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「東京にいる間、『ロスト・イン・トランスレーション』(2003年)のことをずっと考えています。だって、私の人生でいままさにリアルに体験してるから!」と初主演を務める『ポライト・ソサエティ』のイベントのために来日したプリヤ・カンサラは、インドやパキスタンの民族衣装レヘンガをまといながら、興奮気味に笑う。「でも、あのビル・マーレイみたいな年上の男性とはまだ出会ってないです(笑)」
彼女が演じるリアは、スタントウーマンの夢を抱くパキスタン系イギリス人の女子高生。実在の英国人スタントウーマン兼スタントコーディネーターであるユーニス・ハサートに憧れ、周囲から反対されながらも、姉リーナ(リトゥ・アリヤ)の後押しを得て、日々、空中後ろ回し蹴りの成功に向けて励んでいる。しかし、同志で理解者の姉が、芸術家の道を諦め、知り合って間もない御曹司で遺伝子学者のサリム(アクシャイ・カンナ)とのお見合い結婚に突如同意してしまうと、それに納得できないリアは、友人とともにその結婚式を妨害する計画を企てる。姉を有害な政略結婚から救い出さなければいけない──彼と薄気味悪い母親ラヒーラ(ニムラ・ブチャ)のエディプスコンプレックス的な関係を訝しみ、彼らの怪しい悪意を察知したリアの行動はもはや止められない。
『ポライト・ソサエティ』は、フェミニストの視点から南アジアのカルチャー(ボリウッド)と東アジアの武術(カンフー)を取り入れ、欠点を持った南アジア系少女をアクションヒーローに仕立てる。従順で意志が弱く描かれがちなアジア系女性のステレオタイプな表象を覆し、男性中心のジャンルに侵入するのだ。南アジア系は英国最大のマイノリティグループのひとつだと言われるが、リアは、文化的伝統や家族からの期待に逆らう大胆不敵な女性である。映画は奔放な夢想家のティーンエイジャーの視点で語られ、家庭での姉妹喧嘩や学校での対立が、まるで『スコット・ピルグリム VS. 邪悪な元カレ軍団』(2010年)のようなゲーム感覚で演出され、彼女の幅広い感情に合わせてトーン自体も呼応していく。格闘アクション、ミュージカル、潜入スパイ、誘拐と様々なジャンルがミックスされるなかで、カンサラは表情から全身までエネルギッシュにリアを体現してみせている。
「私は怒りの権化!」──監督、撮影監督、衣装デザイナーら女性たちが中心となって作られた『ポライト・ソサエティ』でリアが戦うのは、女性の主体性を奪い、個性と自由を犠牲にさせる家父長制である。レヘンガを身にまとって、フェミニストがその呪いの鎖を砕くのだ。
主人公の内面を視覚化。物理法則をも超えて抑圧と戦うこと
──本作を手がけた監督のニダ・マンズールは、同じくロンドンで暮らすイスラム教徒の女性パンクバンドを活写したドラマ『絶叫パンクス レディパーツ!』(2021年)に続いて、不遜で反逆的でありながら失態も犯すムスリム女性たちを騒々しく陽気に描き出しています。フェミニストの自立と怒りを讃える彼女が描くムスリム女性をどのように感じますか。
プリヤ・カンサラ(以下、プリヤ):多くの役者たちが、一生の間に強くて反抗的な女性の役を演じられることを、待ち望んでいると思います。これまで女性にまつわる多くの物語は、男性のまなざしから語られてきました。ニダは女性について、女性のために、女性として語っています。彼女が描く、強く、反抗的で、勇敢で、情熱的な女性キャラクターを演じることができて、私は本当に幸運だと思っています。
──リアは、自分の前に立ちはだかる存在を、スーパーヒーローに対する悪役のように仕立てて戦っていくかのようです。 彼女の内面がアクションとしてファンタジックに描かれているとも見えますが、このユニークな心情表現についてどう思われましたか。
プリヤ:そのように視覚化されるのは、とても楽しかったです。映画のなかの戦いのシーンでは、彼女の内なる怒りが伝わってくると思います。また、彼女が経験するクレイジーな出来事を通して、リアというキャラクターが成長していく様子も見ることができます。
撮影は本当に楽しかったし、観客も乗り物に乗せられるかのように、現実逃避的というか、超現実的な気分になって楽しんでもらえると思います。彼女が自分をまるでスーパーヒーローのように見立てているときに頭のなかで起こっていることであると同時に、外の世界でも実際にそれを経験している。そのような世界観が生き生きと描かれるのは、楽しいことでした。
──リアは社会規範だけでなく、物理法則をも超えて抑圧的なシステムと戦っているかのようですね。本作の派手なアクションはどのように感じられましたか。
プリヤ:おっしゃる通り、リアは重力をものともせずに家父長制と戦うのです!(笑)
本作は、香港映画やカンフー映画、空手映画、ブルース・リー、『マトリックス』(1999年)などからインスパイアされていますが、特に『マトリックス』では、すべてが重力に逆らっていて、観客もそれに疑問を抱かないですよね。なぜなら、観客もその世界観に身を置いて、信じているから。『ポライト・ソサエティ』も同じように、心と頭をオープンにして、彼女が生きている宇宙に身を委ねなければなりません。その世界では、高々と空中後ろ回し蹴りを完璧にすることができる。不可能なことはないわけです。
「自分のインナーチャイルドを癒すような経験」。本作が描く家父長制への態度とは
──アジア系の映画のストーリーでは、娘はしばしば支配的な母親から「礼儀正しさ」が求められ、いい子であることのプレッシャーに悩まされる姿が映し出されます。リアやリーナもまた保守的で伝統を重んじる両親から医師になるよう説かれ、上流社会の息子との結婚を勧められ、怒りをあらわにすることをたしなめられます。礼儀を重視する社会に立ち向かう、リアの怒りをどのように感じましたか。
プリヤ:私は子どものころ、とてもお人好しでした。ルールを破って、怒られることが大嫌いでした。なので、リアのように怒られることを気にせず、ただ自分のやりたいことをやる人物を演じることは、自分のインナーチャイルドを癒してくれるような経験でした。リアを演じたことで、そういった経験ができたこともラッキーだったと思います。
文化的な文脈に関しては、たしかに私たちのコミュニティには未だに家父長的な価値観が残っています。ほかの多くのコミュニティも同様に、家父長的な価値観が残っていると知っています。この映画は、私たちが自分たちの伝統や故郷を愛することだけではなく、まだ多くの問題が根深く残っていることをバランスよく指摘していると思います。リアは反抗的な子どもで、そういった家父長制の問題に対して、どう感じているのかはっきりわかります。それを描くことも重要なことでした。
──映画は、南アジア系のコミュニティにおける「toxic aunty(※)」について触れていますね。サリムの母ラヒーラは息子のために完璧な結婚相手を求め、リーナに妻としての多くの期待を寄せています。若者たちに結婚や出産への圧力など、ジェンダーロールの期待と基準を課す「toxic aunties」はどのように感じられますか。
プリヤ:おっしゃる通り、「toxic aunties」は存在しています(笑)。私は自分の家族や親戚が大好きですが、「toxic aunties」から小言を言われた経験があります。ただ、年齢を重ねるにつれて、なぜ彼女たちがそのようなことを言うのか理解できるようになって、そのおかげで、思いやりを持つことができるようになりました。
でも、おばちゃんたちを喜ばせるために生きるべきじゃない。彼女たちが何を言おうと、すべてを完璧にする必要はありません。やりたい道を進むべきで、自分のために人生を生きたほうがいいと信じています。
※トキシック・アンティー、直訳すると「有害なおばちゃん」。南アジア系のコミュニティにおけるスラングとしてある。
──リアはジェイン・オースティン(※)みたいに金持ちの男のためにすべてを捨てちゃダメだと、姉を批判します。『高慢と偏見』(1813年)のような一見裕福で優しいジェントルマン、あるいは女性が男性に選ばれなくてはいけないという旧来的な結婚文化を風刺していますが、リアの主張をどのように感じましたか。
プリヤ:(姉に)何が起こっているのかを風刺的に表現したセリフだと思います。リアは歯に衣着せず率直に伝える人物で、自分の人生は自分で決めるものだと信じている。また姉もフェミニストだとわかっているので、そんな姉を怒らせるのに一番簡単な方法が、ジェイン・オースティンの小説と比較して批判することだったわけです(笑)。
なので、リアからの家父長的な価値観や結婚の考え方に対する批判的なコメントであると同時に、姉妹がお互いのことをどれだけ知っていて、どんな点で似ていて、どうやって理解し合っているかも示していると思います。姉妹の関係や近さを見せることも重要なことでした。
※イギリスの小説家。『高慢と偏見』『分別と多感』などの著作がある。
エンタメ作品で「生理」を語ること。ポップカルチャーの変化
──本作は、リーナとサリムのヘテロセクシュアルなロマンスではなく、リーナとリアの愛を描いています。ロマンティックコメディの構造を利用して姉妹の愛が試されますが、『ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー』(2019年)などと通じるような女性同士の非性的なラブストーリーを語っていると言えるかもしれません。女性同士の連帯を描く現代のシスターフッド映画をどのように感じていますか。
プリヤ:本当に素晴らしいことだと感じます。私には姉妹はいませんが、従姉妹がいます。彼女たちの存在にはとても感謝しています。強い女性は強い女性から生まれると信じています。私たちは、物語のなかに男性のまなざしを入れることなく、興味深く心に響く、そして観客が観たいと思うような女性の物語を語ることができる。シスターフッドをテーマにしたこの物語に参加できたことをとても幸運に感じています。
私は姉妹を描いた映画を見るのが大好き。『アナと雪の女王』(2013年)は姉妹を題材にした映画としては史上最大のヒットとなりましたよね。それだけみんなシスターフッドの映画を観るのが好きだということじゃないかと思います(笑)。
──本作では、リーナがサリムの家で生理を迎えて気まずい思いを抱いたあと、それについてラヒーラとオープンに会話する場面がありますね。これまで生理はしばしば恐怖や嘲笑の対象として描写されてきましたが、同じくアジア系移民の怒りや世代間の対立を描いた『私ときどきレッサーパンダ』(2022年)も生理をタブー視せずにどう対処するか比喩を用いて語っていたことが思い出されます。ポップカルチャーの変化を感じますか。
プリヤ:おっしゃるように、ポップカルチャーの変化を感じます。これまで恥ずべきこととして、女性たちに汚名を着せられてきたようなことを、進んで語れば語るほど——映画やテレビ、メディア全般で女性たちが会話の最前線に立てば立つほど、生理のことが話題に上る機会がどんどん増え、変化が生まれてくるのだと思います。
生理は、女性がオープンに話すのが許されないことでした。でも、それ(生理)が存在しているのが私の人生です。呼吸をして、食べて、睡眠をするのと同じように、生理もある。普通の生活の一部なのに、なぜ話すことが許されないのかとずっと不思議に感じていました。でも、いまは生理について話すことは恥ずかしくないことだと気づいたし、このトピックがいかに多くの人にとって親近感のあるものか実感しています。
女性だけでなく男性たちも、ガールフレンドや母親、姉妹など周りの女性たちが同じような経験を毎日しているということを、理解を深められると思います。そうなっていくと、反発も少なくなっていきますよね。ニダは、ピリオドリプレゼンテーション(生理の表現)を楽しむことができるのだと主張していました。ピリオドリプレゼンテーションをこれからも続けていきましょう!
※以下、作品のネタバレを含みます。あらかじめご了承ください。
リプロダクティブライツと本作。リアとラスボスの対峙、そして類似から見えるもの
──リアの最大の敵も女性であるラヒーラです。彼女もまた若いころからパキスタンの伝統的なジェンダーロールに束縛され、かつてお見合い結婚で自由を奪われたことの代償から密かに計画する陰謀も生まれたことが見えてきます。ラヒーラは、リアと自分が似た者同士だと言いますが、それをどのように思いますか。
プリヤ:ラヒーラは境遇の犠牲者だと思います。彼女はたとえ自分の人生で何かをしたいと思ったとしても、親や周囲と反抗的に戦う気持ちがあったとしても、当時の社会は決してそれを許さなかった。リアがスタントウーマン(※)になりたかったように、彼女も何かになりたいと思ったとしても、どうすることもできなかった。そのような時代状況に置かれていたと思います。
でもリアはまったく違う時代、違う場所で生きている。彼女の両親は彼女をスタントの学校に行かせ、人生に夢を持つ自由を許した。でもラヒーラは決してそれを与えられなかった。ラヒーラが境遇や周囲の人々に縛られて育った結果、リアとはまったく異なるキャラクターになっていますが、確かに性格が似ているところがあると思います。
二人とも決然としたブレない情熱を持っています。リアが姉を救うこと、そしてスタントウーマンになることに邁進しているように、ラヒーラもクローンづくりへの決意を固めている。でも、彼女たちはまったく違う人生を歩み、まったく違うタイプの人間になった。リアはスーパーヒーローに、ラヒーラはスーパーヴィランになったのです。
※映画中で彼女は「スタントウーマン」と発言。
──『ポライト・ソサエティ』では、女性を子を産む機械として見る社会において、女性が身体と未来を自分自身でコントロールすることついて語っていますね。未だリプロダクティブライツ(※1)をめぐる環境は悪化し、言説は二極化していますが、このテーマの重要性について伺わせてください。
プリヤ:この映画は、リプロダクティブライツをめぐる会話がなされはじめ、ますます重要な問題になっている時期に公開されたと思います。
この映画が公開されたのは、アメリカではロー対ウェイド判決の論争(※2)が起こり、リプロダクティブライツをめぐる政策について、多くの議論が交わされていた頃でした。世界中で、そのような議論が行なわれるようになったときだったのです。
特に、女性たちが女性の視点の物語を語っていくなかで、生殖にまつわる話題は自然と含まれてくるのだと思います。そのような物語が増えることで、リプロダクティブライツがいかに重要で、そのために私たちがいかに戦い続けなければいけないのか、いかに対話を続けなければいけないかを、理解することができると思います。
政策の決定を下す人々は、そのような立場に置かれたことがないので、どういうことなのか考えられないことが多い気がします。映画の素晴らしいところは、座席に座りながら登場人物の立場に身を置き、共感できることだと思います。自分だったらどうするだろう、私だったらあんな状況には置かれたくないなどと思うことができます。映画の存在によって、もし自分のリプロダクティブライツを守る法律がなかったら私は死んでいたかもしれない、不幸な人生を送らなければいけなかったかもしれない——というふうに、人々の考えを変えられたり、対話を続けるきっかけになるかもしれないと考えています。
※1 自分の身体に関することを自分自身で選択し、決められる権利のこと。
※2 米国の多くの州で違法とされていた人工妊娠中絶について、初めて憲法上の権利として認めた判決。
──南アジア系として、あるいは現代を生きる若い女性として、あなたにとって重要な映画は何か最後に教えてください。
プリヤ:難しい質問ですね……いま世界はどんどん恐ろしい場所になってきているから、笑ったり、現実逃避したりすることが本当に重要なことだと感じています。私は、時々、自分の好きな映画に戻るのが好きです。
『Mr.インクレディブル』(2004年)などピクサーのアニメーションが大好きで、繰り返し楽しんでいます。最近公開されて観た南アジア系の映画では、『The Queen of My Dreams』(2023年)がパキスタン系の女の子を描いた、本当に美しいインディペンデント映画で素晴らしかった。『アメリカン・フィクション』(2023年)のような巧みにつくられた映画も好き。人種にまつわる深刻な題材であってもユーモアを持ち込むことで、観客にトピックにアプローチしやすくさせ、社会に存在する問題を理解させることができますよね。
また、東京にいるあいだ、『ロスト・イン・トランスレーション』のことをずっと考えているのですが、あの素晴らしい映画のように、ある時代を感じさせるノスタルジックなもの、インスピレーションを与えてくれるもの、共感できる映画が好きですね。
──まさに『ポライト・ソサイエティ』は、文化的な問題や世代間の対立を扱いながらも、物事を深刻に捉えすぎずに楽しく語っていますね。
プリヤ:そう! 本当にその通りだと思います。
- 作品情報
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『ポライト・ソサエティ』
2024年8月23日(金)から新宿ピカデリー、グランドシネマサンシャイン 池袋、ヒューマントラストシネマ渋谷 ほかロードショー
監督・脚本:ニダ・マンズール
製作:ティム・ビーヴァン
主演:プリヤ・カンサラ
- プロフィール
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- プリヤ・カンサラ
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ロンドンのアイデンティティ・スクール・オブ・アクティングで学ぶ。Netflixのドラマシリーズ『ブリジャートン家』シーズン2や『ハーフ・バッド:ネイサンと悪の血脈』(2022年)に出演。『ポライト・ソサエティ』が長編映画初出演にして初主演。リア・カーン役で『英国インディペンデント映画賞』のブレイクスルー・パフォーマンス賞、『クリティクス・チョイス・スーパー・アワード』のアクション映画部門最優秀女優賞にノミネート。Screen Dailyが選ぶ、「Screen International Stars of Tomorrow 2022」の一人にも選ばれた。
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