AI×culture=??? ―AIはどんな文化を「生成」するか

パリ五輪で誤審が騒動に。「AI審判」の導入を進めるには?スポーツAI研究者の藤井慶輔に聞く

メイン画像:Getty Images

現在開催されているパリオリンピックでは、審判による判定の偏りを指摘したり、「誤審ではないか」と疑問視する声が多く上がっている。

オリンピックに限らず、スポーツでたびたび問題になる判定の問題は、AIの発展でどう変化するのか。

今回の記事では、名古屋大学大学院情報学研究科准教授で、機械学習とスポーツアナリティクスの融合に関して研究を行なう藤井慶輔さんにメールインタビューを敢行。

AI審判の現在地や導入への課題、今後の展望に加えて、スポーツにおけるAIの活用について話を聞いた。

「AI審判」の導入はどうなっている? 現状を整理

─2023年の体操の世界選手権では、AIによる採点システムが初めて男女の全種目で導入されました。AI審判を用いる際には、現段階でどのような技術が使われていますか?

藤井:AI審判で主に用いられる技術については、動きを測定する部分と、測定された動きから評価する部分に大まかに分けられます。

前者の動きを測定する部分では、多くが選手の姿勢や場所、つまり腕や脚などの関節や、フィールドのどこにいるかという位置情報を推定しています。

スポーツによっては、加速度などのセンサー情報を用いていることもありますが、センサーの導入コストや選手の動きやすさなど考慮する点が多くなるため、多くは非接触のカメラやLiDAR(編注:Light Detection And Rangingの略。レーザー光を用いて、対象物の距離や形などを測定する装置)などから選手の動きを推定していることが多いです。体操競技の自動採点では、富士通によるLiDARを用いた3Dセンシングが使われていると聞いています。

測定された動きから選手の動きを評価する部分においては、正確に位置情報が計測でき、かつ人間がある程度明確に定義できる動きにおいては、AI審判を活用しやすいと言えます。

体操競技や、サッカーのオフサイド判定などは有名ですが、ボールの動きまで含めると、バレーボールやテニスなどの自動ライン判定技術、野球の自動ストライク判定技術はすでに存在して使われはじめています。

─AI審判を導入している競技としていない競技には、どんな違いがあるでしょうか?AI審判が得意なこと、不得意なことを教えてください。

藤井:AI審判を導入できるかどうかは、現在の技術的に可能かどうかと、制度として導入可能かどうかで論点が整理できると思います。

技術的な観点で言うと、研究レベルでは、水泳の飛び込みやフィギュアスケートのジャンプ、競歩の反則判定など、いくつかのトピックで研究が行なわれています。現場で使いものになる精度になっているかについては使い方にもよるので一定の基準を示すことは難しいですが、実用に向けてはより正確なデータを大量に取得して、より正確なAIをつくっていく必要があり、より大規模なチームで行なうことが求められるように思います。体操競技である程度できている以上は、これらは技術的には可能だと考えられます。

参考までに、私たちの研究室で行なった、競歩の反則判定とフィギュアスケートのジャンプの評価技術に関するコードとデータがこちらこちらです。

ただし、それらがすぐ大会などで導入されるかと言われると、さまざまな課題があります。

まず導入コストについてですが、AI審判を導入することで公平性の向上が期待されるものの、ただちに何らかのコストが削減されるというわけではないので、最終的には運営側が感じる価値が導入コストを上回ったときに検討され始める、というのが実情ではないかと思います。

あとは、既存のルールにどう組み込むか、人間の審判の判断とどのように関わるか、試合での観客の熱量が下がらないような(素早い)オペレーションを実現できるか、など様々な観点で導入できるかどうかを検討する必要があります。そのため、AI審判を大会やリーグで導入するというのはとても大変なことで、技術者はもちろんですが、各関係者の努力のおかげで成立していると思われます。

「サッカーやバスケットボールなどの接触ファールの反則判定は技術的に難しい」

藤井:技術的に難しい反則判定も存在します。例えば、サッカーやバスケットボールの接触ファールのような例です。

あるタイプのファールは触れたかどうかで自動判定が技術的に可能な場合もありますが、接触される側が当たりに行ったり、大げさに動くなどしてファールに見せる選手のテクニックも発達しているので、姿勢情報だけでは厳密には難しい場合があります。

柔道のようなつねに接触している競技も難しいと思います。接触したかどうかを必要条件として補助的に反則判定を行なうことは可能だと思いますが、厳密に反則を自動判定することはまだまだ難しいように感じます。

研究レベルでは、サッカーの反則判定は流行しているトピックにもなっていて、最近では大規模言語モデルの利用により、反則と判断した説明を行なうAIも提案されています。人間の審判の学習や、補助的に使うという観点では、ファール判定AIはそのうち利用されはじめるかもしれません。

試合後、永山選手はXに対戦相手との2ショット写真を投稿。「彼から謝罪の言葉がありましたが、彼にとっても不本意な結果だったと思います」と労った。

AI審判と人間の違い。公平性や透明性は向上する?

─AI審判の精度はどの程度高いと考えられますか? 人間の審判と比較してどのような利点があるのでしょうか?

藤井:対象や、学習のためのデータをどのくらい利用するかにもよるのですが、運用されているAI審判の正確さは、上記のように多段階の検討を経ている以上、人間と同等かそれ以上になると予想しています。そうでないと導入するメリットもありません。

人間の審判は経験が豊富な方が行ないますが、人間の目は機械に比べると時空間解像度が粗いので、着目できる観点には限界があります。ですので、例えばボールがラインを超えていたかどうかや、どの選手のどの身体の一部分がオフサイドラインを超えていたかどうかなどの問題については、機械のほうが得意だといえます。

また、経験が豊富な人間の審判は人数が限られており、時間や場所の制約もありますが、AI審判の場合は導入コストなど上記の問題さえクリアすれば時間や場所は選ばないので、活用できるシーンは増えていくように思います。

─AI審判の導入により、公平性や透明性はどのように向上すると考えられますか?

藤井:各スポーツにおいて、ルールブックにより公平性や透明性は一定のレベルで確保されていると思いますが、実際は人間の審判が判定する場合には先ほど説明したような制約があるので、場面によっては機械のほうが正確な場合があります。

さらに、人間は経験に基づいて審判を行なうため、どうしても経験に基づくバイアスや個人差が生じる可能性があり、これらはしばしば無意識のため、あとから説明することが難しいことがあります。

AI審判であれば、すべての判定過程をデジタルで記録することが可能なため、あとからの検証も可能であり、公平性や透明性は人間と比較すると高いといえます。

ただし、AI審判も完全に公平に行なうことは難しく、例えば設計者や学習データのバイアスが混入する可能性があります。透明性に関しても、設計者やアルゴリズム、学習データなどの情報が公開されていなければ、外部からの検証が難しくなります。

一方、すべてを公開するとAIの性質を逆手に取った不正な使用を行なう可能性も高まり、あるいは単に営利企業として進んで公開はしない場合もあるでしょうから、これらの問題はスポーツ審判に限らず一般のAIに関連する重要な課題になっています。

─AI審判の判断に対して、選手や観客が不満を持った場合の対処方法はどのようになっていますか?

藤井:現状のAI審判は、評価の部分に関してそこまで知的な処理を行わず、むしろ単純にボールや選手の動きを可視化して説明することが多いです。

例えば、バレーボールやテニスのライン判定で、ラインと判定されたボールの位置を可視化したり、サッカーのオフサイドの微妙なケースにおいて、ビデオレビューを行ない、推定された姿勢データ(3Dメッシュ)を用いて判断が正しいかどうかを確認することなどで納得感を高めていると思います。

また、最終判断を人間に委ねている現状では、AI審判の判断自体に不満が出ることは少ないように思います。それを活用した人間の審判や、それを採用した機関に不満を持つことがあるかもしれませんが、それはAI審判がない場合においても同様のことのように思います。

「もしも別のプレーを選択していたら」を予測する技術も。スポーツにおけるAI導入の未来

─今後のAI審判や、スポーツにおけるAI技術の導入について、どのような展望や期待がありますか?

藤井:将来、AIが評価を行なって選手がそれを受け入れるような状況になった場合に、新しい問題が起きはじめるかもしれません。例えば、先ほど紹介した自動採点や接触ファールの自動判定を行なう場合に、明らかにAIが変な判定をしたとき、人間がそれを検証して、間違いであると判断できる仕組みを整えることが必要かもしれません。

また、先ほどのAIの透明性、つまりアルゴリズムや学習データに関する情報を開示することがこれまで以上に重要になってくるかもしれません。

現状は動きの計測にAIを使うことが多いので、その透明性は内部的には議論していると思いますが、重要な論点はそこまでないため、議論になることはまだ少ないと思います。

個人的には、その将来的な変化は望ましいものだと考えています。なぜなら、先ほどお話ししたように、人間の審判の不得意な部分や、経験に基づくバイアスや個人差に関する問題を解決できる可能性があり、公平性や透明性が高まることが期待できるからです。

AIの発展で、審判や指導者が少ない地域でも、公平にスポーツが楽しめるかもしれない

藤井:また、時間や場所を選ばないことで、人間の審判が少ない(あるいは、指導者など経験のある方が少ない)地域においても、公平にスポーツが楽しめるということもあるかもしれません。透明性や説明性の高いAI審判であれば、その利用によってルールをより深く理解できるということもあると思います。

AI審判に限らず、スポーツAI技術という広い観点からは、良いプレー、最善のプレーなどより挑戦的な動きの評価や、より多くの人に使ってもらうための計測技術の簡易化や正確性の向上が期待されます。

前者の動きの評価について、AI審判は「正解のある判定を再現する」ことに注力できるのですが、良いプレーの評価はいくつもの正解があり、創造的な性質も含んでいます。スポーツを行なう選手は、上手くなりたい、相手に勝ちたい、と思ってプレーしていますが、それを実現するために適切に評価したり助言してくれるコーチや指導者は限られています。

スポーツは得点や勝敗などの結果がわかりやすいので、「得点できたら良いプレー」のように結果論に陥りやすく、ボールスポーツだとボールを持っている選手以外は評価されにくいですが、「別のプレーを選択していたらこんな結果だった可能性がある」という予測技術や、「ボールを持っていない全選手を評価する」技術など、私たちはより公平性を高めた評価技術について研究しています。 

後者の計測技術について、現状は多くのカメラやセンシング技術を用いた導入コストが高いものになっているため、資金が十分ある特定の大きい大会やリーグ、スポーツに限定されているというのが大きな課題です。

技術的には多くのカメラを使えれば遮蔽の問題がなくなるため、より正確に動きを推定できますが、規模の小さな大会やスポーツで利用するためには、少ないカメラ、究極的には1台のスマートフォンカメラで撮影して分析できればより多くの人が使えるようになるはずです。

また、一般の画像処理や自然言語処理の分野と異なり、AIに学習させるためのスポーツのデータセットは、一般に公開されない傾向にあります。スポーツは競技ごとに特化した複雑で素早い動きを行なうため、動画アノテーションデータセットを公開することで、多くの人がAIをつくることができるような活動も私たちは行なっています。

例えば、こちらのようなサッカー、バスケ、ハンドボールの選手とボールの位置と映像を含む世界最大のデータセットや、フィギュアスケートの3D姿勢データセットなどを最近公開しました。これらを使ってスポーツAIをつくれる人たちが増え、日本のスポーツがますます強くなることを願っています。

藤井:最近は生成AIが自然言語や画像などで一般の方にも簡単に利用できているようになっていますが、スポーツに関してもそのように多くの人が利用できる未来を期待しています。私たちはより公平で明確な基準に基づき、スポーツの見方を変え、スポーツファンが楽しめ、チームや選手が強くなる手助けになるような技術を開発したいと考えています。

この分野はまだまだ研究者が少なく、技術的にも未開拓で、今後も新しい技術が多く生まれる分野だと思いますので、ぜひ引き続きフォローしていただけたらと思います。

藤井 慶輔(ふじい けいすけ)
1986年大阪市生まれ。2014年京都大学大学院人間・環境学研究科の博士後期課程にて博士号を取得後、理化学研究所革新知能統合研究センターの研究員などを経て、2021年から名古屋大学大学院情報学研究科准教授。2020年からJSTさきがけ研究員(信頼されるAI領域)。2023年名古屋大学赤崎賞を受賞。機械学習とスポーツアナリティクスの融合などに関する研究を行なっており、最近では様々な団体と連携した技術の社会実装についても取り組んでいる。


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