映画『ブルーピリオド』原作者・山口つばさ&主演・眞栄田郷敦インタビュー。「好き」に向かう苦楽とは

1枚の絵をきっかけに美術の世界に挑戦し、国内最難関の美術大学を目指して奮闘する――。美術に向かう若者を描いた漫画『ブルーピリオド』は、2017年6月に『月刊アフタヌーン』で連載が始まった。自身も東京藝術大学の出身である著者・山口つばさが描くこの作品は、読者から深い共感を呼び、累計発行部数は700万部を超えた。

『ブルーピリオド』を原作とした実写映画が、全国で8月9日から公開される。主人公・矢口八虎を、俳優の眞栄田郷敦が演じる。

山口と眞栄田にインタビューを行なった。作品の印象をはじめ、主人公・八虎のキャラクター像や物語に込めた思いなどを語ってもらった。

あらすじ:ソツなく器用に生きてきた高校生・矢口八虎は、美術の授業の課題「私の好きな風景」に困っていた。悩んだ末に、一番好きな「明け方の青い渋谷」を描いてみた。その時に絵を通じて初めて本当の自分をさらけ出せたと感じ、美術に興味を持ちはじめ、のめりこんでいく。そして、ついに国内最難関の美術大学への受験を決意するのだが…。

八虎と「すごく似ている」。眞栄田の深い共感

―まず、山口先生にお聞きします。『ブルーピリオド』では、高校生になってから絵を描き始め、美術に挑戦する八虎の努力が描かれます。2022年に開催された『ブルーピリオド展』でも「アートって才能か?」という副題が付けられていましたが、大きなテーマとして「努力か、才能か」といった文脈があるのでしょうか?

山口つばさ(以下、山口):努力か、才能か、といったことは、じつはあんまり考えていなくて。美術の入口の入口、ぐらいになればいいな、といった気持ちで始めました。美術に触れたことのないような子が美術を始めて、読んでる人も同じ目線で読めたらうれしいな、という思いでした。

―八虎というキャラクターは、どういうふうに生み出されたのでしょうか。

山口:自分としては、美術をやってなさそうな人を選んで描いたつもりです。フィクションにおける絵の上手い人って、ほかは何にもできないけど美術だけはできる、みたいなキャラクター……一点天才型、みたいな子が多いように思います。ではなくて、さらに感覚ではなくて戦略家で――そのうえ、好きなことをやる人たちを馬鹿にしてしまうような……。ほかは何でもできるけど、これ(美術)だけはできない、みたいな感じのキャラにしたくて。

―眞栄田さんは、その八虎をどう捉えられましたか?

眞栄田郷敦(以下、眞栄田):いま、自分のこと言われてるのかなと思いました。僕も勉強だったり、スポーツだったり、それなりにできるんですよ。八虎も、ちゃんと努力もしているとは思うんですけど。意外と負けず嫌いな面も一緒です。美術もまったくやったこともなくて――やっぱり、すごく似てるなと思うんですね。

ただ違う点は、僕は好きなことや極めてるものがある人を、すごくリスペクトしています。でも中高生のときは、自分の「好き」を表現するのがちょっと怖かったなあとも思うから、そのあたりも共感しますね。

―八虎の「好き」を表現するのが怖いといった一面は、初めて渋谷の絵を描き、何を描きたかったのかを友達にわかってもらって、涙してしまうシーンにもあらわれているように思います。そういった場面をはじめ、共感する部分は多かったのでしょうか?

眞栄田:全体を通して共感しました。八虎の、誰といるのか、どこにいるのか、どういう状況でいるのかによって、カメレオンのように変わるところって、僕もめちゃくちゃあるし、中高生のときは逆にそれが嫌だった自分もいるし。

自分の性格って何なのだろうと、客観視しづらかった部分があって。だから例えば「自分はこの音楽が好き」という気持ちでも、その「好き」をわからないふりをするぐらいに、それを表現することが怖かったと思う。他の人からの視線を気にしたりもして。

あと、演じていてなんとなく、八虎って自分が大好きな人間なのかなって。

山口:(笑)

―どういうところで、そう思われましたか?

眞栄田:自分がどう見られているか気にして、自分を守るような面がある人物なのかなって、勝手に思って。それは、なんかすごく――わかる。山口さん、どうですか?

山口:いや、実際どうなのかまでは考えたことなかったんですけど、他人からそういう評価を受けている八虎がなんかウケるなと思って(笑)

眞栄田:ナルシストというわけではないのですが、結果、自分が大好きなんだろうなって。繊細さを感じますね。

―だけど、自信がないっていうのが八虎のかわいらしさだと私は思います。

眞栄田:大好きだからこそ、自信がないんだと思う。

―八虎を演じられるうえで、意識されたところはありましたか?

眞栄田:序盤は、TPOによって人との関わりが変化するようなところは気をつけました。

あと、美術を始めたての姿勢だったり、雰囲気だったり――そして藝大受験の試験当日までのグラデーションというのは、しっかりつけていきたかったところでした。

ー物語が進むにつれ、どんどん目に力が宿っていくような印象を受けました。

キャラクターが「生きている」。原作者も唸った細部へのこだわりとは?

―山口先生、実写映画化のお話が来たときには、どのように思われましたか。

山口:実写化のお話がきたときは、単純にとてもうれしくて。でも、(映画化する範囲である)6巻までってちょっと長いし、かつ受験編って、そんなに出てこないわりに重要なキャラクターがすごく多いんですよね。だから2時間におさめるのが難しそうだな、と思っていたのですが、すべてを取りこぼさないように真摯につくってくださった印象がありました。

漫画だと描けない部分や、描いていて気づかなかった部分もありました。映画の最初のほうで、渋谷駅の井の頭線から出たあたりを八虎が歩いているところとか「ああたしかに!渋谷で遊ぶならそこを通るよね」みたいな。あそこまで想像していなかったので。より生きている感じというか――映っていないところでも、キャラクターがいろんな動きをしているんだな、と感じられてうれしかったですね。

―実際に映画を見られて、他にも印象的だったり、気づいたりしたことはありましたか?

山口:私は日常的な要素を入れるのが苦手で、あんまり描けていなかったんですけど、(映画で)美術部の子たちがみんなで流しそうめんをしているシーンがあって、それはうれしかったですね。

それと個人的に、本人たちの記憶にはすごく残っているけれど、他人からしたら本当に日常のいち風景でしかない――みたいなものに、めっちゃ「エモ(※)」を感じちゃうんです。映画で八虎と龍二くんが水族館に行く場面があり、それがセリフがなくても象徴的なシーンになっていて、そういった「エモ」を感じてよかったです。「エモ」っていうと軽く聞こえてしまうのですが、思い出とかって、そういうもんだと思うんですよね。

※エモーショナル(感情的な)から派生したスラング。心や感情が大きく揺さぶられるような、感動的な気持ちを表すことが多い。

―眞栄田さん演じる八虎については、どういうふうに感じられましたか?

山口:私は、八虎くんってずるいとこもあるし、もっとヘラヘラしているところもあるように感じていました。眞栄田さんの八虎くんの方が「実直にガチで美術やりたいんだな」という印象を受けました(笑)。

良くも悪くも、漫画のキャラクターだから少し誇張して描きもするのですが、眞栄田さんの八虎くんは、本当に予備校にいる感というか、それでいてギンギンの金髪だからそこで少し浮いてそうな感じ、でもとても頑張っている感じで――すごくリアリティがありました。「めっちゃわかる!」と思いましたね。

―眞栄田さんの八虎の髪は、銀にも金にも見えるいい色だなと思いました。

山口:原作の漫画は良くも悪くも漫画的な――ユカちゃんとか特に、すごく漫画チックなキャラクターデザインにしてあるのですが、そのへんもリアリティラインの落とし込み方が絶妙でしたね。全員すごく良かった。

眞栄田:八虎の髪の色には、すごくこだわっていて。最初はすごくきれいな金髪だったんです。でもそこから「八虎はどうやってこの髪色になったんだろう?」となって。たぶん、周りに流されて、コンビニでブリーチ剤買ってやったんだろうな、美容院で絶対染めてないだろう、という話になった。だから、ちょっと汚い染まり方をしている。少しだけ地毛の黒色が見えているなど、ムラがある金髪になっているんです。

山口:うちのアシスタントさんが映画の予告を見たときに「八虎くんの髪が傷んでいて、すごい良かったです」って言ってました。いま実際にそういう意図でつくられていたんだとわかって、うれしくなりました。

好きなことに向かう「苦しみ」を大切にした

―眞栄田さん、完成した作品を見られて、どんな感想を抱きましたか。

眞栄田:本当に、八虎と一緒に進んでいるような感覚になりました。

というのも前半、八虎が美術を始める前は、悪い言い方をするとテンポが悪い――カットを割らずに、ワンカットで見せてる部分が多いんですが、それって八虎の心情だなって思いました。だからこそ、美術を始めたあとのスピード感のあるフラッシュが、すごく効いているなって、全体を通して思いました。

見終わったあとの印象としては、長かったなとは思わないんですよね。大変な時間はとても長く、楽しい時間は早く感じるから、それもあって八虎と一緒の時間を進んでいるような感覚になりました。

―映画のなかには、眞栄田さんが描かれた作品も登場しますね。美術について、もともと興味はあったのでしょうか?

眞栄田:いや、本当に苦手意識が強くて。まったくやったことがなかった。

高校は芸術系のクラスで、音楽をしているクラスメイトもいるけど、美術とか書道を極めている人たちもいて。授業中に鉛筆を削ったり、ずっと描いたりしている人を見ていたんですよ。すげえなと、絶対こんなん無理だ、と思っていたんですよね。

今回指導してくださった先生が素晴らしい人だったということも大きいです。でも今回描いてみて、ちょっとびっくりしました、自分でも。こんだけ描けるんだ、って。

―美術に向かう姿勢について八虎に共感するところがあると言われていましたが、演技も芸術表現のひとつだと思います。「努力か、才能か」といったところについては、眞栄田さんはどういうふうに考えていますか。

眞栄田:努力と才能――そんなのは、中学生のときからずっと考えていますね。最近の思いでいうと、自分らしかったらいいんじゃないかと思っています。

才能はやっぱり強いと思います。才能がある・ないは絶対にあると思うし――それは綺麗事ではないと思うんです、僕は。だけど、努力で埋められる部分もあると思うし、そういう人たちの良さもあると思うから、どっちもいいから、どっちでもいいかな、みたいな!

―自分の好きを大事にしていく、ということでしょうか。

眞栄田:そうですね。自分らしさみたいな……。一方で、自分らしさをわかるためには、いろんな経験やチャレンジをすることが大事だと思いますけどね。

―山口先生、「努力か才能か」といった部分はあまり意図したところではないということでしたが、そのテーマについてはどういうふうに感じていますか?

山口:芸術って、才能があって、もうこれしかなくて――みたいな人がやるようなイメージがあるから、そのアンチテーゼのような気持ちで描いているような気持ちはありました。八虎くんが努力の人だったら、八虎くんが努力しないと得られないものを最初から持ってる人がいたりとか、それはあってもいいのかな、という感じで描いていましたね。

眞栄田:僕はもともと、この映画が努力と才能がテーマになるとは思わなかったですね。

山口:あっ、そうなんですか?

眞栄田:もちろん、世田介がいるから、要素としてはもちろんありますが、それが全体の大きいテーマになるとは思わなかったな。

ー眞栄田さんが一番大きく感じたテーマっていうのは、どういうものでしたか?

眞栄田:そうだなあ。好きなことに向かう……良し悪し。いいことだけではないと思うから。むしろ、やっぱり苦しいことが多いから。

好きなことに向き合うってことは、その先にはすごくいいことがあるんだろうけど、その過程はほとんど苦しいことばかり、というのが現実な気がする。だから今回、その苦しさというものを、すごく大事にしたつもりです。

ヘアメイク: MISU
スタイリスト:MASAYA

作品情報
『ブルーピリオド』

8月9日(金)全国ロードショー

出演:眞栄田郷敦
高橋文哉
板垣李光人
桜田ひより
原作:山口つばさ『ブルーピリオド』(講談社「月刊アフタヌーン」連載)
監督:萩原健太郎

配給:ワーナー・ブラザース映画 

©山口つばさ/講談社 ©2024映画「ブルーピリオド」製作委員会
プロフィール
山口つばさ (やまぐち つばさ)

漫画家。東京都出身。東京藝術大学に現役で合格。大学卒業後、『アフタヌーン四季賞2014年夏』で佳作を受賞。17年より、『月刊アフタヌーン』で『ブルーピリオド』を連載中。

プロフィール
眞栄田郷敦 (まえだ ごうどん)

2000年1月9日生まれ。ロサンゼルス出身。2019年『小さな恋のうた』で役者デビュー。その後ドラマ『ノーサイド・ゲーム』『エルピス -希望、あるいは災い-』『366日』、映画『東京リベンジャーズ』『カラダ探し』『ゴールデンカムイ』などに出演。



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