アイドルとして30年以上活躍し続ける傍ら、大のアート好きで、アートコレクターとしての顔も持つ三宅健。三宅とアートの関わりについて聞いた前編につづくインタビュー後編では、経済産業省が日本のアートシーンの活性化を目的に、2023年7月に公開した「アートと経済社会について考える研究会報告書」を片手に、同省の野口希紗良氏の解説を交えながら、日本のアートシーンの現状や課題を見ていく。
個人としてアートを楽しむだけでなく、アイドルという立場で、「『無関心』を『興味』に変えるようなことをしていきたい」と語る三宅。報告書で見えてきたさまざまな課題に対する自身の見解や問題意識、そしてアイドルとして見据える今後のあり方についても語ってくれた。(前編はこちら)
美術館の数や展覧会の来場者数が多い。アートの鑑賞は盛んな日本の現状
―後編では、「アートと経済社会について考える研究会報告書」のなかでも、個人に直接関係する「アートと流通・消費」の部分を中心に見ていきたいと思います。日本では、「美術館の数で見ると、各国と比較して多い」「展覧会来場者数ランキングでみると日本のアート鑑賞は盛んである」といった特徴があるようですね。
三宅:その話は、僕も何かの本で読んだことがあります。日本は美術館の数も多いし、展覧会などの来場者数もすごく多いけれど、実際にアートを購入するような人は、世界的にも少ないそうですね。
―報告書でも、世界のアート市場における日本のシェアが非常に小さいということや、「日本において生涯でアートを購入する人の割合は16%」といったことがレポートされています。
三宅:それはなぜなんでしょうね。
野口:おっしゃるとおり、日本のアート市場は、世界と比較して小さく、日本の芸術家の1人当たりの平均売上高もほかの産業と比較しても低い水準となっています。
アート市場を拡大してくためには個人によるアート購入だけではなく、企業や地域によるアートの購入・投資も重要です。近年では、文化芸術以外の企業で、アートがもたらす企業価値向上などの効果に注目してアートへの投資に関心を持つ企業もありますが、まだまだ周知・認知が十分ではありません。また、地域がアートを導入する事例も増えてきているのですが、ノウハウ不足などの課題もあり、こうした現状についても対応していきたいと考えています。
―個人だけでなく、企業や地域がアートを購入したり、投資したりするのを促していくことも必要だということですね。
三宅:僕がアート関係者の人たちから聞いたのは、アート市場というのは、10年に一回ぐらい、激しく落ちるような時期があるということです。ただ、アメリカやヨーロッパは、一回下落しても、またすぐに上がってくるけれど、日本はそこから回復するのがすごく遅いらしいんですよね。その違いは何かというと、「アメリカやヨーロッパの人たちは、アートの力を信じているからだ」という話を聞いたことがありました。そこにちゃんと価値を見出せているから、一回下落しても、すぐにまた上がってくる。だけど、日本はそういう価値観があまりないから、回復が遅いんだという。
野口:そうですね。欧米では、例えばAirbnbやDysonなどの有名企業の経営者は過去にアートを学んだ経験がある方が多く、アートに対する理解が深いといったこともあると思います。日本の企業も過去には積極的にアート作品を購入していた時期もあり、当時のアート市場における日本企業の存在感は大きかったようです。でも、過去に購入したアートをうまく活用できず、企業の収蔵庫がいっぱいになってしまい、結果的に新たにアートを購入することが難しくなっていったという側面もあると思います。
また、三宅さんがおっしゃっていたように、日本人は世界的に見てもアートを鑑賞すること自体はかなり好むほうなのですが、アートコレクターの数は少ないということが今回の報告書でも指摘されています。もちろん、海外のような「超富裕者層」と言われる人たちが少ないというのはあるのですが、経済産業省としては、もっと多くの人たちが、より身近なかたちでアートと関わっていくような環境を整備することが、重要であると考えています。
アート購入をめぐる状況は、かつてのスニーカーブームに似ている?
―前編で三宅さんは五木田智央さんの作品との出会いをきっかけに、アートに本格的に興味を持つようになったとおっしゃっていましたが、三宅さんご自身はアートを購入するにあたってハードルの高さは感じませんでしたか?
三宅:僕も絵画というのは美術館で見るものだと思っていたので、まさか自分が購入するようになるとは思ってもいませんでした(笑)。ただ、最初に購入した五木田さんの作品に関しては、本当にひと目惚れで、この作品をずっと家で見ることができたら幸せだなと、魅了されてしまったんですよね。もちろん、オリジナル作品となると価格も上がってしまうから、さすがに覚悟が必要でした。その作品を所有することに関する責任も伴うので。
ただ世間的にも、アートを買うことは以前よりももっと身近になってきているようにも思います。身近になったというのは、僕の世代で言うと、スニーカーブームに近いようなところがあるのではないかなと思っていて。抽選でしか買えないスニーカーを手に入れるために、わざわざ行列に並んで整理券をもらって購入して、それを自分のものとして履く人もいれば、部屋に飾って眺める人たちもいる。あるいは、それを転売して換金するような人たちもいる。その構図が、少しアートを取り巻く環境に似ているなと感じています。
アートコレクションにおける「自ら発掘する」ことの面白さ。多くの人がアートに触れる機会を増やすには?
―なるほど、それは面白い発想ですね。たしかに、ちょっと似ているかもしれないです。
三宅:だからアートに対しても、昔に比べると感覚的なハードルみたいなものが少し低くなっている面もあるんじゃないかな。若い人たちが、アート作品を購入することが増えているという話も聞きますし。あとは、インターネットの普及によって、作品の価値や市場が可視化されたことも大きいように思います。
―さきほどのスニーカーの話ではないですが、いまは「相場」みたいなものを、ネットで調べれば知ることができるということですね。
三宅:はい。インターネットがなかった頃は、アートの相場は、知る人ぞ知る世界の話であって、一般的にはわかりづらかったんだと思います。いまは日本でも、いろいろなアートオークションが開催されていて、二次流通も盛んになっていますし、昔よりも安全性が担保されるようになってきているんですよね。だからこそ、アートに詳しくない人でも買いやすくなってきているのではないかと思います。
野口:おっしゃるとおり、アートの購入にあたってインターネットの普及は大きく影響していると思います。価値の可視化もありますが、アート作品のサブスクリプションサービスや、個人が直接アーティストからECを通して購入できるサービスも出てきています。こうした新しいかたちでの所有や利用形態というのも、いままでアートに接点のなかった方が関わりやすくなるとともに、アーティストへの収益還元が効率的に行なわれる意義もあると考えられます。
三宅:さきほど話していた、アートを買う人は多くないけど大きな展覧会にはたくさん人が来ているというのは、誰かが評価したものを自分の目で確認することで安心する、良いとされるものを自分も見たいという人も多いということなのかもしれないですね。
僕がアートコレクターの人たちと話していて思うのは、そういう人たちは、まだ見ぬ才能を自ら発掘していくことに楽しさを感じているんです。「自ら見つけていく」という感覚がもっと一般的になると良いかもしれないですよね。
―たしかに新しい音楽を探すとか、面白そうな小説や漫画、あるいは映画を自分で探そうとする人は多いように思いますが、アートの場合はどこから探したら良いのかわからないという人も多そうです。
美術館にはよく行くけれど、ギャラリーはあまり身近でないという人もいると思うのですが、三宅さんは、どんな場所があったら、もっと多くの人がアートを身近に感じるようになると思いますか?
三宅:その話は、結構複雑なところもあるとは思うんですよね。ギャラリーはたしかに格式高くて入りにくいと思う人もいる場所なのかもしれないですけど、ギャラリーというのはアーティストの価値を守らなければいけないところもあって、それがギャラリストさんたちの仕事でもあるんですよね。ですからやはり、「誰でもいいから売る」というわけにはいかないでしょうし、ある程度のハードルの高さは、どうしても必要なのかなとも思います。難しい問題ですよね。
―なるほど。既存のアートギャラリーのハードルを低くするというよりも、さまざまなかたちで身近にアートに触れる機会をつくるということが大切なのかもしれないですね。
野口:そうですね。経済産業省でも、より需要の裾野を広げるため、多くの人にアートと接点を持っていただくことが重要だと考えています。例えば、一般消費者だけでなく企業や地域がアート作品を導入したり、芸術祭の企画や社員研修などでアート制作を行なったりすることは、企業や地域に新たな発想をもたらし、イノベーションや地域の魅力向上につながる可能性も持っています。また、そうすることで社会全体の創造性が大きく向上していくことにもつながっていくと考えられています。
アートと経済社会に関する課題を踏まえて、今後すべきこととは?
―報告書ではそのほかにもさまざまな課題が挙げられていますが、経産省として今後に向けた展望は何かありますか?
野口:先ほども少し話に出ましたが、企業が過去に購入したアート作品が収蔵庫を埋めてしまっているために新たな作品を購入することができず、一方で、収蔵庫の作品を活用することもできてないという点が今回の報告書でも課題のひとつとしてあげられています。この課題の解決に向けて、企業の収蔵庫にどのような作品が収蔵されているのかを調査し、その作品の活用を促すとともに、企業と若手アーティストの接点をつくるといった新たな取り組みについて検討しています。
あとは、地域の方々の対話や交流機会を創出したり、地域のブランディング強化につながったりするという観点から、道路や公園といった公共空間などを活用した、地域でのアート活動についても重要視しています。
―今回の報告書でも紹介されていますが、「ベネッセアートサイト直島」は、かなりの人気スポットになりましたよね。
野口:直島はすごくいい例だと思います。そのような地域におけるアートプロジェクトに関するノウハウをまとめたガイドラインを、先日公表させていただいたところです。
野口:加えて、日本のアーティストたちが海外でより活躍できるような環境整備についても検討していきたいと思っています。
―アーティストの海外展開は、アート市場が小さい日本においてアーティストの活躍の場が広がるためには重要ですね。
野口:はい。各国のコレクターが今後12か月でどの地域のアーティストの作品購入に興味があるかを調べた調査によると、日本を除く10か国すべてで上位5位以内に日本がランクインしており、日本のアーティストに対する海外からの注目は高いと考えられます。またアーティストが世界に進出するのは、そのアーティストの成長だけでなくほかのアーティストへの好影響や、日本の魅力の世界への浸透という面でも重要だと思っています。
三宅:日本の魅力という意味では、僕は歌舞伎などの伝統文化も好きなのですが、日本国内でも日本の文化にもっと関心が集まったら良いなと思います。現代アートでも、村上隆さんや奈良美智さんのように世界的に活躍するアーティストが今後も輩出されるためには、海外からの注目はもちろん、国内からの関心も重要なのかなと。
―たしかに、日本の鑑賞客が日本のアーティストに興味を持っているということも重要ですよね。
三宅:そう思います。あと、僕自身がエンターテインメントの世界にいて感じることとちょっと似ていると思ったのは、作家さんたちも、もちろん自分のためでもあるけれど、やはり誰かに見られることをゴールとしている。だから作品をつくっているところもあると思うんです。
作家さんたちにとって、自分の作品が美術館に所蔵されることはとても名誉なことだとされていますが、それはたくさんの人に見てもらいたいということでもあるんじゃないかな。そのための創作活動でもあるというか。僕らも、お客さんが一人もいないなかでコンサートをやってもしょうがない。できるだけたくさんのお客さんに見てほしいし、自分にとっても、それが一番の喜びです。ものづくりをする人間として、アーティストもエンタメに関わる僕たちもそこのゴールが近いのかもしれません。
三宅:ただ、そこでまた難しいのは、どれだけたくさんの人に見てもらっても、それが経済的なところにつながらないと、創作活動に支障をきたすということですよね。やはり、アーティストも生活をしていかなくてはならないから。
野口:そうですね。アーティストが継続的に活動できるための資金面の課題はとても重要であると考えています。例えば、アートに関わって、アーティストの活動に対する理解が深まると、よりその活動を支えたいという気持ちにもなりやすいですよね。
創造的な活動をする人が増えていくことが、アーティストへのより深く広い理解を促し、その結果、社会全体としてアーティストを支えていくような文化的土壌が形成されていく。そのような状況は、アーティストに対する資金の流れを生み出し、アーティストがより多くの資金を創作活動に充てることができるようになっていくことにつながると思いますので、経済産業省としてもこうしたエコシステムは重要であると考えています。
三宅:アーティストの育成も大事ですが、やはりそこまで考えていかなければいけないですよね。だから、新しい才能が育ちづらいのかもしれない。僕も問題意識を持って考えていきたいなと思っています。
「アイドルという立場から、『無関心』を『興味』へと変えるようなことをしていきたい」(三宅健)
―最後に、三宅さんはご自身の活動として、今後「アイドル×〇〇」のようなかたちで、さまざまなことに挑戦していきたいと以前インタビューでおっしゃっていましたが、そこにはやはり「アート」も入ってくるのでしょうか。
三宅:そもそものところで言うと、まずはSNSによって、アイドルという立場でもさまざまなことができる可能性が広がってきた。
かつては「アイドルはアイドルっぽいことだけをやっていればいい」と言われていたような時代があったように思うんです。でも、アイドルというもの自体、時代とともにその意味合いが変わってきていると思っていて。そういうなかで、今後自分がアイドルとして何を表現していくかと考えたときに、後進のアイドルたちの道をつくっていくためにも、「アイドル×〇〇」という形で、いろいろな挑戦をすることによって、アイドルという存在の可能性をもっともっと広げられるんじゃないかなと思っているんです。
三宅:例えば、アートに関することだったら、アイドルがキュレーションする展覧会があっても面白いと思うし、それはもしかしたら、地方創生みたいなことにつながっていくのかもしれないし。
―なるほど。
三宅:アートに限らずですが、一定数の人が興味がある・ないということのあいだに、じつは「どちらでもない」という真ん中の人がたくさんいるんですよね。その人たちに興味を持ってもらえることで、前進につながったら嬉しいです。そのためには、「きっかけ」みたいなものが、すごく大事だと思います。僕だってまさか自分がアートの魅力にどっぷりはまって、こんなふうになるとは思いもしなかったので(笑)。
僕のファンの方たちは、僕がアートやインテリアや建築に興味があることをすでに知っていると思うのですが、今回このインタビューを受けたことで、僕がそういうものに興味があることを、初めて知る方もいると思います。そうして少しずつでも、アイドルという立場から、「無関心」を「興味」へと変えるようなことをしていきたいですね。何事においてもきっかけづくりは大切だと思うので、これまで興味がなかった人が少しでもアートの世界に興味を抱いてもらえることのお手伝いができたら嬉しいです。
- 詳細情報
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「アートと経済社会について考える研究会報告書」
- プロフィール
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- 三宅健 (みやけ けん)
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1979年7月2日生まれ。神奈川県出身。 2023年7月2日に最初のTOBEアーティストとして出発することを発表。表現者として、新たなエンターテインメントの形に挑戦していくこと、そして新たな「アイドル像」を描いていくことを表明した。 自身の「アイドル像」をテーマにした2nd Digital Single『iDOLING』を2024年1月29日にリリース。YouTubeにて毎週火曜日21時に「健ちゃんの食卓」、木曜日21時からは「ゆるりと生配信」を配信中。
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