ハイファッションとストリートファッションの境目を曖昧にし、民衆化を推し進めた。

彼らがハイファッションに参入してきてから10年経ったいま、トレンドの揺り戻しはあるものの、デジタル上に広がるオーディエンスのリアクションは、ブランドの知名度において必要不可欠なものになっている。進む民衆化の流れは、昨今話題の「AI」とも相性がいい。

Instagramで広がるAIを使った架空のブランドデザインは、民衆の「こんなデザインあったらいいのに」という妄想をかりたたせる。もはやそれら画像は、アカウントを飛び越えて異なるSNSのタイムラインに乗ってしまえば、「どこで買えるのか?」と真実として人々の目に映ってしまうほどのパラレルワールドも日常的に起きている。

クリエイターのStr4ngeThingが発表した、AIによって生成されたナイキのウエア

日本企業と初コラボ。『エミー賞』も受賞のクリエイター、マックス・ジーデントップとは?

そんなフィクションとノンフィクションが交差する時代に、PARCO 2024年シーズンのキャンペーンは「新たなデジタル時代を歓迎しながら、これまでのフィジカルな実体験も大切にしよう」と投げかける。

タッグを組んだのは、アーティストのマックス・ジーデントップ。ポジティブだけれど、どこかシニカルなユーモアで溢れるマックスの作品は、ファッション界から音楽界まで幅広いジャンルに愛され、2023年にはアメリカのキッズチャンネルのキャンペーン映像で『エミー賞』を受賞。彼にとって今回のPARCOのキャンペーンは、日本企業との初めてのコラボレーションとなる。

動物や宇宙人も登場。GUCCIとPALACEの異色コラボをビジュアライズした、シニカルでユーモラスな映像世界

そんな彼をいち早くフックアップしたのが、GUCCI。2019年の「GUCCI Beauty」から始まり、「adidas x Gucci」のコラボレーション、2022年に世界中の話題となった「PALACE GUCCI」のキャンペーンビジュアル・動画まで継続的にキャンペーンを手がけている。

正式な発表前から噂だけで盛り上がりを見せていた「PALACE GUCCI」では、ストリート界の王者として君臨する「PALACE」とラグジュアリーブランドとして新たな風を起こす「GUCCI」という一見両極端にいるブランドがひとつの世界観に共存するイメージをもとにビジュアライズされた。

マックス・ジーデントップが手がけた「PALACE GUCCI」のキャンペーン映像(2022年)

マックスが手がけた「PALACE GUCCI」のキャンペーン動画では、既成概念をとっぱらった世界で宇宙人から人間、動物まで多様な存在がコラボレーションを楽しんでいる様子が描かれている。冒頭から人々を驚かせるのは、コラボレーションをアナウンスする浮遊する家、そして空からプールサイドに降り立つのは、「PALACE」クルーの一人でもあるルシアン・クラーク。プールサイドから家に入ると、宇宙人がコラボアイテムを身に纏ったモデルたちと談笑し、マダムたちのコース料理には勢いよくスケートボードが飛び出してくる。

そんな奇妙な世界観だけでも笑いが止まらないのに、中盤に友達同士の会話でよくある「ところで、君はどこ出身なの?」という質問を人間が宇宙人に投げかけた途端に気まずい雰囲気が漂うシニカルさも忘れずに差し込むのが、マックスらしいユーモアだ。

アーティスト不在のピンチに監督である自らが出演したMVや、TOTOが砂漠で「永遠に」歌い続けるインスタレーション

さらにマックスの顔が世界中に知れ渡ったのは、2019年に公開されたノルウェー出身の歌手・Sigrid のMV『Mine Right Now』。200万回再生されているにもかかわらず、そこに映るのは歌手本人ではなく、マックス。MV冒頭に自撮りで現れたSigridが、飛行機の遅延で撮影に参加できないこと、代わりに撮影監督が代役を務めることをアナウンスすると、終始過酷なロケーションでマックスがSigridのような演技に奮闘する様が映し出される。

監督であるマックス・ジーデントップ本人が出演したSigrid“Mine Right Now”MV。アーティストが撮影に来られないという予期せぬ事態を赤裸々に明るくMVとして仕上げ、話題を集めた

それら多岐にわたるクライアントワークでマックスがマックスらしさを思う存分にアウトプットできているのは、定期的な個人作品の発表があるから。

その代表作であり、南西アフリカのナミビア生まれとしての自身のアイデンティティを表現したインスタレーション『Toto Forever』は、ナミブ砂漠を舞台に、TOTOの楽曲“Africa“をループ再生し続けるサウンドインスターレション。Artnet、CNN、Forbes、The Guardian、Pitchforkなどさまざまなメディアのニュースを賑わせた。

マックス・ジーデントップによるアートインスタレーション『Toto Forever』(2019年)。6つのスピーカーが太陽電池で作動し、“Africa“を再生し続ける

「想像しうるすべてのことが実現可能な新しい世界」を描いたPARCO最新シーズン広告

さまざまな国を超えて愛される彼のアイデアは、1月15日に発表されたPARCO 2024年シーズン広告で一年通してビジュアライズされる。キャンペーンタイトルは、「Believe it or not!」という力強さを感じるメッセージ。そこに込めたコンセプトとは?

「ノンフィクションとフィクションの境界が薄れつつある現状から、インスピレーションを受けました。今日、フィクションとノンフィクション、真実と虚偽の境界はますます曖昧になってきていますよね。このキャンペーンでは、刻々と変化する不条理な風景が描かれ、観る人はその不条理を受け入れるよう促されます。拡張された現実がノンフィクションとフィクションと交差し、想像しうるすべてのことが実現可能である、新しい世界が描かれています。

AIや拡張現実が発達したこの時代、私たちはちょうどデジタルの世界と物理的な世界が交わる真っただ中にいます。キャンペーンを通して、それは魅力的なことなんだと感じてくださったら嬉しいです」(マックス・ジーデントップ / PARCO公式インタビューより)

マックス・ジーデントップが手がけたPARCO 2024年シーズン広告ムービー

そうした現在地点を描いたキャンペーンでは、未来に起きるパラレルワールドを妄想するのではなく、すでに私たちの日常生活の一部になっているものをあらためてマックスの視点からコミカルに想像する。

「SPRINGのストーリーでは、AIを搭載したスマート家電やロボティクスが、モデルたちと融合する世界を描きました。我々が持っているデバイスが賢くになるにつれて、それらはだんだんと人間のかたちを帯びてくるのです。

それぞれの季節に合った楽しいシナリオを考えて、普段の制作でも盛り込んでいるシュルレアリスムと驚きのスパイスを加えていきました。日常を不条理に描くアーティストのエルヴィン・ヴルムや、ダグラス・アダムスのSF小説『銀河ヒッチハイク・ガイド』など、シュールで不条理だけど、楽しい未来を描くような作品に常にインスパイアされています」(マックス・ジーデントップ / 同上)

今回発表されたSPRINGに続く、SUMMERでAI、AUTUMNではARへと拡張し、最終章であるWINTERシーズンでは、「パルコ・ヴァース」という名のキャンペーン独自のメタバース世界へと私たちを誘う。

デジタル世界を描いているはずなのに、どこか懐かしさも同時に覚えるのは、リスボン郊外にある18世紀の古城を舞台にしているから。長い歴史を積み上げてきた古びたお城のインテリアから立派な庭園の自然までを背景にすることで、今回のキャンペーンの「フィジカルな実体験も大切にしよう」という想いがコントラス的に浮かび上がってくる。

現実と虚構が交差する世界で、何が本物なのか? 「あなたならではの“リアリティ”を創造してみて」

今回のシーズン広告公開に際しPARCOチームのもとに届いたインタビュームービーでは、2日間で4シーズンのキャンペーンを撮影するタイトスケジュールであったにも関わらず、以前仕事をともにした信頼できるチームと取り組めたことで実現できたと感謝を述べていたマックス。インタビューの様子からも穏やかな人柄が感じられる。もちろんそこにもマックスのユーモアは健在で、通常の映像では飽き足らない。2分間の動画のなかで複数の質問ごとにフェイスフィルターを変えながら答える彼の様子は、今回のテーマをライトに、でもより一層感じさせてくれるものだった。

「ノンフィクションとフィクション、現実と想像が融合していく世の中で、このキャンペーンを機に、あなたならではのすばらしい“リアリティ”を創造してみてください。それは、あなたの想像力次第です。

現実とフィクションがシームレスに融合すると、境界線が溶けて差異がなくなり、何が本物であるかを見分けることが難しくなります。キャンペーンを通じて、私たちは思索に満ちた旅に乗り出し、この時代における真実の本質的なあり方について疑問を投げかけられます。日常と非日常が絡み合い、現実と非現実の区別が謎めき、そして魅惑的で楽しい新境地を、PARCOとともに探索してみましょう。

『Believe it or not!』は、私たちを新しい世界の驚異にいざないます。その世界には、私たちの限られた創造力を超えて、無限の想像力が広がっているのです。結局のところ、どこが現実の始まりで、どこが現実の終わりなのかは誰にもわからない。どちらの世界も楽しみましょう!」(マックス・ジーデントップ / 同上)

これまでの長い歴史のなかでも、新たな技術発展が生まれる端境期は変化を恐れて批判的な声も多くあがっていた。もちろんそれらの技術が100%良質なものだと言えなくとも、時代の移りどきに立ち会えているいまを楽しむほかはないのかもしれない、とマックスのメッセージにはポジティブに背中を押される。

そして、真実もフェイクも一緒くたに発信される情報過多な時代において、大事なことは、社会的に決められた固定概念やステレオタイプなイメージを取り払うことなのかもしれない。マックスによるキャンペーン動画は、そうした視点のとっかかりを与えてくれ、いつも決めつけていたモノゴトへの見方を明日からちょっと変えてみようかな、と想像力を掻き立ててくれる。

プロジェクト情報
PARCO 2024 SEASON CAMPAIGN 「Believe It or Not!」

Believe It or Not!

テクノロジーの進化とともに、
想像することが、なんでも創造できる、
とても奇妙で、とても楽しい時代。

目の前に見えるのは、現実?空想?

自分ならではの、すばらしい“リアリティ”を創造してみよう。

それは、あなたの想像力次第です。
---
Chapter 1. SPRING SEASON
“SMART HOME”彼らはロボット? それとも人間?


私たちのデバイスは、日に日に賢く便利になっている。

どんどん進化を続けたそれらは、
だんだんと人間のかたちを帯びてくる。

それらはロボットなのか?
それとも、彼らは人間なのか?

いきいきと働く、彼らの世界をのぞいてみよう。
プロフィール
Max Siedentopf (マックス・ジーデントップ)

1991年生まれ。映像、写真、彫刻、クリエイティブディレクションなど、あらゆる分野で活動するコンセプチュアルアーティスト。2019年よりGUCCIクリエイティブコラボレーターを務め、オンラインスペース「GUCCI VAULT」のネーミングから全体ディレクションまでを担当。2021年、GUCCIの2020年春夏キャンペーン「#ACCIDENTALINFLUENCER」が、ファッションメディア『THE IMPRESSION』のベストデジタルファッションキャンペーンに選ばれる。ミュージックビデオの監督も手がけ、Gommiの『Psychosis』は『ベルリン・ミュージック・ビデオアワード』で「Most Bizarre Video」を受賞。2023年には、キッズチャンネル「Nickelodeon」のブランドキャンペーンの監督を手がけ『エミー賞』を受賞。自身が創設した季刊のアート誌『ORDINARY』が、世界中のインディペンデントな出版社を称える『The Stack Awards』にて最優秀アートディレクション賞を受賞。欧州の非営利シンクタンク「Friends Of Europe」の欧州委員会により、40歳以下のヨーロッパの若き才能46人のひとりとしてノミネートされる。



記事一覧をみる
フィードバック 19

新たな発見や感動を得ることはできましたか?

  • HOME
  • Fashion
  • 現実と空想を溶かすシニカルなユーモア。GUCCIやPARCO広告を手がける、マックス・ジーデントップの世界

Special Feature

Crossing??

CINRAメディア20周年を節目に考える、カルチャーシーンの「これまで」と「これから」。過去と未来の「交差点」、そしてカルチャーとソーシャルの「交差点」に立ち、これまでの20年を振り返りながら、未来をよりよくしていくために何ができるのか?

詳しくみる

JOB

これからの企業を彩る9つのバッヂ認証システム

グリーンカンパニー

グリーンカンパニーについて
グリーンカンパニーについて