ルイーズ・ブルジョワの大規模個展が森美術館で開催中。家族との関係を創造の源泉にした作家の軌跡

メイン画像:会場風景 Installation view Louise Bourgeois: I have been to hell and back. And let me tell you it was wonderful. Mori Art Museum, Tokyo, 2024 ©︎ The Easton Foundation/Licensed by JASPAR, Tokyo, and VAGA at Artists Rights Society (ARS), New York, 2024.

『ルイーズ・ブルジョワ展:地獄から帰ってきたところ 言っとくけど、素晴らしかったわ』が、森美術館(六本木)で開かれている。

六本木ヒルズの巨大なクモの彫刻『ママン』などで知られるアーティスト、ルイーズ・ブルジョワ(1911〜2010)。日本では27年ぶりとなる大規模個展で、インスタレーション、彫刻、ドローイング、絵画など約100点が並ぶ。家族との関係や、母性といったテーマから創造を重ねたブルジョワの作品を網羅的に見られる展示となっている。

主催は森美術館、読売新聞社、NHKで、会期は2025年1月19日まで。

日本では27年ぶりの大規模個展

20世紀を代表するアーティストであるルイーズ・ブルジョワ。インスタレーション、彫刻、ドローイング、絵画などさまざまな手法で、生涯に渡って作品をつくり続けた。日本では、六本木ヒルズの象徴的な作品となっている大きなクモの彫刻『ママン』でも知られている。

「ブルジョワの芸術は、主に自身が幼少期に経験した、複雑で、ときにトラウマ的な出来事をインスピレーションの源としています」(本展プレスリリースより)と説明。彼女は、記憶を呼び起こすことで普遍的なモチーフへと昇華させ、希望と恐怖、不安と安らぎ、罪悪感と償い、緊張と解放といった相反する感情や心理状態を表現したのだという。

ブルジョワは1911年、フランス・パリに生まれる。幼いブルジョワにとって、父の支配的な態度や不貞、病気の母親を長く介護したことなど、その複雑な関係からのトラウマや苦しみがのちの作品に現れている。20歳(1932年)のときに母親が死去、その悲しみからアーティストを志す。その後、アメリカ人美術史家との結婚を機にニューヨークへ移住。1982年には女性彫刻家としては初となるニューヨーク近代美術館での大規模個展を開いた。2010年、98歳で亡くなるまで制作を続け、没後も世界中の美術館で個展が開催されている。

父との確執、母の病死、自殺未遂——ルイーズ・ブルジョワの「地獄」とは。森美術館の個展から知る

本展は、日本では27年ぶりとなる大規模個展となる。彫刻、絵画、ドローイング、インスタレーションなど約100点を公開。ブルジョワは特に晩年に代表作といえる作品を多く発表しており、本展出品作品の8割が1998年以降に制作されたものだ。

24日に開かれた関係者内覧会では、森美術館館長の片岡真実をはじめ、企画監修のフィリップ・ララット=スミス(イーストン財団キュレーター)、展覧会企画担当の椿玲子(森美術館キュレーター)、矢作学(森美術館アソシエイト・キュレーター)が登壇した。

母との関係と、自らも母であったこと。見捨てられるのではないかという恐怖

本展は、ブルジョワの家族との関係を礎に、3つの章から構成されている。第1章「私を見捨てないで」では母との関係、第2章「地獄から帰ってきたところ」では父との確執、第3章「青空の修復」では、人間関係の修復と心の解放が主なテーマなのだという。

母との関係をテーマにした第1章「私を見捨てないで」。椿は「ブルジョワは特に母との関係から、生涯を通じて、見捨てられるのではないかという恐怖に苦しんだ」と指摘している。

ブルジョワは多くの作品で家族のことを語っており、なかでも生涯を通して「母性」は大きなテーマであったという。自身の母親との関係はもちろん、自身も3人の息子の母親であった。

ブルジョワの作品にはたびたび「5」という数字が表れる。これは、ブルジョワの両親ときょうだいの家族5人、そして結婚後、ニューヨークで築いた家庭も5人家族だったことから、その家族を象徴する数字だ。『良い母』(2003年)では、両腕がないピンク色の人形の乳房から5本の白い糸をたらし、授乳するさまを想起させる。

第1章では、巨大な蜘蛛の彫刻『かまえる蜘蛛』(2003年)も展示されている。六本木の『ママン』からもわかるように、ブルジョワはクモというモチーフに「母」を重ねている。糸で巣をつくり、蚊やほかの虫を食べて住処を守るという側面から、自身の母がタペストリーをつくりながら家計を守る姿を重ね合わせた。ブルジョワ自身も母親であるため、その意味も重なっているはずだが、やはり見た目が不気味に感じることから肯定、ポジティブなものだけが含まれている作品ではないことが読み取れる。

感情を作品に昇華するという「悪魔祓い」

父との確執をテーマに据えた第2章「地獄から帰ってきたところ」は、不気味さやおどろおどろしさといった雰囲気をまとう作品も多い。例えば不安や罪悪感、拒絶されることへの恐れなど、否定的な感情が語られる。

この章でひときわ目を引くのが『父の破壊』(1974年)という作品。ブルジョワにとっての初めてのインスタレーションだ。ちなみに、ブルジョワの父は1951年に亡くなっている。

この作品は、赤く照らされた洞窟のような空間のなかに壇が置かれ、そのうえには内臓のようなオブジェが散乱している。ポコポコと丸い半球体が、取り囲むように配置されている。これは、夕食時に延々と自慢話を繰り広げる父親に痺れを切らした妻とこどもが、父親の体を解体して食すという、幼いブルジョワの幻想からつくられたのだという。父親を解体する復讐でもあり、その身体を食べることで同一化を図るという、愛憎が入り混じったような作品だ。

ブルジョワは、彫刻制作を一種の「悪魔祓い(エクソシズム)」と位置付けており、素材にあらがい作業することが攻撃的な感情のはけ口になったのだという。

心の平穏や自由を象徴した「青」。サバイバーとしてのブルジョワ

第3章は「青空の修復」では、トラウマを抱えた彼女がいかにして心の平穏を取り戻そうとしたのか、ということにスポットが当てられる。

ここでも巨大なクモの彫刻『蜘蛛』(1997年)が登場する。こちらのクモはどこかゆったりとしていて、第1章で展示されたいまにも飛びかかってきそうな『かまえる蜘蛛』とも少し雰囲気が違うように感じる。クモのお腹の下には卵があり、さらに檻のような部屋の側面にタペストリーがかけられているほか、止まった時計やペンダントロケットなど、ブルジョワの身の回りの品が並べられている。クモの長い足が、それらを守っているように伸びていた。

『トピアリーIV』は、回復と再生を感じさせる作品だ。松葉杖をついた人形は腕を怪我しているようだが、そこから新しい実が実り始めているように見える。ブルジョワは青色を、心の平穏や自由を表す色として好んで使っていたのだという。

本展の副題「地獄から帰ってきたところ 言っとくけど、素晴らしかったわ」は、ハンカチに刺繍で言葉を綴った作品『無題(地獄から帰ってきたところ)』(1996年)からの引用だ。

これは、1973年に亡くなった夫のハンカチであり、言葉はブルジョワの日記に書かれていたもの。2度の世界大戦、大切な人との死別、うつ病など、度重なる逆境を生き抜いたブルジョワは、自らを「サバイバー」と考えていた。それら地獄を「素晴らしかったわ」とするブラックユーモアを取り入れたこの作品からは、彼女の感情の揺らぎや両義性、そして苦しみを作品に昇華する強い意志を感じさせる。

イベント情報
『ルイーズ・ブルジョワ展:地獄から帰ってきたところ 言っとくけど、素晴らしかったわ』

2024年9月25日(水)〜2025年1月19日(日)
会場:森美術館
開館時間:10:00〜22:00(火曜日のみ17:00まで)


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