SF作家の安野たかひろさん・編集者の黒岩里奈さんと語る、Z世代以降の働きかた。システムの問題とどう向き合う?

東京都知事選で注目を集めた安野たかひろ(貴博)さんと、黒岩里奈さん。安野さんはAIエンジニア、起業家、SF作家と「三足のわらじ」を履き、黒岩さんは出版社で文芸編集者として働いている。

後編では、安野さんが7月に上梓した新刊『松岡まどか、起業します──AIスタートアップ戦記』や、黒岩さんが編集を担当した麻布競馬場さんの著書『令和元年の人生ゲーム』などについてインタビュー。令和世代の働きかたや、今後ふたりが目指していくことについて、聞いた。

AIエンジニア、起業家、SF作家。「三足のわらじ」でも一貫していること

―安野さんの職業は、AIエンジニア、起業家、SF作家と……振り幅がすごいですよね。

安野たかひろ(以下、安野):訳がわからないと思われるかもしれないんですが、自分のなかでは、テクノロジーを通じて未来の社会がどうなるだろうということを考え実装していく、という一つのことをやっているつもりなんです。

AIに関係するソフトウェアをつくるのであればAIエンジニアになりますし、それをサービスとして実際に多くの人に提供することは起業家の役割になる。また、現時点で実装する技術力はまだ人類にはないけれども、近い将来こういうことが起きるだろうと考えるという意味で言うと、フィクション小説のかたちで提供したいのでSF作家になる。

一つの軸にいろんなやり方があって、そのなかの一つに「都知事選に出る」というものも入っているんです。

―33歳で、本当に実行力がすごいなと思います。里奈さんが都知事選に出ることを勧められたと聞きました。

黒岩里奈(以下、黒岩):もともと、いま話していたようなシステムの欠陥みたいな話をしていたので、そんなに言うなら自分が出ればいいんじゃないかなと思って伝えたんですが、正直私も本当に出るんだって最初はびっくりしました(笑)。

―(笑)。たしかに「SFプロトタイピング」とかもありますよね。ただ、物語の力を使って未来を描くとはいえ、小説を書くという動作にはハードルがあるような気もします。

安野:小説を書くこととコードを書く動作は、自分の思想をキーボードで一人カタカタ叩き続けるという意味では完全に同じなんですよね。

あと、ストーリーをつくることは、じつは起業家やエンジニアに求められる行為でもあります。たとえばあるプロダクトをつくってお客さんに売るとき、どう伝えるかというと、やっぱりストーリーが必要ですよね。起業家であればお客さんだけじゃなくて株主に資金調達をする際に説明する必要もあるし、従業員に対しても、この会社はこういう社会を目指しているとストーリーにして、ちゃんと語らないといけない。

その意味ではSF作家と起業家は結構近いところにいるんです。

―わかるんですが、絶対遠いと思います……(笑)。書籍編集者として数多くの小説家さんに並走されている里奈さんは、どう思いますか?

黒岩:作家さんにも2タイプいるのかなとなんとなく思っていて、一つは自分のなかにあることを掘り下げたい人、それを小説というかたちに出したい方。もう一つは社会というものにつねに目が向いている人で、もちろんグラデーションはあるんですが、安野は完全に後者のタイプだと思います。だからこそずっと社会と接点のある小説を書いているんだなとは感じますね。

新作『松岡まどか、起業します』は、スタートアップ版『半沢直樹』?

―安野さんの新作『松岡まどか、起業します──AIスタートアップ戦記』、すごく面白くて一気に読みました。元スポーツ選手の投資家の方が出てきたり、リアリティがありましたが、安野さん自身が見聞きされたことも物語に反映されているんでしょうか?

安野:物語と完全に同じことが起きたというわけではありませんが、実体験をベースに膨らませたり、スタートアップ業界にいる人たちに聞きながら種を集めていきました。

―スタートアップ業界版の『半沢直樹』のような下克上の物語だなと思いながら読んでいたんですが、ネタバレしない範囲で言うと、勧善懲悪的な『半沢直樹』と終わりかたが少し違うんですよね。そこがすごく良いなと思ったんです。

安野:そうですね。主人公のまどかがどういう選択をするのかと考えていって、最後はそこにたどり着きました。小説を書く前にプロットを考えたりするんですが、じつは最後の5話をどう締めるかということは事前に決めず、直前でこれどうすんねんって思ったところから、松岡まどかだったらこうしていくんじゃないかなと思ってたどり着きました。

黒岩:主人公の松岡まどかの働くモチベーションが半沢直樹と大きく違うなということは感じました。半沢直樹が家族を守るため、あの人に貶められたからやり返してやりたいという動機で話が進む。一方で、松岡まどかも安野自身も未来をつくりたい、社会をこうしたいということが自分のプリミティブな欲求とかなりつながっている。そこが半沢直樹との大きな違いなのかなと感じました。

―最初の根源が違う感覚はありました。あと印象的だったのが、松岡まどかは新卒世代の女性で、彼女と並走する先輩の水戸部さんも女性です。ハードワークな仕事の話には男性のイメージがどうしてもあって、だからこそ素敵だなとも思ったんですが、メインの登場人物を女性にしたことに何か意図はありましたか?

安野:そうですね。スタートアップ業界にもすごく活躍している女性の起業家の方がいるんですが、たしかにフィクションで女性のビジネスパーソンが活躍している様というのはあまり描かれていないので、そこはぜひチャレンジしてみたいなと思いました。

Z世代の働きかたを描いた麻布競馬場さん著作の『令和元年の人生ゲーム』

―里奈さんが担当編集をされている麻布競馬場さんの『令和元年の人生ゲーム』(文藝春秋)は、Z世代の仕事感に迫っていくような小説でした。20〜30代にとって働くってこういうことなのかなとリアリティを感じたんですが、麻布競馬場さんとはどのようにこの作品をつくっていかれましたか?

黒岩:私が1990年生まれで麻布さんが91年生まれで、いわゆるZ世代のひとつ上の世代なんですが、コロナ禍に新卒の方が入ってきたとき、自分が当たり前だと思っていた働きかたが違うぞということを感じたんです。麻布さんも実際に会社で働いてるなかで感じることがあって、それは何なんだろうと思ったところからこの話がスタートしました。

黒岩:30代前半くらいはまだまだ会社では若手か、中堅になる手前として扱われます。でも、あきらかに自分たちはある意味で平成を引きずった世代で、昭和世代の親に育てられていて、初めて会社に入って仕事を教えてくれたのも昭和世代の先輩です。そんな私たちの世代と、コロナを経て入ってきてくれた、平成世代に仕事を教わることになる令和世代と、それは働きかたが変わるよねということが今回の話のきっかけではありました。

ただ「最近の若者は働かないね」みたいな話ではなくて、突き詰めていくと、彼らがハードに働くことになぜ抵抗があるのかというところに行き着いて、それはもしかしたら今回の安野の選挙戦にもつながっているような気がしています。というのは、何かを落とすということではなく、本来の意味での「生産的な活動」をしたいというのが彼らのモチベーションなんだろうと思ったんです。

社内の誰かに勝つとか、そういうモチベーションではなく、もっと社会的に意味のある活動をしたいというモチベーションが強い世代で、もしかしたら世代というよりもいまの空気がそうなっているんじゃないかと思うんです。

―なるほど。

黒岩:それを自由に発話できるのがいわゆるZ世代なんじゃないかと気づいたとき、この『令和元年の人生ゲーム』がちょっと違うステージにいったと感じています。

「いまシステムを変えないと、自分たちも苦しくなったときに誰も助けてくれない」

―すごく面白いです。里奈さんのお話を聞きながら、私も昭和の価値観を引きずってると思いました……。いまはまず置かれた状況が違っていて、年功序列や終身雇用が当たり前ではなく、正解が見えないなかで自分の生きかたや働きかたを早い段階から探さないといけない。そのハードさはすごくありますよね。年功序列のようなシステムが解体されているなかで、意義のある仕事をしたいと思っている。システムと言えば安野さんの得意分野ですが、まだ企業がシステムを提供できていない、みたいな感じかもしれませんね。

安野:まさにおっしゃる通りだと思います。働きかたも変わっていくし、日本の場合は労働人口がどんどん減ってきていますよね。新卒に入ってもらって長く働いてもらうためにあらゆる企業が努力をしていますが、やっぱりZ世代の方々の求めるものとはちょっと違っているということがいろんな会社で起きていると思います。

それと、Z世代の彼らが働く意味について早く気づいているだけで、我々もじつは同じ問題にあとから気づき始めて直面する可能性もある。

―たしかに、いまは迷いがなくとも、10年後くらいのタイミングでぶち当たるかもしれません。

黒岩:麻布さんがあるインタビューで答えていてハッとしたのが、Z世代のためにいまシステムを整えることはとても大事で、なぜなら自分たちが40歳、50歳になったとき、そこでぶち当たる壁を彼らが先にやってくれていると。ワクチンのように先に警鐘を鳴らしてくれていて、いまシステムを変えないと、自分たちも苦しくなったときに誰も助けてくれないということを話されていました。これもシステムの問題だなと感じました。

―先ほど安野さんに小説家になった経緯を聞きましたが、里奈さんはどういった経緯で編集者になったんでしょうか?

黒岩:もともと私は都市工学部で都市をどうデザインするのかということを学んでいました。もともと文化的なものにも興味があったので、都市設計から文化にアプローチできたらと思っていたんですが、大学時代に3.11が起きて、国立大学だったこともあり、ほとんどの授業が防災の話になったんです。そのとき、ハードを変えることもすごく必要だと思っていましたが、自分はソフトの方から、コンテンツを通して文化的なものに関わりたいなと思って文学部に編入学しました。

自分が書くという選択肢もあるなかで、編集者のいいところは一対一で作家さんと伴走できることです。大きな人数で一つのものを合議制でつくるというよりは、圧倒的な個の才能がある人と伴走できるという編集者という仕事はすごく面白そうだと思ったんです。

「デジタルデモクラシーの領域で継続的にやっていきたい」安野さんの今後

―安野さんの今後について、小説の次回作も書いてほしいですし、都知事選にまた出られるのか、区長選もありえるのかなど、気になっています。いまの考えや展望を聞かせてください。

安野:まだ確たる答えはない状態で、いろんな方にいろんな意見を聞きながら考えている状態です。そのなかで言えるのは、今回の選挙を通じて日本から世界に先駆けてデジタル民主主義を実践してより良い社会をつくる可能性をすごく感じたので、デジタルデモクラシーの領域で何かをやることは継続的にやっていきたいと思ってます。

自分が選挙に出るのかそうでないかは、いろいろな選択肢がありますし、出ないとしてもたとえば行政の中や外から手伝うというやりかたもある。いろんな活動が考えられるなかでどうするか、これから探っていこうと思ってます。

―安野さんは、今回だと選挙を通して、小説家だと小説を通して、起業家だと事業を通して、あらゆる手法でテクノロジーの可能性を示していると思いますが、何か一番手応えがあるものってあるのでしょうか?

安野:何人に届くかという話で言うともちろん都知事選みたいな政治の話は大きくなりますが、昔『M-1グランプリ』にも出たんですが、ロボットと漫才をしたこともありました。それはその会場にいる100人くらいにしか届かないものだったんですが、スケールによらず、それぞれいいなと思っているんです。

それぞれ別のやりがいや楽しさがあって、つらいこともある。そのなかでどれが一概に、一番自分にとって良いのかというと、そんなにないんです。こだわりがないがゆえにいろんな領域を横断していて、それがいまのところはいい方向にも働いてるのかなと思います。

―安野さんは、今回の選挙システムをほかの政党や候補者も使ってもらって構わないと言っていて、オープンソース的な考えかたが根っこにあると感じます。そういう精神はどこにルーツがあるんでしょうか?

安野:大学生のときにサンフランシスコに長期インターンをしていたんですが、スタートアップやオープンソースのソフトウェアみたいなものがたくさん生まれているような環境を見たことが影響しているのかもしれません。

オープンになることによっていろんな人が自分なりの貢献をできるようになったり、みんなの知恵が集まったりする。あるいはつくられたものをいろんな人が使うことによって、より社会全体へのインパクトが最大化できる。総合的な判断としてオープン化が必要なんだと思います。

―「チーム安野」のこれからについて、里奈さんはどうですか?

黒岩:これからも推進していきたいなと思っています。チーム安野と言われているいまの100人がどんどん増えていくと思うんです。それは人数という意味でもそうですし、できることも増えていくと思うので、私も一員として今後もやっていけたらなと思っております。

安野貴博さん・黒岩里奈さんが出演した『聞くCINRA』のエピソードを聴く
書籍情報
『松岡まどか、起業します AIスタートアップ戦記』

著:安野貴博
発行:早川書房
書籍情報
『令和元年の人生ゲーム』

著:麻布競馬場
発行:文藝春秋


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