2024年の東京都知事選に出馬し、ほぼ無名の状態から15万票以上を獲得、5位となった安野たかひろ(貴博)さん。「テクノロジーで誰も取り残さない東京を作る」をポリシーに掲げ、選挙期間中は集まった意見をもとに政策を随時アップデートしていくなど、新しい選挙戦を繰り広げた。
今回は、安野さんと、「チーム安野」の一員として街宣活動も行なったパートナーで書籍編集者の黒岩里奈さんがPodcast番組『聞くCINRA』に出演。
前編ではデジタル民主主義の可能性や、「他の候補者やその支援者を貶めない」という姿勢から発見したことなどについて聞いた。
安野貴博さんが掲げた「ブロードリスニング」とは?
―7月の都知事選では、「ブロードキャスティング」ではなく「ブロードリスニング」というマニフェストを掲げていました。1人の声を多数に向けて発信するのではなく、市民一人ひとりの声を収集して活用する政治のありかたを目指すということですが、どんな課題意識があったのでしょうか?
安野貴博(以下、安野):いまの民主主義システムは数百年前にできたものです。民意をなるべく反映させるために投票で代表者を決めて、代表者同士が話し合うことでいろんなことを決めていくという仕組みをつくったわけで、悪い仕組みではないと思いつつ、さまざまな限界もあるなと思っています。
たとえば選挙という仕組みだと、知事選だと4年に1回しか行なわれません。世の中がこれだけ早く動いて状況も変わっていくなかで、たった4年に1回しか自分たちの意思を反映させるチャンスがない。あとは、選挙では「人」しか選べないですよね。自分がこう思っているということを選挙で伝えることは難しい。
今回出馬するにあたって国会議員の方にもお会いしたんですが、結構びっくりしたのが、自分が何万票取ったかなどの数字はわかるけれど、なぜ有権者は自分に票を入れたのか、何を託してくれたのかということはわからないと言っていたんです。民意を汲み取る仕組みとしては限界があると思いました。
翻っていまはスマートフォンやインターネット、AIのように新しい技術が出てきて、選挙以外にも有権者の声を聞けるような仕組みが考えられるようになっています。
デジタル民主主義の分野では「ブロードリスニング」と呼ばれますが、それを取り入れていくことで有権者の声を広く深く早く聞けるような政治が実現できるんじゃないかと思っています。
―選挙期間中もGitHubやAIアバターを使って都民から意見を募り、集まった意見は集約して、政策をリアルタイムにアップデートにされていました。
黒岩里奈(以下、黒岩):「チーム安野」からは出なかった意見や、認識が間違っていたところや改善できるところを指摘していただいて、選挙期間中にマニフェストがアップデートされていきました。
チームでマニフェストの初版作成に関わったのは50人ぐらいだったんですが、50人の知見だけではなく、何千人の方から意見をいただけると議論の活性化にもつながりますし、それ以上に「議論をしていいんだ」という空気をつくれたことが大きかったと思います。
安野:実際に行政運営するときも同じ手法が使えると思います。
具体的な例で言うと、2020年のコロナ禍でオリンピック開催をめぐる議論がありました。ああいった大きなイシューに関して、たとえば都民にアプリを通してアンケート投票をしてもらえたら、どんな人が賛成をして、どんな人が反対をしているのかわかる。それをふまえて意思決定をしていくことができます。
みんなが思っていることと都知事が決めたことが食い違っていたら、当然説明責任が発生します。私はこう考えたからこう決めたという説明が引き出せるようになるはずで、それはいまよりも健全な姿なんじゃないかと思っています。
集まった声をどう取り入れるのか
―集まった市民の声のなかからどの意見を取り入れるかについては、どのように決めるのでしょうか?
安野:今回の選挙では私の責任において決めていました。今回は安野が出馬した選挙におけるマニフェストに何を取り込むかということなので、やはり私がいいと信じられるものだけを入れるべきだと思いましたし、良いと思っても責任を持って実行できないと思うものは入れるべきではないと考えました。最終的な意思決定については、ある意味シンプルに私一人の考えが反映されています。
―それは安野さんにとっては理想のかたちですか?
安野:選挙ではそうあるべきだと思っているんですが、行政運営していくとなった場合、私が間違えることのリスクが非常に高くなるわけです。その場合は私一人で決めるのではなく、複数の意見で決めた方がいいかもしれません。
グラデーションで表すとしたら、私の独断と偏見による決定があった場合、その反対の極には有権者全員の多数決ですべて決定するというやりかたがあると思いますが、正解はこの中間くらいにあるんじゃないかと思っています。たとえば副知事(編集部注:東京都は4人まで)と知事のあいだで多数決で決めるとか、知事が拒否権を持つかたちで多数決で決めるなど、どういった方法がいいのかは今後模索しないといけないと思います。
安野さん、黒岩さんが体感した「聞く活動」の効果
―都知事選ではトラディショナルな手法に取り組まれて、都内各地で街頭演説もされていました。黒岩さんのスピーチも話題になっていましたが、AIやGitHubで集まる声と街で聞いた声に違いはありましたか?
安野:当初、街頭演説は自分の考えを知ってもらう活動として必要だと思って始めたんですが、むしろ街頭で会う方々からいろいろな質問をされたり意見をもらったりして、本当に勉強になりました。「聞く活動」としてすごく意味があったと思っています。
安野たかひろさんのYouTubeチャンネルに投稿された街頭演説。黒岩さんも登壇した。
安野:大島に行ったとき、お話を聞くと、困っていることがあって夜飲みに行けないと。島の北部に飲み屋が集中していて、運転しないと行けないそうなんです。でも飲むと運転はできないので、自分の生活が制約されてしまう。
一方でブロードバンドのインターネットや道路が綺麗に整備されていると聞いて、たとえば大島という場所は、じつは自動運転のニーズが高いし受け入れられる可能性もあるんじゃないかと感じました。高齢の方で運転に不安があるけれども、日々の生活があるから免許返納なんてできないという方も結構いらっしゃいますし……。
―その話はすごく聞きますよね...…。
黒岩:選挙戦においても、たくさん有用なアドバイスをいただきました。たとえば最初はどこで話していいかもわからない状態だったんですが、有権者の方にいろいろ教えていただきました。豊洲駅に行ったとしても、ららぽーと側で演説するべきなのか、別の場所なのか、全然わからなくて。
―たしかに、初めはそうですよね。
黒岩:虚空に向かって演説しているみたいなときもあったんですが(笑)、そうすると現地に住んでいらっしゃる方から「昼間はここに人がいるから」って教えていただいて。「立川だとここがいいよ」とか、それ以外にも「こういうふうに喋ったほうが聞きやすい」とか身振り手振りの仕方とか、見ていらっしゃる方のほうが選挙のプロなので、その方々に教えていただきながら、我々の演説もちょっとずつアップデートできたという感覚があります。
安野たかひろさんのYouTubeチャンネルに投稿された動画
「他の候補者を貶めない」というポリシーについて
―「チーム安野」は選挙活動中、「他の候補者やその支援者を貶めない」という姿勢を明言されていたことが印象に残っています。黒岩さんも「(安野さんは)システムの欠陥は見抜くけど人を貶めることはしない」とスピーチしていました。今回の都知事選だけではなく、アメリカの大統領選を見ると別の候補者を罵倒するかのような選挙戦が当たり前になっていて、それを見ているとしんどい部分もあるんですが、この戦い方にはすごく希望を感じました。
安野:これはあとから気づいたんですが、ブロードキャスト型の選挙をしていると、自分の言っていることは正しいんだという主張をせざるを得ないんだと思います。さらに、あとになって「間違っていました、アップデートをします」ということも普通はできない。そうなると、自分がいかに正しく間違っていないか、相手がいかに間違っているかというアピールをせざるを得ないんです。
安野:一方で我々は高速に聞きながらアップデートするということを掲げていました。私たちは100%正しいと思っていません、むしろ足りない部分はみんなで考えていこう、と言えた。そのアーキテクチャの違いが影響している気がします。
―マニフェストをどんどん更新していくというスタンスと人を貶めないというところがじつはつながっているんですね。
黒岩:SNSで「安野を攻撃しようと思って安野の政策を批判しても、それは安野を助けることになる」というコメントがありました。安野への政策批判は無効化される、という…...。
―それは思いもよらぬ観点ですね。
安野:オードリー・タンさんや、海外のデジタル民主主義の第一人者であるグレン・ワイルさんがこの都知事選にすごく着目して、世界でも新しい事例だったということを言っていただきました。ワイルさんは、デジタル民主主義の新しい波は台湾と日本から始まると言っている。社会がすごく分断されてしまったアメリカとかEUに比べると、まだ日本では分断はそこまで進んではいない。
しかもテクノロジーを使うことに対してはかなり親和的な人々がたくさんいる。こういう環境はじつはイノベーションが生まれやすいんじゃないかという議論をされていて、私はその可能性はすごくあるんじゃないかと思います。
イデオロギーの問題とどう向き合うか 「今回反省したポイント」
―投票日に批評家の東浩紀さんによる『ゲンロン』の特番(*1)に出演されていました。そこで東さんが、行政改革や政策を進めていくうちに、安野さんはイデオロギーの問題にいつか直面するんじゃないかという話をしていました。たとえば同性婚というテーマをとっても、賛成にしろ反対にしろ何らかの意見を示すときに必ずイデオロギー性が伴うと思います。安野さんはどのように考えていますか?
安野:あらゆる意思決定に対して、そもそもイデオロギー性があるから意思決定をするのかどうかはまだわからないんですが、意思決定してきた結果を見ると何らかのイデオロギー性を見いだせる、ということはあると思います。
その意味で今回私が反省したポイントとしては、よく「右か左かわからない」と仰っていただくんですね。どっちの部分もあったと思うんです。実際に有権者の方々が戸惑うポイントとしては、自分が気になっているイシューに対してこの人はどういう決断をする傾向があるんだろうということで、右派か左派かわかる人であれば予測可能で、こう意思決定するんだろうと、ある種安心できるところがあると思うんです。
私のような新しく出てきて、過去にどういう意思決定をしてきたかわからない人は、そこがどうなるかわからない。だから怖いと思われる方が結構いらっしゃって、この問題にしっかり向き合いきれていなかった。その予測可能性を上げる作業をそんなにしてこなかったという点は反省ポイントでした。
将来的には、さまざまな問題に対して私が回答をして、安野はこの問題に対してこういう意思決定をする可能性が高いということをシミュレーションするAIをつくることができると思います。それをもとに検証可能なかたちにできたら有用なのではないかと思いましたし、そのツールがあれば、選挙中につくったモデルと選挙後の意思決定に乖離があることもわかる。そういうテクノロジーが求められているのかもということは東さんとの対談で思ったことでした。
―なるほど。安野さんの思想が見えないかも? というのは、ちょっと気になったところだったんです。
安野:たしかに、そうですね。思想というのは、ある種ラベルで理解するということだと思っていて、わりと中道のところにいる人たちってラベルを与えづらいという問題があると思うんですよね。それゆえに支持を広げにくいという問題もまたあると思います。データポイントの構想についてはまだ名前を付けられませんが、予測可能性が高くて検証可能になるという状態をつくることができたらいいなと思ってます。
「デジタル民主主義を求める人は加速度的に増えてくる」
―たしかにラベルは少なすぎますよね。右、左という両極端で、でも現実はそんなに単純でもないと思います。最後に、「デジタル民主主義」という未来はいつごろ実現しそうか、お聞かせください。
黒岩:先ほど安野が言っていたように、デジタル民主主義がこれから日本で生まれる可能性があるということが今回の選挙戦では提示できたかなと思っています。
実際に「チーム安野」と呼ばれる方、ボランティアの方も、今回の選挙戦を通じて自分たちもデジタル民主主義を推進するために何ができるのかということを日々考えている状態です。具体的に来年できますということではないんですが、グラデーションで、確実に前に進んでいるということはお伝えできると思います。
あと、イデオロギーの話とも通じるところがあるんですが、異なるイデオロギーを持っている方であっても、デジタル民主主義に向かっては一緒に歩むことができる。その意味では政治参加をより促進できる強力なイデオロギーであると思うんです。新たな動きや、デジタル民主主義に関わる方、求める方がこれから加速度的に増えてくるだろうと実感しています。
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