小泉今日子さんがパーソナリティを務めるSpotifyオリジナルポッドキャスト番組『ホントのコイズミさん』。「本」をテーマにさまざまなゲストと語り合っていく人気番組から、書籍シリーズ第3弾が発売された。
今回は、Podcast番組『聞くCINRA』の出張収録として、小泉さんへのインタビューを実施。書籍のテーマになった「Narrative(物語)」という言葉や、社会の変化について思うことを聞いた。収録の内容を編集し、記事でもお届けする。
「自分が生きているあいだに、何の結論にもたどり着けないんだなって思ったりする」
―書籍のテーマは「Narrative(物語)」です。この言葉をテーマにしたのはなぜでしょうか。
小泉:Podcastを始めるとき、「Podcastとラジオの違いってなんなの?」みたいなことをいくつかプロデューサーの方に聞いたんです。説明を受けながら、「たとえばこんなことって可能なの」という質問の一つに「書籍化」が入っていて。
そうしたら、前例がないんですけど大丈夫ですと言っていただいて、番組が始まる前から書籍化のための仲間として303BOOKSさんが入ってくれて、ずっと現場に帯同してくださっていました。
書籍化シリーズを立ち上げて、第1弾を「YOUTH」、第2弾を「WANDERING」として、さて第3弾をどうしようかと考えたときに、いろんなワードの候補があったのですが、そのなかから「Narrative(ナラティブ)」を選びました。意味を調べてみたら、「物語」には「Story」という言葉しかないのかと思ったら、ほかにもある。しかも「ナラティブ」は少し意味合いが違っていて。「語り手となる話者自身が紡ぐ物語。変化し続ける物語には完結がありません」という文章を読んだとき、「これ人生みたいじゃん」って思ったんです。
今回は永井玲衣さんの哲学対話や、蟹ブックスの花田菜々子さんの体験を本にしていくこととか、奇奇怪怪のTaiTanさん、玉置周啓さんの言葉で遊びながらずっといい意味で悪ガキでいる感じだとか。宮藤官九郎さんもドラマ『俺の家の話』では「死ぬのはそっちなんだ?」って衝撃で鳥肌が立ったし、『あまちゃん』も、若い2人がまだ何も解決してないのにトンネルの向こうの光に向かって走っていく後ろ姿で終わるラストとか、本当に素敵じゃないですか。だから宮藤さんの話も入れました。
―未完のストーリーがパッケージされている感じがしました。
小泉:起承転結があって終わるものも嫌いじゃないけれど、自分が生きているあいだに、私は何の結論にもたどり着けないんだなって思ったりします。たとえば、30代のときに「これが結論かも」と思ったことが突然覆されたりする。ずっと過程なんだと思うとそれが「ナラティブ」だなと感じています。
―1日何時間もスマホやネットを見る生活をしていると、自分のことを物語るのは難しいなと感じます。このテーマを見て、「あなたの物語を物語っていいし、聞かせてほしい」というメッセージを勝手に受け取っていました。
小泉:そうですね。それを考える時間が増えたらいいなと思います。この言葉を知ったことによって世界がちょっと広がって、自分のなかに入る瞬間があったらいいなと感じます。
小泉さんが感じたコロナ禍の変化。「自分の人生、人任せにできない」
―『ホントのコイズミさん』の最終回で、小泉さんが打ち合わせも含めた3年間のことを「人々の意識がどんどん変わっていった」と振り返っていて。コロナ禍でライフスタイルも大きく変化したと思いますが、意識の変化とは?
小泉:まさにコロナ禍にオファーをいただいて、その最中に始まった番組でした。私自身が実感したのは、それまでずっと忙しくて。ぼけーっと自分のことを考えたかったし、考えるべきだと思っているけど、エンジンかけっぱなしで走ってる感じでした。高速道路の出口が見つからないみたいな日々を過ごしていたし、そんなふうに感じていた人はいっぱいいるのではないかと思っています。
でも、コロナで唯一のプラス面があるとすると、「休憩所」みたいな感じがあったと思うんです。車を止める場所が、一時的かもしれないけどあった。
不安もあっただろうから余計だと思いますが、自分のことをちょっと考える時間がやっと与えられたみたいな感覚があった。それこそライフスタイルを変えた人や趣味を持った人、好きなものが増えた人、いらないものを捨てた人もいっぱいいるだろうし。
そして、やっぱり自分の人生だから、人任せにできないなというムードが以前よりは少し強くなった気がします。それは世の中に対しても、政治に対しても。そんなムードが少し高まった気はしました。
「未来は豊かになる」と思い込んで生きてきた世代
―「人任せにできない」っていうのはどういうことでしょうか?
小泉:私たちの世代は、戦争に負けて、たった20年後ぐらいに生まれてるんですよね。その前から高度経済成長期が始まって、小さな頃から「未来は豊かになる」と思い込んで生きてきた世代です。
そして、生まれて20年後にバブルも経験して……。特に私たちの世代は、世の中のことは政治とか中枢にいる人に任せておけばいい、私たちは幸せになれるという意識が強かったと思うんです。そうじゃない人ももちろんたくさんいると思いますけど、私のような人間も多かったのかなと思うんです。
でも、そういう人たちが少し目覚めたかもっていう感覚がしたんです。世代だけじゃないかもしれないけど。あと、言っちゃいけないみたいなムードもずっとあったのかもしれない。「だって自分の人生だもんね」ということに気がついたみたいな、そういう瞬間があった気がするんです。
―ポツポツとみんなが目覚めてきた感じはどういうところで感じられましたか?
小泉:SNSもそうなんですけど、最近だと顕著に地方自治体とかの変化を感じます。
ガチガチに構造が出来上がっているから、大きいところをいきなり変えるのはどんなことでも難しい。でも小さいところからリーダーを支えていくということは希望だなと思っています。ペヤンヌマキさんが杉並区長選のことを映画にしていて(※『映画 〇月〇日、区長になる女。』)、その音楽にも黒猫同盟(上田ケンジと小泉による音楽ユニット)が参加してたりするんですけど。地方の映画館で上映してくれるようになって、ペヤンヌさんも大忙しで飛び回っていますが、そういうのがどんどん浸透していくといいなという感じがします。
※2022年6月の杉並区長選で、無所属の岸本聡子氏がわずか187票差で3期12年務めた前区長を破り当選。『映画 〇月〇日、区長になる女。』は、草の根で市民の支持を集めていく様子を記録したドキュメンタリー映画。
下の世代を育てないと、のちのち社会が成り立っていかない
―SNSで声が上がるようになり、人権や社会課題への意識が変わっていることを感じますが、社会全体を見渡したときにまだ変わっていないとも思います。最近小泉さんは、テレビ業界について「世の中がガラッと変わっていっているのに、昔のムードのまま押し通そうとしている」「変わらないといけない」と『文藝春秋』の対談で話していました。権力構造が変わらないことはテレビ以外の場面でも感じることがありますが、「昔のムードを押し通そうとしてしまう」のはなぜなのか、ということがすごく気になっています。
小泉:きっと、男性社会みたいなものを捨てきれない人たちがいっぱいいるんだろうなと思います。きっと下の世代の人たちももう大変だと思っているのに、上が変わらない。フェミニズムってきっと女性と男性が戦うことでもないし、女性同士が戦うことでもない。男性の意識が変わったら簡単に変わるんじゃないかなという気がすごくします。
男性社会というものがすごく根深く存在する世界で生きようと思った人たちは、いっぱい嫌な目にも遭ってきたんだろうと思うんだけれど、それを嫌だなと思っている人たちが次に同じことをやってしまうということは、すごく子どもっぽいぞって思います。うまく言えないけれど。
あとやっぱり、いまは60〜65歳くらいで定年になりますが、なぜ定年がくるのかというと、下を育てたいからですよね。じゃないと、のちのち社会が成り立っていかないじゃないですか。政治とか、より若い人に担わせた方がいい気がするんですけど、下の世代や女性を育てないという構造になっている。
なぜそこにしがみついちゃうの? お金もいっぱい持ってるでしょう? 生きていけるでしょう、もっと欲しいの? みたいな感じになっている。どんどん若い人を育ててグローバルな国になってほしいですけど、すごくドメスティックな国になっているなという感覚があります。
―よく「椅子を空けない」問題と言われますが、なぜなんでしょう……。
小泉:それがなぜなのか、となっていることがおかしいですよね。たとえその人たちがご高齢だったとしても、世の中が良くなっていたら感謝されるはず。それなのに感謝できない気持ちが生まれているということは、どっちにしても何か問題があるわけで。国民が背負うことがどんどん増えていって、夢も希望もなくなっちゃって、でもお金持ちばっかりが良い待遇になっていく。それはおかしいよねって思います。
―小泉さんがそういったことを発信される原動力はどんなところにありますか?
小泉:なんかもう、守るものも別にないんですね。私が発言したことでバーッて非難を浴びるかもしれないけれど、そんなに傷つかないというか。そうなったことで、考えるきっかけになっている人のほうが多いんじゃないかなと思うんですよ。
とにかく何も言わないで、刻々と時間が過ぎていくことの方が私は怖く感じるんですね、この状態なのに。私ごときの発言がワワーって騒がれたり、SNS上でやり合うとか、すごい健全なんじゃないのって思ったりします。意見はいろいろあるのが健全だし、それを見えなくしたり、隠しちゃったりすると何も変わらない。
小泉さんがつなげる連鎖。「同世代の人をまず元気にしたい」
―ちょっと考えが違うかもしれない人と話すことは勇気が必要でもありますよね。いろいろな人との対話を続けられてきた小泉さんが、対話をするうえで意識されていることやコツがあったらお伺いしたいです。
小泉:一番のコツは、傷つく必要がないという気持ちを持っていることです。人の言葉に傷つく必要がないというか、傷つかないって私は決めています。そして、自分も人を傷つけないようにする。
あと会話もそうですけど、動かさないと水は腐るでしょう。水が腐らないように優しさを循環したり、楽しさを循環したり、そういうことを小さいところでいっぱいやっていって、いつか循環の輪が大きくなったらいいなと思っているんですよね。
いま60歳まではライブをやろうと思っているんですけど、私のライブに来て元気になった人が家に帰ると子どもたちも元気にできて、その子どもたちが元気になったら友だちも元気にできて……みたいな。そういう空想をよくします。
だから同世代の人をまず元気にしたいと思っています。身体も疲れてきてるし、精神的にも身体的にも具合が悪い人も多くなってくるときだから。
―同世代を見ていらっしゃるんですね。
小泉:その人たちの余波が下の世代の人たちにいくと思うから。
ライブで「10代の人」って聞くと、1人2人いて、「何で来てんの!?」ってなって(笑)。「20代の人」「はーい」とか言って、「あらいいお年頃ね」となって、30代の人、40代でちょっと増えるんですけど、50代の人って言ったら、すごく大きな「はーい!」って返事がくるんです(笑)。そうやって、みんな元気でいてねって思います。
- Podcast番組・書籍情報
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『ホントのコイズミさん』
小泉今日子が毎回、本や本に関わる人たちと語らいながら、新たな扉を開くヒントになる言葉を探していくポッドキャスト番組『ホントのコイズミさん』。書籍シリーズ3冊目が登場。
「NARRATIVE——語り手自身が自由に紡いでいく物語。今、小泉今日子さんと5人のゲストが共に紡ぎ出す終わらない物語」
- プロフィール
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- 小泉今日子 (こいずみ きょうこ)
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神奈川県生まれ。1982年『私の16才』で芸能界デビュー。以降、歌手・俳優として、舞台や映画・テレビなど幅広く活躍。2015年より代表を務める「株式会社明後日」では、プロデューサーとして舞台制作も手掛ける。文筆家としても定評があり、著書に『黄色いマンション 黒い猫』(スイッチ・パブリッシング/第33回講談社エッセイ賞)、『小泉今日子書評集』(中央公論新社)など多数。
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